サキュバスアイドルマイスター 〜演技力カンスト役者、アイドル育成ゲームの世界に転生する〜 作:エビノース志月
サキュバスアイドルマイスター本編開始から十年前に引退した伝説のアイドル『サクラ』。
彼女はサキュバスアイドルマイスターのチュートリアルアイドルである。すべてコントラクターは最初に彼女と契約し、彼女がトップアイドルになるまでの道をともにすることになる。
サクラはチュートリアルキャラだけあってサキュバスアイドルマイスターを象徴する存在の一人でもある。世界最高の『大嘘つき』。コントラクターからそう呼ばれるサクラのシナリオでは『嘘』が軸になっている。
サクラは嘘つきだ。嘘でできたアイドルだ。だが、アイドルというものは『嘘をつく』ものでもある。ファンもそれを求めている。自分たちが見ているものが虚構であると知りながら、その上で『うまく騙してほしい』と考えている。アイドルとファンの間にはそんな共犯関係がある。それがサクラのシナリオである。
実際、現実でもファンはアイドルに『うまく嘘をついてほしい』と求めるものではあるだろう。アイドルの熱愛発覚、なんて報道に対して最近は『もっとうまく騙してほしい』なんて言うことも多い。昔なら『アイドルが恋愛なんて許せない』なんて批判の声に『アイドルも人間なんだから』なんて擁護の声が生えていたところだが……アイドルが幻想の存在だなんてことはみんなわかってるからな。アイドルは人間だ。だからファンは『せめて最後まで騙してほしい』と望んでいる。サクラはそれを象徴している存在だと言っても間違いじゃない。
そしてサクラはサキュスタにおいて『アイドル』の面だけではなく、最も『サキュバス』の面を押し出しているサキュドルでもある。要するに――サクラはガンガンにコントラクターを誘惑してくる。
もっとも、それをファンに知られるなんてヘマは一切しない。シナリオ上でもそれは徹底している。自分たちの関係は『隠さなければならないもの』だと謳いながら、それでも抑えきれないとコントラクターを求めてくる。最初は単に好意的だったのがどんどん『ガチ』になっていくのがわかるのでめちゃくちゃかわいい。恋愛クソザコサキュバスだからな。それでもチュートリアルキャラだから変に時間をかけたりすることはなく、クソザコだからこそ一周回って最短ルートを突っ走ってくる。
そんな彼女がトップアイドルになるところで彼女のシナリオは終わる。その後の彼女についてはサキュスタの本編開始から十年前に引退した、ということだけがわかる――のだが。
サキュスタの顔とも言えるサキュドル、星見カレン。彼女はサクラの娘である。……厳密には『そうであることを示唆されている』ではあるが、十中八九そうだろう。他にもピンク髪のアイドルは居るけど同じピンク髪だし――何より、カレンのシナリオで『サクラ』を意識させるようなシーンがあまりにも意図的に描かれている。
カレンのシナリオにおいてサクラが自分の母であるなどと語るようなシーンは一切ない。あってもおかしくないようなものなのだが、本当にまったくない。サクラは最後の最後まで『嘘』を貫き通したアイドルだ。子どもを産みながらもアイドルを続け、それを悟られることなく引退した。どうやってだよとも思うが……それはシナリオの中で描写されてないからな。よくわからん。サクラのシナリオも『トップアイドルになるまで』でしかないから、妊娠中のことはわからないんだよなぁ……。まあサキュバスだし、そこらへんが理由なんだろう。相手が誰なのかと言えばもちろん俺である。あ、俺たちである。だからサクラを指して俺たちは『嫁』なんて呼ぶこともあるし、逆にカレンのことも――カレンを『担当』だと口にするようなコントラクターを除いて――『俺たちの娘』なんて呼ぶこともあるくらいだ。掲示板とかSNSとかで普通に『娘』って呼ばれてたりするからな。
そんな『嘘つき』であるサクラだが……では、サキュバルアイドルマイスターは『嘘』だけをテーマにしたような作品なのだろうか。
もちろん、違う。
星見カレン。サキュスタの顔とも言えるサキュドル。彼女が象徴するものは嘘の逆。『本物』だ。
