大魔導士が嫁探しをするのは間違っているだろうか 作:今更止められねぇよ!性癖スイッチオンだ!
クロエ・ロロは元暗殺者である。
犯罪系派閥セクメト・ファミリアで生まれ育ち、脚抜けしたあとも暗殺者として世界を転々としていた。そして、オラリオ外では屈指の実力者であるLv3に到達して調子に乗り、オラリオに拠点を移してすぐガネーシャ・ファミリアの団員を暗殺するという依頼を受け、まぁあっさりと捕まった。
仕方ないだろう、ガネーシャ・ファミリアにはクロエと同じLv3もかなり多く、Lv4、Lv5もいる。そして団長のシャクティに関しては当時Lv6だ。
そんなわけで牢に入れられたクロエであったが、当時まだ『闇派閥』を相手にしていたガネーシャ・ファミリアにとって、彼女は暗殺者とはいえ『闇派閥』に所属していないフリーの実力者。ガネーシャによる聞き取りで人格面に大きな問題がないことを確認された後ガネーシャ・ファミリアへ
とはいえそれも『闇派閥』がガネーシャ・ファミリアの手が足りないほどに跋扈していたが故であり、『屍の一日』を終えて『闇派閥』との戦いがおおよそ終結した今、クロエはお役御免だろうとそう考えていたのだが、どういうことかクロエは未だにガネーシャ・ファミリアで警邏としての日々を送り続けていた。
監視しやすいからなのかオラリオの門兵としての任務が比較的多く、手は出せないものの英雄を夢見てやってくる少年たちと触れ合えるのは悪くなかったが、特に賭博に行けないことがまぁ不満ではあった。
そして、その日からクロエに、もうひとつ不満が増えることになる。
「それでは、任務を開始する」
それは、『竜の谷』でのモンスターの掃討任務。もとい、そういう名目での訓練を持ち回りで受けさせられるようになったことだ。
それまでも、警邏の仕事の傍らに迷宮に比較的深く潜り、ステイタスを上げるための訓練を行うことが予定表に組み込まれていた。対人戦に特化していたクロエはこれに苦労させられたものだったが、『闇派閥』との抗争を終えて、結局大手のファミリアに多くを頼ってしまったことを不甲斐ないと感じたのか、『闇派閥』が7割ほど壊滅して余裕ができたこともあり、『竜の谷』での訓練が予定表に追加されたのである。
とはいえ、オラリオと『竜の谷』とはそれなりに距離が離れているため、オラリオと隣接する港町メレンとは違って日帰り程度で行けるような場所ではない。
それを解決したのが驚いたことに『外部協力者』とやらの魔法だった。
そもそもこのガネーシャ・ファミリアは奇妙なことに、よくわからない手段でもって
『外部協力者』はガネーシャ・ファミリアの本拠地と『竜の谷』とを、転移魔法の門で繋げて一瞬で行き来ができるようにしてしまった。
こんなものが表沙汰になれば大騒ぎなのだが、どうやら『外部協力者』は大っぴらにこれを使う気はないようだ。
そういうわけで、拒否権など当然なく、クロエもこの日から初めて『竜の谷』での訓練に参加させられているわけであるのだが、まぁ数が多い。そして強い。Lv3かLv4,場合によってはLv5相当のモンスターがぽこじゃか湧いてくるのである。
普通に迷宮の下層か、下手すれば深層レベルの魔境で、『外部協力者』の支援を受けながらひたすらにそれを倒していく。で、この支援というのが割と珍しいタイプの支援であった。
というか、実を言えばこの世界においていわゆる『支援職』というのはあまり発達していない。例えばそれがある小人族の少女のように特化した指揮能力を持っていたり、ある狐人の少女のように規格外の支援魔法を使えたりというのなら話は別だが、基本的には自己防衛できる程度の戦闘能力を必要とされる。
そのうえで『支援職』というのは、決定打になりにくいゆえにモンスターの意識誘導やヘイト管理を行う事が多い
魔法を主にした支援職というのは非常に珍しく、その理由は、やはり『神の恩恵』における魔法システムにある。魔法の最大数は原則一人3つ。それも、3つスロットがある者は少なく、それらすべてを使いこなせるものは更に少ない。
そして、発現する魔法というのは基本的に個人の資質に左右される。冒険者になるような能動的かつ積極的な人間に発現する魔法が他者を支援するものというのは、かなり珍しいのである。
もちろん、バフに連なる魔法を覚える者もいるが、その多くが自身にかけるタイプの
そもそも魔導士というのは基本的に花形であり、支援魔法をかけて回るよりも大規模な魔法で敵をまとめて吹き飛ばすことを期待されているというのも、また理由のひとつである。
と、ここまでが基本的な話であるが、団員の多くが先天系魔法を使えるようになっているガネーシャ・ファミリアにはそれは当てはまらない。
グリムから渡された指南書を受け、まず会得しろと言われた捕捉魔法と通信魔法を覚えたあとに何を優先して覚えさせるかはシャクティの判断で決めてよいとのことだったのだが、この時にシャクティが選んだのが
