私の名前はスイ。
ロズワール様に仕える者であり、家事に庭師に暗殺、なんでもござれな万能メイドさんである。
今だって、ロズワール様の命によりとあるお方の動向を、さりげな~く監視する任務中である。……まぁたった今、はぐれちゃったんですけどね。テヘッ!――いやふざけてる場合じゃないが?
「私としたことが、ついつい食欲に負けて……」
屋台の美味しそうなニオイに釣られて買い食いを決行してしまった。
一応言い訳すると、いつもこんなミスをするわけじゃない。今日は仕事が立て込んでて朝食が食べられなかったから、お腹が減っていたのだ。私は朝食しっかり食べる派なので、それを抜くとちょっと歯止めが利かなくなってしまう。その結果、今に至るというわけだ。
ちなみに今までも何度か失敗しそうになったけど、なんとかロズワール様にバレずに切り抜けてきた。
ただ、今回のやらかしはちょっと不味いかもしれない。
なんせ監視を命じられていたお方はロズワール様にとって今の時期、非常に重要なお方なのだ。もしあの方に何かあっては不味い。
ロズワール様のお考えはあまり聞いていないが、これからの動きの中心となるのはあの方で間違いないはずだ。
そんな方の監視を朝食を抜いた私に任せることには少し疑問を覚えたが、きっと私を信頼してのことだろう。今までの朝食を抜いたせいでしてきたやらかしの数々はバレてないはずだし。
その期待に答えるためにも、ここで失敗するわけにはいかない。
「では早速、捜索開始といきますか!――っとその前に、」
デザートにフルーツが食べたくなった。ちょっとだけ寄り道である。いくら狙われやすいとはいえ、あの方には強力な護衛がついている。ちょっとぐらいなら寄り道しても大丈夫な筈だ。
「さっきフルーツを売ってる店を見かけた気が……あった!」
美味しそうなフルーツが店頭に並んでいる。
「さーてと――お?」
「――、――。さてはてめえ一文無しだな? あっちいけ! 商売の邪魔すんじゃねえ!」
不思議な格好をした青年が店の人に怒鳴られていた。どうやら無一文らしい。怒鳴られたからか、果物を食べたかったからか、目に見えて落ち込んでいる。
「おっとっと、ちょっと待ちなよそこのお兄さん。――オヤジさん。リンガを2つ、下さいな?」
「おう! 客なら大歓迎だぜ!」
お金を払い、リンガを2つ買う。そして、『ヒョイ』と一つをその青年に投げ渡した。
「――おっと!」
「ナイスキャッチ! 一文無しのお兄さん、そのリンガ食って頑張りなよ〜!」
私は自分の分のリンガを齧りつつ、そう言い残して監視対象の捜索へ向かった。
「フフン、人助けは気持ちがいいねぇ。そういえば、あの不思議な格好、なんか見覚えがあった気がしたんだけど、何処かで見たかな………ま、いっか。――さて、あの方は何処にいるのかな?」
早く見つかるといいんだけど。
◇◆◇◆◇
「ぜ、全然見つからない…!」
あれから数十分。探せど探せど見つからない。さりげな~く監視って言われてんのに誰かに聞くのもあんまりよくないし、なんとか見つけ出したいところなんだが。
「なんか騒ぎでも起こしてくれれば楽なんだけど……ん? うおっと危な!!」
「危ねぇな!!」
路地裏から、チンピラらしき三人組が走って出てきて、ぶつかりそうになった。
一人気絶しているらしく、抱えられている。なんか揉め事でもあったのだろうか。
「ちょっと君たち、路地裏で何があったんだい?」
「ああ? こっちは今機嫌が悪いんだよ。んなもん答える訳――」
「――ん?」
「ヒッ! わ、分かった! 話す! 話します!!」
少し圧をかけただけで、あんなにガン飛ばしてたのにすぐにビビって答えてくれる。だからチンピラは扱いやすいのだ。
「――変な格好のヤツが路地裏でブツブツなんか言ってやがったから、ゆすってたんだよ。金持ってるかと思ってな。そしたら、精霊使いが首を突っ込んで来やがったんだ。だから逃げてきたんだよ」
「ビンゴ! その精霊使いって、銀髪で紫紺の目をしたハーフエルフ?」
「ああ、そうだよ。思い出したらムカついてきたぜ!」
「でも、そうなると何でそんな所にいたのかが分からないな。知ってる?」
「大切なもんを盗まれたって言ってたぜ。たぶんその精霊使いの少し前に来た金髪のガキのことだと思うが、今頃そいつを追いかけてるんじゃねぇか?」
エミリア様の大切なもの? そんなもの持ってたっけ……あ、もしかして王選の徽章のこと? え、アレ盗まれちゃったの?
