サキュバスアイドルマイスター 〜演技力カンスト役者、アイドル育成ゲームの世界に転生する〜 作:エビノース志月
「ふふっ……陽依ちゃん、すっごくおいしそうにたべてくれるから。お母さんはそれだけでほんとうに幸せなの」
食事中、じ〜っと見つめられていたのでどうしたのか尋ねてみると母さんからそんな答えが返ってきた。
いや、だっておいしいもん。母さんの手料理、おいしすぎる。思えば前世で手料理なんて食べた覚えは――ないこともないが、腕が違い過ぎる。個人的には外食に行くよりも母さんの手料理を食べるほうがずっと嬉しいからな。いや、プロの料理にはプロの料理ならではの良さがあるんだが……総合的には母さんの手料理に軍配が上がる。
とは言え、毎日あんな手の込んだ料理を作り続けるのは相当な負担になっているはずだ。たまには外食にしてほしい。もっとも、父さんが休みの日なんかは父さんが代わりに作ったりすることもあって――さすがに母さんほどの腕ではないし、見た目に関してはちょっと不格好だったりする料理が出来上がるが、それはそれでなんか好きだ。
我が望月家では可能な限り食事をともにしている。父さんはたまに帰る時間が遅い日もあるものの、たぶん俺のためにかなり早く帰ってきてくれている。仕事でなにをやってるのかは……そう言えば知らないな。父さんも仕事の話とかしないし。
ちなみに母さんは専業主婦ではなく在宅ワーカーである。絵本を読み聞かせてくれていたときだったか、母さんは「お母さんも実は魔法使いなんて呼ばれているのよ」なんて語ってくれた。そのときは特になんともおもっていなかったが、母さんの仕事がエンジニアだと知ったときには『魔法使いってそういうこと?』と驚かされたものだ。
俺が休みの日に家に居るときはだいたい母さんといっしょに居るのだが、たまにパソコンから通知音が鳴ってそういうときには母さんはパソコンのほうに行ってカタカタと何かやっている。そのときの母さんの顔も好きだ。俺に対しては向けることがない真剣な顔で。俺がじ〜っと見ていることに気づいたときはふにゃりと表情をくずして「なぁに? 陽依ちゃん」なんて言ってくれるが、それも含めて好きだった。
母さんの手料理はなんでも好きだ。ただ、好きな料理が何かと聞かれたときに思い浮かぶのは『寿司』になる。今生になって好きになった料理なら母さんのつくるカレーもそうだが……寿司と、あとラーメンは前世からの好物になる。
「初仕事成功祝いよ! お祝いと言えば……そう! お寿司よ!」
俺をコントラクターにした女に連れて行かれたのが初めてだったか。そのときは回転寿司だったが……「は? お寿司が初めてって……アンタねぇ」なんて謎に呆れられた記憶がある。べつにいいじゃん。初めてでも。そういう人も居るだろ。そのときに食べた寿司がやけにおいしくて、それからはずっと好きだ。
「というわけで、本日は回転寿司屋さんに来ています」
「何が……?」
冬城お姉さんが首を傾げる。いや、こうなるための経緯を、ね。説明しておかなければならないと思いまして。
え? ぜんぜんわからない? しかたないにゃあ……今日は特別に説明してあげよう。
俺は寿司が好きだ。回らない寿司でも回る寿司でも、スーパーの寿司だって好きだ。もちろん母さんが握ってくれる寿司だって……いや、よく考えるとなんで寿司を握れるんだよ。でも改めて考えるとできないことはないのかもしれない。なんとなくお店でしか食べられないものとして認識していたが、構造自体は単純な料理だ。できるものなのかもしれない。……いやでもやっぱ母さんはちょっとおかしいと思う。いくら俺が普通の家庭というものに疎くても家庭ではせいぜい手巻き寿司くらいだって聞いたことあるし。本格的な江戸前寿司をやり始めるのはかなり珍しいと思う。
ともあれ、俺は寿司なら割と何でも好きだってことだが……今生において、俺は『お高い』寿司しか食べたことがない。もちろんそれだって好きだ。大好物だ。しかし、回転寿司も好きなのだ。久しぶりに食べたいと思うことだってある。
もちろん、母さんや父さんにせがめば連れて行ってくれるだろう。それは間違いない。でも、母さんの手料理と比べると断然手料理が勝つ。その程度の欲だ。それだから今の今まで行く機会はなかったのだが――仕事の関係で、適当な食事にありつけないことがある。イレギュラーが起こったりすると仕方ない。
そんなときに冬城お姉さんから「陽依ちゃんは何か食べたいものはある?」と尋ねられた。だから俺は答えた。「回転寿司に行ってみたいです!」と。
「おおー……ここが回転寿司……最近はあんまり回ってないと聞きましたが、回ってますね!」
「そうね。とは言え、ここもトゥオーダーに……『回らない』寿司になるのも時間の問題かもしれないわ。実際、多くの客は自分が食べるものはほとんど注文したものだという話もあるし」
「現状は現物を商品のサンプルとしても提示している販促の一環という側面が強くメリットがないわけではないが廃棄になっていることも多くそのデメリットを考えると時代はトゥオーダーの方向に進むだろう……ということですか?」
「そこまで言ってないけど!? ……その話、私もしようと思えばもう少し突っ込んだこともできるけれど、埒が明かないからやめておきましょうか」
「はい! 今はお寿司です!」
