サキュバスアイドルマイスター 〜演技力カンスト役者、アイドル育成ゲームの世界に転生する〜   作:エビノース志月

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連続更新三日目!


不在の神を演じよ。②

 模範囚とは言えない行動をしてさらなるお叱りを受けた超絶美少女天才子役こと望月陽依受刑者ですが、なんやかんやあってホン読みの場に着きました。

 実は直前で郁と合流した。ちなみにひとりというわけではなくお母さんといっしょだった。お嬢様だからって使用人さんとかは居ない。いや、厳密には『それに近い人』は居るらしいが、今回は母親といっしょに来たらしい。まあ、子役って親がマネージャーを務めるようなことはよくあるしな。

 郁はちょっと恥ずかしそうにしていた。うんうん。なんか友達が親を連れてきていないのに自分は親といっしょに居るのってなんか恥ずかしいらしいもんな。そういう描写がある作品を見たことがあるから知っている。経験はない。母さんや父さんといっしょにいても何ら恥じるところはないし――前世では友達も親も居なかったようなものだ。経験なんてできっこない。

 

 郁のお母さんとは前に会ったときにあまり話せなかったので質問攻めにされた。郁はどこか居心地悪そうにしていたが、個人的には楽しかった。友達のお母さんと話すのってこんな感じなのか……! ってなったよな。それと郁が『愛されている』ってことが伝わってきて良い。この人、ほんとうに郁のことを大切に思っているんだなぁって思えるんだよな。

 推測するに普段はそれほど活発な人ではないだろうに『愛する娘のお友だち』ということでめっちゃくちゃテンション高く俺にあれこれ聞いてくる。俺も郁との付き合いが長いわけではないものの、郁のことは好きだ。原作関係なく、実際に会ってからだけでも十分すぎるほどに好感が持てる。それを素直に話すだけでたいそう喜んでくれる。郁は恥ずかしそうにしてくれる。俺にとっては得しかない。

 

 

「――って、そんな話よりも、よ。陽依、私はこれでもドラマ撮影なんて初めてなんだけれど……どうすればいいのか、教えなさい」

 

「まあ」郁のお母さんが口に手を当てる。「いけませんよ、郁さん。陽依さんにそんな言葉遣い。お願いするならもっと言い方というものがあるでしょう」

 

「いえいえ、お母さん。わたしはこれが郁ちゃんの良さだと思っていますから。照れ隠しです。かわいいですよね」

 

「……! 郁さん、郁さん。陽依さんは郁さんのことをとてもよく理解してくれていますよ」

 

 

 ちょいちょいと郁の肩を触るお母さん。郁はめちゃくちゃやりにくそうにしている。俺が同じ立場だったら……甘えるね。絶対。母さんに甘える。ただ、郁は違ったようで「ああっ、もう!」とそれを振り払って俺を見る。なんとかしなさいと訴えかけているような目だ。あの夢咲郁も母には勝てないらしい。

 

 

「大丈夫ですよ、郁ちゃん」俺は郁の訴えに応える。「ドラマ撮影とかどうとでもなります! と言うか今日のはただの顔合わせですし。ホン読み――厳密には読み合わせですね。それはしますけど……そんなに緊張することないですよ。そもそも今回読み合わせする範囲でわたしたちの出番があるかもビミョーですし?」

 

「と言うか、まだ脚本を読んでもいないのだけれど。こういうのって事前にもらったりするものじゃないの?」

 

「うーん……まちまち? さすがに撮影よりは早くもらいますけど、ドラマの撮影だとホン読みをしないこともけっこうあるし……ホン読みをするときは、事前にもらって演技プランを組んでから臨むってことが多いかも?」

 

 

 ちなみに俺こと望月陽依ちゃんは現場で脚本に目を通したらすぐに演技できる。が、言うまでもなく特殊な例なので真似しちゃいけない。

 

 

「……今回、まだもらってないんだけど。大丈夫なの?」

 

「たぶん? 初回でこれかぁーとは思いますが……あ、もしかしたらわたしたちの出演が決まったからかもですね」

 

「……予定にないキャストをねじ込まれた形だものね」

 

「脚本家さんには『ごめんなさい』しなくちゃですね!」

 

「どうしてテンション上がってるのよ」

 

「話す『きっかけ』になるからです。好感度アップイベントですよ?」

 

「それ、口に出したら台無しじゃない? 私たちしか居ないから言っているのはわかっているけれど」

 

「ちっちっち」俺は演技がかった調子で指を振る。「わかってないですね、郁ちゃん。これは正直に伝えてもいいんです。真正面から『ご迷惑をおかけしてしまいましたが、これをあなたと仲良くなるきっかけにできたら嬉しいです』と伝えられるんですよ? それも、望月陽依から」

 

「……納得したわ」

 

 

 ふぅ、と郁が息をつく。「陽依が『魔王』って呼ばれるわけよね」

 

「魔王ちゃんでーす。ぇへ」

 

「くっ……陽依、ちょっと抱きしめさせなさい」

 

「はい、どーぞ」

 

 

 郁が俺のことを抱きしめる。どうやら俺のかわいさにやられてしまったらしい。めっちゃ髪をもふもふされる。いやそれはセットが崩れるからそこそこにしてほしいかも! 

