サキュバスアイドルマイスター 〜演技力カンスト役者、アイドル育成ゲームの世界に転生する〜 作:エビノース志月
美少女に転生したと思ったらサキュスタの世界だった。
そうと決まれば何をしたいかなんて決まっている。
サキュスタに登場するサキュドルたちと関わりたい、である。
サキュスタの世界でただのファンとして過ごすのも悪くはないだろうが……せっかくなら、なんとかしてサキュドルと関わってみたいと願ってしまうのは当たり前の話だろう。
サキュスタにおける『プレイヤー』キャラ、契約者になることは……まあ、難しいだろう。
と言うより、今の自分の年齢から考えると不可能だ。
サキュスタ本編が始まる頃、ちょうど俺は高校一年生になる。
サキュスタのアイコンでもある『主人公格』のキャラクター、星見カレンと同級生。
さすがにその身の上でサキュドルの契約者……マネージャー的な立ち位置にはなれないだろう。
契約者にはなれない。なら、サキュドルと関わることができる方法は――当然『自分もアイドルになる』ということだろう。
そして、好きだったゲームの世界に来たらやりたいことと言えば、もう一つ。
『許せない展開を変えること』だ。
定められた運命を変える。どうやっても変えられなかった展開を変える。
ゲームをやっていてそうしたいと思ったことは誰だってあるだろう。
俺の場合はサキュスタでいちばん好きだったキャラクター『天羽愛歌』がオーディションイベントで『勝てなかったこと』。
もっと言えば『天羽愛歌』が『アイドルになれなかった』ことが許せない。
だから、俺の目標は決まっている。
『天羽愛歌』をアイドルにする。トップアイドルにしてみせる。
愛歌なら、それができると信じている。不遇でさえなかったのであれば――出番という『運』さえあれば、必ずトップアイドルになることができる。
愛歌は最初の一歩さえ踏み出すことを許されなかった。スタートラインに立つその前に『物語が終わってしまった』。
俺ができるのはその『最初の一歩』を踏み出させること。
そして、その後も彼女を支え、導き――トップアイドルになる手助けをする。
それを可能にするためには……俺がまず、無名の彼女を『引っ張り上げる』ことができるくらいの人気と実力を備えておかなければならないだろう。エゴを通せるくらいの力が要る。
そのためには早くから行動しておいた方がいい。
母さんが『まずは子役』なんて言ったのが俺と同じことを考えたからかどうかはわからないが、結論としては俺も同じだ。まず、子役になる。俺もそこから始めるつもりだった。
子役上がりが活躍するとは限らないが――実際、子役の多くはそのまま芸能界にとどまることなく『卒業』する――『芸能界に長く居る』ことが良く働くこともある。
単純にコネが作れるからな。人脈は大事だ。『知られる』ことは大事だ。
それも、俺には前世と言う高い高い下駄がある。高校生くらいの年齢になったらわからないが、子役の年齢であれば無双できる……はずだ。
ただ、俺――望月陽依と同い年の原作キャラで『子役』をやっていたと明確に描かれているサキュドルが居る。
『天才子役』として活躍した過去を持つサキュドルが居る。
せいぜいが回想くらいでしか俺だって知らないが……あの子が相手だと厳しいかもしれない。いや、さすがに負けは……でもなぁ……うーん……。
ま、まあ、もし勝てなかったとしても問題ない。圧倒的な『一番』になる必要はないわけだからな! うん!
ただ『子役』って需要は高いんだけどパイとしては結構限られてたりするから……そんなに数は要らなかったりすることも……うん……ま、負ける気はないし?
って今の俺と同い年なら何歳だよって話なんだけどな。四歳くらい? もう活動していてもおかしくはない年齢だな。俺はもうちょっと先になりそうだけど。
俺は病弱美少女である。あった。過去形である。
そりゃずっと寝たきりみたいな生活してたんだから発育も良くはないが、今からでも十分に取り戻せる範囲らしい。
できればおっぱいも大きくしたいからな。せっかく美少女になったんだ。理想の美少女になってやりたい。
ただ、今からでも取り戻せるってのは『今すぐに取り戻せる』ことを示すわけじゃない。当たり前だな。
まずは身体を普通に動かせるようになることからだ。今はまだ流暢に話すことさえ億劫だからな。
色々と発達していない。だから今は他のできることをするしかない。
ということで家族サービスである。
最高にかわいい俺は家族からめちゃくちゃに愛されていた。
母、望月依子。父、望月陽葵。両親からめちゃくちゃにかわいがられていたので俺もかわいがられてやった。
Win-Winである。何もしなくてもかわいがられてチヤホヤされる幼児時代気持ち良すぎる。めちゃくちゃ良い子になってやるぜ……!
