サキュバスアイドルマイスター 〜演技力カンスト役者、アイドル育成ゲームの世界に転生する〜 作:エビノース志月
床にはふわふわのラグマット、フリル満載のカーテンに、ふかふかのベッドの上に座る大きなくまのぬいぐるみ。何の支えもなければ大きな頭が生み出す重心の偏りからうなだれたような姿勢になるだろう彼を抱きしめて、スマホを眺める少女がひとり。
スマホの画面には、とある映像が流れている。とあるCM。今話題になっている二人の子役が出演するCMを眺めて、少女はつぶやく。
「望月陽依ちゃんかぁ」
監督――加賀美から聞いた話を思い出す。オファー自体は受けていたし、監督が撮るならばとスケジュールには余裕を持たせていたが……正直、もうほとんど諦めていた。星見カレンのような、同じ時代に決して二人は居ないだろう天才……『十年にひとり』なんて言葉が誇張ではなくふさわしいほどの役者を求め、なおかつその彼女には断られているのだから実質的に不可能だろうと思っていた。
それなのにスケジュールを空けていたのは、そもそも自分が『売れっ子』なんかではないということもあるが……ひとつの打算もあってのことだ。
鏡を見る。少しだけ癖のある茶髪に、髪より黄色がかった琥珀色の瞳。身長は女性にしては高めだし、未成年の役をすることが多いわけでもないものの――このブレザーの制服が示すように、まだ女子高生なのだから。
今回の監督の企画は『凄腕の殺し屋の男が少女の姿になってしまった』というものだ。子役とは言えない年齢だが、自分だってまだ高校生。少女と言っても差し支えのない年齢のはずだ。
少女の名前は宮坂莉央。現役高校生女優である。
加賀美勇の第一作『タイムパラドックスパンドラボックス』をデビュー作とする彼女は加賀美の第二作『エウレーカ』において重要な役――『犯人役』を演じ、当時中学生にしてその年の助演女優賞にノミネートされるほどの評価を得た。
莉央は加賀美と冬城によって見出された少女である。冬城の所属する芸能事務所である芹プロの所属ではなかった莉央を唆して引き抜き――という冬城の試みは失敗したものの、それをきっかけにできた縁から莉央の活動は始まったようなものだ。
容姿には自信があったが、自分に演技ができるなんて、求められるなんて思わなかった。演技自体は好きやけど……莉央はグラビアアイドルになりたかった。多くの少女が日曜日の朝に放送される児童向けアニメのヒロインに憧れるようにグラビアアイドルに憧れてから、ずっとそうなろうと思っていたし、実際、現在もその方面の仕事には力を入れている。女性の平均よりも高い身長に抜群のスタイル。
わたしがいちばんかわいくてえっちだって証明する。そんなことを思っていたのだが……グラビアアイドルとしての活動を始める前に『役者』になった。
今はグラビアアイドルとしての活動の方が多いものの、純粋に『グラビアアイドル』として評価されているわけではなく『あの子役の今の姿』として、評価としてはむしろ『落ちこぼれた』ようなものもあることを莉央は認知していた。有名な映画に出演したこともある子役だった少女がグラビアアイドルに……。
なるほど『そうでもしなければ生き残れなかったのか』なんて思われても仕方ないのかもしれない。大衆は物語を好む。莉央としてはまったく迷惑なことこの上ないが。
もっとも、そんな下衆の憐れみはどうでもいいのだ。問題は『子どもの頃の姿を知っているからそういう目で見にくい』なんて評価もあることだ。
こんなにかわいくてえっちな身体をしている女の子を性的に見られないなんて! 莉央は愕然とした。わたしがいちばんかわいくてえっちだって証明したかった、のに。あまりにも致命的な問題だった。
監督や玲奈ちゃんの口車になんて乗らへんかったらよかった。そりゃ、わたしだって演技は嫌いやないよ? むしろ好き〜。でも、それよりも大事なことがあるんやもん。わたしにとっては、わたしがいちばんかわいくてえっちだって証明すること。『演技』じゃない。
だからこそ。
「アイドル……は、どうなんかなぁ」
加賀美から聞いた話を思い出す。望月陽依。彼女はアイドルを目指していると言う。子役としての活動はその『足かけ』だ、と。莉央が加賀美の作品に出演した当時よりもさらに幼い六歳の子どもがそう言っている。そのこと自体は、莉央もどちらかと言えば早熟だった少女だ。そういうこともあるのかもしれないと思う。むしろ――『アイドル』に憧れるのは少女であれば自然なことであるとさえ言える。
言うまでもなく、この世界における『アイドル』の存在は非常に大きなものだ。
莉央だって憧れたことがないわけではない。年がら年中テレビではアイドルのライブ映像が流れてるのだ。無理もないだろう。
最近のライブバトルリーグは細分化され過ぎてどうかと思わなくもないが……ライブバトルシステム開発以降の『アイドル』の人気はそれ以前にも増して著しいものだ。アイドルのステージに『競争』という要素を持ち込んだ功罪には様々な意見があるものの、昨今のアイドル業界の隆盛を見ればどうしても否定することはできないだろう。
『サクラ』という絶対王者――まさしく『絶対がある』とまで謳われたアイドルが引退した現在でもアイドル業界の盛り上がりは決して衰えてはいない。
そもそも『サクラ』が絶対王者として君臨していたこと自体ライブバトルシステムという『勝敗』が明確に決まるものが存在していたからこそであり……とにかく、『競争』が持つコンテンツとしての力は無視できないほどに大きいということだ。
話が脱線した。何の話をしていたんだったか――そう、アイドルは人気だという話だ。そしてそもそもその話をなぜしていたかと言えば、アイドルを目指していると言う子役、望月陽依の話をしていたからだ。
