サキュバスアイドルマイスター 〜演技力カンスト役者、アイドル育成ゲームの世界に転生する〜 作:エビノース志月
デート
葦原国近はアイドルである。それも『トップアイドル』という評価が最も適していると言っていいほどに人気のあるアイドルである。ライブバトルリーグ発足から加熱し続けているアイドル人気を絶頂のものへと押し上げた『サクラ』ほどとは言えないだろうが、間違いなく現代における『トップアイドル』の一人として数えられる男だ。
そんな彼が待ち合わせをしている。どこかの店で、ということはない。街中の――それも、人の往来も多い広場でのことだ。モノトーンカラーで統一した服装は生来のスタイルの良さをさらに強調する効果を与える。マットな素材感のジャケットにVネックのシャツを合わせ、フォーマルに寄りすぎないように着こなしている。ただ、あまりにも素材が優れているからどんな服を着ても『そういうもの』と思わせるようなオーラが彼にはあった。変装用か、サングラスをかけているものの、目立たないわけがない。まさか『彼』があの葦原国近だとは周囲の人々も思わないだろうが――バレてしまえば、まず間違いなく騒ぎになる。ライブバトル自体はライブバトルシステムを必要とするため『野良試合』ができず、メジャーな競技ほど『競技人口』は多くない。しかし、現代ではアイドルの人気は『国民的』と言っても過言ではないほどのものだ。そんなアイドルの中でも『トップアイドル』と呼ばれるような存在……誇張の必要もなく『国民のほとんどが顔を知っている』のが彼だ。いくら現代人が平場では『熱狂』しなくなったとは言え、限度というものがある。
つまり彼が『ろくに変装もせずに出歩く』ことはある意味で傍迷惑な行動と言える。自身の影響力を勘案したならばこんなふうにひとりで『待ち合わせ』に立つなどするべきではない。サングラスこそかけているが、その程度で正体を隠し続けることができるはずがない。本来であれば。
しかし、今、彼の正体は周囲にバレていない。注目されていないわけではないが、正体はバレていない。それは葦原が『そのように』しているからだ。演技――ではない。近いものではあるが、何かを演じているわけではない。ただ『そのように』している。
もちろん、普段からこんなことをしているわけではない。葦原としても『するべきではない』ことはわかっている。まずバレないとしても万が一がある。普段から隠れて過ごしているわけではないものの、こうして『長時間同じ場所に立ち止まる』ことには大きなリスクがある。日常生活を送る上では簡単な変装程度で問題ないが――それでも振る舞いには気をつけるべきだが――それとこれとはわけが違うのだ。「立ち止まるな。歩け」は葦原が先輩に言われた言葉だが、その教えは正しい。
葦原は待ち合わせをしている。なぜこんなところで、誰と待ち合わせをしているのか。『なぜ』に答えるのは簡単だが難しい。端的に言えば『そう望まれたから』だが――誰に望まれたかと言えば、その待ち合わせをしている相手に、である。彼女の望みには葦原は逆らえない。と言うより、できるだけ応えたいと思っている。ではその彼女が『なぜ』こんな場所での待ち合わせを望んでいるのかと言うと――葦原にはわからない。曰く、「試したいことがあるんです」とのことだが……その試したいことが何かは教えてくれなかった。つまり『教えない』ことに意味があるということだ。もうそれなりの付き合いになる。彼女が何の意図もなしに行動しないことは理解している。彼女のマネージャーが何も言わなかったことがいい証拠だ。……それはそれで、問題があると思わなくもないが。信頼の証と評するよりも『都合よく使われている』ようにしか思えない。自分をそんなふうに扱えるのは彼女くらいのものだろう。
葦原だとわかっていなくとも声をかけられる可能性はある。そうなると危うい。どう対処するかは考えているが――葦原としては、自分のファンを粗末に扱いたくはない。だがひとりのファンを特別扱いするわけにもいかない。それはフェアじゃない。葦原の同僚であれば「そもそもフェアなものなんてなくない? 席番号と同じだよ。運しかない」と言うだろうが、実現が難しくともそうあろうと努めることに意味がある。誠実であるべきだ。可能な限りは。
