わたしは作家である天野はるか先生の家に出入りするようになっていた。
出入りといっても先生の作家業に関わるわけでもなく、また親しい間柄における日常的な干渉にも及ばない。それでも、長らく他人の家の玄関をまたいだことがなかったわたしにとっては、数カ月に一回の訪問でさえ出入りと呼ぶべきものであった。
和服のレクチャーで招待してもらってからというもの、わたしは恐れながらも、図々しく、これまで以上にはるか先生と月ノ瀬観音さんに近付くようになっていた。
「お邪魔します」
「わあ、すごい大荷物だねえ」
膨れ上がった登山用のリュックを見て、はるか先生は目を丸くする。
「すみません、色々持ち込もうとしたら、入るのがこれしかなくって」
ビールが二十本近く、お土産の日本酒に冷凍ビリヤニ、あれもこれもが詰まっていて、おまけに脇には近場で買い込んだピザやらなんやらを抱えているわたしは、ホームパーティよりも空港にでもいそうな出で立ちだった。
本当はもっとスマートに、おしゃれに登場したいのに、パーティというものに縁がないので、いつものようにあたふたと無様な姿を晒している。
あはは、とにこやかな笑顔を向ける先生は艶やかな翡翠の和装で着飾っていて、余計に億劫になったわたしは誤魔化すように続けた。
「早くなかったですか?」
「大丈夫、大丈夫!今日の仕事はもう終わらせておいたから!さ、どうぞお入り」
そう促すはるか先生はゆったりとした足取りでわたしを案内する。ちょっぴり逃げ出したい気持ちを抑えながら、先生に続く。わたしが先生たちに及ばないことはわかりきったことだ。それに今、格好は重要じゃない。
そう、今日はクラフトビールを主役にしたホームパーティの日であった。こういった集まりはホームパーティと呼ばれるはずだけれど、「ビール会」などという野暮ったい名称を付けたわたしはつくづくそういった催しに縁がないのだと思う。
わたしが荷卸しをしていると、観音さんが颯爽と現れる。
「やっ、はるか君お疲れ!」
大学の同期である沖野まひろちゃんも少し遅れてやってきた。
「お疲れっす!」
わたしには二人のような軽妙さがまるでない。
メンバーはこれで全員だ。
「これが今回のリストです!」
持ち込んだビールのリストが印刷されたチラシを皆に押し付ける。
「ああ、出た出た」
三人とも一様の反応だ。観音さんに至っては露骨に訝しげな顔で、危ないものを顔から遠ざけるようにしてリストを眺める。
無理もない。過去に緑色のビールや湿布味のビール、ほぼオレンジジュースのビール等々を平気な顔でふるまったことで、わたしは胡乱なビールコレクターと認識されてしまっていた。
この会は美味しいビールが飲める反面、怪しいビールを飲まざるを得ないという暗黙の了解が、わたしによって持ち込まれていたのである。
「おおWCBがいっぱいある、うちゅうも!」
「はい、今回は国内のブルワリーも多めにしました!はるか先生のお好きなドイツのスタイルのビールもご用意しています!」
「やったー!」
「けど裏はなんかまた変なのが混じってない?」
「ちゃんと美味しいやつを選んだので大丈夫ですよ!たぶん」
「たぶん!たぶんときた!」
反応は期待通りだった。ありがたい。
チラシの表裏には十六まで数が振られたビールの外観、種別、アルコール度数、苦味の指数から味の所感、雑感等々が、わたしの思う必要十分に記されている。
これまでの経験を踏まえて、表には美味しくて珍しいもの、裏には美味しくて面白いものを配置している。わたしにとってはチラシを配るところから、このビール会、もといパーティは始まっているのだ。
まともに目を通されないことは重々承知しているけれども、いくつかのタップルームのメニューを研究して見やすさと情報量にできる限り配慮し、フォントの選定まで余念がない。
ある程度の説得力を持った、もしものための保険としての資料作りは、それが仕事でなければ、とても楽しい。それに口下手なわたしには、こうすることでしか皆を楽しませることができないのだった。
「それじゃあ一番からいきますね!」
「待ってました!」
