サキュバスアイドルマイスター 〜演技力カンスト役者、アイドル育成ゲームの世界に転生する〜 作:エビノース志月
不在の神を演じよ……と言ったところか……!
はい、どうもどうも。褒められてるんだか貶されてるんだかわからない超絶美少女天才子役こと望月陽依ちゃんです。
え? 不在の神がなんちゃらってなんだよって? 前回のあらすじです。俺が虎になっちゃったやつ。なんやかんやあって俺はカレンの代表作になるドラマに出演することになったわけだが、その監督であるシッチー、七堂監督に「君の演技は完璧だからつまらない」なんて意味わからんことを言われたんだよな。
完璧だからつまらないってなんだよ。もちろん俺はそう思った。だが、話をよく聞くと納得できないわけじゃあない。
望月陽依は子どもだ。そして子どもとは『期待』されるものでもある。その評価には常に『期待』が含まれる。そのぶん実際よりも高く見積もっているわけだ。つまり、俺こと望月陽依ちゃんへの評価も『成長』するだろうという期待コミのものだろうって話だな。
だが、俺は成長なんてしていない。大衆が勝手に夢見た期待と違って停滞している。『子役』に求められているものに応えられていない。
そのことを指して「つまらない」と言ったんだろう。納得できるよな。できちゃうんだよ。正直盲点だった。そこまで考えてなかったわ。
そういうことがあったわけだが――いや、そもそもシッチーにつまらない云々言われる前に何があったか言ってないよな。
時計の針を戻そう。ほわんほわんほわん。俺は回想シーンに入った。
「夢を咲かせる。ユメサキフーズ」
冷蔵庫の中からの視点。ユメサキフーズのロゴ画面を扉と見なして、開くカット。正面には望月陽依と夢咲郁がぴっちりと頬を合わせて、画面いっぱいに『詰め込まれた』ような印象を与える。
「あ!」
ふたり揃ってこちら側に手を伸ばす。その影をカットの切り替えに使い、カメラはふたりの後ろに。重ねるようにコトリとガラスのコップが置かれる。
「慌てない慌てない」
エプロン姿の葦原国近が映る。そこに牛乳パックを大事そうに抱えたふたりが駆け寄って、「ん!」と葦原に牛乳を差し出す。
「ありがとう」
「うん!」「ん」
待ちきれない様子のふたりにお礼を言うと、陽依は元気に、郁は少しだけぶっきらぼうな様子でそう応える。照れている。そんな郁を陽依は微笑みとともにちらりと見て、すぐに郁の手をとり、ぱたぱたと椅子のほうへと駆けていく。
ふたりを背景に牛乳を入れるカット。注ぐ音は大きく調整、ピントは牛乳に。背景のふたりは若干ぼやけているが牛乳が注がれるとともにテンションが上がっていることが表現される。
「――あ」
コップを手に取るふたり。ふと陽依がカメラを見る。いたずらっこめいた微笑み。
「毎日を、ごちそうに♪」
コップを頬に寄せ、ウィンク。歴代のCMで夢咲郁が言い続けてきたキャッチフレーズ。画面端の郁はイヤそうなかお。
カットを挟まず、そのままカメラは郁を中心に映す。が、郁は無視して牛乳を飲む。こく、こく、こく。
「っふぁ……うん」
コップに残った牛乳を見て、満足そうに口角を上げる。印象的なワンカット。コンマ一秒単位で『切り詰めた』カット割の中でひときわ目立つ『余白』の編集。
カット。牛乳を手に持つ郁とその後ろでふたり並んで腰に手を当て牛乳をこくこくと飲む陽依と葦原。
「おいしいで、そだとう。ユメサキの『そだつ牛乳』」
ロゴマークと商品画像、牛乳を飲む三人が並ぶカットで〆。
「――いいですね。でもやけに早いなぁ。無理してる人居ません?」
冬城お姉さんのタブレットを借りて、完成した映像を一足先に見せてもらった。「無理もするわよ」運転する冬城お姉さんが答える。こういう部外秘の話はもっぱら車の中だ。密室という意味でも、時間の有効活用という意味でも。
「今回のCMは陽依ちゃんと国近の『兄妹』熱が盛り上がっている内に放送したかったもの。『速度』は値千金、商機というものはあるけれど――それを踏まえてもなお、先を行くことの価値は大きい」
「先行者利益ってやつです?」
「それは少し違うけれど……いえ、近いことは近いのかしら」
そもそも先行者利益は……後発者利益とも……冬城お姉さんが何やら考え始めた。余計なことを言っちゃったかもしれない。
郁とのCMは良いものが撮れたし、編集のセンスも良かった。これに天羽天音の曲まであるんだからな。うんうん。これは評判になるな! 冬城お姉さんはまた色々仕込んでるみたいだし……。
実際、今回のCMで撮影したのはこれだけじゃない。せっかく神戸に行ったんだから……というだけでなく、色んな撮影をこなした。CMはバリエーションを順次追加する予定だ。三十秒版とか、もっと長いウェブCM用のとかもな。ドラマ仕立てのまで撮った。あとは天羽天音のMVもだが……たぶん、これは最後になる。世間の話題誘導もあるが、単に天羽天音が『凝り性』だからってのが大きい。冬城お姉さんはそのあたりも計算してそうだが。