あ、そうそう。父さんにも俺の『アイドルになりたい』って夢は背中を押された。
『陽依なら絶対になれる! むしろ人気になり過ぎやしないか心配なくらいだ』なんて言われたくらいだ。
つい最近まで寝たきりだった娘に寄せる期待が大きすぎる気はするが……その後に子役とか現実的な芸能界への道について考えてくれたのは母さんと同じだ。
ウチの両親、ちょっと親バカ過ぎるところはあるけど、それはそれとして地に足付いた考えもしてくれるんだよな。
たとえ荒唐無稽な望みであっても、本気で『実現するためにはどうすればいいのか』を考えてくれる。
ということでそこそこ身体もできてきた頃に子役になるためのレッスンを受けさせてもらえることになった。子役養成所なんかが実施している体験レッスンだ。
さて、子役としてのキャリアは何歳からが一般的なものだろうか?
知るかよってなるよな。わかる。ここは視点を逆にして考えよう。
どこを目指すのか。つまり『何歳の時点で子役として活躍したいか』。
いわゆる『子役のピーク』が何歳かを考えてみてほしい。
子役のピーク。一般的にそう言われているのは七歳前後だと言われている。
逆に言えば『それまでには』子役として十分に活躍できる下地を養っているべきだ。芸能界の仕事に慣れているべきだ。
それだから子役になるのも『早ければ早いほどいい』とされている。
つまり、幼稚園や保育園に預けられるような年齢になる前から。
三歳や四歳といった年齢から『子役』としてのキャリアを積み始めている子どもが多い。
そう考えれば、俺は出遅れていると言ってもいいだろう。
だが問題はない。俺には前世という高い高い下駄がある。
はっきり言って『ズル』をしている。大人げないとさえ思うが、これこそ転生の醍醐味だろう。
強くてニューゲーム。
俺の同世代の子たちは運が悪かったと諦めてくれ。
ほんとうなら得られるはずだったものを奪うかもしれないが……どうせ『天才子役』も居るんだ。
俺ひとり増えたところで誤差みたいなものだろう?
今日は初めてのレッスンの日だ。
目を覚ましてから――意識がはっきりとしてから、もう二年が経過している。
六歳。そろそろ小学校にも入学しなくちゃいけない。
子役のピークまでも一年しかない――いや、厳密には子役のピークとは『小学校低学年』あたりのことを指す。一年もないと言っても過言ではないかもしれない。
それまでに駆け上がる。大して猶予は残されていない。
だから『今日』決める。
さあ、初舞台だ。
レッスン? そんなつもりは毛頭ない。学ぶべきところもあるのだろうが『俺が目指す場所』には必要ない。
今日ここから、俺の舞台の幕は上がる。幕を上げる。
下調べは済んでいる。
今日、どこの誰がこの事務所の体験レッスンを見ているのかは知っている。どんな立場の人間に繋がるのかを知っている。
その人柄も、調べられる範囲では調べ尽くした。動画を見たいと言ってせがめばスマホを貸してくれる両親で良かった。おかげで『狙い撃ち』ができた。
子役への情熱が薄いと評判の加賀美さんよ。
監督業も務めるアンタに、明らかに事務所の上から『参加しろ』と言われて参加しているとしか思えない態度だと評判のアンタに――客寄せパンダのアンタに、見せてやる。
『原石』を? いいや、違う。
完成された『宝石』を。
*
その日も加賀美は憂鬱だった。
そもそもからして子どもなんて生き物は苦手だと言うのに、ずっと子守りのような真似をさせられている。
加賀美勇。齢三十二。
何の手入れもされていないだろうボサボサの黒髪に顎髭。姿勢も悪く、目つきも悪い。
他人から自分がどう見られているかということを一切気にしていないだろうことが窺える風体の男だ。
彼は映画監督だった。将来を期待された、有望な監督――だった、と過去形で語ってもいいかもしれない。
今現在、彼は何も撮っていない。企画自体はあるものの、それを進められていないのが現状だ。
そんな彼は今、子役や子役志望の子どもの面倒を見る役目を与えられている。子どもが苦手にも関わらず、だ。
彼自身、自分にも原因があることはわかっていた。売れっ子というわけではないにも関わらず、わがままばかり言っている自覚はある。