 

 もふもふされながら会議室――今回の顔合わせは制作会社の会議室で行われる――に向かう。会議室には先客が居る。さすがにスタッフ陣より早くは来ないし、役者でも早めに来る主義の人は少なくない。

 

 例えば、星見カレンもそうだった。

 

 

「おはよう、陽依。……その子は?」

 

 

 会議室に入るとともに「おはようございまーす」と挨拶をすると、既に到着していたカレンが立ち上がって寄ってきた。ちょいちょい。早い早い。先に監督とかスタッフの皆さんに挨拶させて。

 

 

「それもそうだね。ごめん」そう言って、カレンは郁へと視線を向ける。「あなたも。ごめんなさい。……あ、牛乳の子か。ユメサキの牛乳、おいしいよね。毎日飲んでる」

 

「いやだからカレンちゃん!? それ話が続いちゃうやつだから! ちょっと! もうちょっとだけ待って!」

 

 

 カレン、マイペース過ぎる。べつに天然ってわけじゃないと思うんだが……カレンにはこういうところがある。天然かもしれない。

 

 無事にスタッフの皆さんに挨拶をすると、カレンのところへ戻る。あまり表情がころころ変わるタイプではないものの、ぱたぱたと犬の尻尾が揺れている姿を幻視する。カレンは素直だ。『まっすぐ』という言葉がイメージにいちばん近い。

 当然ながら初めて会ったときよりも成長している。身長は俺よりも少し上。将来的には一六〇半ばくらいになるはずだから、女性にしては高いほうだ。俺は……母さんと父さんのことを考えるとかなり高くなってもおかしくないんだけど、生まれてから長いこと寝たきりだったからな。いくら出来る限りのことをしてくれていたからって限界がある。むしろそんな期間があったにしては健康優良児と言ってもいいだろう。最終的には平均前後くらいになる……か? せっかくだから母さんみたいにおっぱいばいんばいんになってみたい気持ちもあったが、これに関しては仕方ない。ちなみに郁はそんなに大きくならない。将来的にはちっこい側だ。原作の郁の代名詞的なセリフとして「モブども! 私のことを見上げなさい!」なんてものがあるが、ちっこい郁が言うから良くてぇ……。

 

 なんて原作語りを始めると長くなるからやめとこう。カレンの話から離れすぎだろ。せめて原作のカレンがどうかって話をしろよな。はい。ごめんなさい。

 

 

「改めまして――おはようございます、カレンちゃん。会えて嬉しいです! こちらは夢咲郁ちゃん。ドラマは未経験ですけど……カレンちゃんも、知ってるみたいですね?」

 

「うん。CMで見たから知ってるよ。はじめまして、郁。私は星見カレン。今日からよろしく」

 

「ええ。はじめまして。夢咲郁よ。よろしくね。それと、最初に言っておくけれど」

 

「なに?」

 

「私はトップアイドルになるわ。あなたよりも、陽依よりも上に立つ。覚えておきなさい」

 

「そっか」カレンは郁の目をまっすぐに見て言う。「私も、負けるつもりはないよ」

 

 

 ふたりは見つめ合う。俺はぽつりと立ち尽くした。えっ……どういう流れ? 郁さんはなんでいきなり宣戦布告したんですか? カレンも当然のように受け取るし……。いや、郁は性格からしていきなり宣戦布告してもおかしくないし、カレンも宣戦布告されたらそのまままっすぐ受け取るか。そうはならんやろ。なってるけど。

 

 カレンと郁は原作ではライバル関係に当たる。『作品を代表とする三人』を選んだときにどっちも入るってくらい中核的なキャラクターだ。作品の『顔』はカレンだが、カレン単独じゃなくて複数人でってときはカレンと郁、それからもう一人のアイドルの三人組で顔を出すことが多かった。

 ……このままだと俺が『三人目』に当てはまっちゃうな。原作のオタクとしては複雑な気持ちだ。最後の一人にはまた後日謝っておくことにしよう。相手はなんのこっちゃわからないだろうけどな。あの『紛い物の天才』ならなんとでもするだろうし。

 

 

「ふーん。陽依とCM撮ったんだ。……陽依の初仕事は私とのCM撮影だったんだよね。あのときから陽依はすごかった」

 

「知ってるわよ、それくらい。ああ、でも、今回のCMはウチも力を入れていてね。私は陽依といっしょに歌も収録したの。陽依の歌は初めて聞いたけれど……って、これは楽しみを奪うことになってしまうかしら。内緒にしておいてあげる」

 

「歌……そう。私は聞いたことないのに、陽依の歌を……」

 

 

 うん? なんか知らないうちにバチバチやってない? しかも俺をダシにして! やだ、もしかしてふたりとも『どっちが陽依と仲が良いか』ってバトルしてる……? 俺、好かれすぎ? 

 しかしこれは数年後には見られない光景だろう。この歳だから見ることができる光景って感じがする。今はまだふたりとも友達少ないからな。カレンは天才子役として幼い頃から活動している関係もあって同年代の友達をつくりにくいし、郁は郁だ。対等と言えるような関係の友人はきっと少ない。そうなると俺はふたりにとっての数少ない友人ということになる。独占欲じみた感情を抱いても仕方ないだろう。微笑ましいものだ。あと個人的には気分が良い。

 

 そんなこんなで話しているとぞろぞろと揃い始める。時間だ。スタッフの誘導でそれぞれの席へ。厳密に決まってるわけじゃないが、主演のカレンとは少し離れることになる。さすがに主演は目立つとこに居ないとな。

 

 そして始まる顔合わせ。シッチーこと七堂監督の挨拶からだ。定型文なので割愛。あんま面白くないね……。

 監督から次のバトンを渡されるのは主演だ。しかしカレンではない。これから撮る作品は『父と娘』のドラマである。主演はもう一人居る。

 

 

「あー……みなさんは、そうだな、おでん、おでんの具だと、何が好きですか?」

 

 

