サキュバスアイドルマイスター 〜演技力カンスト役者、アイドル育成ゲームの世界に転生する〜 作:エビノース志月
望月陽依ちゃんは超絶美少女天才子役!
そんな陽依ちゃんのファンであり、彼女と同じようにトップアイドルを志す夢咲郁ちゃんは有名企業のお嬢さま!
郁は幼い頃から自社製品のCMに出演しており、憧れの陽依ちゃん(とついでにトップアイドルの葦原国近)とそのCMシリーズの新作で共演することに!?
そんな中、郁は陽依ちゃんに彼女が「アイドルになるためにしていること」に参加してみないかと誘われて……?
かんたんキャラ紹介
望月陽依:超絶美少女天才子役 本作の主人公
夢咲郁:負けず嫌いのお嬢さま 陽依のファン 今回の視点人物担当 原作では星見カレン(後述)のライバルでもあったらしい
冬城玲奈:陽依のマネージャー
星見カレン:陽依が子役としての活動を始める前から天才子役と呼ばれていた少女 陽依や郁とは同い年 原作ではタイトルの「顔」とも呼べる存在であり、郁のライバルでもあったらしい
「天羽天音に、レッスンを……?」
郁の疑問に陽依は「はい」とうなずいた。「彼女とは縁があったので、頼んでみたんです。歌にはあまり自信がなかったので」
「頼んだ、という表現は適切ではないと思うけれど」と冬城。「陽依ちゃんの場合は『取引』じゃないかしら」
「たいていの頼み事がそうだと思いますよ? わたしの場合は……確かに、その色が濃いかもしれませんが」
陽依と約束をした水曜日。郁は陽依と冬城玲奈――陽依のマネージャー――に『レッスンの場所』へと連れられていくことになっていた。夢咲家まで来た陽依と冬城は郁の母と少し話し、(郁の母は「郁さんのお友だち……!」と目を輝かせていたが、時間の都合で早めに切り上げてもらった)、郁を車に乗せて出発。郁と陽依は後部座席に、運転手は冬城だ。どこでどんなレッスンをするのか、郁は知らされていなかった。おそらく父や母には事前に話していたのだろうが――いや、どうだろう。父や母が知っていれば自分に教えてくれるはずだ。それに、聞いた今となっては『秘密』にすることも納得できる。あの『天羽天音』にレッスンを、なんて……そんな贅沢なことがあるのか、と思う。
「名選手、名監督にあらず……じゃなかったのかしら」
天羽天音ほどの『名選手』はそうそう居ないだろう。シンガーソングライターとして活躍する彼女は『歌い手』というよりは『書き手』としての実力を評価されることが多いとは言え、それでもこの国で最も有名な『歌い手』の一人である。
彼女は自分以外の歌い手に曲を提供することもあるし、それらの曲に関しては天羽本人よりもその歌い手が歌ってこそのものだと感じられる。しかし、それ以外の曲に関しては『天羽天音の曲は天羽天音が歌ってこそ』なんて言われているほどの実力も持っている。
本人以外の誰が歌えるのかと思われるほどの超絶難度の曲を書くこともあれば、自身の『声』を完全に曲の一部として見做した曲も書く。その『書き手』としての自分の要求に応えられるのが『歌い手』としての天羽天音だ。それほど信憑性があるわけでもないが――音楽関係者が選ぶ最も技術がある歌い手ランキング、なんてテレビ番組のコーナーでは一位を獲得したこともある。その真偽は別として、少なくともその結果が『納得』をもって世間に受け入れられると判断される程度には彼女の実力は秀でている。
一聴すれば『天羽天音の曲だ』と思わされる独特なコード進行を頻用する彼女だが、そのジャンルは多岐にわたる。明るい曲も切ない曲も盛り上がる曲も、音の数や種類が多い曲も、その逆に使われている楽器の数が極端に少ない曲もある。『ポップス』と一括りにすること自体はできるかもしれないが、とあるロックミュージシャンは「アマネが書くから『ポップス』にならざるを得ないんだよ」などと語っている。つまり、本来は『大衆音楽』と呼ばれるようなジャンルではなくても彼女が書いて歌えば『大衆』に届いてしまう。届かせるだけの力がある。それが天羽天音というシンガーソングライターだ。
