サキュバスアイドルマイスター 〜演技力カンスト役者、アイドル育成ゲームの世界に転生する〜   作:エビノース志月

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冬城玲奈

 冬城玲奈は芸能事務所せりざわプロダクションに所属する期待の俊英である。

 せりざわプロダクション(以下『芹プロ』)創業者の孫娘であり縁故採用の23歳。家族の反対を押し切り高校卒業後はすぐさま芹プロに入社した彼女はその辣腕を躊躇なく振るった。親の七光りを最大限活用する。『若さ』で許される範囲を逸脱しながらも挙げた成果で否の声をすべてねじ伏せてきた才媛であった。

 彼女が映画監督加賀美勇を初めて知ったのは彼が二十歳のとき――とある大学の映像研究会が発表した映画を見たときのことだ。

 冬城の脳内に『カチッ』とハマるものがあった。欲しい。そう思った彼女は加賀美を祖父に『ねだった』。あれは金になる。あれが撮る映画に事務所の役者を入れられれば間違いなく売れる。祖父は答えた。「欲しい男が居るなら自分で落とせ」と。冬城はその通りにした。齢十一の秋のことである。

 

 そうして冬城と加賀美の付き合いが始まった。スポンサーを得た加賀美は潤沢な資金を活用して映画を撮影した。初の監督作品は往年の映画マニアや評論家には賛否両論の――しかし世間的には大ヒットを起こした徹底的なまでのエンタメ作品。『タイムパラドックスパンドラボックス』。いわゆる『タイムリープもの』だ。『バック・トゥ・ザ・フューチャー(以下Bttf)』が代表的なジャンルだが、加賀美が撮ったものはBttfと言うよりは『アバウト・タイム』や『バタフライ・エフェクト』の系統……その二つを合わせてコメディに仕立て上げたような作品であった。

 ただ、この作品が何かの賞を受賞するといったことはなかった。冬城は加賀美に『箔』を要求した。加賀美は応えた。

 

 加賀美の二作目はとある短編小説の実写映画化作品。作家白鷺文乃が発表した短編『エウレーカ』というミステリーの実写化だったが、そのストーリーは原作から大きく離れたものとなっている。脚本には作家白鷺文乃自身を採用。白鷺は『売れない』新人作家であり『エウレーカ』もまた埋もれた作品だったが、実写化に際してストーリーに大きく手を加えたことにより大輪の花を咲かせた。以降白鷺は小説家、脚本家として活躍することになるが、そんな彼女の出世作『エウレーカ』は社会派ミステリーであった。

 いわゆる『どんでん返し』ものでありながら公正なミステリー。この物語の結末を理解したとき、あなたは思わず「エウレーカ(見つけたぞ)!」と快哉を叫んでしまうことだろう。しかし、その後にこうも思うかもしれない。これは本当に見つけてしまって良かったのだろうか。闇に葬るべきものだったのではないか、と……。ここまでが短編小説『エウレーカ』の内容だ。「エウレーカ!」と快哉を叫ぶか、その後にその意味について考える後味の悪い感覚に苛まれるかは読者の心に委ねられている。映画版はその『後味の悪さ』を掘り下げている。「エウレーカ!」の『後』をしっかりと描いた作品であり、同時に『希望』を描いた作品でもあった。原作が深く読み込めば暗い絶望をもたらすものであったこととは対照的で、深く読み込めば絶望の暗闇の中に一筋の希望の光が差し込んでいることに気付くだろう。

『エウレーカ』は様々な賞を受賞した。加賀美勇の名に『箔』がついた。新進気鋭の若手映画監督。

 

 だが、それから彼は一度も映画を撮っていない。撮れていない。

 冬城は加賀美のスポンサーである。そしてファンでもある。冬城は加賀美の作品に関してはプロデューサーめいたことをすることもあったが――本業はやはり芹プロの事業だ。快刀乱麻の彼女が現在手掛けているのは子役部門……厳密には『役者の育成』だ。もちろんスカウティングもするが、ある意味で彼女に最も足りないものは『育成』の能力だった。スカウティングは言うことなし。管理能力も高く、コネクションも強く広い。後は育成能力さえ実証できれば……。

 

 だが、彼女は出会ってしまった。

 

 加賀美の絵に描いた餅は見つかるわけがないからどうでもいいとしながらも、映画を撮らない彼のせめてもの『利用価値』として同席させた子役の体験レッスン。

 