 男が、清潔感がないということは『だらしない』ということであると主張するような風体の男がすっくりと立ち上がってつぶやく。大きな声ではない。どちらかと言うとぼそぼそとした、ひとりごとめいた声。髪は櫛を使うという発想がないような有り様で、髭も剃りきれておらず、服にはびっしりと皺の装飾が刻まれている。怪しい男だ。故に目立つ。

 その声も、か細くて聞き取りにくい声だからこそ――肌を触られるとき、触れるか触れないかといった塩梅だと、強く触れられるよりもずっとその存在が際立って感じられる。それと同じで、ともすれば聞き逃してしまいそうな声だからこそ、その声には強く意識を集中することになる。自ら意識を向ける。離れてしまいそうなものに手を伸ばして掴もうとする。

 男の声は『それ』だった。そして、付け加えるならば『そのくせ聞き取りやすい声』をしている。深く重い、特徴的な声質。

 

 

「そう、そうだな、おでんと言えば、大根ってイメージがある。わかる。それはわかるんだ。でも、おれは、個人的には玉子が好きで……ああ、そもそも、おれはラーメン屋の煮卵も好きなんですが、あれとはまた別で。ラーメン屋の煮卵はラーメン全体のバランスなんて考えてない黄身まで濃厚な味付けの玉子が好きだな。なんならデザートかってくらい甘くてもいい。それが……」

 

「石神さん」シッチーこと七堂監督が咳払いする。「本題を」

 

「ん? ああ、すみません。少しだけ話が逸れたか……おでんの玉子、玉子の話です。おでんの玉子、固茹でですよね。固茹で、そう、つまり、ハードボイルド、ハードボイルドに演じていきたい、そういう話をしたかったんです。石神泰人です。主演です。みなさん、これからよろしくお願いします」

 

 

 拍手をする。戸惑いの拍手だ。みんなの頭にクエスチョンマークが浮かんでいる――わけではなく、この石神泰人のキャラクターは既に広く知られている。知られているからってこんな意味のわからない自己紹介をされても戸惑うことしかできないのだが。

 郁は少し面食らっていたが、途中から「こういうヒトも居るわよね、芸能界だもの」とでも思っていそうな顔になっていた。芸能界に対する偏見……! 間違ってないが。

 

 郁お嬢様が持つ芸能界への偏見を強めた犯人はそのままカレンへとバトンを渡す。こんな主演挨拶をかまされた後に話すのイヤだよな。俺ならイヤだ。まあなんとかして利用するが、小学校も卒業していないような子どもに望むことじゃあない。シッチーこと七堂監督が助け舟を出そうか悩んでいる様子が見えた。折り目正しい慇懃無礼な鬼畜眼鏡みたいな風貌のシッチーだが、そのあふれでる小物感にふさわしく甘いところがある。『厳しくする』という意志を貫徹することができない。『監督』という立場にふさわしい振る舞いをしよう、と。言ってしまえば『舐められない』ような振る舞いをしようと努めている。が、それを貫く強さを持っているわけでもない。わかりやすく未熟だ。小物っぽい。かわいらしいものだが。

 

 とは言え、カレンは。

 

 

「石神さんと同じく今回主演を務めます、星見カレンです。これからよろしくお願いします」

 

 

 そう言って、一礼。席に着く。

 

 ……え? 終わり? そんな声が聞こえた気が(主に隣から)したが、終わりである。カレンはこういう子だ。どこまでもまっすぐな女の子。回り道なんてしない。取り繕うことをしない。いつだってまっすぐ走っていく。飾らず、驕らず、ただひたすらに前を向いて。凛として咲く一輪の花。

 と言っても、今回もたぶん『やりにく……』くらいには思っていたんじゃないだろうか。べつに空気が読めないってわけでもない。ただ、その上で『まっすぐ』を選ぶ。俺が知る星見カレンならそうする。前世の知識でも、今の思い出でも。

 

 その後はひとりひとり簡易的な挨拶をする。俺もした。郁も。カレンが名前とよろしくお願いしますしか言ってないからな。みんなそうした。そういう意味ではカレンはいい流れをつくってくれたとも言える。こういう顔合わせでの挨拶を自己アピール自己プレゼンの場として使う役者も居るっちゃ居るが、今回はなかった。石神泰人だけだったらアレが基準になっていた可能性もあるのでカレンには感謝しなくちゃいけない。

 

 

「それでは、皆様に出演していただく作品『二周目の娘に父と呼ばれる』について、私、七堂からお話させていただきます」

 

 

 挨拶が終わると監督が作品について話し始める。認識の共有。キホンのキだな。

 

 

「今作は若い女性に大変な人気を博する作家、穴水なるせ先生の小説をもとにしたドラマであり、脚本にも穴水先生本人に一部ご協力いただいております。

 改めまして、本作について。本作は石神さん演じる主人公、仕事人間の男ですね、彼が『娘を持つことになる』ところから物語が始まります。姉の娘、つまり厳密には姪に当たる少女を育てることになる。それだけでも大変なことだと言うのに、その娘、星見カレンさんが演じる娘には『前世の記憶』があった。そんな娘によって、男の人生は思いもよらぬ方向に転じることになる……。

 作品のコンセプト、と言うよりはターゲットとしては、やはり女性、主婦層はもちろんですが、それよりはやや上下に幅広く持つことができるものだと思っております。つまり、そう、ワークライフバランスにも関わるもの。仕事人間だった主人公が娘によって『人生』を考えるようになる。もっとも、本作においてはワーカーホリックの主人公よりもなお深刻に『仕事中毒』であったのがもうひとりの主人公でもある娘なので、反面教師として、かつ、コミカルに描くものではあります。最終的には『家族』になる。娘を育てる父になる。そういった物語になりますから、現代の若者にも強く訴求できる力がある。そんな作品にしたいと思っております」