だから、今自分に話しかけようとしている少女に対しても相応の振る舞いをしようとしていた。ずいぶんと小柄で、帽子と姿勢から顔は窺えないが小学生かそこらの少女だということがわかる。……子どもであれば、と思わなくはない。しかし例外はつくるべきではない。自分に声をかけるとすれば幼くとも高校生……中学生の少女だと思っていたが、こんな小さな女の子が見知らぬ男に声をかけるとは。いくら人通りの多い街中だとは言え、危険性がないわけではない。相手が中高生であっても多少の注意はするつもりだったが……これは、きちんと言ってあげなくちゃいけないかもしれない。葦原の頭の中で『口封じ』よりもそちらのほうが優先度は高まっていくが――声が届くほどの距離になって、ようやく気付いた。その『どちらも』が必要ないことに。
つまり、少女は葦原の待ち合わせ相手だった。
「……すごいな、陽依ちゃん。気付かなかったよ」
「あ、声かける前にバレちゃいましたか。う〜ん。実験失敗」
そう言って陽依はあごに指先をあてる。キャスケットを被って眼鏡をかけて、服装もよく見る『夜』をまとうような黒系統のものではなく、暖色系のカジュアルなもの。さらにスカートではなく、ビッグシルエットのカーゴパンツなんて履いている。いつもとは大きく雰囲気が異なっていて、顔が見えるまで気付かなかった。
「大人っぽく見えるね。お姉さんだ」
「中学生っぽいですよね。背伸びした。靴も実はシークレットだったりして」
確かに『お姉さん』と言っても中学生くらいに見える。しかし『背伸びした』とは思わない。完全に垢抜けている。そう伝えると「あー……じゃ、これで」と陽依は少し姿勢を変えた。立ち方を。……それだけで確かに『背伸びした』ように見える。葦原も立ち方で印象を変えることはあるが、目の前でやってこうも大きく変えられると手品のように思えてしまう。
「でも、今日はもう目的を果たしたからいいです。十分『イケそう』なので」
「通用しそう、ってことかな。……変装の精度を試したのか」
「わたしは大丈夫だって思ってたんですけど、冬城さんが心配するので。今ならバレても問題ないですし」
「あると思うよ。ハリウッド女優さん」
「『騒ぎ』くらいなら落ち着かせられますから。わたしのブランドイメージの問題です」
葦原は理解する。今の年齢なら外で誰かと歩いているのがバレたとしても問題ない、と。……葦原をひとりで立たせて注目度を上げ、そんな彼に『声をかける少女』であっても自分の正体を隠すことができるかどうか。これみよがしに周囲に視線を散らしていることからもその意図がわかる。『答え合わせ』だ。
「まあ『兄さん』が相手なら問題ないと思いますけどね?」
「だろうね。俺としても、陽依ちゃんが相手なら問題ないだろうし」
しかし、ほんとうに――『女の子』になったな、と思う。
初めて会ったときから、もう五年近く経過している。今は小学五年生だと言うのだから驚きだ。そんなに時間が経ったのか、と。
ただ、目の前の少女がこの五年の間に為したことを思えば『まだ五年しか経っていないのか』と思うべきだろう。初出演の映画『プロフェッショナル・キラー・イン・ガール 透明人間の殺人』から始まって、様々な作品に出演している。映画やドラマ、MVの出演――これに関しては『天羽天音専属』のようになっているが――初めてアニメ映画の声優として抜擢されたときのことは覚えている。『あの』陽依が自分に対して教えを求めに来たのだから。ちなみに教えるまでもなく陽依は完璧に演技をこなした。陽依自身は「やっぱり、わたしには向いてないですね」と言っていたが……確かに、陽依の真価は発揮できていなかったかもしれない。葦原としては『声だけでもここまでできるのか』と思わされるほどのものではあったが。
しかし、そんな中でも最も大きな出来事と言えばハリウッド映画の出演だろう。後になって聞いた話だが、陽依のマネージャーである冬城はオファーに渋っていたらしい。しかし最終的には利のほうが大きいと判断して出演することを選んだ。陽依は自らの力を示した。それも大きく。「『箔』が欲しかったんです」と陽依は言った。「だから、まあ、二度目はないかな。アイドルを卒業してからなら、可能性はありますけど」
多くの役者にとっては『生涯の夢』であってもおかしくない『それ』を陽依は手段として見ていた。冬城にとってもそうなのだろう。考え方が違うな、と葦原は思う。もっとも、葦原もまたハリウッドの(ではなくとも、海外映画の)出演オファーがあったとしても受けるかどうかは難しいところだ。役者としてなら是非とも受けたいが――葦原の本業はアイドルであり、その優先順位も同じことだ。アイドルとしての活動が制限されるのであれば受けることはないだろう。……いや、そもそも出演オファーなんてないだろうし、オーディションに参加するのも難しいだろうが。そんなことはわかっている。英語も簡単なものしか話せないし……陽依は流暢に話すが、いったいどこにそんな時間があったのか。学びたいところだ。