 そこで『育成』なんて必要ないような少女と出会った。

 

 初めて見たときはなんて可愛い女の子なんだろうと思った。それ自体はかの『天才子役』星見カレンを初めて見たときも思ったことだが――冬城の中で『カチッ』とハマるものがあったのは加賀美に続いて二度目のことだ。金になる。その容姿だけでも冬城には『活用法』がいくらでも浮かんだ。いわゆる『子ども』に求められるタイプの可愛さとは異なる、成長してこそ求められるような容姿。彼女を役者として育てることを考えた。いや、役者じゃなくてもいい。モデルや……アイドルなんかでもいいかもしれない。なんて育成し甲斐のある女の子だろうと思った。思った、のだが。

 

 彼女は加賀美の眼鏡に適った。確かに、良い演技だった。それは冬城にもわかる。だが加賀美の映画にとってどれだけ『合った』演技でも、彼女の演技は『子役』のそれではなかった。子役に求められているものから離れていた。『商品価値』という面で考えると、これは必ずしも良いことだとは限らない。確かにこんな演技ができる子役は数少ないだろう。現代では星見カレンただひとり。だが、どれだけ需要があるかと言うと……。少なくとも冬城の目には『それほどではない』ように映っていた。かわいいし、良い子だし、すごい演技だったけれど……『商品価値』としてはニッチ過ぎる。これだけかわいいのだ。もっと広い場所を飛ぶべきだろう。そのための翼を付けてあげるのは、自分の役目か。

 

 望月陽依。彼女は賢い少女だった。いや、賢いと言うよりは『聡い』と言うべきかもしれない。そんな印象の少女だった。

 親御さんの入れ知恵かとも思ったのだが、そういうふうには見えなかった。特に加賀美のことを調べて狙い撃ちするなど六歳がすることではないから親御さんの入れ知恵であってほしいくらいだったが……そうではないように見えたのはそう『見せる』演技だったのだろうか。願わくばそうであってほしいところだ。

 難しい契約の話は親御さんも交えてのことで、なるべく理解しやすいように噛み砕いて説明はしたが――彼女はそのすべてを理解しているように見えた。しかし、彼女の母親は「陽依ちゃんにはまだ難しい話だから」なんてスタンスで……それを陽依も受け入れている様子だった。陽依は母からの『子ども扱い』を受け入れている。母親と接するときの彼女だけは年相応の少女に見えた。めちゃくちゃかわいい。冬城は思った。もちろんそれだけではなく金になるとも思ったが。

 

 陽依は芹プロに所属してもらうことになった。加賀美の映画に出演するためだが、冬城としてはもちろんそれだけに留まってもらうつもりなどない。加賀美の撮影が始まるまで三ヶ月。子役の消費期限は短い。時間を無駄になどできるはずがない。

 ちょうどオファーが入っていながらも誰も出せないCMの仕事もあった。『天才子役』星見カレンが出演し、それと肩を並べなければならないという無理な要求をされた仕事だ。大事な商品をむざむざ台無しにされたくはなかった冬城はその仕事に誰も出演させるつもりはなかったが……陽依なら。彼女であればその容姿だけでもカレンに見劣りすることはないだろう。しかし演技に関しては『子役の演技』を要求される。陽依はそれを『できない』かもしれない。少なくとも冬城はできないだろうと考えていた。いくら加賀美の求める演技ができても、それでは意味がない。星見カレン……世代の頂点を相手にして揉まれるのもいいだろう、と。あるいはそれによって陽依の演技に歪みが生じるかもしれない。加賀美が求めた演技ができなくなる可能性もある。子役は繊細だ。そうなったとしてもおかしくはない。だが――その『万が一』のリスクよりも冬城は陽依を育てることを選んだ。もちろん、そちらのほうが『金になる』と判断したからだ。加賀美に関しては……なんなら、さっさと諦めて次の企画を考えればいいと思っていた。少なくとも冬城はとっくに諦めていたのだ。頓挫して痛くないとは言わないが想定の範囲内。それよりも今は陽依のほうが大事だった。

 加賀美は陽依のことを『気味が悪い』などと評しているが、冬城はそう思わなかった。確かに信じ難いほどに早熟ではある。が――冬城自身も早熟な少女だった。そもそも加賀美だって齢十一の少女に発掘された男ではないか。冬城としてはそう思う。アンタ少女に人生動かされ過ぎでしょ。