 

 

 緊張が見える。同時に自信も。シッチーはまだ三十にもなっていない、正真正銘の若手監督だ。これは冬城お姉さんに言われて気付いたことだが……改めて考えると、この抜擢は『異例』だ。局に入社して十年も経っていないだろうに、初監督で、ここまで力を入れた作品の監督になることができるか? 実際、そういうことは『ある』。あるが、何の実績も持たない、それもシッチーのように明らかに媚びることもできない若手に? 不自然だ。つまり理由がある。実力を評価するための実績も持たない彼が監督になれた理由が。

 もちろんそんなことはどうでもいいことだ。まあコネとかだろ。親とかか? そんで潔癖のきらいのあるシッチーはそれに納得できておらず、しかし潔癖も貫くことができていないので監督にはなっている。この理想主義者が『理想を実現するためにはなんでも利用してやる』なんて思っていたならばまだ中途半端ではなかっただろうが、実際はこうだ。今のプレゼンからもそういう中途半端さが垣間見えた。

 

 しかし、彼は本物だ。

 俺はそれを知っている。

 

 

「七堂くん」石神泰人が声をかける。落ち着きのある、重く、深い声。『最もセクシーな声を持つ声優』として殿堂入りした男の声は強制的に人の精神に働きかける。「力を抜いてください。監督なんだ。胸を張って、俺に付いて来いと言えばいい」

 

「石神さん……」シッチーが石神を見る。旧知の間柄だろうか。そんなふうにも見える。「……そうですね。わかりました。僕は、僕のやりたいようにやる。僕の理想を形にする」

 

 

 口に出して言うことか? そんなだから舐められるし、愛されるんだよ。未熟な理想主義者のまっすぐな瞳は――中途半端でもなんでも、目指す理想にだけはまっすぐなその瞳は、同じ夢を抱いたことのある人々を惹きつける。

 

 間接視野で周囲を把握する。うん。やっぱりみんなシッチーに心を開き始めている。『好感』まではいかなくとも、同じ方向を見ようとしている。

 

 冬城お姉さんも何か考えている様子だ。片目に$マークが浮かんでいる。わかりやすくそろばん弾いてるこのひと……! しかし、これは彼女にとってかなり高い評価だ。俺が話した『未来』も加味した上で、だろうが俺の話したことだけで彼女がこのような評価を下すことはない。そのあたりは厳しいからな、冬城お姉さん。だからこそ信じられるんだけど。

 

 場も温まってきたところで読み合わせだ。こういう連ドラでの読み合わせだと、だいたい一話だけやって……みたいなことも多い。理想としては毎回ちゃんと読み合わせやってリハやってドライやってカメリハやってランスルーやって本番撮影して……ってやりたいところなんだが、俺の経験上だと省略されることも多い。ただこれは俺が特殊って可能性もある。前世の頃からスケジュールは詰め詰めだったからな。

 しかしそれを差っ引いて考えても最近の主流はリハーサルより本番撮影を重ねるって感じな気はする。体感な。もっとも撮影の手法にもよる。ワンカット長回しのシーンとかならもちろん入念なリハーサルは必須だし、マルチカメラなんかで何カットか一気に撮影するってときもきっちりリハーサルをやらなきゃ絶対トチる。逆説的に、俺が経験してきた範囲では『そういった手法』を使わない選択をすることも多かったが。時間短縮を第一に置いてきた功罪については話が脱線するので置いておくとして――今回の撮影ではどうなのか。その話をするべきだよな。

 ってことで今回の読み合わせだが、一気に数話ぶんやるらしい。三話くらいか。俺や郁の初登場……自体は一話の時点であるが、『セリフのあるキャラクター』として本格的に出てくるのは二話からだな。

 

 そんなこんなで読み合わせ。最初のほうだとカレンはまだ登場しない。石神泰人のパートからだ。さすがにうまい。本職(って言い方はビミョーだが)声優だからなー。声だけでも演技が成立してしまうほどに圧倒的なまでの『魔性』を帯びた声質。彼の『語り』から物語が始まるだけで視聴者は腰をテレビの方へと向けてしまう。耳だけで聞いていたところから目を向けて、いつの間にか自然と腰を据えて画面に向き合う。それを『させる』だけの力がある声だ。俺もそれ『だけ』ならできないことはないが、演技の効果を最大化させるために『要所』でしか使えない。それを常に――しかも、それによって『要所』の演技が弱くなることもないってんだから物凄い資質だと思う。そんな声で周囲から『浮かない』のもすごいが、これは『空気を自分の色に塗り替えている』と言ったほうが適切かもしれない。それでも共演者泣かせではあると思うが。

 

 ワーカーホリック気味の主人公。直球でワークライフバランスについて語るところから場面は始まる。

 

 

『仕事よりも家族との生活を大事にしよう!』

 

『「やりがい」搾取に声を上げる若者たち――』

 

『人生の目的を見失ってはいけない。人生とは……』

 

 

 

「現代。仕事を第一にして生きるのは『古臭い』と言われている。『やりがい』なんて関係ない。そんなものはまやかしだ。職場に求めるものは『給料』だけ。そのために仕事をしているんだ。そこそこに稼ぐことができればいい。大事なものは他にある。趣味、家族、仕事以外の『人生』。そのために生きているんだろう? と」

 

 

 抜群の『語り口』だ。深く、重く、身体の芯にまで響く声。最初にこういった『主人公のモノローグ』から始まる作品はいくつかあるが、これは失敗すると『説教臭い』や『どうでもいい話を聞かされている』という印象を与える可能性がある。