ライブバトルリーグの隆盛によりシーズン中は毎日のようにアイドルのステージパフォーマンスが観られる現代において、それでもなお『歌』で大衆の心を掴むことができる特異点。それが天羽天音だ。アイドルに求められる能力は多方面に及ぶが、『歌』という側面だけを考えるならば彼女に匹敵するような存在がいったいどれだけ居るだろうか。
先日顔を合わせたトップアイドル、葦原国近……彼は所属グループ『STorY’S』において最も総合力に秀でていると評価されている。歌やダンス、とかくに『パフォーマンス』のすべてが高水準。業界トップクラスの実力と言っても決して過言ではないだろう。
しかし、その上で。……天羽天音は、『歌』だけで言うならば葦原国近でさえ及ばないだろう。アイドルではなく、ライブバトルシステムのような『競技』に出演したことのない彼女だ。他者との優劣など考えられるものではないが――あの『サクラ』と同じ時代から活躍し、歌だけならば決して負けていないなんて評価さえ受けたことがあるような怪物だ。
郁が知る限りで最も優れた『選手』のひとり。その天羽天音に、レッスンを……。確かに、興味がないわけではない。しかし、陽依が言ったのだ。『名選手、名監督にあらず』。葦原国近と違って、彼女は異性ではない。性別という共通点はある。だが、『だから大丈夫』なんてことにはならないだろう。
そもそも、天羽天音は葦原国近よりも指導者に適しているとは思えない。シンガーソングライターとしてステージパフォーマンスをする際にもほとんどMCをすることはなく、バラエティ番組などにも出演することはない。インタビュー記事などが出ることはあるが、そこから窺える人柄は『コミュニケーションをする気があるとは思えない』というもの。ミステリアスなんて言われることもあるが、端的に言って社会性がない。音楽に関すること以外は壊滅的。それが彼女に対する世間からの評価だ。……そういった面も含めて一種のカリスマとして崇められていることを郁は知っているが、理解することはできていない。
そんな彼女に、レッスンを? ……いったいどれだけの効果があるのか。郁は懐疑的にならざるを得なかった。専門のトレーナーを頼ったほうがいいのではないか? と。いや――専門のトレーナーになら『もう既に師事している』。郁はそうだ。陽依もそうなのではないか? その上で『さらに得られるもの』を求めているのでは……。
郁は聡い少女であった。そして、陽依のことを認めている。陽依が――『名選手、名監督にあらず』なんて言ってみせた陽依が、それをわかっていないはずがない。
しかし。
「名選手は必ずしも名監督ではありませんが――名監督になりえないわけでもありません。天羽さんは、名監督ですよ」
陽依の言葉に、郁は眉を上げる。天羽天音が、名監督? それは……。
「イメージに合いませんか? まあ、確かに独特のコミュニケーションをする方ではありますし、率直に言って、人間性を疑う方でもあります。名監督に必要とされる資質を持っているとは思えないでしょう」
「名監督に必要とされる資質、ね」郁は舌の上でその言葉を転がした。「そんなものはないわ。名監督が名監督であることを証明するものはひとつしかない」
「と言うと?」
「結果よ」郁は胸の前で拳を握った。「結果だけがそれを証明することができる。……まあ」
それを考慮してもなお、天羽天音に指導が得意なイメージなんて欠片もないけれど。
郁の言葉に陽依は耳をくすぐるような甘い声で笑った。「それはそうですね。指導が得意というわけでは……ないんでしょう」
「なら」
「でも」陽依はまっすぐに前を見た。「あの人は間違わない。そして『結果』もある」
「結果? そんな話は聞いたこともないけれど」
「そうでしょうね。今はまだ出ていませんから」
「はぁ?」
今はまだ出ていない? それは……話にならない。言っている者が陽依でなければ帰っているところだ。
しかし、陽依の目には確信があった。それに、天羽天音の指導が的外れなものであったとしても『望月陽依がどんな指導を受けているのか』という情報には価値がある。
天羽天音は信頼できない。陽依のことも……信頼は、できていない。単に『したい』というだけならそうなのだが、郁の理性はそれを許すことができない。
「……まあ、いいわ。どんな荒唐無稽なものでも、受けることは変わらない。どうせ時間が経てばわかるんだし、今は陽依と話すことを優先すべきね」
