サキュバスアイドルマイスター 〜演技力カンスト役者、アイドル育成ゲームの世界に転生する〜   作:エビノース志月

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人生二周目

 まずは、自己紹介を。お名前とご年齢を教えて下さい。

 

 

「望月陽依、六歳です。加賀美勇監督――あなたにお会いできて光栄です。本日はよろしくお願いします」

 

 

 どうしてこの体験レッスンに?

 

 

「ここ数ヶ月、加賀美監督がこちらにいらっしゃるという情報があったので」

 

 

 ……質問が悪かったようですね。どうして子役になりたいと? 志望動機などはありますか?

 

 

「わたし、アイドルになりたいんです。子役になることはアイドルになるという夢に有利に働くと思いました」

 

 

 子役は足がかりだと?

 

 

「ある意味では。手を抜くつもりはありませんが、役者業を専門にすることは考えておりません。アイドルとしての仕事であれば行う機会もあるでしょうが……」

 

 

 正直なお言葉、ありがとうございます。得意なことはありますか?

 

 

「演技です」

 

 

 そうですか。わかりました。

 それでは、演技が得意ということで――早速、エチュードをしてもらいましょう。

 

 エチュード。即興劇です。意味はわかりますか?

 

 

「はい。設定は?」

 

 

 凄腕の殺し屋が少女になってしまった、というものでいかがでしょうか。

 

 

「わかりました。……一人芝居でいいですか?」

 

 

 そうですね。なら――俺が相手をしよう。不満は?

 

 

「もちろん、ありません」

 

 

 ハッ! その威勢、仮面じゃないことを心から願うぞ。

 

 頼むから、期待を裏切ってくれるなよ?

 

 

 

      *

 

 

 

 気味の悪いガキだった。

 

「ちょっと! 何を勝手に……!」と自分を止めようとするスポンサーの言葉なんて聞くつもりはなかった。そもそもこの女、目の奥が動揺していない。

 付き合いも長く、すぐ隣に座る加賀美くらいにしかわからないだろうが……今、この女の目の奥にはドルマークが浮かんでいる。

 動揺してみせているのはあくまでも『外面』のため。『自分はこの暴挙を止めようとしている常識人ですよ』とアピールしているに過ぎない。

 本当に止める気ならもっと強引に止められるだろう。ポーズだけなのがいい証拠だ。

 

 彼女もわかっているのだろう。若くしてこの事務所を立て直している才媛――彼女には、今自分たちが前にしている少女の『価値』がわかっている。

 

 望月陽依。そう名乗った少女はあまりにも『気味が悪い』少女だった。子どもらしさというものが欠落している。演技が得意なら、それこそ『子どもらしさ』を全面に出してもおかしくはない。『子役』という存在に求められているものを、今の陽依はまったく出そうとしていない。

 

 これは評価できることではなかった。だが――『目立つ』ことを第一に考えた場合、この『アピール』は一概に悪戦略とは言えないものになる。『子役』という商品としての価値をアピールするにはふさわしくないが、単に『特異性』をアピールすることを考えれば、なるほど、悪くない。

 

 それに、と加賀美は考える。

 

 

(……俺の求めている『役』に近い)

 

 

 その『子どもらしからぬ』振る舞いは加賀美が今まさに求めている『役者』だった。ここまで自然に『子どもらしからぬ』振る舞いができるのであれば、あるいはそれだけで加賀美の理想に近いと言ってもいいかもしれない。

 演技が得意だなんてフカシも面白い。もちろんこんな年頃の、しかも素人にそこまでの期待はできないが――ここまで『出来上がって』いるのであれば、育ててみる価値もある。

 

 もっともかの『天才』のような才能を持っている可能性もある。そうであれば望外の結果ではあるが……実際のところ、どんなものか。

 

 

(それに、気になることはもう一つ)

 

 

 先程の質問。陽依はこの体験レッスンに来た理由として「加賀美が居るから」と回答した。陽依は加賀美を『狙って』いる。であれば、この子どもらしからぬ振る舞いまで含めて……?

 

 

(六歳のガキにできることじゃあないな。親の差し金か? 普通ならそうとしか考えられないが……)

 

 

 付き添いで来ているのだろう。陽依の母らしき人物を見る。……心配そうに陽依を見ている。が、それは今までに見た親たちの顔から大きく離れたものではない。こんな異常な振る舞いの子どもを前にして『普通の親が普通に子どもを心配する』ような顔をするなんて……いや、普段からこんな振る舞いであったとするならばそれでもおかしくはないのかもしれないが。自分の子どもであればどれだけ気味が悪くとも『自分の子ども』でしかないのだろうか?

