サキュバスアイドルマイスター 〜演技力カンスト役者、アイドル育成ゲームの世界に転生する〜   作:エビノース志月

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尊大な自尊心と臆病でもない羞恥心

 どうも、歌い手としての資質に欠けている超絶美少女天才子役、望月陽依ちゃんです。

 いや〜、色々あったな! アドリブにしてはかなりうまくやれたと思う。郁と会うこともシッチー……七堂監督と会うことも言うまでもなく俺にとっては想定外だ。

 

 郁とはいずれ会いたかったが、もっと後になる可能性もあった。郁の性格からして『望月陽依』を意識することは間違いないとは思っていたが、まさかここまで直球に会いに来るとは。さすがの行動力だな。しかし、おかげで色々と『早める』ことができた。将来的には俺の策なんて容易に見破られるだろうが、だからこそ打てる布石もある。

 と言うか、改めて考えてみると郁を野放しにしておくの怖すぎるな……。原作の星見カレンが言うところの「本物の天才」。すべて人々の天上に輝く太陽。『焼き尽くす者』。まだ覚醒してない郁で良かった。あっぶね……。俺が実はかなりガバガバなことがバレてしまう。望月陽依ちゃんは稀代の策略家です。はい、復唱。

 

 そしてシッチー……えー、しち、七堂……あー、もうシッチーでいいよな。そんでそのシッチーだが、こっちに関しては遠くない内に会うつもりだった。『必ず会わなければならない』ってほど重視していたつもりはないが、網を張るくらいのことはしていたからな。カレンはもちろん、天羽天音にも。探りを入れること自体はしていた。まさか『まさにその瞬間』のタイミングに居合わせるとは思わなかったが、これがズレたところで結果は変わらない。天羽天音を説得して、それを交渉材料に冬城お姉さん経由でシッチーにアポを取る。最初から冬城お姉さんにお願いしておく――というのもアリではあるが、優先順位がそこまで高いわけでもないことだ。ただでさえ多忙な冬城お姉さんにお願いするほどのことじゃない。それならもっと他にお願いするべきことがある。

 

 え? シッチーって結局誰なんだって? 天羽天音に言った通り、星見カレンの代表作の監督だよ。天才子役を天才にした作品。カレンは俺たちコントラクターから『娘』なんて呼ばれることも多いが――それはサクラの娘だからということに加えて、もう一つ。この『代表作』で得たカレンの二つ名も影響しているだろう。

 すなわち、カレンはこの作品で『国民の娘』と呼ばれることになる。

 ……まあ、原作でさらっと書かれていたあらすじだけを考えると「そんな作品か?」とも思うが、実際のところはメディアの誇張も大きく入っていたんだろう。

 どんな作品か? 端的に言えば『父娘モノ』だな。育児モノ……と言っていいかは微妙だが、ジャンルとしてはそうなるとしか言えない。とある男がシングルファザーとして少女を育てる物語。その少女を演じるのがカレンだ。

 うん? だいたいどんな内容かわかるって? 『ああ、よくある感動系の家族モノね』か? ならもう一つ情報開示だ。星見カレン演じる娘は『前世の記憶』を持っている。要するにこの作品は『転生モノ』の性質も持っているということになる。

 

 ダブル主人公ではあるが、視聴者の感情移入先、投影相手として想定されているのはどちらかと言えば父親のほうだろう。父親はまだ現実味のあるキャラクターだ。『巻き込まれる』タイプの主人公でよく見られるような造形をしている。娘とは血が繋がっているわけではなく、そもそも主人公は結婚もしていない。娘のことはあくまでも『引き取った』立場だ。初恋の女性の忘れ形見。そんな少女を引き取ることになっただけでも大変なのに、その少女が前世の記憶を持っている。なんやかんやあって『娘』によって起業させられて大成功させられたりもするハートフルドタバタコメディ。最初はどこか頼りなく見えた男が『父』として成長するところも見所だろう。

 