……まあたとえ盗まれたとしても、ロズワール様ならなんとかするでしょ。うん。どうせ私の任務は監視だけだし。下手なことしたら怒られるからね。私わるくない。うん。
「分かった。情報提供感謝するよ。――それと、このことを誰かに話したら……分かるね?」
「い、言わねえ! 誰にも言わねぇよ!!」
「よろしい」
チンピラ達と別れ、横の建物の屋根に飛び乗り、そこから路地裏を覗き込む。
「いたいた。エミリア様」
そこにいたのは、先程の不思議な格好をした青年とそれを膝枕している猫の見た目をした精霊、パック様。それに私の監視対象であるエミリア様だ。どうやら、チンピラにタカられていたあの青年をエミリア様が助け、その後の面倒まで見ているようだ。
「そんなことしてる場合じゃないでしょうに」
残念ながら私の任務は監視のみ。探し物を手伝ったり、泥棒を捕まえてやることはできない。禁止されているわけではないが、あんまり余計なことをすると怒られるからね。
「まぁ、そこがあの方の良いところなんだろうね」
彼女は、純粋で善良だ。彼女自身はそんなことはないと言うが、間違いなく底抜けに優しい。そんな彼女を、私は好ましく思っている。
「――お? お兄さんが起きたか」
青年が起き、少しのやり取りの後、どうやら一緒に盗まれた徽章を探すことにしたらしい。土地勘なんてないであろう足取りで、意気揚々と青年が歩きだす。
……それにしても、やっぱり見覚えのある格好だ。どこで見たんだっけ? う~む、だいぶ前だったような気が……あ、また聞き込み失敗してる。やたらとテンションは高いけど、なんだか空回りしてるなぁ。あのエミリア様に対する態度が演技でなければ、たぶん良い人なんだろうけどなぁ。
あちこちに行ったり来たりしながら、懸命に捜索を続ける二人。私も陰ながらそれについていく。
そうして徽章探しは続き……なんだか途中から二人とも人助けを始めて、なんともいえないもどかしい気持ちになった。いいことだけどそうじゃない…! 君たちが今すべきなのは人助けじゃないんだ…!
「うぅ、結局遠回りになってるし……」
散々動き回って、結局途方に暮れている。
助けてあげたい。すご〜く助けてあげたい。けど我慢だ。助けるのが駄目とは言われてないけど、私の任務はあくまで監視。それもさりげな~くだ。だから我慢だ。
「――お?」
青年が何かを言って、再び来た道を戻っていく二人。どうやら何か考えがあるらしい。
二人は私が最初に青年と会った果物屋にやって来ていた。どうやらこのオヤジさんに聞き込み調査をするらしい。
最初は相手にされていなかった無一文二人だったが、なんとオヤジさんが先程助けた子供の親だったことが判明し、ようやくまともな情報を手に入れることに成功したのだった。
「ようやくかぁ」
もう日が沈みかけてきた頃、エミリア様達は貧乏街に到着した。
辺りはどんどん暗くなり、パック様も実体化できる時間を過ぎてしまった。
エミリア様が微精霊に尋ねてみることでなんとか目的地は分かったようだが、心配だ。エミリア様はいつ狙われてもおかしくない身だということを分かっているのだろうか?
目的地に到着した。
いざという時に動けるように、私のできる全力の隠密で、気づかれないように会話が聞こえる距離にまで近づく。
「―――、―――。俺が先に入るから、君は外見張ってて。帰りは遅くならないけど、先にご飯食べてていいよ」
「バカなこと言ってないの。気をつけてね」
「ういうい。サテラも俺が声をかけるまで、入ったら駄目だぜ?」
と、不意に青年の口からそんな言葉が飛び出した。
「へ?――あっ、ヤバッ!」
「誰だ!!」
思わず声を出してしまった。全力である程度離れたからバレなかったけど、危なかった。
でも、それも仕方がないと思う。まさか、エミリア様をナチュラルにそんな風に呼ぶとは、想像できるわけないじゃないか。
私は鼻が鈍いから奴らの
……もしかして、ホントに嫉妬の魔女について何も知らないのかも。彼の格好変だし、無一文だし、行動がいろいろおかしいし、もしかしたら旅人で、記憶喪失か何かなのかもしれない。でもそしたら、エミリア様が自分でサテラって名乗ったってことに……でも彼に呼ばれたときに嫌な顔はしてなかったし……んん~? 分からん! 本人達に聞きたい!