「兄さん? やけにわたしのこと見てますけど……かわいすぎて見惚れちゃってます?」
「かわいいと思ってるのは確かだけど、見惚れてはないかな。……色々あったな、と思って」
「おじさんみたいなこと言ってる」
「そろそろ冗談じゃなくなる年齢だなぁ……」
「それ、冬城さんに言ったら怒られますよ」
「陽依ちゃんから言っておいて?」
「兄さんがおじさんみたいなこと言うのが悪いんですー。……そろそろいいかな」
陽依が周囲をちらりと見て、葦原に笑いかける。
「じゃ、デートしましょっか。兄さん?」
「……その『兄さん』呼び、クセになりそうだからやめてくれない?」
「クセに『してる』んです。あと、デートに対する反応はないんですか? あ、もしかして意識してます? わたしのこと。……しちゃってますか? 禁断の恋♡」
「俺の恋人はファンだけだからなぁ」
「あ、わたしが兄さんのファンじゃないみたいに。と言うかファン相手でも禁断の恋ですよー」
「確かに」
陽依の『兄さん』呼びにはもちろんきっかけがある。と言っても単純なもので『そういう役』を演じたからだ。葦原が演じる役の妹をとある連続ドラマで演じた。連続ドラマ『越境』。監督は枢木巌であり、ジャンルとしては『刑事モノ』になる。
主人公である刑事は過去に恋人を殺されており、犯罪を決して許さない『過激な』刑事として描かれている。手段を選ばずに犯人を追い詰める彼は一話目から視聴者が『引く』ほどに暴力的な手段で犯人を捕まえるが、そんな彼のバディとして選ばれたのはどこか恋人を思わせる女性だった。
彼女は明らかに主人公の『ブレーキ役』であり、こういったストーリーにおける『ブレーキ役』というのはたいていの場合において視聴者から『邪魔者扱い』されるものだが、あまりにも過激なバイオレンス描写から視聴者も『こいつには首輪が必要だ』と思わされるため邪魔者扱いされていない。
その主演が葦原だ。過激なバイオレンス描写とは言ったが『直接的』な描写はそれほど多いわけではなく、一貫して『想像させる』描写が多い。スピード感のある展開が魅力のひとつでもあり、娯楽性を重視しながら社会問題も取り扱ったストーリーは評価も高く、白鷺文乃が脚本を担当した第五話は『傑作』として放送当時から大きく話題になった。
葦原の妹を演じた陽依は作品の清涼剤としての役割を果たした。葦原を『兄さん』と呼び慕い、心配してみせる姿は視聴者に癒やしを与えた。葦原演じる主人公も妹には優しく、だからこそ『刑事』としての顔とのギャップが際立っていた。
陽依は葦原の過去を認識しており、犯罪に強い憎しみを持っていることも知っている。葦原の恋人とも仲良くしていた過去も描写されるくらいだ。陽依は葦原に刑事を辞めてほしいと思っている。葦原はそれに気付かないフリをしている。そんな描写が何度も描かれる。
ストーリーは一話ごとに独立しているが、繋がりもある。全十一話のストーリーの中でも第七話で起こった事件から葦原の恋人を殺した『真犯人』の存在が示唆される。第二話からその存在を語られている犯罪組織が関わっている、と。
それからはその犯罪組織に関する話になる。第十話では葦原はとうとうその『真犯人』と対峙し、銃を向けるが……撃つことはなく、法の裁きに任せる。バディ役の女性は安心した様子を見せて、陽依は泣いてそれをよろこぶ。ただ、よろこぶだけではなく葦原に寄り添い、悲しんでもいた。葦原はそんな陽依を見て感謝の言葉を述べて、空を見上げる。そこに居合わせていたバディ役の女性は目に涙を湛えながらも、微笑みを浮かべている……。
そこで第十話が終わる。完結回としてもまったくおかしくはないが――話はそこでは終わらなかった。
最終話でも事件が起こる。いつものように。殺人事件だ。犯罪組織など関係はなく、独立した事件……に思えた。
犯行は警察に挑発的なものであり、葦原も捜査に加わった。捜査を進めるうちに被害者は一人だけではなく、連続殺人事件であることが判明する。犯人の動機が見えず、捜査も行き詰まる中、犯人からの『挑戦状』が届く。そして葦原のバディが気付く。これは復讐ではないか、と。葦原が第一話で担当した事件、『過激な捜査』を行った事件。それに対する復讐ではないか、と。