あとは神戸観光もした。ついでに大阪も観光した。そのまま京都や奈良……は、さすがに厳しい。撮影で行くことならなー。あるんだけどなー。観光は前世でもない。ごはんくらい? 俺をコントラクターにした女は食べることが好きだったからな。あるいは俺に『餌付け』することを楽しんでいた節もあるが。役者になる前は役者になる前でそんな余裕なかったし、発想もなかった。なってからも自由はなかったしなー。忙しかったってのもあるけど、ちょっと敵をつくりすぎた。ファンもアンチも。実際に会ったこともない、俺に『強い感情を抱く人間』が多くなり過ぎた。仕事以外では引きこもってたもんな。まあもっとも、それだけ対策をしていても結局はこうして転生するハメになったんだが。転生したんだから良いだろって説もあります。
閑話休題。とりあえず、CMの仕事は終わった。郁とも仲良くなれたし、言うことなしの結果だな。え? 歌の収録? 国近くんにボコボコにボコられました。以上。
いや、勝てるわけないやん。相手はトップアイドルだ。こと『アイドル』のパフォーマンスに限って言えば、国近くんは原作のレジェンド『サクラ』にも迫る実力があるだろう。……過去の伝説が現代の最前線を上回ってるってほうがおかしいんだけどな。環境は変わっていくものだ。技術は洗練されていく。『過去の名作』が現代の基準において『古く』見えることは当たり前だ。古いんだから。もちろん、時代を超越するようなものもある。こんな選手は今後もう二度と出てこないだろうなんて言われる存在も。だが、そんな選手さえもいつかは上回る者が出てくる。『サクラ』はまだ越えるものが出てきていないが、その聖域は永遠を約束するものではない。その聖域に足を踏み入れてもおかしくない国近くんに、原作が始まる前の郁と俺が? そう、勝てるわけがない。当たり前のことだろう。
そんなことは百も承知で発破をかけたし、それでも『邪魔にならない』水準を目指していたが……正直、達成できたかはわからない。天羽天音や冬城お姉さんが『通した』んだから大丈夫だとは思うが……郁はめちゃくちゃに悔しそうにしていた。
うーん……わからん。歌に関してはなんとなくうまいとかそういうのしかわからないんだよな……。天羽天音くらい突き抜けてるとさすがにわかるし、サクラや国近くんがとんでもないくらい『うまい』ってこともわかる。だが――ほんとうのところを言ってしまうと、思い入れ補正抜きで考える『サクラ』と『葦原国近』のパフォーマンスでどちらが『上』か、という問いに俺は答えることができない。サクラのステージのほうが感動する。そりゃそうだ。しかし国近くんが劣っているとも感じられない。『みんな』がそう言うんだからそうなんだろうって思うくらいだ。主に冬城お姉さん。聞いてみたら細やかに言語化してくれたし納得もしたが……その程度しかわかっていないとも言える。
これだけでも我らが陽依ちゃんの歌への適性をよくわかってくれたと思う。陽依ちゃんは『歌の良し悪し』を評価するための『耳』のレベルからして低いのである! ふっふっふ……こわいか? 演技以外能がない俺が……! これでトップアイドルになる気満々の俺が!
だから『戦略』が必要なわけだが。
「それで」冬城お姉さんが言った。「『原作』ではどうだったの?」
「カレンちゃんですか?」
「と言うよりは、カレンちゃんの作品について。……個人的には、陽依ちゃんの介入で『運命』が変わったとしてもいいけれど」
「ふふっ」からかうために笑う。「うそつき♡ カレンちゃんが『成功』して、かつ、わたしも『成功』する。それがいちばん……でしょう?」
「嘘ではないわ。次善ではあるもの。『国民的な子役』の登場は芸能界の盛り上がりを考えれば望ましくはあるけれど、将来のライバルに武器を増やすようなものだから」
「でも」その上で『最善』がライバルをより強くすることなら。「……ぁは♡ 信頼、されちゃってますね」
おもーい、と笑う。冬城お姉さんは「当たり前よ」と息をつく。「陽依ちゃんのことは信じているもの。……でも、カレンちゃんに負けなかったとしても」
「わたしが『出演』したことにより『この作品』が原作通りの評価を得られるかどうかわからなくなった」
「そう。……『国民的』とは言わないまでも、せめて成功してくれないと。陽依ちゃんの時間がもったいないもの」
「原作で成功してたんだから大丈夫ですって。心配性だなー」
「今までのことがすべて『原作通り』なら、こんなに心配することはなかったでしょう。ね、犯人さん」
俺は冬城さんから目をそらした。原作を狂わせた原因があるとすれば、間違いなく俺である。今までのこと――冬城お姉さんに俺の『事情』について話してから、何度か話した『予言』。そのいくつかは当たって、いくつかは外した。そのことを言っているんだろう。