「そうですね。わたしも、郁ちゃんと話すことを優先したいです」
それからは努めて他愛のない話をした。郁は陽依に聞きたいことが山のようにあったから、努力して抑えなければ『インタビュアー』になってしまう。それは望ましくない。かと言って自慢話のように自分のことばかり語るのも好ましくはないだろう。
先程までの探り合いよりも余程神経を使う時間だったが……結果として、郁と陽依は昨今のライブバトルリーグについて議論することになった。
「ライブバトルシステムが判定する感情の動きをハックするために『感情が動く場所』を多くした曲が第五世代の頃に流行ったじゃない? 第六世代以降のシステムでは対策されているけれど……あの頃の曲も今となっては良いものだったと思うのよね」「わかります。『ライブバトル』に勝つために先鋭化されていった結果としての曲なんですけど、だからこその良さってものがありますよね。漫才の賞レースで『笑い』をどれだけ『盛れるか』を突き詰めたような……時間を一刻も無駄にせず、どの瞬間でも『笑い』が生まれるように計算しているような」「なんで漫才に例えたの……? わからなくはないけれど。ライブバトルリーグの持ち時間ギリギリに詰め込む、とかね」「あの『持ち時間』も難しいですよね。なかったらなかったで例の『十二時間ライブ』の再来があるかもしれないですし」「みんなハックしてくるものね。私としてはやっぱりシンプルな『サクラルール』が好みだけれど……」「『三十分以内・バーリトゥード』」「そ。前に『サクラルール』採用の地方リーグで漫才をしているバカが居たわ。嫌いじゃないけれど」「っ……それは見逃してましたね。ログあります?」「あら、興味あるの? 陽依も物好きねぇ」「そう言う郁ちゃんこそ」「ふふ」「えへへ」
余談だが、それを聞いている冬城はちょっと引いていた。
絵面だけなら微笑ましい一幕なのだが、内容が喫煙室で熱い野球トークをかます中年男性のようなものだった。
思ってたんと違う――
※
天羽天音の自宅兼仕事場。
音楽スタジオのハコに居住スペースが併設されていると言っても過言ではないその場所は傍目には『謎の施設』だった。
ガレージには車が一台――それを見た陽依が「あれ? お客さんですかね?」と口を出す。天羽天音は車など持ってはおらず、ガレージは完全に『来客用』のものであるらしい。
そこに自分たちが乗ってきたものではない車が一台。先客が居るのだろうと思われた。
機材搬入口(としか思えない扉)横のインターフォンを陽依が鳴らすと遠隔操作で扉が開いた。冬城が連絡をしていた様子ではあったが……少し不用心にも思える。
と言うか、ホントに『家』とは思えないわね。郁はゆっくりと視線を散らしながら考える。生活の『におい』がない。機材搬入用だろう台車がいくつもある。その一角にスーパーの倉庫かと思われるような飲料水の段ボール箱が積み上げられたスペースがあることがかろうじて『生活』を感じさせる。
でも、効率的とは言え『食品搬入口』や『倉庫①』『録音①』などが床に矢印で書かれて看板まであるのはやはり『施設』としか思えない。頻繁に業者の世話になるのであれば確かに有用かもしれないが……。
陽依は何度か来ているのだろう。先導して前を歩く。「あの車……誰が来ているんでしょうか。仕事の話かな」
「いわゆる『高級車』ではないわね」と冬城。「パッと見た限り、こだわりが強いタイプだとは思うわ。外面も気にする。私の『知り合い』ではないでしょうね」
「冬城さんが知らないか」陽依がつぶやく。「お偉いさんじゃなさそうですね。ってことは、個人的な……? 飛び込みでしょうか」
「これはプロファイリングと言うより勘になるけれど」冬城が先程の言に付け加える。「あの車に乗っていたのはクリエイターだと思うわ。『監督』ね」
「ふふっ。それはそれは」陽依が楽しそうに笑う。「いつかのわたしたちみたいですね。懐かしいな。でも……あの人は難しいんじゃないかなぁ」
『いつかのわたしたち』。陽依が天羽天音と親交を持つきっかけになったのは――郁の推測はそのまま口から漏れ出した。「『see A』のMV出演はプロガーの主題歌を提供させる取引材料?」