 シッチーは原作でもめちゃくちゃに小物っぽい振る舞いをする男だったが、そのくせ撮る作品はかなり良いって設定の男でもあった。コントラクター、すなわちサキュスタのプレイヤーからの評価は賛否両論。好かれたり嫌われたりしていた。『シッチー』なんて呼ばれるくらいには親しまれてはいたが、万人に好かれるってタイプではない。

 俺? 俺は結構好きだよ。面白そうな作品を撮るみたいだし。ただ、俺のことを嫌いとまでは言わないが、苦手意識を持たれているっぽいのは意外だった。なんでだよ。自分で言うが、俺って『作り手側』からはこれ以上ないってくらい都合が良い役者だと思うぞ。

 もちろん視聴者からも好かれているだろうし、そうなるように動いている。が、制作サイドから見ると単に『魅力的』ってだけじゃなく『都合が良い』って意味合いで重宝されているはずだ。出力されるクオリティ自体もそうそう負けるつもりはないが、俺の『売り文句』としては『速度』だろうと自負している。要する時間が短く済むから量も多くこなすことができる。

 既に俺は『実力を示した』。無駄な時間は省くことができるし、その『無駄な時間』によって本来育まれるだろう『信頼』は愛嬌で埋められる。そして評判が評判を呼ぶ。共演者から『陽依ちゃんはその場で台本を読んですぐに撮影してもその演技が完璧』なんて評価されることもあった。それがまた新たな橋頭堡になり、『望月陽依』が『その場で台本を読んですぐに撮影する』という本来必要な過程を省くことも許す風潮が生まれる。『あれが噂の』ってな。これは『生意気』に思われかねない、リスクもあることではあるが――先述の通り、それは愛嬌で埋められる。

 あとは冬城お姉さんの存在だな。『冬城玲奈』という後ろ盾が俺を悪評から守ってくれる。冬城お姉さんが自らに着せたイメージ戦略――冷徹に合理を優先する、わがままで無慈悲な冬の女王。そんな彼女が背後に居る。だから俺は『合理的に仕事を詰め込まれている』なんて思われる。悪感情を抱くなら、俺に対してよりも先に冬城お姉さんに向くわけだ。……まあ、個人的に冬城お姉さんのことを悪く思われたくはないから、俺が冬城お姉さんのことをめちゃくちゃ慕ってるってところをアピールしていたりはする。冬城お姉さんとしては余計なお世話かもしれないが、俺が良くない。実際、別に嘘をついてるってわけでもない。俺としても冬城お姉さんにめちゃくちゃに甘えられるからな。Win-Winってワケですよ。

 

 さて、それはそれとして――シッチーが監督するカレンのドラマに俺と郁は出演することになったが、その件はもう少し後のことだ。大イベントではあるが『色々あった』の一つでしかなく、直近に迫っているイベントは一つ、あるいは二つ。

 つまり、夢咲郁が幼少期から出演しているCMシリーズの新作……その撮影と、CMソングの収録だ。

 

 と言っても、これに関しては特に心配することはない。俺と国近くんは言うまでもないが、郁だってきっと大丈夫だ。あの夢咲郁なんだ。これくらいの試練なんてぴょいと飛び越えてくれるに違いない。

 どういったCMにするのか。そのコンセプトについては色々と話し合ったみたいだが、結局は『需要』に合ったものになった。俺と国近くんが『兄妹』として仲良くしている――その需要は満たさなければならない。プロフェッショナル・キラー……プロガーのタイトルシークエンスも『望月陽依と葦原国近』にとっては印象深いものであり、ガッツリアクションのインパクト重視のCMってのも『アリ』じゃないかと話し合われたみたいだが、そうはならなかった。それはそれで面白そうだが、『望月陽依と葦原国近』が出演するってだけでも十分に興味を惹くものになる。奇をてらう必要はないという判断になったんだろう。

 

 ――で、撮影はした。終わった。

 え? 撮影の様子は? いや、べつに問題ないし……特筆するようなことはない。郁はなかなかに大変そうだったが、やっぱりなんとかしてくれた。

 