 今回の作品はそれを『石神泰人の語り』というマンパワーで解決している。強引な解決法だが、これ以上なく効果的だ。この読み合わせの段階でさえそれがわかる。

 

 

「ああ、そうだ。そうだとも。今の時代、そういった考えが正しいんだろう。仕事を第一に、なんて考え方は『古い』んだ、と。だが――本当にそうなのか? 一度、考えてみてほしい。あなたの人生において、仕事が占める割合はいかほどか。そう、そうだな。残業無しとして一日八時間勤務としても――ざっと人生の三分の一は仕事に捧げることになるだろう。それだけの時間を費やすことになるのが『仕事』だ。なら、『やりがい』を持って臨んだほうがいいとは思わないか? どうせ仕事をすることには代わりないんだ。なら、自分なりに『やりがい』を持って『仕事』に精を出す――そうした生き方のほうが、結果的に『合理的』だ、と。そう考える俺は、今の時代では『古い』と言われてしまうんだろうか」

 

 

 主人公の語りは一定の理解と反発を招くものだ。これは多くの作品において当てはまることだが――序盤における主人公の『主張』とは後に『打破される』べきものである。もちろん、全否定されるものじゃあない。それはそれで観客からは『共感できない主人公』と思われてしまうからな。共感できるところもある。だが、それはちょっと『ひねくれている』んじゃないのか? そう思われる塩梅が適当だろう。主人公は変化する。成長する。それを観客は期待している。主人公が精神的に何の変化も成長もしないなんて作品はそう多くない。

 だから、今のこの『語り』も、もちろん後に否定されることになる思想だ。実際、シッチーが作品について説明してくれたときにも『ワークライフバランス』がコンセプトだって言ってたしな。『仕事』を第一に考えていた人間が『人生』を、『家族』を考えていく物語。『自分にとってほんとうに大切なもの』について考えるまでの物語になるだろう。

 

 と言っても、俺個人としてはこの主人公の側に立ちたいところだ。いや、趣味も大事だけどな。俺も空き時間には趣味に全振りだったし……ただ、それ以外の場では仕事を第一に考えていた。と言うか趣味以外だと仕事しかなかったし。そうなるのも当然と言えるかもしれない。『仕事よりも大切なもの』とか言われても困る。サキュスタとごはん除けば仕事が趣味みたいなもんだったし……それで不満もなかったからな。『人生』って言うんなら、それが俺の『人生』だった。

 

 ……が、今は仕事よりも母さんと父さんのほうが大事だから、結局は『ワークライフバランス』って話になるのかもしれない。

 

 ともあれ、そんな主人公の語りから物語が始まる。仕事に邁進する主人公。そんな彼のもとに、一報が入る。訃報が。姉の死が。

 

 

「――あなたが、私を引き取ってくれる?」

 

 

 通夜の席で。姉の面影がある少女――どこか大人びた少女が、彼にそう声をかける。『厄介者』だった姉の娘。引き取ろうとする者は誰も居らず……主人公だって、自分が引き取るべきではないと思っていた。しかし、姉の娘は主人公に『引き取らせた』。

 

 

「ふふっ……これからよろしく。お父さん?」

 

 

 ここまでが導入部。シナリオにゆるみを許すことなくノンストップで突っ走る構成だ。きちんと説明しなければツッコミどころを生みそうな場面においても『勢い』を優先して観客に考える暇を与えず二転三転する状況で押し通す。ある種の爽快感さえあるストーリーテリング。カレンの演技も良い。読み合わせの段階だが躓く場面がない。

 

 もちろん、一度も失敗しないなんてことは俺くらいにしかできないが。

 

 

「――ごめんなさいっ……!」

 

 

 シーン変更。場面は過去へ。カレン演じる娘が父に『自分は転生者である』ことを告げた次のシーン。

 カレン演じる娘が『自分の前世を思い出した』シーンだ。そこでカレンは感情を大きく荒ぶらせて悲痛な演技をしてみせた。台本には『ない』演技を。

 

 もちろん許されない。いきなりのアドリブだ。読み合わせが止まる。カレンも止まる。だが、演技に引きずられている。瞳の端に涙が浮かび、ぐすっと小さく鼻を鳴らす。

 

 

「……『死んだ』から」

 

 

 なぜ、そんな演技をしたのか。シッチーの問いにカレンはそう答えた。

 

 

「『私』は死んだ。それも早くに。今まで生きてきた時間を振り返ってみて――そうして、いちばん大きく思うことは、周りの人のこと。家族のこと。『私』は両親よりも早く死んでしまった。『私』が死んだ後、お母さんやお父さんがどうしているかと思ったら。そんな顔をさせてしまったことが、何よりも、嫌で、嫌で、たまらなくて」

 

 

 だから、と。カレンは言う。だから泣いた。だから謝った。『私』なら、そうなるから。

 

 

「……メソッド演技」

 

 

 隣の郁がぽつりとつぶやく。俺以外の誰にも聞こえていないだろう小さな声。しかし、同じことを思っている者は多いだろう。そう、これこそが星見カレン。あの『真に迫った演技』こそが星見カレンの演技である。観る者の感情を大きく揺さぶり、直接訴えかけるような。『本物』の演技だ。カレンの演技に『あてられてしまっている』顔もいくつか見られる。ただの読み合わせだと言うのに、そんな顔をさせるだけの力がある。さすが、と言うべきところだろう。

 

 もっとも。

 

 

「それは『違う』な」

 

 

『本物』であることが常に正しいわけじゃない。シッチーが言う。 

 

 