 ただ、冬城は自分をイレギュラーだと思いはすれど、唯一無二の存在だなどとは思っていなかった。自分は早熟だろうが、他に居ないことはないだろうと。自分よりもっと早熟な子だって居るはずだ。巷を賑わせている天才子役、星見カレンだってそうだし――なんなら普段接している子役の子たちだって聡い子が多い。物分りがよく、真面目で、演技に真摯に向き合おうとしている。『わがままな子役』という想像の中の産物は、居ないことはないが――冬城は寡聞にして知らない。むしろ大人の役者と子役の間にある最大の違いは『いかに周囲をおもねる』か、つまりどれだけ『周りの目を気にしている』かにあるだろう。もちろん、子役のほうが『周りの目を気にしている』側だ。『仕事』をしている時点で大人も子どもも関係ないが、(言うまでもなく大人の視点からすれば『関係ない』なんてことはないのだが)、子役の最も『子どもらしい』ところとは『周りの目を気にしている』ことと言えなくはない。

 そんな中でも陽依は際立っているが、それだけだ。冬城はそういう認識だった。冬城にとって陽依は『めちゃくちゃかわいくてめちゃくちゃ聡い女の子』でしかない。守り、教え、導く。そんな対象であり。

 

 それは、後に大きく変わることに――『ならなかった』。

 

 最後までそれは変わらなかった。冬城にとって陽依は商品である。『自分の商品』だ。庇護すべき対象であることは遠い将来においても変わらない。

 

 

 もっとも、だからと言って驚かないこともないのだが。

 

 

「どうしたんですか? 冬城さん」

 

「いえ、ちょっと……陽依ちゃんがあまりにも『神対応』だったから驚いていたのよ。アイドルとしても間違いなく売れると思って」

 

 

 現在、陽依と冬城はちょうど共演者やスタッフへの挨拶を終えたところだ。インスタントラーメンのCM……まだ擦れるような経験もないからか、教えてもないのに上から下まで誰に対しても最高の挨拶をしていた。陽依ほどの美少女にあれだけ可愛らしく挨拶されて落ちない大人はよっぽどのひねくれ者――であっても懐柔しそうな勢いだったので、居るとすれば加賀美のような人格破綻者くらいのものであろう。

 言うまでもなく、挨拶は大事だ。覚えが良いか悪いかで仕事は大きく変わってくる。要は『コネ』だが……これがばかにできないのだ。そんなものを無視できるほどに圧倒的な実力差があるならば別だが、そうでなければ少しでも好ましい方を選んでしまう。接客の悪い飲食店があったとして、接客を無視できるほどに味が良ければ再訪することもあるだろうが、そうでなければなかなか再訪を選ぶことはないだろう。ビジネス上の取引でもそうだ。……まあ、ビジネス上の取引ではさすがに数字のほうを優先するかもしれないが。芸能界も言うまでもなく『ビジネス』だから数字を優先することもなくはない。が、数字が必ずしも『数字』として出ることがない業界なので他業種と比べるとコネクションの重要性は大きいだろう。

 

 それを陽依が理解しているか、と言えばもちろん理解しているのだろう。それはあまり驚くようなことではない。ただ、それにしたってあまりにも良かったので面食らったところはあるが。

 

 

「ふふっ。そう思ってくれたなら嬉しいです。冬城さんが『売れる』と思ってくれるなんて」

 

「そっち?」

 

「はい。冬城さん、そういうところにはシビアな人っぽいじゃないですか」

 

 

 否定できない。ただ、それは少し失礼ではないだろうか。まるで私がお金にうるさい人間と言っているようだ。

 

 

「嫌な気持ち、しました?」

 

「してないわ。その通りだもの。でも、他の人にはあまり言うべきことではないわね」

 

「ふふ。でしょー?」

 

 

 陽依がいたずらを成功させたときの子どものように微笑む。……ああ、つまり今のは『選んだ』ということか。陽依の今の言い方は冬城の『好み』に合うと判断したからそう言っただけだ、と。

 

 

「……それを開示したのも含めて、よね」

 

「わたしとしてはちょっと『かわいくない』って思うんですが」

 

「普通ならそう思うでしょうね。でも、陽依ちゃん、あなたは抜群にかわいいからその程度で『かわいくない』だなんて思わないわ」

 

 

 そして、そうでなかったとしても――冬城は陽依の『かわいくない』ところを『価値』として見る側の人間である。

 思えば、そもそも加賀美を『狙い撃ち』するような女の子だ。これくらいのことはしてもおかしくないのだろう。だが、ここまでできるのは……『とても良い』。

 

