大魔導士が嫁探しをするのは間違っているだろうか 作:今更止められねぇよ!性癖スイッチオンだ!
「ヌウゥン!!!」
大きく振るった大剣の切っ先が、ついにゾンビ兵の首を飛ばす。ようやく、ようやく一体。
しかし、オッタルの目の前にはまだ、10体超のゾンビ兵の群れがいる。しかも、その1体1体がかつてLv7冒険者だったゼウス・ファミリア、ヘラ・ファミリアの幹部たち。
肩で息をするオッタル。多対一も、連戦も、フレイヤ・ファミリアでの『洗礼』で慣れているオッタルでも、体には疲労が刻まれていく。ましてや同格以上を相手にしているのだ。自分自身の動きが精彩を欠いていっていることにも気が付いていた。
もはや獣化をすれば一瞬で吹き飛ぶであろう体力しか残っていない。しかしそれでも、オッタルは倒れない。倒れるわけにはいかないと、迫りくる槍を弾き、剣を躱し、普段の戦闘スタイルである剛剣で以て敵を粉砕する正面戦闘を避けて、不慣れなヒット&アウェイを貫いている。
しかし、オッタル以外にも限界に近付いているものがあった。ゾンビ兵の攻撃を弾いた瞬間、オッタルの持つ大剣にひびが走ったのだ。
「ッ!! ハァアッ!!」
反射的に大剣を投擲し、拳を握るオッタル。武器を失ったからと言って戦えないようでは第1級冒険者足りえない。オッタルもまた、徒手空拳で戦う術を備えてはいる。下手な戦鎚よりも固く重い一撃を、ゾンビ兵の側頭部へと叩き込む。
しかし、それが大幅な戦力減衰にほかならないこともまた事実。特に、ゾンビ兵は打撃に対してすこぶる強い。武器を取るために離脱するか? いや、囲まれてしまっているこの状況でそれは不可能に近い。
ゾンビの持つ武器がオッタルの体を抉る。しかし、それでもオッタルは倒れない。それは矜持。オラリオ最強の矜持。そしてなにより、フレイヤの眷属筆頭、ファミリア団長としての矜持だ。
ゾンビの群れを睨みつけるオッタル。目の前から迫るゾンビを前に、オッタルは改めて、死ぬその時まで戦い続ける覚悟を決める。
そして次の瞬間、オッタルへと迫っていたゾンビたちを、一筋の流星が轢き殺した。
「猪野郎!! なにぼさっとしてやがる!!」
槍を携えて現れたアレンだが、全身に無数の傷、持っている槍の穂先は無残にもひしゃげ、彼の腕も明後日の方向へと曲がっている。当然だ、Lv7のゾンビを複数体同時に消し飛ばすほどの威力を出した反動が、そんなに軽いはずがない。
『
迷宮では限界がある。しかし、この場は地上、地平に果てのないオラリオ。アレンは都市の最端からこの魔法を発動し、一直線にそこへ突撃したのだ。
アレンはさらに、オッタルへ向けて一本の大剣を放り投げる。オッタルの愛剣ほどではないが、十分な業物だ。
「ヘファイストス・ファミリアの店からパクってきたもんだ!! 緊急事態なんだ、金は後で払えばいいだろ!! さっさと潰しきれ!! オッタル!!」
「……応!!」
アレンはこれ以上戦えないだろう。だが、先ほどの突撃で半数のゾンビ兵が吹き飛んだ。十分な活躍。そして、オッタルの負担も減った。
今度こそ撃滅せしめんと、オッタルは大剣を構え、再びゾンビ兵へと斬りかかった。
一方、バベルの塔正面で『傑物』のゾンビと戦っているザルドは限界が近かった。
長時間の戦闘。回復し続ける相手。毒の浸食。既に、ザルドの体力はほとんど残されていない。
さらにはそれだけではない。ザルドにとって、最悪と言っていい事態に陥りつつあった。
「(……ッ!! 剣が、冴え始めてきている!? まさか……《
このままでは、『傑物』が生前の戦闘センスや駆け引きの強さまで取り戻す可能性がある。長期戦はどこまでもザルドに不利。しかし、攻めきれない。
ジリ貧か。そう思ったその時、ザルドに予想し得なかった声がかけられた。
『ザルド、手助けはいるか』
それと同時に『傑物』が弾き飛ばされ、ザルドとの間に距離ができる。そして、『傑物』とザルドとの間にひとりの剣士が着地する。