望月陽依。彼女は子役としての活動をアイドルのための『足かけ』と公言しているらしい。それについて莉央が何か思っているかと言えば、もちろん『同類』だと思っている。グラビアアイドルになるための『足かけ』として子役をやっていた莉央には彼女の気持ちがよくわかる。
気がかりがあるとすれば、自分と同様に『落ちぶれた』ような目を向けられる可能性だが――アイドルに対してそのような目を向けることは少ないだろう。もっとも、純粋な俳優というものをいやに高尚な位置に置くような者も決して居ないわけではないので、そういった声も皆無というわけにはいかないだろうが。
「……でも、心配することなんかないんかも」
このCMを見ていればわかる。とんでもなく魅力的な女の子――そもそも子役というものは皆かわいく魅力的であることを至上命題とされているが――それにしたって、あまりにも『かわいすぎる』。容姿もそうだが、それだけでは説明がつかないほどに。
隣の天才子役に一切引けをとらない。星見カレン。かの天才子役も素晴らしい演技をしている。ほんとうにかわいい女の子。派手な演技というわけではないにも関わらず、見ているだけで愛おしく、抱きしめたくなってしまう。こんなによろこんでくれるのなら、と財布のひももゆるむものだ。そういった感情を『引き出させられる』演技をしている。
そんなカレンに引けをとらない。それがどれだけのことを意味しているか。……このCMでは『演技』がどうかはわからない。ただ『魅力』という一点において彼女は天才子役に負けていない。それだけで望月陽依は『天性のアイドル』と言っても過言ではないだろう。
そう。陽依は子役として活動しているが、同時に『アイドル』としての能力も証明している。彼女がアイドルになると言ってもバッシングなどそうそう起きることはないだろう。莉央が心配するようなことなんて、きっとない。
そしてそもそも、莉央に心配できる資格があるとも言えないのだ。少なくとも、今回の仕事に関して言えば。
だって今回の仕事――加賀美の映画に出演することに関して言えば、莉央にとっても望んでいること。グラビアアイドルという夢に支障をきたしている原因にも関わらず彼の映画に出演したいと思っている莉央に陽依を心配する資格なんてないだろう。
……もっとも『現在でも役者としての実力は健在であり、グラビアアイドルとしての活動は決して「逃げ」の選択ではない』と証明するという打算的な考えもまったくないわけではないのだが。
「はー……かわい」
公式サイトに掲載されている別バージョンのCMを見てつぶやく。
莉央はかわいいものが好きだ。つまり陽依のことも好きだった。
色々と思うところはあったものの、それより大事なことなんてなかったのかもしれない。
顔合わせは明日……ほんとうに心配することがあるとすれば、生陽依ちゃんを前に自分が『かわいいものかわいがりモード』になって陽依のことを抱きしめ撫で回したりしてしまわないか、ということである。
それはきちんと許可を得た上でしなければならないことだから。……え? しない選択肢?
そんなんないに決まってるやん?
そして翌日。陽依との初対面で。
莉央の姿を認めた彼女は目を大きく見開かせて、
「り、莉央姉ぇ……!? そ、そうくるかぁ」
いきなり莉央のことを姉呼びしたので莉央は我慢することをやめた。お姉ちゃんやよ〜♡ と抱きしめる。胸の中で陽依がびくん! と大きくその身を震わせていたが、やがてそれも治まり、静かになった。
そのときの陽依の顔は、とても安らかなものであった……。
本編内でも今後陽依さんが説明してくれるとは思うんですが、本文中に出てきた「ライブバトルリーグ」やら「ライブバトルシステム」についてちょっと説明しておきます。
この世界では当たり前のことなので陽依さん以外の視点では何の説明もなく使いますし、また陽依さんが説明してくれるのもかなり先になりそうなので……。
サキュスタ世界ではサキュバスのなんかしらの技術によって「感情を定量的に測定する」装置みたいなものが開発されています。
ライブバトルはその装置を使って「どちらのパフォーマンスのほうが感情を大きく動かされたか」を基準としてライブパフォーマンスに優劣を付けることです。アイドルのライブだけじゃなくてミュージシャンやバンド、その他ライブパフォーマンスを行うすべてにおいて適用できてしまうんですが、めちゃくちゃ趣味が悪いので批判が絶えない技術です。
が、そういった良識のある人でもなんやかんや「だから盛り上がるところはあるよね……」みたいな認識ではあるようです。
お笑い芸人さんとかのコンテストなんかでも使われているんですが、サキュバスにとって遠い世界だったので導入は比較的遅かったみたいです。
なんかサキュバス好き勝手しすぎじゃない? 芸能界のかなり深いとこまで根っこ伸ばしてるような……って話なんですが、サキュスタ世界の芸能界では種族サキュバスがめちゃくちゃ幅を利かせています。
これも本編内で陽依さんが説明してくれるとは思うんですが、理由としてはサキュバスが「精力」目当てで芸能活動をしていた関係から昔はめちゃくちゃ低報酬で働きまくって業界の価格崩壊を引き起こしたからです。ダンピングですね。
要はサキュバスによる略奪的ダンピングによって芸能界の市場シェアが一時的に奪われてしまった、という歴史があるみたいなんですよね。良識あるサキュバスの偉い人と人間の契約者さんによって現在ではそういった独占禁止法違反行為にあたることはされていません。が、一時的に市場シェアを大きく奪った歴史から現在でも芸能界における種族サキュバスの影響は大きいみたいです。