 

 しかし、この親が目の前の少女に謀略じみたことをやらせたとはどうにも思えない。であれば、少女自身の考えで? それこそありえないだろう。普通なら。親の意向が多少なりとも関わっていると見て間違いない、はずだ。

 子役……未成年の役者において『親』の存在は大きい。芸能関係者であれば多かれ少なかれ未成年の『親』にまつわる問題に触れたことや聞いたことがあるだろう。加賀美はあくまで監督でしかないから間接的にしか関わったことはないが、隣に座るスポンサーから何度も愚痴を聞かされている。『保護者の意向』は重い。陽依の親についてもしっかりと確認しておく必要はあるだろうが……それは自分ではなくスポンサーの仕事だ。任せることにする。

 

 今、自分がするべきは目の前の少女、望月陽依を見定めること。

 

 その一環としてエチュードを提案した。設定は『凄腕の殺し屋が少女になってしまった』というもの。

 

 突飛な設定だが、これには明確な意図があった。……が、だからこそ、そんな加賀美の提案がどうしても受け入れられない者が居た。

 

 

「……ちょっと、どういうことよ」

 

 

 エチュードと言ってもいきなり始めるようなんてことは難しい。最低限自分の中で役作りする時間は必要だろうと時間を与えた。そんな隙間に加賀美のスポンサーが椅子を近づけてこそこそと問いかける。

 

 

「何がだ?」

 

「何がじゃないわよ。いきなりエチュードをやらせるなんて……」

 

「珍しいことでもないだろ。『怒る』『悲しむ』『怖がる』『泣く』なんかの感情のエチュードは子役のレッスンでもありがちなはずだ」

 

 

 特に『泣く』エチュードであれば『演技がうまい子役』のアピールでよく使われる手法ですらある。バラエティ番組などで子役の演技が優れていることをアピールする際に『泣く』エチュードをさせられているところを見たことはあるだろう。そう考えれば、加賀美が陽依にさせようとしていることはそこまでおかしいことではない。

 

 わけが、ない。

 

 

「私が気になったのは、エチュードそのものよりも設定の方」

 

 

『凄腕の殺し屋が少女になった』。その設定は。

 

 

「……アンタの企画、確かそんな設定だったわよね」

 

「そうだな」

 

「そうだな、って」

 

 

 加賀美が企画していた映画の設定。それは『凄腕の殺し屋が少女になった』という設定のものだ。

 加賀美はこだわりの強い映画監督である。が、それは何も高尚な、文学的な作品を――大衆性のない、一部の『わかっている』者だけを対象にしたような『こだわり』を持つことを意味しない。

 

 加賀美にとって、映画は娯楽だ。エンタメに吹っ切れて何が悪い。『面白い』ことは大前提。語りたいことがあるのだとすれば、それは『面白い』ことの次に考えるべきことだ。『考えさせられる』内容だとしても、それは『考えさせられる』という『面白さ』を持つこともある。あるが――それもあくまでも『面白い』ことが大前提だ。行き過ぎたエンタメ至上主義者。それが加賀美だ。

 エンタメ至上主義者でありながら商業主義者『ではない』ことが加賀美の厄介な点であるが……それは一先ず置いておくことにしよう。

 

 さておき、加賀美が陽依に指定したエチュードの設定は加賀美が企画している作品の設定だった。

 わかりやすい設定と言えばわかりやすい設定だ。だが『演じる』難易度は?

 

 

「……どういうつもり?」

 

「お前が思っている通りだよ。……あっちも準備はできたみたいだな」

 

 

 陽依がこちらを見ている。準備万端。いつでも来いと言った調子だ。その顔から不安や緊張といったものは見られない。

 

 見られるものがあるとすれば、それは――期待。

 

 ただ微笑んでこちらを見ているだけだと言うのに、気力が充溢していることが見て取れた。

 

 

「それじゃあ、望月陽依さん。こっちのお姉さんが合図をしたら始めよう。それでいいか?」

 

「もちろん。あなたは?」

 

「うん?」

 

「加賀美勇監督。『あなたの準備』は?」

 

 

 その言葉に加賀美は一度目を丸くして、大きく笑った。

 

 

「問題ない。一年前から、ずっとこの時を待っていた」

 

「そうですか。間に合ってよかったです」

 

 

 くすくすと微笑む陽依。未だ幼女と言ってもいい年齢だと言うのに、その振る舞いが妙に様になっている。際立って整った容姿も助けているのだろうが……間違いなく『気味が悪い』と言うのに、不思議と不快感はない。

 