現在企画している映画の撮影をまだ始められていないのだって、自分が『これだ』と思えるような子役が居ないから、ということに尽きる。
加賀美の理想を実現するような子役なんて居るわけがないのだから諦めろ――そう窘める言葉は現在人気沸騰中の天才子役サマの存在で反論できる。
加賀美だって、彼女であれば申し分ないと思っているのだ。ただ、彼女のスケジュールを抑えることが叶わなかったというだけで。
彼女以外の子役が悪いかと言えば――悪い。
昨今の子役のレベルは高い。高度なことも求められている。子どもながらにそれに応えられるような怪物の巣窟――だとしても、その上でなお『足りない』と言わざるを得ない。
加賀美の要求はあまりにも高いのだろう。巷を騒がせている天才子役のような傑物が現れることなど滅多にない。にも関わらずその『天才』を前提にした企画など立てる方が間違っている。
妥協しろ、と何度言われたかわからない。加賀美自身、無理を言っている自覚はある。
だが、絵空事ではないのだ。加賀美の知る限りたった一人だけだとしても、その絵空事を叶えられる存在が居る。
それだけでどうにも諦めることができなかった。たとえその少女のスケジュールを抑えることができなかったとしても……何かがあって、急にスケジュールが空くこともあるかもしれない。
そんな万に一つを願うほどに、加賀美は諦めの悪い人間だった。
そんな加賀美の雇い主――正確にはスポンサーだが――から言われたのが『なら、自分で探して育てるでもすればいい』だ。
その言葉は、なるほど、理に適っている。問題があるとすれば、そんな『原石』はそうそう見つかるものではないということだ。
少なくとも現在活動中の子役には居ない。であれば、こうしてまだ子役にはなっていないような素人から探すしかない。
ない、が……当然ながら、素人の子どもはただの子どもでしかないことがほとんどだ。
磨けば光るだろう逸材が居ないことはない。在野に眠らせておくには惜しいと感じられるような子どもも居る。子役としての才能があると感じられるような子どもは居る。
だが『天才』は居ない。
もともと、加賀美は子どもが苦手だ。
子どもらしい子どもはもちろん、聡い子どもであってもあまり好ましいとは感じられない。
これは仕事だ。加賀美も理解している。成立しようもない企画を立て、いつまでもそれにしがみついている。
要するに今の加賀美は進行中の企画なんて一つたりとも持ってはいない。
そんな自分も食わねば生きていけない。新進気鋭の若手監督と持て囃されても、それだけでメシが食べられるようにはならない。
趣味の競馬で食費を稼ぐなんて非現実的な手を真面目に考え出した頃、ギャンブルをするならもうちょっと分が良い賭けをしろ、なんて言われて『体験レッスン』を見させられ始めた。
加賀美が口出しすることは少ない。求められたらするが、求められなければしない――と言うより、禁じられている。
最初、加賀美は容赦なく自分の要求をした。結果、その回の体験レッスンは崩壊した。
そのときの親御さんからのクレームはたいそうひどいものだったという話だ。
退屈だった。まだ活躍している子役なら『お遊戯会』なんてことはないだろうが、こうして体験レッスンに来る時点では、たいていの子どもが『お遊戯会』レベルかそれを少し抜け出した程度の演技しかできない。
まだ本格的なレッスンも受けていない素人なのだ。当たり前のことではある。だが、加賀美が求めるところは『当たり前』の範疇にはない。
あるいは『育てる』ことを専門にする者であれば――そんな『お遊戯会』の中からでも逸材を見つけられるのかもしれない。とんでもない役者に育て上げることができるのかもしれない。
だが、加賀美はそうではない。役者を育てることがあるとすれば、それは作品に必要だからだ。
加賀美のすべては作品のためにある。何の見返りもなく『育てる』なんて慈善事業はできる気がしない。
言うまでもなく、加賀美が悪い。
贔屓にしている女優からも『監督ってクズですよねー。めっちゃ良いの撮るのになー。それとプラマイゼロになるくらい性格悪いからなー』と言われているくらいには性格のねじ曲がった人間である。
加賀美も他人から自分がどう思われているかくらいはわかっている。だが、加賀美としては自分の優先順位に従って生きているだけだ。