 

「良かった。わたし、冬城さんにはちゃんとわたしのことを知ってほしかったので」

 

「私も陽依ちゃんのことはもっと知りたいわ。だって――」

 

「「大切な商品だから」」

 

 

 そう言い合って、笑う。……うん。そこまで理解できているならこちらとしてもやりやすい。変に取り繕う必要がないから。

 

 

「ふふ。今の、冬城さんも合わせてくれましたよね」

 

「あ、やっぱりわかる? たぶんこう読まれてるな〜と思って」

 

「でも、商品って思ってるのこそ勘違いされちゃいそうで心配です」

 

「ええ。だから、普段は言い方には気をつけてるわ。私にとっては最高の愛情表現なのだけれど、他の人にとっても同じだとは思ってないから」

 

 

 冬城にとって『商品』とは『最も大切にするべきもの』という意味を持つ。が、それは自分にしか通じないマイルールだ。他人にわかってもらおうなどと思う方が間違っている。

 

 とは言え、誤解されるかもしれないと認識した上で『使う』こともあるのが冬城でもあるのだが……それは彼女のスタンスを明示するためだ。言葉は価値観を表す。同じ言葉でも人によって意味が異なることは多々あるだろう。それは悪く転じることもあるが、冬城は意図的に利用している。自らの価値観を提示するために使っている。『私はこの言葉をこういった意味で使っている』と。もちろん褒められた行為ではない、が……冬城にとって明確に利のある面もあったが故に使い続けている。最悪である。

 

 

「……そう言えば、カレンちゃんを抱きしめていたのは?」

 

「それは単にカレンちゃんが可愛すぎたからです」

 

「そ、そう」

 

 

 陽依が言うことだろうか、と思う。確かに星見カレンはかわいい。だが、陽依も同じくらい――これは『自分の商品』という贔屓目も入っているかもしれないが、冬城にとってはカレンよりもかわいい。

 もちろん冬城からすれば眼福と言いたくなるような心温まる光景ではあったし、もっと正直に言えばカメラが回っているところでやってほしかった。絶対金になる。

 カレンも戸惑っている様子ではあったが嬉しそうでもあった。こんな美少女の仲が良い……いや、さすがに出来過ぎか。これに関しては安易にアピールするのは得策ではないように思える。『アク』を感じさせると萎えさせてしまいかねない。塩梅が重要だ。陽依とカレンを『仲良し』として売り出すのは味付けが強すぎる結果を招くだろう。

 もっとも、全面に押し出して売り出さない限りはいくらでも仲良くしてもらって構わないのだが。むしろ大歓迎だ。目を$にして冬城は思った。金勘定しかしていない。

 

 その後は星見カレンといっしょに今回のCMの商品を開発したという方へ話を聞きに行っていた。これに関してはカレン主導らしい。とても良い心掛けだ。先方にとっても好印象だろう。

 カレンは役作り目当てのようだが……陽依はどうなのだろうか。冬城の予想ではこれも挨拶の一環だと思っていそうだが……顔だけ見ると本心から興味を持って話を聞いているようにも見える。

 陽依は良い子だ。聡い子で、人によって意図的に『どう接するか』を変えているが――それは腹の内で考えていることが黒いということを示さない。子どもらしい一面がないなんてことはないのだろう。かわいい。冬城は思った。そりゃあ好きになっちゃうわよねぇ……。

 

 そして台本の読み合わせに打ち合わせ。本格的に撮影に入り出す。

 もちろんアドバイスはした。求められたものを意識するように。前に見せてもらった加賀美への演技ではいけない。そしてカレンに萎縮したりしないように、と。陽依は笑った。「大丈夫です」と。

 

 

「そう言えば、冬城さんにはアレ以外でわたしの演技はほとんど見せていませんでしたね。そんな時間もなかったですし……」

 

 

 だから、と彼女は。

 

 夜を纏う少女は微笑む。

 

 

「見ていて下さい、冬城さん。あなたの商品がどれだけの価値を持っているのか」

 

 

 それを、証明してきます。

 

 

 撮影が始まる。天才との共演。陽依が彼女に並べるはずがないと思っていた。公開処刑にはならない。かわいいから。でも、演技力の差は歴然だろうと。きっと誰もが思っていた。

 

 

「あん? 望月陽依が星見カレンと? ……そうか。それは、面白そうだな」

 

 