そもそも、アイドルは幻想で虚構だ――なんて言葉自体、サキュスタは純粋に持ち上げているわけじゃない。なにそれ捻くれた中二病? どうしてリアリストぶってるの? ってな感じだ。いやこれは俺の思想か。サキュスタ自体はそれはそれで一つの『理』があると考えているんだろう。サクラと同様に『嘘』を貫こうとするサキュドルも居るからな。
ただ、それだけじゃないって話でもある。アイドルの熱愛報道に『うまく騙してほしかった』なんて言葉で批判する……そういった風潮に対しても疑問を呈している。うまく騙してほしかった? 何様だよ。そんなふうに批判してみせるなら『ヤダー! アイドルが恋愛するなんてありえない!』って騒いでみせるほうがまだマシだ。そういった姿は気持ち悪いと批判されたりもするが、少なくとも俺の目には『うまく騙してほしかった』なんて嘯いてみせるヤツらのほうが気持ち悪いと思う。いや、その気持ち自体はわからないでもない。わかる。わかるよ? でも、そっちじゃないだろ。『うまく騙してほしかった』って言葉で『ヤダー!』って気持ちを隠しているように感じてしまう。だってまず『どうしてうまく騙してほしかったんですか?』ってなるじゃん? それは『ヤダー!』って気持ちがあるからじゃないのか? そんな自分の気持ち悪さを隠しておきながらアイドルを攻撃はしてみせるっていうのは、自分だけは安全な位置に居ようとする卑怯な行為に思える。
え? 俺の思想出しすぎだって? ははは……やばいな。何も言い返せない。いや俺もサクラは好きだよ? でも――俺はどちらかと言うとカレンのほうが好きだったから。
星見カレンはサクラとは対照的なアイドルだ。彼女は『本物』になろうとしている。アイドルは嘘つきだ。幻想だ。そう言ってみせながら、その上で『本物』になりたいと謳う。
「私、『アイドルもひとりの女の子でしかない』って言葉、嫌いなんだよね。私の見解は違う。アイドルは『ひとりの女の子』なんかじゃない。アイドルも人間? 馬鹿げてる。アイドルは『人間じゃない』。私は、本物の偶像になってみせる」
アイドルは嘘をつくもの? アイドルはファンを騙すもの? 騙し騙されの共犯関係、それがアイドルとファンの関係なんだ――なんて。
それをカレンは否定する。……はっきり言って、過激な思想だ。俺だってちょっとどうかと思う。嘘をつくことを否定するのはどうなんだろう、って。サキュスタのサキュドルも全員『いい子』ってわけじゃないからな。俺の担当したかった子もそうだし、クズ扱いされているような子も居る。いわゆる『本性』を隠しているような子も。そういった子たちの存在も否定するような思想……だが、周囲とぶつかるようなことはなかった。カレンはそれを周囲に押し付けるようなことはしない。ひたすらに『自分』と向き合っている。ストイックに自分の道を突き進む。それが星見カレンという少女だった。
もっとも、彼女がサクラの娘だとするならばその時点で彼女は『嘘』を抱えているということでもある。……それは彼女のシナリオの中でも言及されている。シナリオ上で彼女が弱りきった際に自分も嘘をついているとこぼすことがある。
ただ――コントラクター。俺たちプレイヤーの投影対象である『契約者』は彼女に伝える。
君は本物のアイドルだ、と。嘘から始まっているものもあるかもしれない。偽物もあるかもしれない。虚構だってあるだろう。
でも、そこから生まれる情熱は本物だ。その情熱が本物なら――やっぱり、君は本物のアイドルなんだ、と。
これはサキュバルアイドルマイスターという作品を象徴する言葉でもある。サクラやカレンだけではなく、すべてのサキュドルにも通用する言葉。いい台詞だよな。嘘から出た真こそがアイドルってわけだ。アイドルは嘘つきだなんて達観してみせたサクラを全肯定するでもなく、全否定するでもない。この作品にはそういう姿勢がある。
まあ俺は人生賭けて世界を騙し続けるつもりなんですけどね。へっへっへ……。コントラクターにだけは素顔を見せていたサクラとは違うぜ。親にすら本性なんて見せる気はない。でもサキュスタに言わせるなら俺も情熱は本物だからな。嘘しかない姿から出たものだとしても、生まれる情熱は本物だから。俺も本物のアイドルだ……! そう言ってもまったく過言ではない。都合のいい言葉だぜぇ~!