その事件の犯人、その関係者を調べると、ひとり、行方がわからない男が浮上した。捜査する中で葦原は男と対峙する。証拠はない。しかし、直感的に『犯人はこの男だ』と確信する。男は言う。「確かに、私はあの事件を担当した警察官に思うところはあります。しかし、それならその警察官に矛先が向かうとは思いませんか? 無関係の市民が犠牲になるなど……ああ、でも、そのほうが警察にとっては痛手でしょうか?」そんな彼に葦原は自分がその警察官であることを明かす。男は微かに反応を示すが、葦原に手を出すことはない。膠着。「ああ、まさか、手を出させようとしたのですか――どうやら、あなたは本当に『その人』のようだ。今回の事件の犯人も、あなたの『捜査』で見つかればいいですね」そう言って男は葦原の前から去っていく。葦原はそれを見送ることしかできなかった。
上司やバディに男との件を伝えると危険だと言われる。自分が囮になるようなものだ、と。しかし、これで狙いは葦原に向かうだろう。そう思われた。そう『思わせる』ストーリーテリングが為されていた。そして葦原のバディの行方がわからなくなった。
葦原本人ではなく周囲を狙ってきた。バディは手がかりを残していた。葦原はそれを元に男を探し、見つける。男が犯人であるという証拠はない。しかし、間違いなく犯人だ。葦原は男を尋問する。男は答えない。葦原は男を身動きできない状態にして、男が居た家屋を捜す。どこかに監禁されているかもしれない、と。その間、ずっと男は話している。
「私はね、思ったんです。復讐というものはどうやって果たされるべきか。あなたが違法な捜査により逮捕した彼は――弟は、おそらくは始末されるでしょう。遠からず『不審死』を遂げるはずです。凄惨な死を。そう、そうだ。いや、もう遂げているのに、その情報が流されていないのか――あなたは知っていますか? 弟はどうやらとある組織に関わっていたようなのです。確か……」
そして彼が口に出した『組織』は葦原たちがずっと追ってきて、『解決』したものだった。
「……それは知らなかったな。なら、ニュースにでもしてくれればよかったのに。ああ、そうか。……ハハッ、それなら『ここまで』しなくてもよかった」
その言葉に葦原は振り返った。男は――少しだけ、困ったように笑っていた。
「探しているものの場所を教えましょう。あそこに――クローゼットがあるでしょう? そこに、あなたが探しているものがあります」
そう言われて、葦原はゆっくりとクローゼットに向かって歩いていく。緊迫感のあるシーンだ。息遣いさえ聞こえるほどの静かなシーン。そこで電話が鳴る。葦原のものだ。震える手で電話を取る。電話先の相手は『探しているバディ』だった。「私は無事です! 今どこに居ますか。待っていてください。早まらないで」と焦った調子の声。葦原は動揺する。なぜ、どうして――なら、このクローゼットの向こうには。
「おや? ……まだ発見されていなかったのですか。と言うより、まだ知らなかったとは。刑事さん――家に、帰っていなかったんですね」
電話はまだ繋がっている。声が聞こえる。遠くに。荒い息の音が大きくなる。耳鳴りのような音。震える手でクローゼットに手をかける。そして、開いた向こうに――死体があった。穏やかな死を遂げたものではない。『凄惨な死』を迎えたことが窺える死体が。
最愛の妹の死体が、そこにあった。
葦原は迷わず銃を構えて男を撃った。男は崩れ落ちる。死体さえ映らない。カメラはずっと葦原を映している。葦原は息を荒げ、肩を震わせている。銃が手から滑り落ちる。その場でしゃがみこみ、陽依に向かって手を伸ばす。その死体を抱きしめる。悲痛な声が漏れる。震える声が。出そうと思って出したものではなく、荒い息とともに『漏れ出す』ようなものだ。鼻をすする音、荒い息、震えるような声、半開きのままの口。ふるふると瞳を揺らす。濡れた瞳を。そして口を閉じて、目蓋を閉じる。強く、強く。その端から、一筋の涙が流れ――終幕。
この最終話には大きな反響があった。良くも悪くも。賛否両論だが、間違いなく『否』の声のほうが大きかっただろう。陽依は「あの話が放送された後、会う人会う人みんな泣くから大変でしたよ〜」なんて笑っていたが、陽依はそういう演技をしていた。愛される演技と、それが喪われる演技。話を聞くに陽依の両親や冬城も『ひどい』反応をしていたと言う。そりゃそうだと葦原は思った。自分だって実際に目の前にしたときは演技を忘れてしまうところだった。間違いなく『名演』ではあるのだが……ストーリーは賛否両論であったが、陽依と葦原の演技は非常に高い評価を得ていた。監督は叩かれていた。彼は笑った。「ははっ! こういう反応がいちばん『おいしい』。わかるだろう?」……わかってしまう自分も居たので、葦原は無言で応えた。陽依も笑顔だったが無言で応えていた。