「結果的には。……さすが郁ちゃん。良い推理です。でも、本命は違いました。あの人は『歌える人』には甘いので」
「宮坂莉央、か。……陽依もそう?」
「残念なことに、わたしは違います。郁ちゃんはどうでしょうね」
「この私よ?」
「見抜けなかったら、そっちのほうが節穴――ですか?」
「ええ。もっとも、陽依を見抜けていないのなら、その時点であまり期待できないけれど……」
そう口にしながら、郁は『陽依の歌が天羽天音に評価されていない』ことを頭に入れる。レッスンを受けているのであれば『見込みがある』とは思われているのかもしれないが……プロガーの主題歌も担当した宮坂莉央のことを思い出す。彼女が水準だとすれば、確かに難しいかもしれない。志望と適性が合っていない怪物だ。負けるつもりはないが、まだ勝てないことは認めるべきだろう。
宮坂莉央はアイドルではないが、郁にとっては『将来の敵』のひとりだった。確かに『ライブバトルリーグ』だけを見据えるならば敵にはならないかもしれないが――同じ芸能界で生きるのだ。頂点を目指すのであればいずれ勝たなければならない相手であることに違いはない。葦原国近と同じく。
「……この声」
リビングスペース(だろう場所)の扉を開けると、声が聞こえた。男性の声だ。聞き覚えはない。ただ、必死そうに声を荒げていることはわかる。……只事ではないことが起こっている? 郁は身体の緊張を感じた。ちらと陽依の様子を窺う。「仕事の依頼っぽいですね。何かの監督なら、あの人の曲が欲しいのかな。それで断られたところを諦めきれず……っぽい?」
「聞こえたの?」
「断片的に。物音には敏感なんです」
郁はほとんど聞こえなかった。断片的に、であれば確かに聞こえたが……男性の声で、必死そうな感情の色以上のことを、『言葉』として聞くことはできなかった。脳が声を言葉として処理する準備ができていない状態だったということも大きいだろうが、それを抜きにしても聞き取りにくいものだっただろう。冬城を見ると首を振られた。やはり、陽依だけが聞き取ることができたらしい。意識が違う。
思えば、先客が居るということはわかっているのだ。リビングスペースでは防音もそれほど機能させておらず、声がある程度通るようになっている。そのことを組み合わせて考えれば『扉を開ければ何か話が聞こえるかもしれない』という答えに至るのはわからなくもない。ただ、それにしても精度が高すぎるとは思うが。
「一応言っておきますけど、かなり当てずっぽうですからね? 冬城さんが『監督』っぽいって言ってたので、そこから逆算しただけです。あの人への用なんて歌くらいでしょうし……受けてもらえたなら、声を荒げる必要もない。まあ、あの人は神経を逆撫でにするようなことも言うので半々ですけど、怒ってる感じじゃなかったので」
「……そうね。確かに、その通りか。感情的な声に動揺して思考が鈍っていたわね」
「そう言える郁ちゃんはすごいです」
「私が偉大であることは否定しないけれど、今回はすごくもなんともないわ。反省ができないことは単に愚かなだけだもの」
その言葉に陽依は楽しそうに笑った。冬城は苦笑している。反感を買いそうな言葉だったからだろう。しかしその点に関しては郁に改めるつもりはなかった。不必要に大衆の感情を煽るつもりはないが、それを恐れて自分を曲げるつもりもない。『それ』は夢咲郁ではなくなるから。
そんな話をしている内に部屋の前に到着した。ここまで来れば声もはっきりと聞こえてくる。「どうか、どうかお願いします……!」と言う男の声。来客には気付いていないだろう。陽依がコンコンと扉をノックすると、ガタッと椅子が床を叩くような音が響いた。続いて「入ってください」と天羽天音の声。入っていいのか……。郁はそう思いながら、陽依に続いて部屋へと入る。
「なっ……なんだ、君たちは」
若い男だ。おそらくは二十代半ば。背伸びをして買ったのだろうスーツに着せられているような印象を受ける彼は突然の訪問者にあからさまに動揺している。視線は揺れ動き、声も浮いている。
「いや、と言うか……望月陽依? どうして、ここに」
「先約です」人形のように表情を動かさない天羽天音が口だけを動かす。「帰ってください。約束です」
