大魔導士が嫁探しをするのは間違っているだろうか   作:今更止められねぇよ!性癖スイッチオンだ!

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第三章 勇士拡大篇 / 暗黒期篇
一人目 / 星々の乙女たち


 

 その日、少女は地獄を見た。

 大陸北方にあるとある平原の部族に生まれた彼女は、過酷ながらも平穏な毎日を送っていた。

 族長である強き父、豪快で優しい母、口は悪く意地っ張りだが誰より周りのことを考えている兄。

 神がいなくても、恩恵がなくても、自分たちなら生きていける。皆がそう思っていた。

 

 その日までは。

 

「起きたか」

 

 目を覚ますと、集落では見たことのない整った顔がそこにあった。それと同時に鼻を突く、悍ましいほどに濃い血と臓腑の臭い。

 目の前の人間からじゃない、むしろその人間からは、血の臭いをほとんどど感じない。だからこそ明確に感じ取れる自分の周囲から漂ってくる臭いは、少女の見た地獄を克明に思い出させた。

 パリパリと乾いた血が母譲りの黒髪から落ちていく。全身は薄汚れ、着ていた服もまともな状態じゃないものの、何故か体は傷ひとつなかった。

 

「欠損していた右腕は治しておいた。取れた右腕は見つからなかったから一から生やすことになったがな……君自身は地面に埋まってた。だからこそ、助かったんだろうな。地上から見て分かる範囲にいたのなら殺されていただろう」

 

「……他の、みんなは……」

 

「君以外に、動いている者はいなかった。君もあと数分遅かったら死んでいただろう」

 

 父の死体を見つけた。記憶の通り八つ裂かれて死んでいた。

 母の死体を見つけた。記憶の通り両断されて死んでいた。

 兄は死体すら見つからなかった。肉が集まった血溜まりや骨のカスがところどころにあって、そのどれもが兄に見えた。

 ただ、みんなみんな死んでいた。生が欠片も残っていなかった。

 

 泣くことさえできなかった。それは、少女の幼い精神には大きすぎる衝撃だった。ただ呆然と一日を過ごし、ようやくそれが脳に馴染んでくると、少女はただ、吐いた。

 難しいことは考えられない。ただ、「なんで」という初歩的な疑問だけが湧いてくる。目に焼き付いているのは闇夜を抉ったような金色の満月と、仲間たちを虐殺していく怪物の姿。

 なんでこんなことに、なんで自分たちが。幼い脳ではそれくらいのことしか考えられず、しかし目に焼き付いた光景は何度も繰り返し思い出される。

 当然のように衰弱する少女を、彼女を救けた男はその地獄絵図から引き離すことにした。少女は、それに抵抗しなかった。

 

 もう一晩経った夜、少女は自分を救けた男のキャンプを抜け出すため起きあがった。向かうのは普段、兄たちが狩りをしていた森。自身を鍛えるためだった。

 少女の内に燃えていたのは復讐心だった。いや、そんな複雑な想いではない。もっと単純な感情。怒りと憎しみ。

 どうすれば強くなれるのかもわからない。何をすべきかもわからない。ただ、何かを変えるには自分から動くしかない。その一念で、少女は体を動かした。

 

 狩りのために、気配を消す方法は幼いながらに心得ていた。男を起こさないようにキャンプを出ていこうとしたとき、ふとすぐ後ろに気配を感じた。

 自分の近くに寝ていた、男が連れていたマント姿の少年が身を起こしていた。偶然起きていたのか、自分と同じくらいの年頃の少年は、じっとこちらを見ている。

 少女が少年を無視して出ていこうとすると、少年が少女の腕を掴んで引き留めた。

 

「……放して」

 

 少女が言っても、少年は腕を放そうとしない。少女は、マントに覆われた少年の体の中で唯一見える、彼の顔を凝視する。

 褐色肌の整った顔は傷ひとつなく、癖のついた焦げ茶の髪も光沢に覆われている。まっすぐにこちらを見る瞳には負の感情など映っておらず、その瞳に反射する、ボロボロな自分の姿と対比して、理不尽な苛立ちが湧き出した。

 

「いいから……放して」

 

「…………」

 

「あなたに、アタシの気持ちなんてわかんないでしょ。放しなさい」

 

 これ以上掴み続けるなら、たとえ恩人の子供でも容赦はしないと、少女は獣化して脅しにかかる。その様子を見ても少年は全く動揺しなかったが、話が通じたのか少年はゆっくりと少女の腕を放した。