で、何の話だったっけ? と思っているなら申し訳ない。長々と脱線し過ぎたな。
オーケー。じゃあもう一度説明しよう。
なんやかんやあって、サクラの娘、星見カレンと共演することになった。
はい。そういうことです。理解できましたか? え? それはそれでどういうことだよって? わかったわかった。それじゃあこうなった経緯を話すとしよう。
まず、俺こと突如現れた煌めく流星な超絶美少女天才子役である望月陽依ちゃんが見事子役デビューすることになった、ってことは覚えてるか? そうそう、原作キャラでもある映画監督、加賀美監督のお眼鏡に適って……と言うか適わせてデビューが決まって、でも映画の撮影まではもうちょっと時間があるって話だ。
その間何もしないってのももったいないので何か仕事をしようってことになったんだよ。子役の消費期限は短いからな。マジで短い。子役は成長しちゃって顔も身長もすぐに変わる。そんな存在を遊ばせておく時間はない。特に俺は実力を示しに示してる。即戦力間違いなし判定を受けている。まあ、一応は『業界未経験』だから本撮影の前に少しでも芸能界に慣れさせようとしているのかもしれない。
結果、天才子役として名を馳せている星見カレンちゃんと共演することになりました~。
なんでだよ。
いや、うん。これにも理由はあるんですよ。あるらしい。星見カレン。彼女は現時点ではあまりにも『突出した』才能だ。どうしても彼女は埋没できない。演技のレベルを『浮かない』程度に合わせることくらいはできるが、それでも際立っていることが明白になる。なんなら容姿だけでもそうだ。それくらい『別格』の存在。それがカレンだ。
そんな彼女はもちろん業界から引っ張りだこ。消費期限の短い子役だ。彼女が子役であるのは『今』しかない。だが、そんな彼女といっしょに仕事をしたくないと思う者も居る。それは誰か?
もちろん、同じ子役である。
星見カレンは突出している。際立っている。他の子役と並んでしまえば、どうしても他の子役は引き立て役に――いいや、あるいは『引き立て役』にさえなることができず、ただ『足を引っ張っている』だけの存在になる可能性が低くない。
そんな彼女といっしょに仕事をしたいと思うだろうか? あるいは同じ子役であれば思うかもしれない。だが、その親は? 我が子を『有名人の引き立て役』にしたいと思うだろうか。有名人と少しでも関わりを持ちたいと考えるだろうか? そう考える者もゼロではないかもしれない。だが――我が子をそんなことのための『道具』にする親は、そう多くはなかったらしい。
ということで、今回、俺にお鉢が回ってきたわけだ。カレンとの共演を断られまくって『なら今回はカレンちゃんだけで撮るか~』なんてなっていたCMに俺のマネジメントをしてくれている冬城さんが『ウチの望月はどうでしょう!?』と営業をかけてくれたらしい。それで超絶美少女な俺の写真を見たお偉いさんも『ほほう!』と快諾してくれたとのこと。チョロい世界ですなぁ~! 美少女、得過ぎる。
仕事の内容としては『インスタントラーメンのCM』だ。出演するのは両親役の役者ふたりと子役ふたり。両親役も有名な役者だが、今回のCMのメインはあくまで子役。二種類の味があるから、それぞれの味を宣伝してほしかったらしい。つまりカレンと『並ぶ』ことが求められている。いや無理やん。そりゃ断られるわ。俺以外には。
「はっきり言って、私もどうかと思ったのよね。確かに大仕事ではあるけれど――大事な商品を犠牲にするようなものだから。カレンちゃん『じゃない方』だなんて言わせたくはないもの。だから、私も話自体は聞いていても営業はかけなかった。……でも、陽依ちゃん。あなたが来た。カレンちゃんに並んでも決して見劣りしないような子が」
もっとも、あんなに演技力まであるとは思わなかったけれど、と冬城お姉さん。彼女は演技力抜きに俺の『容姿』を見た時点でこのCMにねじ込んでやろうとしていたらしい。容姿だけでも並べられるなら十分過ぎるって判断だったというわけだ。え? もしかして俺、演技力で惨殺されることに関してはスルーされるところだったんですか……? そんなー。
しかし幸運にも俺には演技力まであった。わぁお。びっくりだね。と言っても、俺の演技を直に見た人以外には俺が『天才子役』と肩を並べるほどの演技派だなんて到底信じられないだろう。なんならそこんところは冬城お姉さんだって信じてるかどうか怪しい。演技力があると認識されているとは思うが……加賀美監督ほどじゃないだろうな。あのときの演技も加賀美監督特効で完全に『狙った』からなー。俺の演技力の本領発揮ってわけじゃあない。加賀美監督はそこんところも理解してくれてそうだが……冬城お姉さんはどうか。マネジメントをしてくれるってんなら、ちゃんと理解させたいところだ。わからせたい。
そんなこんなで時間は戻って現在。俺は今共演者やスタッフの皆さんに挨拶回りしているところである。冬城お姉さんを引き連れて好感度を上げる作業だ。俺は超絶美少女だからな。そんな子が魅力全開で挨拶するんだからそんじょそこらのヤツならもうイチコロよ。いつかあるかもしれない握手会の練習相手にしてやるぜ……! 限られた時間だけで心を掴んで離さない。そんな握手会をしたいものだ。神対応アイドルに……俺はなる!