「それはっ……しかし、あなたが首を縦に振るまでは」
「そうですか」
一言、天羽天音はつぶやいてスマホを取り出す。それを見て、どうしてか陽依が慌てた様子で「ちょ、ちょっと待ってください。ストップ、ストップです!」と彼女に飛びつく。
「? なんですか、陽依さん」
「今、通報しようとしてましたよね?」
その発言にぎょっとする。自分たちもそうだったが、男の反応は劇的だった。「ハァ!?」と声を荒げている。しかし、天羽天音は何の動揺も感情も見せず、
「それが?」
と尋ねる。……理解は、できる。帰れと言っても帰らないと返す男を『帰す』ための手段としては、確かに効果的なものだろう。しかし、それにしては判断と行動が早すぎる。『交渉』をする気がない。『このまま居座るつもりなら通報する』などの通告を飛び越えて最終手段を躊躇なく選ぶ。噂通りの人間性だ。……自分たちが来るまでは『会話していた』ということまで含めて。
「通報は、やめてほしいんです。わたしが説得するので……待ってください」
「そうですか。手早くお願いします。陽依さんの時間がもったいない」
「ありがとうございます」
ほっ、と陽依が安堵の息をつく。陽依が止めなければ本当に通報していたのだろう。もちろんその手段は残しておくべきものではある。しかし、あくまでも『残しておくべき』であって最初に選ぶようなものではない。説得してなんとかなるならそうするべきだ。男のために、と言うよりは単に自分たちが『面倒』に巻き込まれることを回避するためにも。
「と、いうわけで」陽依はくるりと身を翻して、男に対して微笑みかける。「はじめまして、七堂監督。望月陽依です。まずお聞きしたいのは、あなたが天羽先生に何を依頼していたのか、です」
「……はじめまして、七堂だ。しかし、君に話して何になる。天才子役の魔王様なら僕を説得できるとでも?」
「星見カレン」陽依がつぶやく。男――七堂が大きく目を見開かせた。「やっぱり。……カレンちゃんのドラマですね。テレビ局のスタッフ――プロデューサーは? ああ、いっしょに居ないってことは独断専行ですよね。天羽天音へのオファーは会社としての判断ではない。あなた個人のもの。……逆によく会えましたね。先生の判断が謎です」
「断る理由がないので」
「断らないと『前例』に倣う人が増える恐れがありますよ。先生の曲が欲しい人に殺到されたくはないでしょう?」
「邪魔ならその時に断ります」
「そうなったら手遅れだと思いますが」
「……たしかに」
確かに!? 今、確かにって言った!? 郁は思った。きっとみんな思っていた。冬城が「ッフ……」と声を漏らしてぷるぷると震えている。ウケてるんじゃないわよ。変に肝が据わってるわね……。
「先生は納得してくれたみたいですね。話を戻します。七堂監督、改めてあなたの口から話が聞きたい。わたしの推理はそう大きく外れてはいないと思うんですが……どうですか?」
「……まず、どうして僕のことを知っているのかも、企画のことを知っているのかもわからないが――星見カレンからか?」
「いいえ。カレンちゃんは話しませんよ。ただ、知っていただけです」
「答えになっていないな。……だが、まあ、そうか。彼女は話すような子じゃない、か」
七堂は観念したように息をついた。そして陽依の顔を見る。
「望月陽依、君の言う通り、僕は星見カレンが出演するドラマの主題歌を天羽天音先生に書いてもらうためにここに来た。彼女の曲がどうしても欲しい。諦めるつもりはない」
「諦めるつもりがなくても通報されたら終わりだと思いますけど……ちなみに、先生。あなたが断った理由は?」
「書く理由がないから」
「つまり、あれば書くと」
……うん? 郁は陽依の言動に違和感を覚えた。七堂とか言う監督――業界人である冬城でさえ面識がないような監督だ。星見カレン出演作の監督と言うからには『それなり』なのだろうが、若さから見ても無名の新人に近いだろう存在。強引にも説得して終いだと思っていたのだが……。
「……冬城玲奈に質問。あの七堂って人、あなたは?」
「あまり。……舞台出身で、局側の人間だったはず。監督作にも覚えはないから……初監督作品?」
「知るわけないわね。なんで陽依は知ってるのよ」