 はっきり言って、郁の演技は拙い。しかしいわゆる『下手な演技』ではない。しばしば『下手な演技』と言われるような演技は、どういった演技だろうか? 想像してくれ。したか? じゃあ答え合わせだ。俺が思うに、よく『下手な演技』って言われている演技は『演技にまで意識が回っていない』ものを指す。つまり『台詞を単に読み上げているだけ』『間違わないように指示をなぞっているだけ』だったりする演技だな。

 前にも言ったが――俺にとって『良い演技』の定義は『感情を動かす演技』だ。ひとを感動させることができるかどうか。なら、悪い演技はその逆ってことになる。俺はあながち間違っていないと思うんだよな。『棒読みで台詞を読み上げているだけの演技』も『指示をなぞって動いているだけの演技』も『感情を動かす』という目的を達成できるものではない。単に『口と身体を指示通りに動かしているだけ』……それも『指示』をほんとうに達成できているとは言えない。たいていの場合、演出の指示は出ているのにそれを表現できていないわけだからな。声の抑揚や表情の管理、細かい動作の指示に関しては従うことができていない。その俎上にすら立てていない。それがしばしば『下手な演技』と言われるような演技だと思う。

 あ、これ口にしたら前世で逆上されて危うく怪我するところだったからあんまり言っちゃダメだぞ? 陽依ちゃんとの約束だ。

 

 じゃあ郁は? もちろんそういう話になるよな。夢咲郁は演技が拙い。それは間違いないが『演技』はできている。台詞は棒読みではないし、身体もきちんと動いている。『なぞる』ことだけに必死になっていない。『指示通りにする』ことはできている。できていないことは……うーん、なんて言えばいいんだろうか。郁は郁なんだよな。何をやっても郁なんだ。王サマ――王賀誠司、俺が『プロフェッショナル・キラー・イン・ガール 透明人間の殺人』で共演した透明人間、『何を演じても王賀誠司』と評された彼と、ある意味では近く、同時に果てしなく遠い。王サマは王サマのまま『劇中の登場人物』になれるが、郁は『夢咲郁』のままで……あー、表現が難しい。王サマだって『何を演じても王賀誠司』って悪い意味で言われることもあるしなぁ……。それは節穴だと思うが、なら夢咲郁と王賀誠司の演技の違いは? なんて言われると困る。非常に困る。俺は理論派だと自認しているが言語化は苦手なタイプだ。実は理論派じゃないのかもしれない。

 とにかく、郁の演技の拙さは『夢咲郁』だから、だ。他の人物だとは思えない。自然体で演技ができるが、『演技』ではなく『夢咲郁』にしか見えない。『カメラの中の世界』に居ない。溶けこむことができず、また逆に『自分で世界を塗りつぶす』こともできない。生きる世界が『ズレている』。そう感じさせる演技だ。

 

 つまり、今回のCMにおいてその欠点はまったく問題にならないということでもある。

 

 今回のCMは夢咲郁が幼少期の頃より出演していたCMシリーズの最新作だ。夢咲郁は『夢咲郁』のままでいい。

 とは言え、共演者が共演者だ。望月陽依と葦原国近。自分で言うが、俺は超絶美少女天才子役だ。俺以上の役者なんてそうそう居ないだろうし、国近くんだって良い役者だ。プロガーのときから良かったが、今はさらに進化している。トップアイドル葦原国近の魅力も使って、より『人の心に届く』演技になった。さすがに莉央姉ぇとか王サマとか銀さんとかと比べると劣るが、それは比較対象が悪すぎる。莉央姉ぇは俺が十代後半だったときくらいの演技をするし、王サマは王サマだし、銀さんは最高の役者だ。えっ? そんな役者たちが共演した映画があるんですか? しかもあの望月陽依ちゃんまで!? 『プロフェッショナル・キラー・イン・ガール』は各配信サイトで大好評配信中! みんな、見てくれよな!

 閑話休題。そんな俺と国近くんに負けないだけの存在感を出さなければならなかった郁だが――以前、郁が言ったことを覚えているだろうか?