まあ常に演技してるから今更っちゃ今更だけどな。俺は常に『好かれる』ような振る舞いを心がけている。どう見られているか意識しない瞬間なんてない。プロですからね。ふふん。
俺の可愛さは同年代にも通用する。それは前の体験レッスンで証明できた。他の場所ではどうだったのかって? 幼稚園やら保育園? ふふ……通ってないからわからないな! いや、俺って病弱少女だったからな……。そんなん通える状況じゃなかったんだよ。それだから同年代と接した経験はほとんどない。さすがに義務教育はこなすけど、本格的に撮影が始まったりすると『普通の女の子』としての生活はできないだろう。もちろんそんなもん必要ないが。
……って、俺はそう思ってるけど母さんや父さんは違うかもしれないか。もし母さんや父さんが望むならそういうアピールをするのもやぶさかではない。まだアイドルじゃないからな。優先順位の一番上は両親だ。
まあそんなわけで俺は同年代の子と接した経験は少ないながらも魅了できるくらいには可愛いわけだ。可愛いわけ、なんだが……それが誰にでも通用するかと言えば、もちろんしないこともある。
例えば、同い年で――同じくらい可憐な容姿を持つ女の子が相手なら。
「はじめまして。私は星見カレン。今日はよろしく」
画面の中の姿なら、何度だって見た。
原作でも描かれていた姿だ。桜色の髪、瑠璃色の瞳。猫を思わせる吊り目がちな目元は、しかし険しさは感じさせず単に涼やかな印象を与える。
何度も見たんだ。驚くようなものじゃない。そのはずなのに――実際に目にすると、こんなにもかわいいのか。
抱きしめたい。俺は思った。かわいすぎるだろ……!
このちょっと愛想のない感じもいい。そうそう、カレンって愛想はそんなにないんだよな。ツンデレ扱いされることもあるけど、素直じゃないってわけじゃない。正確にはシナリオ初期では単に愛想がなくて信頼関係も薄いから、それが『ツン』に見えるだけだ。シナリオが進んで信頼関係が深まってくると愛想自体はないままに『懐いて』くれるようになる。それを指してツンデレと呼ばれることもある、気まぐれな猫。それがカレンだ。
やっぱ可愛いな……この頃から可愛いの反則だろ。原作でもかなり好きなサキュドルだったから、実際に会えただけでも感動する。いや、もちろん超絶美少女の陽依ちゃんだから可愛さで負けるつもりはないが……さすがサキュバス、と言ったところか。
「よろしくお願いします、カレンさん。わたしは望月陽依です。どうぞ陽依とお呼び下さい」
負けじと俺も挨拶を返した。カレンはぺっこりんとお辞儀する俺を見て少しだけ驚いた様子を見せた。が、それは本当に少しだけ。目に見える変化ではない。
ただ、原作知識から考えると……普通に接されて、ちょっと喜んでる、か? いや、俺の挨拶が『普通』かと言うと普通ではないようにも思えるが……。
そう考えると……もしかして、俺の『可愛すぎて抱きしめたい』という衝動に従ってもいいのでは? 原作知識的に!