 この仕事のことを伝えたとき、思春期の男子みたいに笑っていた映画監督を除いた誰もが。好きな漫画の『最強キャラは誰か』について盛り上がる少年のような笑みを見せた彼以外は、誰一人として思わなかった。

 

 唯一無二と思われた天才が、同じ時代に複数人居ることが許されることはないと思われるような怪物が、現れるとは思わなかった。

 

 エクリプスは、居なかった。

 

 ここに『並ぶ者』が居た。

 

 

(……? 雰囲気が)

 

 

 変わった。そう思ったのはカメラが回る直前。カメラの位置を最後に確認する瞬間。

 

 星見カレンとは違うタイプの才能。メソッド演技の申し子とも呼ばれる彼女とは対照的な演技。

 

 加賀美は言った。それは役に入り込む演技ではなく、才能だけに依るものでもなく、すべてが計算された演技だと。

 

 それを理解しているのは……理解したのは、この場では冬城一人だろう。

 

 だって、あまりにも『違い過ぎる』。

 

 

(完璧……! 自分のかわいさを理解して、それを有効に使っている)

 

 

 陽依の演技は完璧だった。以前見た『大人』の演技ではない。紛うことなく『子役』だった。

 派手なことはしていない。わかりやすく『すごい』と思う演技ではない。ただ――あまりにも『完璧』にかわいすぎる。 

 

 何もかもが計算されていた。星見カレンを意識した演技。演出の指示もあったが……陽依は異常なまでに突き詰めていた。カレンの台詞、その時間までしっかりと『合わせて』きた。CMであることを意識している。編集すればいい範囲内のこともあるが、そうでない方が良いならばどちらを選ぶべきかは明白だ。

 陽依自身、カレンの存在を意識している。もともと『並ぶ』CMではあるものの、陽依はそれをより強調している。……自分の存在を、アピールしている? 星見カレンを――この仕事を、利用している?

 

 ゾクッ、と冬城の背筋に走るものがあった。陽依は言った。あなたの商品がどれだけの価値を持っているのか、それを証明してきます、と。確かにこれは、証明している。あえて星見カレンと並ぶことにより、彼女に『並ぶ者』が居ると証明している。

 

“Eclipse first, the rest nowhere”なんてことわざがある。エクリプスという競走馬から生まれた言葉だ。そのまま読めば『エクリプスが一番、あとはどこにも居ない』となるが、イディオムとして使われることがあるのは『圧倒する』なんて意味だろう。有名な和訳なら『唯一抜きん出て並ぶ者なし』だろうか。

 昔、エクリプスという競走馬が居た。あまりにも強く、他と勝負にすらならない馬が。他の追随を許すことがなかった彼の強さは、それがことわざになっているほどに圧倒的だった。

 

 星見カレン。彼女には並ぶ者が居なかった。将来的にはわからない。だが、少なくとも『子役』という領域に限って言うのであればそうだった。

 

 そう、『だった』。

 

 今は異なる。

 

 

「……確かに」

 

 

 冬城は手で口を押さえる。口を隠す。

 

 周囲を見る。その目を見る。純粋に魅了されている者も多い。だが、その目の奥に自分と同じ欲望の火を灯している者も少なくない。

 

 

(確かに、あなたの価値は『証明』された)

 

 

 ただ、これは彼女の一面でしかない。そう知っているのは加賀美を除けば自分だけ。それ以外にとって、陽依は『子役』としての価値だけしか証明されていない。

 

 

「……ふ、くっ」

 

 

 開いた口を手で隠す。だって、こんなの――抑えられるはずがない。

 カレンは陽依を『アイドルみたい』と評したが、まさしくそうだ。

 陽依はアイドルだ。『アイドル』になる。

 最後まで並ぶ者が居なかったあのサクラのような――彼女をも凌駕するようなアイドルに。

 

 そんな『価値』を見せつけられて、笑いが抑えきれるはずもなく。

 

 陽依に魅入って誰も気付かなかったが、このとき冬城が手で隠していた哄笑の貌はどう見ても悪役のそれだった。

 

 ちなみに陽依は見ていた。

 

 曰く「金の亡者の演技なら舞台演劇でもちょっと過剰って言われそうな感じでした」とのこと。

 

 さ、さすがにそれは失礼じゃない?

 

 ……でも、六歳にそれを指摘される大人、恥ずかしすぎるわね。

 

 冬城は反省した。

 

 もっと反省してほしい。

 

 

 

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