ん? ああ、冬城お姉さんに俺の事情は話したよ。俺の『前世』と『サキュバスアイドルマイスター』のことは既に話している。冬城お姉さんと俺は一蓮托生だ。そんな相手に隠し事をしても仕方ない。情報共有は重要だろう? 前提となる情報をどれだけ持っているかによって同じことでも見方が変わる。なら最初から話しておいたほうがいい。冬城お姉さんが俺を『選んだ』ときには決めていた。話したこと自体はプロガーの撮影が終わって少ししてからだが……。
だから、そこんところで回りくどいことをする必要はない。前世だの転生者だのそういったものを隠しながらってなるとどうしても動きが悪くなる。俺は超絶美少女だし演技に関しては誰にも負けるつもりはないが――歌やダンスについては『特別な才能』を持っていない。この世界で『トップアイドル』を目指そうと言うのに、だ。『特別な才能』を持つ者が尋常ではない努力を積み重ねてなお辿り着くことができるかどうかわからない。そんな世界で俺は『そこ』に行かなきゃいけない。『隠し事』をしている余裕なんてあるはずがないだろう。
もっとも、それがなかったとしても、(わざわざ説明するかどうかは別の話として)、無理に隠そうとも思わないが。知られて困るものでもない。冬城お姉さんの場合はむしろ『知らなかったら困るだろう』と考えたから話した。『勝つ』ために。それだけだ。
「――って、原作ではどうだったか、でしたね。うーん……そうだな。わたしも詳しいことは知らないんですよねー」
だから冬城さんにも話してないでしょ? と笑いかける。冬城お姉さんは呆れたようにため息をつく。「それで原作を狂わせる『異分子』を積極的に取り込もうとするあたり、陽依ちゃんよね」
「でも、それだけの価値はあるでしょう?」
「ええ」冬城お姉さんは即答する。「『国民の娘』が生まれるほどの作品に出演しないなんて選択肢はない。陽依ちゃんは――率直に言うと、既に『それだけの位置』には立っていると思うけれど」
「と言うと?」
「カレンちゃん――『星見カレン』はまさしく天才子役と言っていい存在でしょう。陽依ちゃんが子役としてデビューする前から活躍している子役で……でも、『望月陽依』ほどじゃない。陽依ちゃんは既に『国民的』と言っていい人気と知名度を誇っているから」
「そうしないと勝てないですから」
「……何度も言っているけれど、それには同意しない。続けるわね。陽依ちゃんは既に『国民的』な存在になっている。だからカレンちゃんが『国民の娘』になるほどの作品であろうとも、絶対に出演しなければいけないってほどのものじゃない」
「でも、冬城さんは出演することに同意してくれている。それは」
「少しでも『積み上げる』ために。誰が出演するにしても、成功する確度が高いなら――成功するとわかっているなら、自分のために出演したほうがいい。それだけの理屈よ」
「冬城さんがわたしと同じ考えで良かったです♪」
「それで済ませてほしくはないけれど」呆れたような目を向けられる。「特に、天羽天音との『賭け』なんて、無用なリスクを負って……あそこまで賭け金を上乗せしなくても七堂監督に『恩を着せる』ことはできたでしょう?」
「その点は考え方の違いですね。わたしとしては、成功するに決まってるんだから多ければ多いほどいい、って思います」
「それを狂わせている張本人がそう言うんだから生きた心地がしないのよ」
「大丈夫ですよ。原作から大きくズレはしますが――このわたしが出演するんです。原作よりも、さらに成功させちゃいましょう」
「それは成功を約束しないわ」
「ふふ」彼女の横顔を見つめて笑う。「うそつき。わたしのこと、信じてるくせに♡」
「……話を戻しましょうか」
「あ、照れ隠しだー。かわいいなぁ」
「年長者をからかうのはやめなさい」
「前世コミだとわたしのほうが年上ですよ?」
「私はそう思っていないわ。陽依ちゃんは私の大切な『商品』だから」
「論理が通ってないですね。でも」ふにゃり、と頬がゆるんでいることを自覚する。「……冬城さんのそういうところ、わたしは好きです」
「ありがとう。私も好きよ。それで、話を戻すけれど――」
「あー、塩対応だー。好きって言うならもっと愛情込めてくださいよー」
「いい加減に話を戻させてくれないかしら?」
冬城お姉さんが言う。しかしそうはさせない。俺はわかっている。これ以上話すようなことはない。たぶん今向かっている先――『七堂監督のドラマでの出演者の顔合わせを兼ねたホン読み』についての話をしたいのだろうが、それについては既に済ませている。話すとしても『おさらい』程度のものだ。なら話す必要はない。そしてそれは冬城お姉さんもわかっていることだ。
つまり、話を戻す必要はなく――もう一つ、わかっていることとして。
「冬城さんも、わたしのことが好きで好きでたまらなくなっちゃってるでしょ?」
「正直かわいすぎて今すぐ抱きしめて頬ずりしたいくらいだからやめなさいって言ってるのよ」
「わたし、かわいすぎ?」
「本当にそうだから運転中はやめて」
冗談めかして言うと割とガチめにそう返された。どうやら陽依ちゃんのかわいさは俺が思っている以上のものだったらしい。
陽依ちゃん、反省。かわいすぎる罪でお口にチャックの刑を受けます。