「あの、カレンさん」
「なに? 陽依」
「ちょっと、ぎゅーってしていいですか?」
「……は?」
意味がわからないって顔をされてしまった。
仕方ない。リトライだ。
「ちょっとカレンさんのことをぎゅーってしてナデナデしたいんですが……」
「……それは、なんで?」
「カレンさんがかわいいからです」
「陽依もびっくりするくらいかわいいと思うけど……」
お、褒められた。へへー、そんなこと……ある! バリバリある。実際俺はかわいいからな。
「それで、どうです? ぎゅーってしていいですか?」
「べつにいいけど……役作り? 仲の良い姉妹になるんだもんね」
それなら、まあ。カレンはひとり納得したようにうなずく。彼女は役作りを重視するタイプの役者だ。それにしても六歳からかよとは思うが……人生二周目の俺はともかく、カレンはしっかりし過ぎてないか? でも子役の子ってかなりしっかりしてるもんだからなぁ……。それも天才子役ならこんなものなのかもしれない。
ちなみにもちろん役作りが理由ではない。俺は役作りで経験を重視したりしないからな。最初に言った通りカレンが可愛すぎるからだが、カレンには納得できる理由ではなかったらしい。『役作り』なら納得できるのは、彼女が『経験』を重視するからだ。その役になりきる。入り込む。憑依型の役者。メソッド演技の体現者であり、それを実現するために研鑽を怠ることもない求道の徒。
六歳。その年齢を考えるとまだそこまでではないだろうが、間違いなく繋がっている。地続きだ。
末恐ろしい少女だ。宣言通りぎゅーっとしながら俺は思った。あ〜……かわええ……。癒やされる。十年後には純粋な気持ちでは見られなくなってしまうかもしれない少女だが、さすがに六歳の女の子に対してはそうじゃない。純粋に愛でられる。
ちなみに身長は俺のほうが低い。カレンは将来的にもスタイルが良くなる少女だし、俺は寝たきりだったこともあってまだまだ成長が追いついていない。これから撮るCMでは俺とカレンは姉妹設定とのことだが、やっぱり俺が妹ポジになるのだろうか? まあどっちでもいいか。俺にとってはどうでもいい。カレンはそこらへんもこだわりそうだが。
「このラーメンについて詳しく教えてほしいです」
抱きしめタイムが終わると仕事モードだ。カレンが開発者さんに尋ねる。真剣にふむふむと聞きモードに入るのはかなり『受け』が良いだろう。役作りの一環だろうが、自分たちが開発した商品のことを知ろうとしてくれるというのは嬉しいことだ。もちろん俺も参加した。傾聴! はぇ〜。そんなこだわりがあるんですねぇ〜。これの何が役作りに役立つんだよ。面白い話だったけどさ〜。
簡単な台本読み合わせと打ち合わせを終えると早速撮影に入る。両親役のお二人は俺たちにメロメロだった。めちゃくちゃにかわいがってくれる。ただ俺に対して少しだけ同情的な目を向けているのは気になった。優しいけど失礼な。俺がカレンに潰されると思ってるな? 安心してください。そうはなりませんから。なんて言っても安心してくれはしないだろうから演技で証明する。
カレンはどんどん役に入っていく。ディレクターさんと話したりしてどんどん役に入り込む。俺? 台本を読み込んだり何を求めているのかを聞いたりかな。もちろん直接『何を求めているんですか』なんて聞きはしないが。何が求められているのかを考える。CMなんだからもちろん『商品の紹介』だが――可能であれば、俺は俺たちのことも紹介したい。いや、カレンは既に有名だから……俺の紹介だな。『俺』が有名になるために、この機会を利用したい。
商品の魅力を伝える。そのためにはどうすればいいか。どう演じればより魅力的な商品だと思わせられるか。それが今回の仕事だ。カレンはそれを理解しているのかいないのか、あくまでも『演技』をするつもりらしいが……カレンにはそれこそが『求められている』ところもある。間違いとは言えないだろう。
差別化だ。俺もさすがに六歳に負けるつもりはないが、演技力勝負をしに来たわけじゃない。『望月陽依』の営業に来たんだ。CMが商品の魅力をアピールするように、俺は俺の魅力をアピールする。
インスタントラーメンのCM。味は二種類。母親役の役者が『どっちにする?』と尋ねて、俺たちはそれぞれ違う味を言う。そして出来上がったラーメンそれぞれの説明を挟んで実食シーン。『おいしい!』とふたりで笑ってCM終了。