 少女は、そんな少年の反応が気に食わなかった。彼女は族長の子供で、同年代の中では兄と同じく――いや、兄は子供の中でなら、歳上を入れてもだったが――一番優れた能力を持っていた。殺気だって、並の獣なら感じただけで怯えて逃げる程度には出すことができる。

 それなのに、目の前の少年はそれを受けても微動だにしない。少女はそれが、自分が憐れまれているからだと感じ、また苛立った。

 乱暴に地面を蹴って森へ向かう少女。少年は、その後姿をじっと見ていた。

 

 

 少女は森の中を駆け巡りながら獣を狩っていた。族長の父から受け継いだ身体能力は破格だった。月夜に自身を強化する獣化もある。普段は獣化せずに、兄たちと何人かで獲物を狩っていた森だ。獣化してしまえば、ひとりでも鹿程度は余裕で殺せた。

 だが、それでもまだ10にも満たない子供だ。限界などすぐに来る。そうして、そうやって弱った獲物を、森の獣は見逃さない。

 

「がっ!?」

 

 息を切らして膝に手をついたとき、少女の体に衝撃が走る。小さな体の全身を襲う痛み。後ろに吹き飛んでいく体。地面を転がり、落ちていた石が肌を切り、枝が肉を刺す。

 脇腹が熱い、ドクドクと何かが体を抜けていく。なんとか目を前に向ければ、こちらを睨みつけるイノシシの姿が見えた。その右牙は血に濡れていて、あれに貫かれたのだと分かる。

 あの怪物どころかモンスターでもない、それどころか獣の群れですらない、イノシシ1頭にすら転がされ、死の淵を彷徨っている。

 自分はあまりに弱すぎた。父の言っていた『弱肉強食』の言葉が頭を過ぎる。弱いものはただ奪われるのみ。

 目の前のイノシシが踏み潰される。それをなしたのは、巨大な熊のモンスター。強いものであってもより強いものに奪われる。これが大自然の掟。

 

 熊のモンスターがとどめを刺そうと右腕を振り上げた瞬間、その右腕が消し飛んだ。

 

 理解が追いつく前に、熊のモンスターの体がどんどんと削げて、消えていく。そうして、あっという間に熊のモンスターは原型どころかその姿があった痕跡すら残さぬままに絶命し、塵へと還る。

 それを呆然と見送った少女は、そこでようやく、自分の後ろに誰かが立っていることに気がついた。

 そこにいたのは、少女を引き留めていた少年だった。少年は空中に光る文字を書き始め、それが数文字書き終わった瞬間、少女の体が仄かに光り、全身の裂傷も擦過傷も、刺し傷も打ち身も、脇腹の深手だった孔まで完全に塞がっていた。

 

 耳は長くない。狐の特徴もない。しかし、彼が使ったのは間違いなく魔法だ。神の眷属。部落では部族の仲間が簡単にあしらっていた、子供ながらに取るに足らないと思っていた存在。

 しかし、こんな子供の魔法使いが、部族の大人たちが数人で倒すような、大きな熊のモンスターを瞬殺した。その事実に全身が震える。

 

「――すみませんでしたっ!!」

 

 それは、恐怖ではなく歓喜だった。

 

「なんでもやります!! だから、あなたの神様に会わせてください!!」

 

 この少年のいる群れに入れば、この少年の主神に恩恵を刻んでもらえれば、自分は強くなれる。

 少女は狼人族の最大級の礼で少年に懇願していた。

 

 ――少女がその幼さゆえに、あるいはそれ以外の原因でいくつか見誤っているのだが、それを差し引いても彼女の勘は正しい。

 

 少年はしばらく少女を見つめると、彼女を小脇に抱きかかえて、猛スピードで森の中を走り始める。一瞬でかかった強烈なGに意識を持っていかれかける少女。

 少女が目を覚ましたときには、彼女は再び、あのキャンプに戻ってきていた。

 夢ではない。男から与えられた簡素な服の、猪の牙に貫かれた脇腹の部分には穴が空き、周りには乾いた血液が残っている。

 

「起きたか……」

 

 そこにいたのは、あの男だった。

 男は少女に向き直り語る。

 

「スクルドは喋ることができなくてね。普通に意思疎通をする分にはいいんだが、伝言には向かない。なんとなく察してはいるが、君自身の言葉で聞かせなさい。望みがなにかを」

 

 男の言葉に、少女は再び語る。拙い言葉で、少ない語彙で。ただ、力が欲しいのだと叫ぶ。もう奪われないために。

 その言葉に、男は応えた。

 