かしゅっと缶を開け、黄金色の液体を次々に注いでいく。ホップの爽やかな香りが漂う。
初手は全員のお気に入り、静岡は用宗WCBのヘレスだ。国内で主流のラガーに似た透明で軽い口当たりは、乾いた喉を潤すのにふさわしい。
「「かんぱーい!」」「うん美味しい!はい次!」
ロング缶とはいえ、四人で割るとあっという間にグラスは空になる。滑り出しは上々だ。
「じゃあ二番手はヘイジーいきましょう!」再びWCBの別の缶を開ける。
「よしきたヘイジー!」
観音さんの好みはホップのアロマが華やかなもので、ヘイジーと呼ばれる濁ったスタイルのビールが当てはまる。近年のトレンドでもあり、持ち込んだビールの三分の一はヘイジーだ。
先よりも強い、南国の果実のようなトロピカルな香りが広がる。
「うまーい!」
わたしは心の中で小さく拳を突き上げた。
実際にはなんてことない、わたしはただビールを集めて注いでいるだけの人間だ。わたしが醸造したわけでもないし、別にクラフトビールに詳しくもない。最も良いものを提供できているのかもわからない。
リストの作成に自信はあっても、美味しいビールを選ぶことはそれほど難しいわけではない。珍しいという付加価値が加わっても同じことだ。手に入るものから候補を抽出し、評判を調査し、ある程度以上期待できるものを選定する。誰でもやれる。
それでも、今この瞬間わたしは、はるか先生、観音さん、まひろちゃんを楽しませることができている。その事実が、何よりも嬉しい。
わたしでも、誰かを喜ばせることができるのだと、今だけは感じることができる。
「よし次いこう、次!」
「それでは、今度はドイツっぽくつくられたIPAにしましょう!」
有名なサッカークラブのチームカラーである赤一色に塗られた缶を注ぐ。
「あ!これ好きかも!」
はるか先生の声に応えてもう片方の拳も突き上げた。選んだのは苦味の強い、アメリカでは最も主流のスタイルであるIPAでありつつも、はるか先生の好きなドイツ系のホップで仕上げた変化球だ。はるか先生の好みは掴みかねていたので、これが美味しいと言ってもらえれば、もう御の字であった。
ところで美味しいか美味しくないかは、とても素直な反応だ。
もちろん、ほとんどの人が美味しくないものを美味しいと繕うことには慣れている。けれど、それを見抜くのは容易い。美味しいものを口にしたとき、それが好みだと分かったとき、人は全身でそれを表現する。目は輝き、身体は歓喜に震え、口角は自然に上がる。美味しい!と。
それに比べて喜怒哀楽のなんと難しいことか。そして、より高度な感情である愛情や友情は、もう手が付けられない。付き合いの長いまひろちゃんとの間でさえ、友達だとわたしは思っていても、向こうはそうとは思っていないのかもしれない。わたしには確信がなかった。
「ちょっと休憩がてらサワーにしましょうか」
「おっ、もうきたか」
はるか先生と観音さんの眉がゆっくりと上がるのが見えた。
きた、というよりはきてしまったと言わんばかりだ。
「サワーはサワーでも、WCBのケトルサワーなのでまだ大丈夫なはずです!」
「まだ、ね」
カラメル色の液体に、二人はおずおずと口を付ける。サワー、ケトルサワーは酸味の強いビールで、一大ジャンルのひとつであり、国内でも手掛けるブルワリーは多い。
「なるほど、なるほど。やっぱり広瀬くんはこういうの好きだよね」
「これメッチャ飲みやすい!」
二人のまずまずな反応とまひろちゃんのオッケーサイン。
ここまでも順調だ。いきなり振り切るのはよろしくない。
揺さぶりは最初は小さく、後から大きく。
はるか先生、観音さんの二人とわたしの関係性に至っては、確信どころか、何か確からしい部分を掴むことさえ、できていない。二人は文字通り、雲の上の人だ。わたしは彼女たちの足元よりも遥か下、底の底の吹き溜まりに引っかかった塵だ。
作家志望とも自称できず、ワナビーですらないわたしのような存在が転がってきては消えて行く過程を、二人はうんざりするほど見てきたはずだ。それなのに、どういうわけか、はるか先生の家でわたしはビールを飲んでいるのである。全くの謎だった。わたしにはそんな価値はないのに。わたしが差し出せるものはほとんどないのだ。