 

 ――陽依には、私のことを強制的に引き上げてもらうことになるわね。

 

 言うまでもなく、郁が手を抜くことはない。それは郁自身が許さない。全身全霊で臨むだろう。しかし、それでは足りない。『全身全霊で努力した』程度で俺や国近くんに負けないことなんて――『足を引っ張らない』ほどの力を示すことなんてできるわけがない。だから郁は俺に頼った。『私のことを引っ張り上げなさい』と。同じステージまで上げなさい、と。

 

 はっきり言って俺の仕事じゃない。監督とかの仕事だろう。しかし、それはそれとして、俺には難しいことじゃない。『演技』させなくてもいいのなら容易いとさえ言える。なんたって相手は夢咲郁だ。少し誘導すれば『もの』になる。

 

 もっとも。

 

 

「――陽依。ハリウッドではなんで『これ』をしなかったの?」

 

 

 郁には変なところを見破られてしまったが。

 

 ……俺こと望月陽依ちゃんはハリウッド女優である。その演技は高く評価されたが作品自体の評価は『それなり』。望月陽依の演技が『突出して高く評価された』ということでもある。

 

 しかし――もしも、このCMで郁にしたように『他の役者を引き上げる』ことができたのであれば。『突出して高く評価される』ことはなかったのではないか? 望月陽依の演技は作品として要求される『調和』を乱すことはなかったが『作品全体にとってより良い演技』はできたのではないか? そんな疑念が生まれたらしい。

 

 俺は答えた。さすがにハリウッドで活躍するようなレベルで同じようなことはできない、と。そもそも主演でもない。出演時間自体はそこそこ長かったが、映画の出来を左右できるほどではない。そういったことを話せば一応の納得を示してくれた。

 嘘はついていない。実際、俺ひとりがどうにかしたからってあの映画が『傑作』になることはなかっただろう。ただ、まあ……『底上げ』はできたかもしれない。作品自体も一定の評価を得られるくらいに『する』ことは不可能ではなかった。

 実際、日本では『既にしている』。あまり好みの手ではないが、『素の反応』が『その役者ができる演技』よりも『良い』と判断した場合は『それ』をすることもある。観客の感情を動かす演技。『感動』させる演技。そして観客はワンシーンでも『感動』することができたのであればその作品への評価自体も大きく上げるものだ。そういう意味では、俺は『作品』への評価も押し上げることはできる。

 

 ……もっとも、加賀美監督や文乃先生――プロガーの監督脚本コンビなんかに聞かれたら否定される話だろうが。心を動かされる印象的なシーンがあったとしても『作品』が良いことにはならない、なんて。言いそうだよな。めっちゃ言いそう。

 

 まあ、ハリウッドでも実際に『できたかどうか』はわからないけどな。いくらハリウッドも玉石混交だなんて言ったって、それでも天下のハリウッド様だ。さすがに俺でも難しかったかもしれない。ただ『試しもしなかった』ことは確かだ。理由? もちろん『ハリウッドに留まらないため』だ。単に『実力を示しただけ』なら、あそこにはスター役者が山ほど居る。子役って意味では貴重だろうが……人種も違う。求められる『子役』じゃあないだろう。だからそこまで強く『求められなかった』が、作品を『底上げできる』ことを示せばどうなるかはわからなかった。もしかすると『求められる』ようになるかもしれない。俺はそう判断したわけだ。

 とかなんとか偉そうに言っておいて、実際に『それ』をしても引っ張りだこになんてならなかった可能性も高いんだけどな。うん。自意識過剰って言われても否定できない。恥ずいよな。もし宝くじが当たったらどうしようってくらいの皮算用だ。ただ――『可能性』はある。俺にはそれだけの力があると自負している。だから、俺は『望月陽依の演技力』を示すことだけに注力した。自分の力を証明することだけに。

 ……結果として、それでも『次の作品』のオファー自体はあったみたいだが、俺は『ハリウッド女優』の箔が欲しかっただけだ。これ以上は要らない。あまりにも『距離』が遠くなる。あくまでも主戦場は日本だということを示し続けなければならない。冬城お姉さんも同じ判断だったようで、そのように取り計らってくれた。マジ感謝。冬城お姉さんと会えたことは今生で二番目の財産かもしれない。一番は言うまでもなく母さんと父さんの娘として生まれたことだ。さすがにこれは越えられないので実質一位と言っても過言ではない。