「わかった。スクルドの見出した勇士の魂だ。弱いということはないだろう。その代わり、いずれ君にも我々の目的に加わってもらう」

 

「目的……?」

 

「黒竜の討伐」

 

 それは、地上でもっとも強いモンスター。英雄の討ち漏らし。生きる災害。そして、彼女の集落を襲った怪物が逃げてきた相手。すべての元凶。

 望むところだった。本当にそれほどに強くなれるのなら。

 

「なら、名を教えてくれ。君の名を」

 

 少女は答える。自身を導いてくれる新たな群れの主に。

 

「ルーナ。族長の娘、()()()()()()

 

 こうして少女は歩みだす。

 兄とはまた異なる道を。

 

 

 

 一方、オラリオ。

 激化する『闇派閥』による工作、破壊活動。後に『暗黒期』と呼ばれる時代が始まる。

 ただし、民間に被害が出るような活動はことごとくガネーシャ・ファミリアによって防がれていた。『闇派閥』の下っ端が使っているダミーの拠点は次々と暴かれ、襲撃は散発的になっていく。

 

「う、うわああぁぁああああ!!」

 

「キラーアントの群れ、怪物進呈(パス・パレード)だあああああ!!」

 

「助けてくれえええええ!!」

 

 そうなると、『闇派閥』の活動は主に迷宮内での冒険者への嫌がらせ――襲撃や怪物進呈が多くなった。ガネーシャ・ファミリアの活動の多くは民間の保護であり、冒険者同士のトラブルは基本的に不干渉。それは、『闇派閥』と冒険者であっても同じことだった。

 

「でも大丈夫!! 私が来たわ!!」

 

 放たれた炎の斬撃が、冒険者を襲おうとしていたキラーアントを一掃する。

 

「さて、と! やっちゃいなさい! リュー!!」

 

「また私ですか!?」

 

「貴女のレベル上げのためにこの上層にいるんですよ?」

 

「がーんばれー」

 

 現れた赤い髪の少女と、それに付き従う少女たち。まだ新しい、しかし輝かしいオラリオの光。

 冒険者はその光を見た。彼女たちこそ星の乙女たち。アストレア・ファミリアである。

 その新人団員、リュー・リオンは、Lv1にも関わらず次々に屠っていく。やがてキラーアントがすべて倒れ、迷宮に静寂が戻ってきた。

 

「それにしても、また怪物進呈……やっぱり『闇派閥』か?」

 

「一時期に比べて地上で起きていたテロ行為が、迷宮内に集中したようですわね。地上でガネーシャ・ファミリアに取り締まられて失敗するより、迷宮内で少しずつ冒険者を疲弊させる方を選んだのでしょう」

 

「で、ガネーシャ・ファミリアの手が届かない場所をアタシたちが潰していくってわけだ。新人の修行ついでにな」

 

 ガネーシャ・ファミリアの実力は、少しずつだが上がっている。結構な時間Lv4で留まっていた団長、シャクティのレベルは5に上がり、眷属全体のレベルも上がったらしい。

 それに加えて、正体不明の情報共有能力と情報収集能力の向上。それらが『ギルド』傘下に入ってからであるために、『ギルド』へその正体を問い合わせる声が多く寄せられたものの、『ギルド』は『闇派閥』への情報漏洩になりえることを理由にすべてを跳ね除けている。

 

「まぁ、このままじゃ私たちの影も薄くなっちゃうからね。一応私たちも、地上で活動はやってるけど。シャクティたちじゃ対処できないような状況になったときのために、私たちも力をつけなきゃね」

 

「そうは言っても、Lv5が率いててLv3があんだけいるファミリアで対処できないことが、Lv3のお前がトップな零細のうちに対処できるのかって話だけどな」

 

「だから強くなるんでしょ! ……っと」

 

 赤髪の少女――アストレア・ファミリアの団長、アリーゼの隣を、迷宮に似つかわしくない少女が通り過ぎていく。一瞬ライラと同じ小人族かとも思ったが、その後姿を見て違うのだと察した。

 

「あれがロキ・ファミリアの『人形姫』ねぇ……事情は知らんけど、生き急いでんな。早死しそうなタイプだ」

 

「しかし、ファミリアが違う以上、我々に干渉することはできませんよ。特に、相手は最大手のロキ・ファミリア。私たちのような吹けば飛ぶような零細ファミリアがどうこうできる相手じゃありませんわ」

 

 変わることもあれば、変わらないこともある。ただ、波紋は少しずつ広がっていた。

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