その問いに答えはなかった。わからないのだろう。冬城は冬城で何か考え込んでいる様子だったが……答えが出ないことを考えても仕方ない。意識を陽依たちのやり取りへと戻す。
「先生が『書く理由』なんて決まってますよね。音楽、歌に関すること。以前のわたしは『歌姫』を提供しました。ついでにわたしも」
「『プロフェッショナル・キラー・イン・ガール』……」七堂がつぶやく。忌々しげに。「加賀美勇、か」
「はい。つまり、先生は『あの映画』だから曲を提供してくれたわけじゃない。あくまでも『歌姫』が居たからです」
「……だから、諦めろ、と?」七堂の声に険が入る。「加賀美勇の映画でさえ取引材料にはならなかった。だから、僕にも諦めろ、と……作品しか取引材料にない僕は諦めるしかない、と。そう言いたいのか?」
「いいえ」
陽依は首を振った。七堂は目を見開かせる。苛立ちから戸惑いへと、感情の色が変わる。
陽依の心は凪いでいる。
あるいは、天羽天音のように。
「先生は、作品しか取引材料になくても書くことはありますよ。過去がそれを証明している。そもそも彼女をここまで有名にしたのは『あるドラマ』での抜擢が大きい。先生の曲が『広く聴かれる』ようになること。それも取引材料になる」
陽依の言葉に郁は思い出す。そのドラマのことではない。それは郁が生まれる前に放送されたドラマだ。知識では知っていても自然と思い出すほどのものではない。
思い出したのは、先程の陽依の言葉。天羽天音への取引材料。『歌姫』ではない『ついで』。望月陽依が出演したMV『See A』。曲そのものに寄与するわけではなく、あくまでも付随するもの。それが『取引材料』になっていたという事実。
「だから」
陽依は天羽天音を見る。まっすぐに。『取引材料』を提示する。
「『賭け』をしましょう、先生。七堂監督が撮るドラマは、国民的な人気を誇るドラマになります。星見カレンの代表作になる。『天才子役』を『天才』にする」
「ならなかったら?」
「なんでも。オールインです。わたしと冬城さんができることなら、なんだって」
「そうですか」
天羽天音は淡白にそう応える。さりげなく勝手にチップ台に置かれた冬城は「えっ」と小さく声を漏らしている。天羽天音は明らかに冗談が通じないタイプだ。『なんだって』と言われたならば『なんだって』要求するだろう。
しかし、それは陽依もわかっているはずだ。わかった上でそう言っている。つまり、勝つことを確信している。
郁の目から見て、七堂にそんな信頼を置けるとは思えないが……。陽依は未来でもわかるのだろうか。冗談ではなく。ただ、そうであれば冬城が動揺していることに説明がつかない。考えられるとすれば……陽依は『未来予知』をするが、たびたび外すことがある、とか? そうだとすれば陽依の謎の自信にも冬城の動揺にも納得できる。いや、外すことがあるなら賭けなんてしちゃダメでしょ……。
「なら――『足りない』」天羽天音が陽依を見据えたまま自らの喉を撫でて言う。「私も歌を賭けましょう」
「それは」陽依が目を瞬かせる。「……願ってもないことですが、いいんですか?」
「あなたとの『賭け』のチップですから」
「…………七堂監督のドラマに楽曲を提供するのは『賭け』のチップではない、ですか」
「? はい。また別の問題では?」
「それは……まあ、はい」
別の問題かと言うと微妙なところだ。『ドラマへの楽曲提供』そのものを賭けの報酬とするとしても間違いではないだろうが――そもそも、陽依の言っているように『七堂監督のドラマが国民的な人気を誇る』ことになるならば、その時点で天羽天音には『楽曲を提供するだけの価値がある』ということになる。『賭け』の報酬である必要などなく、だ。つまり『賭け』のチップとするには『アンフェア』だ、と天羽天音は言っているのだろう。
もちろん――陽依が勝ったならば、そのときは陽依の要求も天羽天音の要求もどちらも叶った状態になる。陽依が負けたならば、陽依の要求は叶っているが天羽天音の要求は叶っていない。そういうふうに考えるのであれば陽依が『負けた』場合にのみ『代償』を払うというのもアンフェアとは言えないだろう。要するに陽依は『賭けの報酬を先払いしろ』と言っているのだから。そのために陽依が重いリスクを負うのは、道理としても納得できるだろう。