褐色の肌に銀の髪を持つダークエルフの女。その後姿に、ザルドは見覚えがあった。
「お前……メルティか!? オシリス・ファミリア団長の……」
『元団長だ。今の私は大魔道士グリムに仕える勇士の一人でしかない。いいから答えろ、手助けはいるか? いらないのなら、私は悪夢に囚われた同胞たちを解放しに行きたいのだ。決断は早くしろ』
メルティ・ザーラは『傑物』の剣を弾きながら告げた。
彼女がここにいる理由を語るには、やや時間を遡る必要がある。
ウラノスの命で地下水路に潜むフェルズ。様々な魔導具を使い、視覚的迷彩だけでなく嗅覚や聴覚などあらゆる要素から隠れていた。
当然『闇派閥』の動向を監視するためなのだが、ガネーシャ・ファミリアからザルドとアルフィアの危機が告げられると、Lv4非戦闘職の自分に何ができるというわけではない。だからこそ歯痒く、さらに言えば表に出る事ができない故に、彼女の持つ切り札である蘇生魔法を戦死した冒険者にかけることもできない。かけたところで、成功するかもわからないが。
「クッ……」
無力さを噛み締めるフェルズ。
だが、そんなフェルズの心境など特に興味ない者もいる。
「おいフェルズ、今ちょっといいか」
「うわぁああああああああああ!?」
そう、突如現れたグリムである。
「いやよくないだろうどうみても!! 十中十潜伏任務中だろう!!」
「安心しろ、ここに来た時点で認識阻害の結界を張ってある。どれだけお前が騒いでも見つからんさ」
「騒ぐのは私なのが前提なんだな!? 実際騒いでるの私だしお前が騒ぐところ想像できないものな畜生!!」
それで、なんの用だと続けようとして、フェルズはグリムが横抱きにしている
それは、うら若い女性だった。白い肌に金の髪。グッタリとしているが腕は下に垂れていない。つまるところそれは――死後硬直。
「確か、蘇生魔法を持っていたな、フェルズ」
「……一応、どういった経緯でそうなったのか聞いてもいいか?」
「新しく迎えようと思っている勇士候補が処刑人でな。この娘はその勇士候補の恋人だったのだが、因習のせいで処刑されることになった上に、件の勇士候補自身の手で処刑する羽目になったから、勇士に入る対価としてこの娘の命を助けることを約束したんだ」
ただし結果としては、話をしている最中に娘が牢内で服毒自殺したため、死体を買い取って今ここに来たというわけであるが。
「……それ、私が断ったらどうするつもりなんだ?」
「どうにもならんさ。私とて、先天系魔法で死者の蘇生は難しいからな。私自身で試してみて、ダメだったその時は勇士候補は素直に諦め、私に関する記憶をすべて消して別れるだけだ……いや、初対面を装って改めて勧誘するのもありと言えばあり、か」
「約束しておいてそれは不義理なんじゃないか……?」
「私の案が成功すればすべて最良の状態で終わる。失敗したときにそれ以上悪くならず『不義理』で済むなら、まずは試すべきだ」
フェルズは溜息を吐く。まぁその通りであるんだが、そういうちょっと綺麗な感じの言葉を語るのと同じ口で『記憶を消す』とか言える倫理観の緩さがグリムのグリムたる所以である。自分が恨まれる気はさらさらないのだ。
「失敗するかもしれんぞ?」
「しないさ。私が補助するのだから。それに、魂が天界へ行かないように一時的に体に縛り付けてある。魂がここにあるんだから成功するだろう」
「本当に倫理観緩いな!?」
結局、フェルズの魔法《ディア・オルフェウス》、800年間一度も成功しなかった其れは、あまりにもあっさりと死した女性を蘇らせることに成功した。
少しの間呆けたフェルズだったが、グリムが礼を言って帰ろうとするのを見て、慌てて引き留める。
「待て! 『闇派閥』との抗争に手を貸してくれないか!?」
「……本来は、お前達オラリオが自分で乗り越えるべきものなのだが……今回は私が借りている状態だし、私もまったくの無関係ではないようだからな……いいだろう。少しだけ手を貸してやる」