「その解釈は違う。君が演じる彼女はそんな心を持っていない。いや、厳密には『自覚していない』……あるいは『育っていない』と言うべきか。彼女は前世、親の愛などに恵まれていたわけではない。仕事だけの人生であり、もしも悔いることがあったとしても、それは仕事に関することだっただろう。それだから、君の解釈は間違っている」

 

 

 カレン演じる『娘』は『普通の少女』として描かれていない。今のカレンの演技は良かった。いわゆる『転生モノ』で前世に触れないほうが不自然だろってのはわからなくもないからな。前世での生活は? 周囲の人は? 自分が亡くなったとき、悲しむ人は居ないのか。遺される人は居ないのか? そういった視点で『自分なら』と突き詰めて考えていった結果としての演技だったことは理解できる。設定が設定なら『名演』とされてもいいアドリブだったかもしれない。

 

 しかし、今回の作品はそれとは異なる。彼女の前世が『普通ではなかった』ことに明確な意味を持つ作品だ。家族の愛を知らない。仕事だけの人間。

 

 だから、台本に『ごめんなさい』なんて書いてあったとしても、それは『前世』に対するものではなく。

 

 

「……ごめんなさい」

 

 

 今生の『親』に対する、『こんな私が娘で』という枕のついた、申し訳程度の謝罪になる。

 修正が早いな。あれだけ深く役に入り込んでいたのに別の演技プランもこなせるとは。……いや、そもそも。カレンの解釈は根本から間違っていたわけではないのかもしれない。仕事ばかりで愛に恵まれなかった人生を過ごした、その上で。しかし、それでも『自分の死』を回想したという異常事態の中で、不意に『両親』の顔が浮かんだ。愛に恵まれた経験がなくとも、自分を育てた両親。その顔が浮かんで、思わず……という解釈をしたのではないだろうか。前世の記憶を思い出すだなんて正常な精神状態ではない。だからこそ本質が見える――実際、この作品の後半では『家族』のことを大切にしようと思うわけだからな。その下地はあったんだ、とするのは間違っているとは言えないだろう。

 カレンがそこまで考えていたかどうかはわからない。しかし、その場合は『それもアリかもしれない』とは思わせられる。……もっとも、それでもやはり演出意図には沿わないから没にはなってしまうだろうが。視聴者に与える感情が演出意図から『ブレる』可能性が高い。カレン演じる娘に強く同情し過ぎてしまいかねない。それは通せない。

 だから、まあ、今回のカレンの演技への評価は『解釈としては間違っていないかもしれないが、演出意図からはズレている』になるか。カレンの修正が早かったのは解釈に加えたのが微調整でしかないから。そう考えると納得がいく。同時に、このカレンの演技が『ハマれば』凄まじいものが見れるかもしれないという予感も。

 

 ああ、いいな。実にいい。喜びのままに笑みを浮かべる。それでこそ星見カレンだ。だが、まだ足りない。もっと、もっとだ。もっと高く飛べるだろう? そう、それこそ――『ここ』までも。

 

 

「……っ」

 

 

 間接視野。郁が俺を見て歯噛みしている。だろうな。だから抑えなかった。俺が表情管理を怠ることはない。『思わず』なんて表現は俺の辞書には乗っていない。わざと笑みを見せた。煽るために。カレンへの期待は嘘じゃないが、そもそも演技は『嘘』じゃない。カレンの演技が本物であるように。

 

 読み合わせは続く。俺と郁の出番はもう少し先だ。『カレン演じる娘の同級生』。それ以外ないだろって役ではあるが、ざっと目を通しただけでも本来想定していただろうキャラクターからは乖離している。

 

 端的に言えば、カレン演じる『二周目の娘』と『対等にやりあえる』少女たちだ。

 

 

「ねぇ? テンコーセーは私たちと仲良くしたくないの?」

 

 

 郁のセリフ。お嬢様――というよりはクラスの『女王』じみた振る舞い。娘に対して攻撃的な振る舞いをする女子クラスメイト役だ。その実、娘と『仲良くしたい』という心が隠せていない……。

 そんな演技が『できている』かどうかは、郁単体の演技だと正直微妙なラインだ。どちらにも解釈できる。だから続く俺のセリフでその解釈を『決定』させる。

 

 

「わたしたちが色々と教えてあげてもいいよ? ほら、どう? 『ありがとう』は?」

 

 

 不器用な女子。視聴者から見てまだ『どっちなのかわからない』。むしろどちらかと言えば『嫌な印象』寄りのキャラクターであることを決定させる。

 

 カレンのセリフ。「そう。どうも『ありがとう』。気持ちはありがたく受け取っておく。でも、私、忙しいの。後にしてもらえる?」

 

「忙しい? 何が?」

 

「お子ちゃまにはわからない話」

 

 

 サラッと流す。ごくごく自然に。『興味がない』ことが伝わる。娘の側にも(むしろ娘の側にこそ)問題があるとわかるシーン。その言葉に『カチン』と来たことを表現。は、と声になるか息になるかわからない程度の音を出して唇と眉をぴくりと震わせる。

 

 

「な、ま、い、き〜〜〜!」

 

「なに? 今の。せっかくテンコーセーに優しくしてあげようとしたのに……」

 

「これは『キョーイク』が必要だね」

 

 

 固まった俺たちを前に「それじゃ」と告げて去っていった娘に対して、そんなことをふたりで言う。少し不穏な流れだが、カレンの対応が『明らかにマズい』ことと俺たちの反応がカラッとした『陽』側の反応であるために視聴者にはコミカルな印象を与えることになる。実際、俺たちが何度もカレンにアプローチしては袖にされるといった短いカットが連続で出てくる。

 

 