今回のCMの構成としてはそんな感じだ。一般的なCMと同じく全体で十五秒。ゆっくりしている暇はない。ラーメンの味をそれぞれ説明するのは早口で言うことが求められている。六歳の少女の早口だ。コミカルな印象になるだろう。ただ、ちゃんと聞き取れるような発音はしなくちゃいけない。舌足らずなことを活かすようなCMもあるが……。
「極上淡麗! ホタテ出汁の塩ラーメン!」と「鶏油たっぷり! 丸鶏スープの醤油ラーメン!」の二種類の味。俺の担当は後者だ。
さて、撮影だ。緊張しなくても大丈夫だよと周囲からフォローされるので「ありがとうございます!」なんて笑顔で感謝する。もちろん緊張なんかしていないが、気遣いには感謝で応えるべきだ。感じが良いからな。
まずは家族団欒シーンを撮る。編集でほとんどカットされるシーンだな。台本は特にない。親と仲良くするのもいいが……ここは姉妹で仲良くしておこう。それを両親役も優しく見守ってくれる。まあ、いい感じなんじゃないでしょうか。CMの構成で言うと最初に企業のロゴマークがぽんっと出て企業名を言う……ところの裏で流れているシーンだ。仲良し家族だってことさえ伝わればいい。
次のカット。母親が俺たちに「今日はどっちにする?」と尋ねる。カレンが「塩ラーメン」とおとなしく、俺は「醤油!」と元気よく。出来上がるまでの待ち時間、俺はカレンと仲良くしてみせる。カレンはお箸を手に持ってそわそわしている。あ、そういうプランね。俺もそれに倣ってみせる。
で、出来上がり。ちょっとだけ長台詞。
「ホタテの香りがすごい。スープを飲み干したくなっちゃう味。極上淡麗、ホタテ出汁の塩ラーメン」
カレンの台詞だ。ここで『元気良く、子供らしく』ではないというところが面白い。しかし、ラーメンを前にして前のめりになって目をきらきらと輝かせている。早く食べたくて仕方ないという演技。おおっ、良いねぇ〜。カレンがそういう方向で行くなら、俺は――
「すっごく鶏の味がする! 懐かしいのに鮮烈な一杯、鶏油たっぷり丸鶏スープの醤油ラーメン!」
大げさなくらいに輝く笑顔で。そしてカレンと同時に麺を食べて、顔を合わせてえへへと笑う。
カット。
もちろん一発オーケー……だったのだが、あちら側の要望で別パターンのものも撮ることになった。
これは『良すぎた』パターンかな。ふふん。我ながら鼻が高いぜ。俺はびよーんと鼻を伸ばした。
別パターンのものを撮ると言っても急なことだ。多少の準備は必要とする。俺とカレンの担当する味を逆にしたパターンと30秒CMパターン……それからWeb用のちょっと長めのCMを、ということだ。いきなりそんなにいけるの? と思ったが問題ないらしい。むしろ『どうにかして問題をなくす』とのことだ。ふふん、あまりにも良すぎたらしいな。自分の才能がこわいぜ。才能じゃないけど。こわいのはむしろ隣に座ってる六歳の天才だよ。
「陽依」
声をかけられる。星見カレン。彼女はまっすぐ俺を見る。その瞳に浮かぶ感情は……なんだろうな。こういう展開だと『悔しい』って感じるパターンでもおかしくなさそうだが……そのようには見えない。カレンもそういうキャラじゃない。
ただ、カレンのこの瞳はどこかで見たことがあった。原作のカレンシナリオの、どこかのスチル――ああ。
まっすぐに俺を見つめて、カレンは言った。
平静に、ただ、こぼすように。
「陽依は、アイドルみたいだね」
――サクラのポスターを見たときと同じ瞳だ。
星見カレンの母親。伝説のアイドル。世界最高の『大嘘つき』。
本物の紛い物。
「はい」
だから、俺は答えた。まっすぐに、彼女の瞳を見つめ返して。
「わたしは、アイドルになりますから」
「そう」
カレンは一度視線を切り――その口元を、微かに綻ばせた。
「なら、私といっしょだね」
花咲くような笑みだった。
桜の花が咲くような。
俺とカレンはこうして出会った。後にお互いにとってトップアイドルになるための最大の壁となり、二番目の助けとなる存在になるなんて――この時は夢にも思ってみなかった。
いや、夢くらいには思っていたかもしれない。
あとは『カレンかわええ〜』で脳内が占拠されていたかな、うん。しかしこれは仕方ない。好きだったゲームの好きなキャラクターの幼少時代が目の前にあるのだから仕方ない。これにはすべて人類が同意してくれることだろう。
同意してくれ。
ね?
フェイクから真実を生み出そうとする情熱そのもの……。
ラーメンって、アイドルなのかも!