こういった経緯――大きく話題になった連続ドラマ『越境』で『兄妹』を演じ、またその『兄妹』への需要が非常に高いものになったという経緯があって、陽依は葦原を『兄さん』と呼ぶようになった。いつも呼んでいるかと言うと『呼ぶこともある』だが……今日は呼びたい気分らしい。葦原としては満更でもない。こんなにかわいい妹ができて嫌な気持ちになるわけがない。
ただ、陽依が葦原を『兄さん』と呼ぶたびに冬城から冷気が吹いてきているような気がしてならない。需要自体は認めているが、それはそれ、これはこれということなのだろう。こわい。冬城が『お姉ちゃんと呼んでほしい』と言えば陽依は呼んでくれそうだが、それを口に出すわけにはいかないのだろう。難儀なものだ。
「あ、出発する前に写真撮りましょ、写真。『兄妹デート♡』って付けてSNSに上げるので」
はい、ピース! と写真を撮る。それから葦原の手を取り、陽依は「今日はわたしがエスコートしてあげます!」と言って先導する。葦原は苦笑してそれに付いていく。
「ここ! ここのチョコのフローズンドリンクがおいしくて〜……カレンちゃんに教えてもらったんですけど、葦原さん、知ってます?」
「知ってはいるけど、飲んだことはないな。……陽依ちゃん、飲み切れる?」
「大丈夫です! ……でも、これ飲むとお腹いっぱいになっちゃうんですよね。昔に比べると多く食べられるようにはなったんですけど……わけっこ、してくれます?」
「もちろん。……ストローは二本もらわないとね」
「あ、間接キスイベント回避してる」
「アイドルですから」
チョコレートブランドのショップでフローズンドリンクを飲んだり、アクセサリーショップに行ったり、雑貨屋にも行ったりする。「お母さんとお父さんに何か買って帰るなら何がいいですかね? 兄さんチョイス……期待してます!」なんて無茶ぶりをされたりもした。ゲームセンターに行ったり、駅ナカの広告――陽依や葦原が映っているものの前に立って、同じポーズをしてみせたり。それを撮り合ったりした。
「んー……カラオケとかも行きたかったけど、さすがに時間足りないかな。兄さん、枢木監督から連絡は?」
「まだない。……人を呼んでおいて『まだ準備できていないからふたりで遊んでおいで』って、ちょっとどうかと思うよ」
「あ、それはわたしが手を回しました」
「…………どうかと思うよ?」
葦原は陽依に視線を向ける。陽依はえへへと笑った。それだけで許したくなってしまうのだから自分は彼女に弱いなと思う。
「いやー、いい素材が撮れました。お土産も買えたし……お母さんとお父さんもよろこびます!」
「ご両親がよろこんでくれるなら何よりだよ」
「はいっ、ありがとうございます!」
ぺかー、と満面の笑みを輝かせる陽依が眩しい。サングラスをしていなかったら危なかった。
そんな折、枢木監督から連絡があった。住所がぽんと書かれている。陽依にも同じものが届いたのだろう。「ここ、どこですかね?」と首を傾げる。
「ここは……確か、ミニシアターがあったはずだ」
「ミニシアター。……枢木監督って、確か」
「うん。ミニシアター出身だね」
今日、葦原と陽依はデートをしに来たわけではない。あくまでもデートは『ついで』だ。(もちろん、そんなことは露も口に出せないが)。ふたりは枢木監督に呼び出されていた。言うまでもなく葦原と陽依は多忙である。それを気まぐれで呼び出す――わけがなく、もちろん仕事の話だろう。葦原は自分のマネージャーに詳細を聞いていないし、陽依もそうだと言う。
「わたしが思うに」陽依は頭脳派アピールするように眼鏡をクイッと上げてみせた。「仕事の話じゃない可能性もあります」
「それは……ないんじゃないか?」
「あります。冬城さんが『面倒だったら断ってもいいわよ。仕事に繋がるかもしれないけど、そうと決まったわけでもないから』って言ってましたし」
「それ最初に言ってくれない!?」
と言うか俺はそんなこと聞いてないんだけど? もしもしマネージャー?
いや、陽依ちゃん一人で行かせるわけにはいかないし、聞いてたとしても行くけどさぁ!
これがトップアイドルへの扱いか……? 葦原は思った。
これがトップアイドルへの扱いである。