――よし、もう良いや。聞こう。たまたま通りかかったことにして、さりげな~く聞こう。それで良い。二人とも案外バカっぽいし、騙せるだろ。うん。
そうして、再び近づくと、もう既に青年とエミリア様は例の店に入っていた。
「あのぉ〜、すみません! 私、通りすがりのメイドなんですけどぉ〜!」
中に呼びかける。返事はない。
「おかしいな」
嫌な予感がする。
『ガンッ』
扉を蹴破って中に入った。そして、
「――あっ!」
目の前に広がっていたのは、倒れ伏す青年とエミリア様の血。
まだかろうじて息があった。ゲートに負担が私かかるが、私の全力の回復魔法ならまだ助かる。
「待ってて! 今助け――」
「それは困るわね」
後ろから声。
「ッ! ハァッ!」
咄嗟に回し蹴りを放つ。
『ゴキッ』
鈍い音が響き、恐らく犯人の腕が砕けた。
「あら、すごい蹴りねぇ。躱しきれなかったわ」
「チィッ! もう時間が――」
「――残念だったわね。たった今死んだわよ」
犯人の女が告げる。振り返ると、確かに二人はもう息をしていなかった。
◇◆◇◆◇
――sideスバル
「――どうしたよ、兄ちゃん。急に呆けた面をして」
「は―?」
厳つい顔、白い刀傷の目立つ男に声をかけられ、思わず間抜けな反応がでてしまう。
こちらの返答に男はその傷跡を盛大に歪める。
「だから、リンガだよリンガ。兄ちゃん、金は持ってんのか?」
「はぁ?」
「“はぁ?”じゃねえよ! リンガ! 買うのか、買わねえのか」
「ああ、いや……だから俺、天下不滅の一文無しだって―」
「っだよ! ただの冷やかしなら行った行った! こっちゃ商売してんだ。冷やかしにゃつきあってられん!」
……どゆこと? さっきまで、夜だったよな?
「――面白いお兄さんだね。ほれ、リンガ、欲しかったんだろう?」
前もリンガをくれたメイド服の女の人が、同じようにリンガを投げ渡してきた。
そういえば、腹を斬られて意識を失う寸前、この人の声が聞こえた気がする。『今助ける』と。
「それ食べて、真面目に働きなよ〜!」
「ち、ちょっと待ってくれ!」
「――ん? 何かな? 私ちょっと急いでるんだけど」
「アンタ、夜にあの盗品蔵に居たよな! 俺を助けようとしてくれただろ!」
「何言ってんのさ。君と私は初対面だろう?」
「――なっ」
どういうことだ? あのとき聞こえたのは確かに彼女の声だった。それに以前にもリンガをくれたのだから、初対面じゃあないだろう。
「な、なら! サテラを知らないか!! 銀髪のハーフエルフ! あのとき、俺と一緒にいたんだ!」
瞬間、いつの間にか俺は宙に浮いていた。
浮遊感はすぐに止み、建物の屋根に叩きつけられる。
「ガハッ! なにが――」
「――それは、エミリア様のことで良いのかな?」
「ヒッ!」
気がつけば、首元にナイフが向けられていた。先程の女が、絶対零度の目つきで俺の顔を覗き込んでいる。
――なんでだ!? なんでこんなことに!?
「え、エミリアって娘は知らねぇ! 俺が会った銀髪のハーフエルフはサテラって名乗ってたんだ!!」
「は? 冗談にしてもたちが悪いよ? 誰が好き好んで嫉妬の魔女の名を名乗るっていうんだい? それに、この国で銀髪のハーフエルフなんてエミリア様だけだ。あんまりふざけたことばかり言ってると、ホントに始末するよ?」
「――え?」
嫉妬の魔女? なんだそれは。そんなこと、あの娘は言っていなかった。じゃあ、あの娘の名前はエミリアなのか? なんでそんな嘘を?
なんで、なんで、なんで――
「なんで、教えてくれなかったんだ…!」
「……どうやら、本当に知らないらしいね。狂人にしては受け答えもはっきりしてるし、本当になんなんの君? まぁ良いや。私もこんなことに時間をかけられるほど暇じゃない。――次エミリア様のことサテラって呼んだら、今度こそ殺すからね。気をつけなよ」
その娘はそのまま、屋根を飛び移るようにして何処かに去っていった。
俺は、何もかも分からないままただ呆けることしかできなかった。
区切りが悪いけど、長くなりそうなのでここで一旦カットです。