それを謎だと、口に出してしまうのは野暮だとは承知している。観測できる事実を並べ、あれこれと理由を付ければ、控えめに見積もっても、彼女たちにとってある種の友人に近いと説明することはできる。けれども、確信がなかった。二人が目の前にいて、盃を交わしているのにも関わらず、わたしには確信がなかった。
四、五本缶が空き、もう一息で中盤に差し掛かる。そろそろ仕掛ける頃合いだ。
「それではうちゅう、に行く前にスムージー行きましょう」
「ああ、きちゃった」そうです、きちゃったのです。
グラスにピンク色のドロドロとした液体が注がれる様を見て、皆が苦笑した。
スムージー。ビールの対極にあるはずの飲み物の名を冠したこのスタイルは、熱心なファンを抱えていて、かのアメリカではスムージーを看板商品とするブルワリーさえ多く存在する。結局のところ、ビールは何を入れても良いのであり、その懐の広さが、わたしは好きなのだ。
単にわたしが甘党だという理由も否定できないけれど。
今回選んだのはチーズケーキスムージーにラズベリー、バニラ、バナナ、ココナッツが入ったという代物で、飲む前から胸焼けしそうな文字が並ぶ。しかし、スムージービールは普通のスムージーと違い、淡い酸味や苦味が甘さを抑えるので、ちょうど良くなるのだ。
「これ美味しい!」
満足するわたしの賛同者は少なかった。ちょうど良くなる理論は、以前からなかなか理解してもらえないのだった。
「飲めなくはない」「ビールでないならあり」「僕はこれをビールとは呼ばない」
予想通りの散々な反応だ。
彼女たちと過ごす時間を心の底から楽しむ間でさえ、わたしはここにふさわしくないのだという考えが頭の後ろにべったりと張り付いている。わたしには、わたしが生み出した価値が何一つない。彼女たちがこれまで血を滲ませながら積み上げてきた歴史と、これからも続く努力と吊り合う何かがない。彼女たちの時間にわたしが入り込むのは、間違っている。
わたしはだからこそ、このビール会がとても好きだ。この瞬間、わたしが注いだビールが評価される瞬間だけは本物だ。美味しいか美味しくないか、それだけが、わたしにとって唯一観測可能な信頼できる感情なのだから。
他ならぬ酩酊感という助けもある。素面のわたしはあまりにも面白みに欠けていて、皆の前にいることさえ耐えきれない。
さあ、ここからは上げて下げて、美味しいビールと面白いビールの反復だ。
国内最高峰のヘイジーを出したかと思えば、ピーカンパイをイメージしてつくられた砂糖入りのバーボンのようなストロングエールを差し出す。クラシカルなデュンケルの後にはグミ入りのゴーゼだ。歓喜と悲鳴。ひたすらに楽しい。
「広瀬くん、本当に君はどうしようもないものを見つけてくるね」
観音さんの最大限の賛辞が嬉しくて、わたしは笑う、心の底から。
でも。それでもと。観測可能な感情だけで良いのだろうかと思う。予定調和的な反応だけで、果たしてわたしは満足しているのだろうかと。わたしの満足など考えてはいけないはずなのに。
ちっぽけな分際だからこそ、ちっぽけな考えが浮かんでくる。
「前回のあの緑のは凄かったね」「これはまだ飲める」
まだ足りなかったのだ。皆を喜ばせ、驚かせるだけではまだ足りない。
より強烈でありつつも、美味しい範疇に留まるものを見つけなくてはならない。
そして気付いてしまう。頭の後ろに張り付いた影が囁くのだ。ビールでなら天上の人である二人に「参った」を言わせられるのではないかと。酩酊の中にあったとしても、それはひどい裏切りだとわたしはわたしを罵る。
影は言う。それではなぜ素面の時に美味しいビールだけを用意しなかったのかと。美味しくて珍しいだけで十分ではないのかと。わたしが塵に過ぎないなら、ビールで二人に新しい視点をもたらすという考え自体がそもそもおこがましいのではないかと。
美味しいものを味わってもらいたい。この気持ちに偽りはなかった。
ただ、それだけではなかったのだ。
わたしは最終列車の息の詰まる空気に揺られながら、後で忘れたくなるような考えをいつまでも巡らせていた。