加賀美にとって、映画を撮ること以上に大切なことなんて一つもない。その価値観において行動しているだけであり、わざわざ悪人になろうとしているわけではない。自らを改める気なんて一切なかった。
今日もそうだ。
加賀美はいつも通り体験レッスンの客寄せパンダとしての仕事をこなす。
何かの奇跡が起きて『天才』が――なんて、そんな夢物語を素直に信じられるような性格でもない。
倦みながらもしがみつく。泥のように生きている。
体験生の方々をご案内します。そんな知らせの後、親に付き添われながら子どもたちが入ってくる。
この年頃だ。容姿が整っているも何もない。
そもそも子役に『容姿』が求められる場面は少ないが――加賀美が求めている要素の中に『容姿』もある。もっとも、それに関しては優先順位としてはそこまで高いものではない。例の『天才子役』が容姿においてもあまりにも目を惹くものを持っているから、ついついそれも求めてしまうだけで――『あればなお良い』程度のものだ。
ただ、今回は加賀美をして『目を惹く』容姿をしている少女が居た。
子役なんてさせようと言うのだ。他にもこの年齢にして整った容姿をしていると思えるような子も居たが……そんな中でも、突出している。
その少女は黒かった。
子役になろうと言うにはあまり場にそぐわないはずの黒い服に身を包んだ少女だ。
丹念に手入れされていることが窺える艷やかな黒髪に色素の薄い肌。
まるで夜をまとっているかのように黒く、そして美しかった。
『人形のような』という形容がここまでしっくり来ることもそうそうない。
すべてが造り物めいていた。大切に、大切に手入れされた極上の人形。それが息をして歩いている。
この容姿だけでも喉から手が出るほどに欲しいという声があってもおかしくないな。
加賀美は隣に座るスポンサーに目を向ける。思った通りの顔だ。
表面上は真面目くさった顔をしているが――これは計算している顔だ。金の亡者が金のなる木を見つけた顔。
既に皮算用を始めている。どうやってあの子を『もの』にしようか考えている顔だ。
詐欺師めいた詭弁とレトリックを駆使して自分の事務所と契約させることは『前提』として、それからどうやって仕事を得ていくかを考えている顔をしている。
まったく、こんな汚い大人が隣に居て恥ずかしい。
加賀美はふぅと息をついた。災難だな、こんなところに来たばっかりに。いくら芸能界が伏魔殿だとしても、最初に目をつけられるのがこの悪魔だということには同情する。
そんなことを思って、加賀美はその少女を見た。
目が合った。
(……なんだ?)
見られている。それ自体はおかしいことではない。
緊張や不安から、視線をさまよわせたり大人の顔色を窺ってみせるのはままあることだ。
なんなら子役のような年齢だけではなく、もっと上の――大人であっても同じような視線の動きをする者は少なくない。
だが、彼女は――黒の少女は、明確な意志を持って加賀美を見ていた。
そこには顔色を窺うような感情は一切見えない。子どもらしい、あどけない雰囲気――そんなものも、まったく見えない。
彼女は薄く笑って加賀美を見つめる。
大人びた、なんて印象は感じない。そんな言葉では収まらないものがある。
気味が悪い。そのはずなのに、可憐な容姿も相まってそれさえ魅力に思えてしまう。
この少女は何者なのか。……その正体を、知りたくなった。
加賀美の興味がひとりの少女へと向けられる。
加賀美は少女を試すつもりだった。
もしも、彼女が自分の望みを叶える資質を持っているのだとすれば……賭けてみても、いいかもしれない。
加賀美は知らない。その少女が何者か。
加賀美は知らない。その少女が少女の皮を被っただけの生き物だということを。
加賀美は知らない。知る由もない。その少女の皮を被った生き物が、何を考えているかなんて。
ほんとうに『試す』つもりだったのは誰だったのか。
それを知る者は、この時点ではたった一人。
夜の漆黒を纏い、夜に輝く満天の星を瞳に宿し――無垢の白肌の皮の裡に、表面の美しい黒とは正反対の濁りきった汚泥のようなドス黒い邪悪を詰め込んだ少女。
故に、これよりこの場は独壇場だ。
少女の皮を被った化け物の――初めての舞台が、開演する。