郁としては、陽依が最初に意図していただろう『賭け』で十分に成立しているだろうと思う。しかし、いや……『望月陽依と冬城玲奈がなんでもする』というチップに対して『単なる楽曲提供』では『釣り合っていない』と考えたならば、天羽天音の言には大いに賛同できる。……これ、陽依が負けたらどんなことを要求するつもりなのかしら。郁は思った。ほんとうに大丈夫なんでしょうね。
「まあ、とにもかくにも――」くるり、と陽依は身を翻す。どこへかと言えば、男へ。「七堂監督。『貸し』ですよね?」
「なっ」自分のことなのに蚊帳の外にされていた七堂が大きく顔を歪ませる。「……それが目的か。魔王と呼ばれるだけはある」
「ありがとうございます。では、取引です」
「押し売りだろうが」
「はい。でも、あなたは断れない」
「断ることはできるが?」七堂が眉を上げる。「勝手にやったことだろう」
「ふふっ」陽依は楽しそうに笑う。「そんな『かっこわるい』ことがあなたにできるのなら、やってみてはいかがでしょう。もちろん、わたしも先生も、郁ちゃんも冬城さんも――誰もひとになんて言いふらしません。誰にも知られることはない。『あなた』の恥は『あなた』しか知らない。ですから、どうぞご勝手に」
「……思っていた以上だ」七堂は不快そうに息をつく。「君のことは気に食わないと思っていたが――まさか、こんなにも意地が悪かったとはな」
「つまり?」
「買ってやる」七堂がぎろりと陽依を睨む。「それで? 僕は何を払えばいい。君が欲しいものなんて――」
「ひとつしかないでしょう」
陽依は人差し指を立てて微笑んだ。あなたが支払えるもので、わたしが欲しいものなんて。そんなの、ひとつしかないでしょう?
郁の隣に立つ冬城がため息をつく。郁も理解した。……確かに、そんなものはひとつしかない。
それは。
「カレンちゃんのドラマに、わたしと郁ちゃんも出演させてください」
「……はぁ!?」
郁は思わず大きな声を出した。陽依が『出演する』ことを要求することは読めていた。しかし……私? どうして、私が……。
「君と、そこの少女を? ……それは」
七堂が郁を見る。一転変わって冷静に。『監督』の顔になる。
「…………わかった。それでいい」
「では、交渉成立です。あとのことは冬城さんと話してください」
「ああ。……それと、その、なんだ」
言いにくそうに七堂が視線をさまよわせる。「なんですか?」と陽依がまっすぐに尋ねるのに、七堂は躊躇いながらも頭を下げた。
「…………感謝する。君のおかげで、僕は理想に近づけた」
「そんなにイヤそうな顔で言います?」
もっともだった。七堂は、あるいは今日一番に苦しそうな顔でそう言っていた。天羽天音に袖にされたときよりもずっと苦しそうな顔をしている。理解し難いが、よほど陽依が苦手らしい。
「傷つくなー……まあ、絶対にわたしのことも好きにさせてあげますけど」
かわいい。へそを曲げたように唇を尖らせる陽依を見て郁は思った。どうしてか七堂は顔をひきつらせていたが。
それから、七堂は天羽天音と少し話してから部屋を出た。冬城もそれに同行する。七堂と話さなければならないことがあるのだろう。七堂が天羽天音と話している間、冬城は陽依に怒っていた。と言っても深刻なものではない。「ひ〜よ〜り〜ちゃ〜ん〜?」と冬城が陽依の顔をむにむにと揉んでいた程度のものだ。要するにじゃれていただけである。
そして、部屋には陽依と郁、天羽天音の三人が残された。
「その子が?」
天羽天音が口を開く。端的な言葉。「はい。夢咲郁ちゃんです。かわいいでしょう?」陽依がなぜか胸を張ってそう言った。何の自慢? そう思いながらも紹介された郁は挨拶をする。
「遅くなったけれど――はじめまして、天羽天音。私は夢咲郁。いずれトップアイドルになる女よ」
「はい。はじめまして、夢咲郁さん。天羽天音です。それでは、CMソングをつくりましょうか」
「……は?」
口を開くやいなや、天羽天音がそう言った。あまりにも唐突で、何を言っているのか理解できず――くす、と風が踊るような声を聞いて陽依を見た。いたずらが成功した妖精のように笑う陽依を認めて、郁は思った。ハメられた、と。