ということで、お寿司だ。冬城お姉さんは迷わず備え付けのタブレットを手にとって注文する商品を選び始める――厳密には俺に見せて『選ばせ始める』。
む、ラーメン……こういうところのラーメンもおいしいって言うよな。あんまり食べたことないけど。せっかくなら寿司を食べたいんだよな。胃袋の問題もある。今は特にそうだ。厳選して選ばなければならない。
食べることができて……五、いや、六皿か……? むぅ……難題だ。この豊富なメニューの中から、何を選ぶか……こういうとこじゃないと食べにくいものがいいよな。そう、そうだ。しかし……うーむ……。
「……陽依ちゃん。良かったら半分こする? 色んなものを食べたかったら、そっちのほうがいいと思うの」
「いいんですか!?」
目に星を飛ばして俺は冬城さんに振り向いた。それなら選択肢が広がる……! ありがとう、冬城お姉さん! 俺の目から飛んできた星にぶつかって心臓を押さえている冬城お姉さんに俺は抱きついた。ドックン! 冬城お姉さんの全身が心臓のように大きく震えた。俺のかわいさにやられてしまったらしい。俺のかわいさ、罪なのかもしれない。俺を抱きしめて頬擦りする冬城お姉さんを見て俺は思った。この人も俺のこと大概好きだよな……。かわいすぎるから仕方ない。
さて、それでは……と選んだメニューは軍艦巻き系統が多い。握りだと海老アボカドとか、あるいは肉系のハンバーグの寿司とかになる。ジャンクな味がなー。たまらないんだよなー。俺はわくわくとしてその時を待った。そしてまず来たのは海老アボカド。どっさり玉ねぎが乗ってさらにマヨネーズをどーんとかけられた一品だ。
前世でもこれを初めて見たときはどうやって食べるんだよと思ったが、今ならなおさらそうだ。こんなの一口で食べられるわけがない。でも食べちゃう。がんばって。
さてさて、まずは醤油――ではなく、甘だれを使う。俺に寿司を教えた女曰く、「マヨ系には甘だれが合うわ」だ。「いや、なんにでも甘だれかけるんじゃないわよ。子どもでもするかどうか……ほんッと、典型的な子ども舌よね。……え? 食べてみろ? …………あ、意外と……悪くないけど、後味が甘ったるい! アンタねぇ……! かけすぎよ!」なんてことも言われたが、まあそれはそれ、これはこれだ。今ではなんにでも甘だれかけたりしないからな。醤油のが合うものは合う。でも九州のほうの甘めの醤油とかで寿司を食べるのはそれはそれでまた良さがあって……。
とにかく、俺はマヨ系には甘だれを使うことにしている。海老アボカドの寿司に甘ダレをかけて……ぱくり。とはいかずにオニオンスライスは一部落としてしまった。はしたない。自分の口の大きさを過信してしまっていたようだ。反省しなければいけない。
しかしそんな反省も一瞬の内に消え去って、口内に広がる味を堪能する。
「んんー……おいしいです!」
しゃきしゃきのオニオンスライスの食感、とろっととろけるアボカドの食感、しっかりとした海老の食感に噛めばほぐれるシャリの食感。この多重の食感が海老アボカドのキモだと思う。味わいとしてはマヨネーズだけでも濃厚なところに森のバターなんて呼ばれるアボカドの濃厚な味、それにさらに濃厚な甘だれが追っかけて……でも、結果的にマヨネーズとアボカドの味が甘だれの強烈とも言える甘味をマイルドに仕上げてるんだよな。マヨ系には甘だれと言われる所以だ。そしてそこに海老の旨味! 結果として生まれる味わいは他ではなかなか体験できないものだ。ここだからこそのものってあるよなぁ〜。
それからはシーサラダなんかも食べた。これも好き。食感とか。……俺、食感が色々あるものが好きなのかもしれない。他にも色々食べたかったが、割と早く胃袋が限界に来た。ぜんぶ冬城お姉さんが食べてくれた。
「冬城さん、いっぱい食べれて羨ましいです」
「羨ましがられることかしら? ……でも、お祖父様にもそう言われることはあったわね」
そんなこんなで陽依ちゃんは満足だったわけだが――後日、冬城お姉さんのもとに「陽依ちゃんの初回転寿司、私たちもいっしょに行きたかった」とのお言葉が母さんと父さんから届いたらしい。「ずーるーいー」と俺の目の前でも言っていた。
もちろん家族三人でも行った。こういう時間もいいなと思った。母さんは邪道寿司も会得していた。このひとすぐ俺の好きなものつくれるようになる……。
前話(interlude)はもっと短くパパッと書くつもりだったんですが、(具体的に言うと全編お医者さん視点で書くつもりでした)、なんやかんやあの構成になりました。そっちのほうが良くなると思ってしまったので。
一度消しちゃった話だからお待たせすることなくすぐ出したかったんですが、この前に前話(interlude)があるかどうかはかなり意味合いが変わってくるので……めっちゃお待たせしちゃいました! すみません!
次回はさすがにここまでお待たせせずに書けると思います! 一週間間隔が目標なんですが、無理なときは無理かも……でも今回みたいに一ヶ月とか待たせちゃうと「あれ? エタった?」ってなっちゃいますよね。下手したら。それはないようにしたい……!
読んでくださってありがとうございます! 感想もめっちゃありがたく読ませていただいています! 返信はちょっと……かなり遅れちゃってるんですが……! いつもありがとうございます!