 

 

「ふふっ……陽依ちゃん、郁ちゃんと仲良くしてるのね。いつか私も挨拶しなくちゃ」

 

 

 そう言えば、郁の話をしたときには母さんからそんなことを言われた。しかも、めちゃくちゃ嬉しそうに。その理由はなんとなくわかる。俺、同年代の友だち居ないからな……。いや、学校とかでは仲良くしてるよ? でも『友だち』かって言うと微妙だ。意図的な面もあるが『望月陽依』は別世界の住人として見られている。『憧れの陽依ちゃん』ってふうに……いや、その表現じゃあ足りないか。同じ教室で同じ時間を過ごしているのに明確に『特別な存在』として扱われている。自分たちと『対等』であるとは思われていない。『よく話す子』なんてのも居ない。『自分はあの陽依ちゃんのクラスメイトだ』とは思わせても『自分はあの陽依ちゃんと仲良くしている』とは思わせない。他の子と比べて自分は『選ばれている』だなんて思わせないように調整している。

 休み時間には俺を囲んでみんなが俺に話しかける――なんてこともない。俺の方から話しかけるからな。俺がじっと一つの場所に留まることはない。掴ませることはない。空を掴む――それさえ感じさせずにその前に動く。気まぐれな風の妖精だと思ってくれたまえ。

 そういうわけで俺は『特別に仲良くしてる子』が学校には居ない。学外でもほとんど居ない。え? カレン? いや、まあ……仲は良いつもりだけど……そもそも顔を合わせる機会が限られてるし……。お互いに多忙な身だ。さらにバラエティに出演することも少ない、となれば共演することなんてそうそうない。『望月陽依』と『星見カレン』なんて天才子役を二人も要求するような現場もあるわけじゃ……ああ、いや、まったくないわけじゃないか。現に一度はあった。『幼い姉妹』役として出演したホラー映画。アレは楽しかったなぁ。カレンもかわいかったし。機会があればまたやりたい。バラエティはあんまりだけどドッキリとかもやりたい。最初は俺とカレンがどっちも仕掛け人側でさ〜。あのホラー映画と同じ感じでターゲットをめっちゃビビらせんの。そんで最後のターゲットはカレンで、俺がカレンをビビらせて……絶対楽しい。やりたい。ちょっと冬城お姉さんに話してみてもいいかもしれない。

 

 ともあれ、俺から同年代の子の話題が出るのはカレンくらいだったから、郁の話題に母さんがめちゃくちゃ嬉しそうにしていたのは納得できた。母さんが嬉しいと俺も嬉しい。父さんが帰ってきてからも同じ話をした。めっちゃ嬉しそうにしてくれた。んふー……陽依ちゃん、満足。

 

 

「郁ちゃんと――カレンちゃんと、共演できる。それが、すごく楽しみで……きっと、カレンちゃんはすごい演技をしてくれる。今までで、いちばんの。ひょっとしたら――わたしより『良い演技』を見せてくれるかも」

 

 

 つい、そんなことまで話してしまった。しかし、楽しみなことは事実だ。天才子役を天才にする作品。星見カレンの『代表作』。あるいはほんとうに俺よりも『良い演技』を見せてくれるかもしれない。

『良い演技』とは何か? 一般論じゃない。俺の定義では? ……そう、『感情を動かす演技』だ。ひとを感動させる演技。それを達成できるのであれば『演技』である必要すらない。技術なんて要らない。過程なんてどうでもいい。そんなものは目に見えない。本人にだってわからない。出力されたものだけがすべてだ。再現性なんてなくたって――『感動』させることさえできるのなら、それは『良い演技』だと俺は思う。