「陽依、どういうことかしら」
「ふふっ――いえ、わたしも最初から『こうしよう』と決めていたわけではありませんよ? 先生に郁ちゃんのことを話すときに、ちょっと、思いついちゃって」
「私でもあなたのCMは見たことがありますから」と天羽天音。「いい『声』も持っています。技術はわかりませんが、それは陽依さんに担当してもらう。陽依さんは歌い手としての資質に欠けていますが、だからこそ」
「……それは」郁は天羽天音の言葉を咀嚼する。「私のCMには『歌を提供するだけの利がある』と判断した、ということ? 私の歌を陽依といっしょに見るならば――そして、私が個人的に基礎レッスンを受けていることを考慮すれば『実践』の場を用意することが最適だと考えた?」
いや、それだけじゃない。郁は考える。思い出す。今までのやり取りを。天羽天音が楽曲を提供する条件。郁のCMは知名度という点で十分なものを誇っている。しかし、それだけでは『足りない』。かの映画、プロフェッショナル・キラー・イン・ガールでさえ作品単体では不足していた。そして、そのときに陽依が取引材料にしたものは。
「――葦原国近も、歌うの?」
その言葉に陽依は笑った。それが答えだった。郁のCMに出演する者は陽依だけではなく葦原国近も含まれる。そのCMソングで陽依と郁が歌うならば、葦原国近だけが歌わないなんてこともないだろう。
で、あれば。……私に、私たちに要求されるものは。
「その通り。……さぁ、郁ちゃん。『いずれ』なんて言わずに、今、このとき」
陽依が言う。謳うように。
「トップアイドルに、並びましょう」
トップアイドル、葦原国近に『負けない』こと。彼の独壇場にさせないこと。……それが、私たちに要求されることだろう。
そもそもが――郁は『望月陽依と葦原国近』と共演するというだけでも、ふたりに負けないだけのものを見せる必要があった。加えて、歌まで? いや、それだけじゃない。突っ込む暇もなかったから天羽天音のレッスンが終わった後にでも詰めようとは思っていたが……七堂の作品に出演することも決まっている。決められている。
「ああっ……もう」
ひとつだけでも高い壁だ。全身全霊で挑んでも越えられるかどうかわからないような。そんなものが、一気にいくつも生えてきた。
そんな理不尽に、郁は。
「ほんっと――最高ね! やってやろうじゃない……!」
夢咲郁は、心からの笑顔を見せた。
それでこそ、とでも言うように。陽依も郁を見て笑っている。
満足そうに、笑っていた。
めっちゃ時間かかっちゃいました!
おしごとがね……っていうのはあるんですが、それならそれでやれるように考えなきゃなー、って話ですよね。週一回休みあればその一日で書ける皮算用が崩壊しちゃって早数ヶ月……もともとが皮算用にも過ぎただけという説もあるみたいです。
もうちょっと短く切ってぽんぽんと出すのも考えたんですけど、エピソードの区切りとして満足できなかったので……どっちにしろめちゃくちゃお待たせしてるんだしせめてクオリティ上げてけ、って考えはあったかもです。納期があったら切られても仕方ない考え!
ここまで遅くなっちゃうと話とか忘れちゃうし、それならある程度書き溜めてから話が一段落したってところまでどばーっと一気に投稿するスタイルのほうがいいかもですよね。
……いや、それを言っちゃうとそもそも陽依さんがアイドルになって初ライブこなすまで書き溜めてから投稿始めようと思っていたのに「たえられない……」ってなって投稿始めたのが現在なので私が我慢できるかどうか怪しいんですが。
でも、なんとか休み増やして速度上げられたらそれがいちばんなのでそうしたいです。希望!
(今回の前書き後書きは3話かそこら更新したら消します! というか日記みたいな前書き後書きはどっかのタイミングで全消ししたい……! 他にお伝えする場所がないから〜って言ってもそんなん活動報告やらTwitterやらでいいかなーと。活動報告してないしTwitterもアカウント置いてるだけみたいな感じですが……)
(ちなみに色々書いてますが要は「めっちゃ更新遅いけど書いてます! がんばるから見捨てないでください!」の意です)