「ねぇ! わかってるの? 私のパパに言いつけてあげてもいいんだけど! そんなんじゃトモダチできないから!」

 

 

 郁のセリフ。悪くない。感情を大きく露わにする演技は『わかりやすい』。繊細な演技よりは郁向きだ。『夢咲郁』が紛れやすい。勢いで流せるからな。もちろんまだまだではあるんだが、及第点ではあるだろう。

 

 

「パパ? ……あなた、どこの子?」

 

「! ふっふっふ……私のパパはね、すごいんだから! 世界一のパパよ! 世界でいちばんカッコよくて世界でいちばん頼りになって、私のお願いぜんぶ叶えてくれるんだから! パパがお願いするとみんななんでも聞いちゃうの。知ってる? テンコーセーの着てる服、私のパパの会社の服だよ?」

 

「へぇ……これは、使えるか?」

 

「? なにか言った?」

 

「いいえ。……ねぇ? あなたのパパのこと、知りたいな。ちょっと、お話聞かせてくれる?」

 

「! ……ふ、ふんっ。遅いのよ!」

 

 

 うん。十分だ。ちゃんと『かわいい』。カレン演じる娘との対比もあるが、チョロくてかわいい女子のことをよく表現できている。

 

 俺のキャラクターは少し違う。

 

 

「……転校生。もし、あの子を泣かせたら許さないから」

 

 

 トーンを落として告げる。郁が演じたクラスメイトには聞こえないような声量で、しかし『通る』声で。コミカルな雰囲気を崩すほどではなく、しかし調子に乗りそうな主人公に釘を刺すように。視聴者の感情を誘導する。『主人公のクラスメイト、かわいいかも』『主人公のほうがむしろちょっと悪くない?』『あ、でもなんかこっちの子は「わかってる」っぽい』『ちょっとこわいけど、友達のことを大切に思ってるんだよね。かわいいかも』ってなふうに。言語化するとこんな感じか。実際は言語化以前の未分化された感情だが、色合い的にはそんな変遷を辿るだろう。

 

 ってなわけで、このシーンは終わり。シッチーが手を上げて一度止める。

 

 

「まず、夢咲郁。君は……まだまだだな」

 

「……はい」

 

 

 シッチーの言葉に郁は悔しそうにしながらも素直にうなずく。悪くはなかったんだけどな? でも、まあ……『悪くはなかった』じゃあダメだろう。シッチーもそうだろうし、郁もそうだ。それで満足できるような性格はしていない。

 

 

「そもそもの時間が足りなかった、ということは大いにあるだろう。しかし根本的に『演技』ができていない。発声は悪くない。むしろ良い。いわゆる『大根役者の棒読み』からは脱している。これは演技初心者だということを考慮すれば驚嘆すべき結果だが――『それなのに演技ができていない』ことが問題だろう。自己認識は?」

 

「私は……『私』以外を演じられない。それが問題だ、と」

 

「そうだな。正しい認識だ。望月陽依の入れ知恵――いや、君自身の気づきか。そもそも演技者になるつもりはなかったのだろう。しかし、『今』は違う」

 

「わかっています。私はこの場に立った。ここに来た。なら、全力を尽くす――いいえ、違うわ。全力を尽くすなんて前提。私は、必ず『結果』を出す」

 

「その通りだ。君は、必ず『結果』を出す。責任は僕がとる。試行錯誤すればいい」

 

「……責任は私が自分で取ります。子ども扱いしないで」

 

「…………了解した」

 

 

 あ、郁、今あからさまに『イラッ』とした。シッチー、いいこと言ってたのに……なんで余計な地雷を踏むかなぁ。そんで女子小学生の苛つきに気圧されてるし。弱いっ。弱いよシッチー。もうちょっとしっかりしてくれよな~。

 

 

「そして――望月陽依」

 

「はい」

 

 

 お、次は俺か。シッチー、なんか俺のこと苦手っぽいんだよな。『気に食わない』とか初対面で言うくらいだし。初対面の女子小学生に面と向かって『気に食わない』って言うの改めて考えるとヤバすぎだろ……。

 ただ、今回の俺の演技に何か問題があったとは思えない。というかないだろ。お? お? 悔しいか~? 難癖つけたくてもつけられないだろ~。自分で言うが俺は完璧な演技をするからな。難癖なんて――

 

 

「君の演技は完璧だ。そして、だからこそ、つまらない。僕が求める演技じゃない」

 

 

 ――つけられた。

 

 ……うん? 完璧で……だから、つまらない? え? 完璧なことの何が悪いの? いいことじゃん。一応、驚いたような反応はしておく。実際驚いていないわけでもない。が、それよりは周囲の反応を観察することを優先する。

 

 シッチーの言葉を理解している風なのは……一応、居るな。石神泰人と……冬城お姉さん。カレンは、ちょっと微妙なラインだな。そうか。冬城お姉さんが『納得』するか。なら、シッチーの言葉にも一理ありそうだ。話くらいは聞いておこう。

 

 ……隣の郁さんが今にも燃え上がってしまいそうなので早めでお願いします。

 

 

「子役に求められているものは」シッチーが口を開く。「『成長』だ。子役でなかったのであれば、君は最高の役者だったんだろうが――大衆は、君を通して『未来の君』を視ている。『期待』したいんだ。君にはそれがない。だから、つまらない」

 

 

 ふんふむ。シッチーの言葉を咀嚼する。……確かに、それはそうかもしれない。理解はできる。そういう意味では、確かに俺は『つまらない』のかもな。

 俺は成長なんてしていない。しかし俺は子どもだ。六歳の頃から活動している子役。そんな才能を見たときに大衆が思うことは『将来はもっとすごい子になるんだろう』だ。成長しないなんてことを考えるはずがない。『停滞』とは『衰退』である、なんて言葉は誰が語ったんだったか。とにかく、大衆にとってはそうなんだろう。それ自体はわからなくもない話だ。