 似た感覚があるとすれば、それは底のない穴を間近で見下ろすときのような感覚。

 

 

(……なら、その『底』を見る)

 

 

 見定める。見極める。加賀美はすっくりと立ち上がり、前に出る。ボサボサの髪、黒いシャツにジーパン、サンダル。だらしのない格好だ。だが、単に『だらしない』と思わせないだけの風格が彼にはあった。

 

 対する陽依は微笑みを絶やさない。黒ずくめの少女。長く艷やかな黒髪に色が抜け落ちたかのような白い肌。星夜を閉じ込めたような瞳はきらきらと輝き、その一挙手一投足には華がある。

 

 加賀美は昔馴染の方を見る。合図をしろ、と目で伝える。彼女は不満そうに嘆息し……そして。

 

 

「始めて下さい」

 

 

 と口を開いた。

 

 

 

      *

 

 

 

「嬢ちゃん、迷子か? ここは嬢ちゃんみたいな子が来ちゃいけないところだ。親御さんのところに帰りなさい」

 

 

 加賀美の台詞だ。まずは探る。目の前の少女が何者か。只者ではないことはわかっている。だが、演技はどうか。

 

 

「……ママは、どこに行ったかわからないの」

 

「そうかい。でも、ここにも居ないと思うけどなぁ……ママに言われなかったかい? 知らないところに行っちゃいけないって」

 

「うん……でも、ママが居ないから、わたしが探さなきゃ」

 

 

『子ども』の演技。不安げな顔。だが『実在の子ども』そのものではない。言葉の一つ一つにクッキリとした輪郭がある。舌足らずな声ではない。

『リアル』と『リアリティ』の違いを理解している? 加賀美は思う。『リアリティ』とは現実そのものを意味しない。真に『リアル』を追求するのであれば、人間の言葉など聞くに堪えないものになる。ほとんどの場合、人はそこまで聞き取りやすく話してはいない。『リアル』を追求すれば『リアリティ』が欠けるものになることは多い。

 

 もっとも、これは『殺し屋が子どもの演技をしている』という演技だ。突飛な設定を提示した加賀美も加賀美だが、いきなり二重構造の演技を始める陽依も陽依だ。肝の据わった少女だと素直に感心する。

 

 

「それじゃ、俺も探すのを手伝ってあげよう。ママを最後に見かけたのはどこかな?」

 

「えっと……んぁちゃんの」

 

「うん? ごめん。もう一度言ってくれるかな」

 

「う……うん、えっと……」

 

 

 加賀美は膝を折り曲げ、もじもじと手を後ろに組んで不安そうにする陽依と視線を合わせる。声を聞き取るために、耳を近づける。

 

 そんな加賀美の耳元でパァンと何かが弾ける音がした。

 

 

(……は?)

 

 

 何が起こったかわからず陽依を見る。その手には――体験レッスンの資料で折られた紙鉄砲が握られている。小道具? いつの間に。エチュードでやることか? どこまで俺を驚かせようと――いや、そんなことより、つまり、今、俺は撃たれた?

 

 倒れる演技をするべきか。一瞬の逡巡。陽依はそんな加賀美を見て舌打ちする。「しくじったか。始末したと思ったが……この身体じゃあ、こんなもんか」

 

 そう吐き捨ててから「動くな」と紙鉄砲をこめかみに当てて加賀美に凄んでみせる。「今のでコレがオモチャじゃないってことはわかっただろ? サイレンサー付きのはずなんだが……不良品を押し付けやがって。思ったよりも銃声が響いた。テメェには道化を演じてもらう。間違って銃を撃っちまった間抜けとしてな。左の内ポケットに持ってんだろ? それで誤魔化せ。死にたくなけりゃあな」

 

 加賀美は膝を付いたまま両手を上げる。「……嬢ちゃん。何者だ?」

 

「あ? それをテメェに言って何になる」

 

「今から死ぬのに、ってか? ……何者なんだか知らねぇが、どうせ死ぬなら一矢報いたくなるのが男ってもんだ」

 

「ハッ。銃を突きつけられてどんな威勢だよ。ハッタリにしても薄っぺら過ぎる」

 

「なら撃ってみろ」

 

「……」

 

「ククッ――できねぇんだろ? そうだよなぁ。明らかに殺すつもりだったんだ。撃てるならさっさと撃ってるはずだ。事情は知らねぇが……嬢ちゃんの持ってるそれ、もうタマは残ってないんだろ?」

 

「都合のいい妄想だな。本気でそう思ってるならこんなガキくらいなんでもないはずだ。殺されかけたんだぞ? 痛い目に遭わせようとは思わないのか?」

 