 条件は整っている。最高の演技を出力するための条件――それは役者本人の『演技』だけじゃない。演技は作品を構成する部品でしかない。『作品』が感情を動かすための構造を持っていなければ『良い演技』なんて生まれない。それは前提条件だ。そして役者本人の演技と同じくらい重要な『条件』でもある。天才子役を天才にする作品。名ばかりだろうと『国民の娘』を生んだ作品。これだけの条件が整えれば――そして『星見カレン』という役者のことを思えば。メソッド演技の体現者。サキュバスアイドルマイスターという作品を代表する『本物』の偶像。カレンなら――『望月陽依』よりも『良い演技』を見せてくれるかもしれない。

 

 

「あ、もちろん負けるつもりはないけどね? 役者としてなら、負けられないから」

 

 

 俺の『わたしより』なんて言葉に反応しかけた両親を遮る。うん、負けるつもりはない。ただ俺より『良い演技』をすることはある。それとこれとは別の話だ。……そもそも勝負でもないって? はい。

 

 

「ううん、違うの。ただ……陽依ちゃん、ほんとうに楽しそうだから。…………なら、その後で」

 

 

 うん? その後? ……ぼそりとつぶやいた言葉は俺に対して言ったものではないんだろう。俺じゃなきゃ見逃すほどの、すれ違うくらいのアイコンタクトが両親の間で交わされる。そこに意図がないとは思えない。

 隠しごとか? オトナな話だろうか。進路とか? 文脈やら表情やらから考えるに、俺がめちゃくちゃ郁とカレンとの仕事を楽しみにしてるからその後で、ってところか。俺に話すことがあるけど、そこまで急ぐことでもない……か? ただサラッと話すことでもないっぽいから重要度は高めと見た。

 ちょっと気になるが、母さんと父さんがまだ話す時間じゃないと判断したならそうなんだろう。『気遣い』だ。楽しみにしている、重要な仕事を前にしている娘に悩みごとを増やさないようにと気遣ってくれている。たぶんそんなところだろう。

 

 ………………むずむずする。

 

 

「――きゃっ。……陽依ちゃん?」

 

「おっと。……どうしたんだい? 陽依。嬉しいけれど、ずいぶん急だね」

 

 

 なんだかすごくむずむずして、思わずふたりに抱きついてしまった。ふたりの間にもぞもぞと頭を潜らせて、ぎゅっと抱きつく。母さんも父さんも驚かせてしまった。それを申し訳なく思いながらも、ふたりから離れようとは思えなかった。

 

 

「ふふっ――お父さん? 理由なんてなくてもいいでしょう。陽依ちゃんがそうしたいと思ったら、いつでもこうやってしてくれていいのよ? 私たちは、それがいちばん嬉しいんだから!」

 

「そうだね、お母さんの言う通りだ。僕たちだって陽依を抱きしめるのに理由なんてないんだ。強いて言うなら、陽依がかわいすぎるからかな?」

 

「ええ、そう――ちょうど、今みたいに」

 

 

 そうして、ふたりも俺のことを抱きしめてくれる。……さすがに、ちょっと恥ずかしい。そういう気持ちもある。でも、それ以上にあたたかくて……ずっと、こうしていたかった。

 

 もちろん、ずっとそうしているわけにはいかない。やらなきゃいけないことはある。……ただ、その日、やらなきゃいけないことをぜんぶ終えた後は。久しぶりに、三人、同じベッドで寝た。俺も十歳。そこまで小さくはない。さすがにちょっと狭かった。でも、たまにはこうするのもいいな、と思った。

 

 

 そして、ドラマの撮影が始まる。星見カレンの代表作。『望月陽依』よりも良い演技が見られるかもしれない、俺がそう期待していたその場所で。

 

 

「望月陽依。君の演技は完璧だ。そして、だからこそ――つまらない。僕が求める演技じゃない」

 

 

 早速、俺はダメ出しされていた。

 

 ………………ずっと上から目線だったの、もしかして恥ずかし過ぎ!?

 

 虎になっちゃうかも。がおー。

 




望月陽依と星見カレンが共演したホラー映画は序盤不穏ホラーで中盤から予算潤沢CGモリモリ異能バトル展開になる感じのやつを想定してます。が、本文中では触れられることはなさそう。
CM撮影とかCMソングとかは陽依さん視点だとサラッと流すイベントですが陽依さん以外にとってはそうでもないのでまた触れます。
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