 

 だが――はっきりと言おう。本当にそうか? 本当に『望月陽依の演技はつまらない』か? 理屈自体は納得できる。うん。確かにそうだな。机上では。だが、だ。だがしかし。大衆は『絶対に』俺の演技を見て感動している。『つまらない』なんて感想を抱かせる余地は残さない。俺の演技は完成している。

 成長しない? いや、してるよ。身体的に。演技の技術は変わらなくとも、俺の容姿は成長している。単純に『身体能力』も上がっている。それだけで演技の『上限』も多少は上がる。それだけで十分だろう。大衆はそれだけでも十分に納得するはずだ。

 

 そもそも、本当に『問題』があるのだとすれば、誰よりも早く冬城お姉さんが言ってくれる。それがなかった。今回だって、冬城お姉さんはシッチーが言ったことの意味自体は理解できていたようだが……その上で、今まで何も言ってこなかった。それを『問題』と考えていなかった、ということだ。

 

 だから……うん。俺は何も変えるつもりはない。しかし、この場は凌がないとな。それと、シッチーに『成長した』って思わせないといけないが……さて、どういうアプローチをしようか。成長とは、要は変化だ。シッチーから見て俺の演技が変わったと思わせればいい。ああ、なんだ。べつに変わるのは『俺』じゃなくたって――

 

 

「陽依はつまらなくないよ」

 

 

 凛と。

 声が通る。まっすぐに。

 当たり前のように、静寂の中を通り過ぎる。

 

 

「監督は間違ってる。陽依が成長しないわけがない。陽依が期待に応えられないわけがない」

 

 

 その声には虚飾がなく。ただひたすらにまっすぐに。そう信じて前に進む。

 

 

「……星見カレン。君がどう考えているかはわからないが、現に」

 

「もしも、今、そうだとしても」カレンは続ける。止まることなく。「陽依はその願いを知った。その期待を。それを陽依は裏切らない。絶対に」

 

「どうして君がそんなことを――」

 

「言えるよ。だって」

 

 

 カレンは言う。断言する。迷うことなく、はっきりと。

 

 

「――陽依は、アイドルになるんだから」

 

 

 当たり前のように、言い切った。

 

 

 ……おいおい。カレンさん? 何を好き勝手言ってくれてるんだ。俺が何も言わないうちに、そんなことを言っちゃって。あまりにも当たり前のように言い切るから、シッチーも何も言えなくなっちゃってるじゃん。と言うか誰も何も言えなくなってる。そりゃそうだよな。根拠も何もない。子どもが勝手に言ってるだけだ。……そう、みんな思ってるなら、良かったんだが。

 

 シッチーは唖然としている。石神泰人は満足そうに微笑んでいる。郁は……なんか、悔しそうにしている。冬城お姉さんは――俺が見ていることに気づいて、まっすぐ俺を見つめている。

 

 ああ――そうだな。ああ、そうだとも。わかってる。わかってるよ。俺だって、そんなことは思っていない。カレンの言葉が『子どもが勝手に言っているだけ』だなんて……そんなことは、思えていない。

 

 俺の演技は完成している。伸びしろなんてない。成長する余地なんてない。他の子役と違って俺は本当に『二周目』だから。

 

 だが、だ。それでも。それでも……カレンに、星見カレンに、そんなことを、言われたなら。

 

 

 ――アイドルとは、何か。

 

 

 私がアイドルに祈るもの。アイドルが『アイドル』であるための条件なんてものがあるのなら。

 

 それはきっと『夢』だから。

 

 

「カレンちゃんの、言う通りです」

 

 

 言ってしまった。後戻りはできない。だがそれでいい。それしかない。退路なんて潰せ。前に進むしかないんだ。支配しなければ心臓の鼓動が響いてしまう。……ああ、いいか。勝手に心臓なんて鳴っておけ。血を寄越せ。燃料を。この魂に焚べるものを。

 

 

「七堂監督。確かに、わたしは成長していなかった。成長する必要なんてないと思っていました。それでいいと。わたしは今のわたしの全力をもって作品に奉仕する。それが、役者としてのわたしの責務だと。そう、考えていました」

 

 

 そうだ。『役者』としては。……その気持ちは、変わらない。

 

 でも。

 

 

「……わたしは、いずれ、アイドルになる」

 

 

 アイドルとは。

 

 人々の期待を。願いを。祈りを。夢を。

 

 託されたそれらを抱いて輝く星である。

 

 

「だから」

 

 

 ――アイドルとは。

 

 

「わたしを、信じてください。応えますから。絶対に」

 

 

 大衆は子役に期待している。望月陽依の『今』を通して『未来』を見ている。期待を。夢を。実際には存在しない『偶像』を。不在の神をそこに見ている。

 

 ……目処なんてまったく立っていない。どうすればいいのかなんてわからない。ただ『誤魔化す』ことならできた。そうしようとしていた。だが、もうできない。『それ』をした時点で、望月陽依は『アイドル』にはなれなくなるから。

 

 血が巡る。焚べる。心臓に。心に。

 

 まるで星が燃えるように。

 

 

 そして、星見カレンは。

 

 俺を二度の人生でいちばんの窮地に追い込んだ張本人は。

 

 ……望月陽依を『アイドル』にしてくれた女の子は。

 

 

「うん。――信じてる」

 

 

 呪いでも、祈りでも、祝福でもなく。

 

 まっすぐに、いちばん欲しい言葉をくれた。

 

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