「ガキをいたぶるような趣味はないんでな。ただ――嬢ちゃんは危険だ。始末させてもらう」

 

「やってみろ」

 

 

 加賀美は懐から銃を取り出す――演技をして――背後の陽依に振り返る。だが居ない。いったいどこに。その一瞬で視界の外、真下から陽依の手が加賀美の銃を握る手を掴み、加賀美の側に向ける。目にも止まらぬ早業。再度銃声。陽依が脚先で加賀美の足元を払うように小突いてみせる。指示通り、加賀美はその場に倒れ伏す。

 

 陽依は耳元に手を当てる。「ああ、俺だ。ターゲットは始末した。俺は帰る。掃除は任せた。門限があるんだよ。ママに叱られたくはない」

 

 

 話しながら陽依は加賀美の方を見もせずにどこかへ歩いていく。

 

 沈黙。

 

 そして――にこり、と微笑みとともに陽依は振り返り、床に倒れたままの加賀美を見下ろした。

 

 

「どうでしたか? 監督。わたしは、あなたの期待に応えることができましたか?」

 

「……ハッ」

 

 

 加賀美は笑った。期待に応えることができたか、だと? 愚問だ。答えるまでもない。

 

 だから代わりに、加賀美は尋ねた。

 

 

「お前、何周目だ?」

 

 

『天才』の演技ではなかった。

 

 かの『天才子役』は天才だ。負けず嫌いの努力家でもあることは知っているが、演技に関しては間違いなく天賦の才によるものが大きい。

 憑依型の演技。役作りを追求し『自分の役』の内面を掘り下げて、その状況に応じて真に『現実的』な、自然な演技をする手法……いわゆる『メソッド演技』がかの天才の演技だ。

 彼女は役に入り込むことが上手い。あるいは危ういとさえ思えるほどに。与えられた配役がほんとうに『そこに居る』かのような演技をする。

 だが……それなら、まだ理解できないこともないのだ。技術が必要ないとは言わないが、そちらであればまだ『才能』だと理解できる。素人同然の子どもがいきなりやるのは驚くが、驚くだけで済む。

 

 陽依の演技は『そう』ではなかった。

 

 天才の演技ではない。メソッド演技的なものではない。与えられた役に入り込むような……憑依型のそれではなく。

 

 陽依の演技は、すべてが計算されていた。

 

 才能によるものではない。積み重ねられた技術の結晶。一挙手一投足、隅々にまで意識を浸透させた演技。すべてに『意味』を持たせた演技だ。

 より正確に言えば――ひたすらに『見られること』を意識している。自らの内面を掘り下げるなんて方向ではない。外からどう見えるかだけを意識している。

 どうやって動けばどういう印象を与えられるか。可憐な少女だと思わせるには? 子どもらしい歩幅。目線。口調。逆に『殺し屋の男』が中に入っていると思わせるためには? 例えば肩幅よりも広く脚を広げて、姿勢を変える。先程までの少女の演技を利用する。対照的な動きをすればいい。不安げな表情から不安を消す。ふらふらと揺れていた手のピントを合わせる。実際に成年男性が少女の身体になったらどうなるか――ではなく、あくまでも『そう思わせる』ためにどうすればいいか。

 何も考えずにただ『なりきる』演技ではなかった。ひたすらに『どう見えるか』『どう見せるか』を考えた演技。『他人の感情を操る』ことに特化した演技だ。

 

 子どもにできる演技ではない。子どもに求められている演技ではない。子役と比較できる演技ではない。

 それは『役者』の演技だった。

 大人びた、なんて言葉に収まるものではない。大人が、それも熟達した老練の役者がしてもおかしくない演技だった。若手の俳優であっても同じ域に達している者は少ないだろう。そう窺えるほどの演技。

 

 それをこの年齢の子どもができるだなんてことは『ありえない』のだ。努力でしか身につかないが、どれだけ努力しようともこの年齢では『ありえない』。

 

 だから、加賀美は尋ねた。『何周目』だと。人生を何度繰り返しているのかと。子役というものはしばしば『人生二周目』なんて言われることがあるが、目の前に居る少女に関して言えばそれがまったく冗談ではなくなる。そうとしか説明がつかない技術だったが故に。 

 

 その言葉に、陽依はぱちくりと目を瞬かせて。

 

 そして、花咲くような笑みとともに顔の近くでピースサインを作った。

 

 

「二周目、ですっ」

 

 

 加賀美からすればまったく笑えない冗談だったが、そう口にした陽依の、その姿だけは、天使のように愛らしかった。

 

  

 

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