少し待っていろと言ってゲートを渡ったグリムは、娘を拠点に置いたあと、スクルドとメルティを連れて戻ってきた。グリムが魔法による探知で確認し、実力や因縁を加味して選んだふたりである。
グリムが、スクルドとメルティが上へ向かうのを確認した後で自身もどこかへ行こうとしているのを見て、フェルズが最後に質問をする。
「なぁ……何故今回、《ディア・オルフェウス》が成功したんだ……? 今まで成功しなかったのに……」
「魂がここにあったからだ。死んだあとの魂は天界へ昇る。天界へ昇った魂は神の管轄だ。我々の魔法ではそこから奪い取ることは叶わん。誰にも見向きもされん魂でもなければな。あるいは、神に見つかる前に取り戻せば成功するやもしれんが」
「……そう、か……」
そして、グリムとフェルズの契約通り、スクルドとメルティはオラリオの救援に走った。スクルドは街中を文字通り飛び回り、《選定眼》で見分けた『闇派閥』やゾンビ兵を殲滅して回っている。一方メルティは冒険者の口にしている情報から、ザルドの手助けに入ったのだ。
半ば隠居生活中であったがためにメルティのステイタスはそれほど上がっていないが、それでも彼女はLv7。しかも、ザルドと違って万全のコンディションだ。
とはいえ、現役時代に一度も『傑物』に勝てていないことも事実。さらに言えば、確かに『傑物』やザルドに因縁はあるが、それよりも精霊兵、ゾンビ兵にされている元オシリス・ファミリア団員を解放したい気持ちのほうが強い。
故に、ザルドが救援を断るならば、さっさとこの場を去ろうと考えていたのだが、ザルドはメルティの手助けを受け入れた。
「いや……頼む。少しでいい、時間を稼いでくれ」
『魔法か……いいだろう。『傑物』が完全に復調する前に終わらせろ』
「わかっている」
もちろん、ザルドも並行詠唱程度は会得しているのだが、大きくダメージを受けている今、それは難しいと判断。メルティに前衛を任せ、一気に決める作戦に出た。
メルティは2本のダガー――彼女の『
「【
詠唱を聞いて、『傑物』が回避行動を取ろうとする。何も考えていないゾンビ兵ならば通常とらない行動。《自誇最盛》で思考能力まで再生しつつある証左だ。
メルティは『傑物』の離脱を妨げるが、ザルドの魔法が来るまでには彼女自身も巻き込まれないように離脱する必要がある。最後の一瞬、魔法を『傑物』に当てられるかどうかはザルドにかかっていた。
「【貪れ、炎獄の舌。喰らえ、灼熱の牙!】」
そして、詠唱が完成する。ザルドの剣の周りを、何もかも焼き焦がさんばかりの炎が取り巻き、ザルドが地面を蹴る。
メルティがその場を急速に離脱し、ふたたび『傑物』とザルドの対面になる。ザルドが大上段に大剣を振りかぶり、『傑物』はそれを回避しようとして。
回避しようとして、
「!! ッ……《レーア・アムブロシア》ァァ!!」
そこに逡巡はない。『傑物』に何が起こったのか理解する必要はない。たとえ何が起きていようと、ザルドのやることに変わりはない。
ザルドの炎熱が『傑物』の亡骸を灼き尽くしていく。『傑物』はただそれを受け入れ、あまりにも呆気なく、塵へと還っていった。
『……ザルド、最後のアレは……』
「言うな。……言っても、詮無いことだ」
たとえ、《自誇最盛》で魄に残っていた魂の欠片まで再生し、ほんの僅かな人間性が復活したのだとしても。それが最後の最後に、オラリオへの敵対を望まず自ら死を選んだのだとしても。それは、いくらでも考えられるifのひとつにすぎない。
『……私はもう行こう。ザルド、お前は休んでいろ。どうせ、今のお前が行っても足手まといだ。相手があの『女帝』ではな』
「……だが……いや、そうだな」
ザルドは座り、近くの瓦礫に凭れかかる。もはや、体が言うことを聞かないほどのダメージを受けている。これで死んで、敵の駒にでもなれば目も当てられない。
「見せてもらうぞ、オラリオ。過去を超えてみせろ」
ザルドは、迷宮へと向かった者たちの健闘を祈りながら、意識を手放した。