これならば、レベルの低い団員でも戦場でとりあえずの役割が持てるからだ。事実、これがアルフィアの対『女帝』戦でまさに役に立ったので判断として間違いではなかった。
それ故に、ガネーシャ・ファミリア内での支援魔法というのはもっぱらバフのことであったのだが、『外部協力者』による支援はそのほとんどが
デバフの魔法はバフの魔法よりも、さらに取得者が少ない。呪詛はそれに輪をかけて少ない。バフと違って敵にかける分、自分より強い相手には抵抗されるし、それより攻撃魔法を使ったほうが効率がいいからだ。
しかし、この『外部協力者』は、ガネーシャ・ファミリアの対面しているモンスターが、その団員たちには荷が重いと見るや、多彩な妨害魔法とデバフを駆使して、ちょうどいいくらいにまで弱体化させるのだ。
『外部協力者』のリーダー格曰く、「身の丈を超えた力で遥か格上を倒すより、自分の力でやや格上を倒すほうが、偉業にはなりにくいが経験的な実入りは大きい」そうだ。
そしてそのデバフをまいているのが狐人の少女である。見た目は黒髪ぱっつんロングで、極東の装束に身を包んでいる。他の『外部協力者』からはクズノハ、あるいは梅と呼ばれていたので、クズノハ・梅というのが名前なのだろう。
目を潰し、翼を縛り、爪を
これだけの強力なデバフを使っておいて攻撃魔法も一級品などと言われてしまえば嫉妬のひとつでも湧くのだが、もはやそういう次元ではない。
多くの魔導士は魔法の発動体として杖を持っている事が多く、この杖の性能によって魔法の出力や魔力効率にも大きな影響が出る。実際、彼女以外の『外部協力者』も、魔導士は杖を持っているのだが、彼女は例外のようだった。
彼女の武器は、羽衣の両端にくくりつけられた球状の竹籠である。
「《鳳仙花》」
彼女が魔法名を呼べば、籠の中が光り、一瞬後には籠が火球に包まれる。籠も羽衣も燃える気配はなく、羽衣を持って籠を振り回せば、それにより火球がモンスターへと飛んでいく。
恐ろしいのはこの火球の威力と追尾性能である、Lv4はあろうワイバーンを一撃で撃ち落とす威力と、ほとんどUターンのような軌道で獲物を追う追尾性能が同居している。
しかもそれが、
幸いなことに本人の性格は温厚そうだから、無礼がなければ矛先がこちらに向くことはないだろう。
「で、なんでそんなカッチコチになってんのニャ?」
「いや……まぁ、えと……うん、なんでもねッス」
「無茶言うなや」
先輩の狐人が何故か挙動不審になっている。なんか
そして、深入りしたくないのがもうひとり。いや、クロエ的にはぜひお近づきになりたいのだが、流石に深入りしたら拙いという地雷案件だ。
「大丈夫ですか〜。回復しますよ〜」
そんな間延びした呑気な声を出しながら、この戦場に現れたのは、クロエの好みどストライクであるショタだった。
「【精霊さん治してください】!」
先程から魔法を使って回っているためにチラホラと見えていたショタ。見た目は7歳くらいだろうか。毒を食らっていた団員や腕が取れかけていた団員が完全に回復しているところを見ると、かなりの回復力があるようだ。
それはともかく、詠唱が短すぎるのも気になる。恐らく先天系魔法なのだが、飛び抜けて詠唱が短い。フレイヤ・ファミリアの『
というか、そのギリギリ前髪で両目がチラ見えするかしないかくらいの髪が緑色な辺り、間違いなくハイエルフだろう。
そう、クロエの想定通り、彼の名はラタル・タング・アールヴ。今は簒奪されたタングの森の本来の王位正統後継者であり、グリムの弟の子孫である。
ただ、彼の場合もまた訳アリで、精霊に
まぁ、いずれにしろハイエルフが『竜の谷』などに来ている時点で厄ネタであることを感じ取ったクロエは珍しくショタ相手に深入りしなかった。
まぁショタ手ずから治癒してくれるのはよかろうとも、状況がそれを楽しませてくれないものだったというのもあるのだが。
クロエは休憩中――と言っても、『竜の谷』に休憩できる場所などほとんどなく、おおよそ全域がモンスターの領域であるのだが、『竜の谷』の門番たちのために作られた、黒竜の鱗を中心としたキャンプが存在している。――に『外部協力者』の様子を見て回る。
『外部協力者』の動きは大きく3つに分かれる。ひとつが今のクロエのように休憩をしている者。といっても、本格的な休憩をする者は例のゲートで本拠地まで戻っているようなので、小休止程度の者しか見かけることはないが。
次に、先ほどの梅やその護衛、あるいはラタルのようにモンスターの駆除、あるいはガネーシャ・ファミリアの支援を行っている者。恐らくこれが最も多い。
今も、オラリオであれば駆け出しほどの年頃の
そして最後に、『外部協力者』同士で稽古をしているように見える者である。こちらは実戦経験よりは技術を磨いているように見える。例えば、黒い棒を持った壮年の男性――どうやら団長のシャクティと知り合いのようだったが、彼の姿にひどく驚いていたのが印象的だ――が複数の、恐らくまだこの集団に入って間もない者たちへ稽古をつけている。
また、アマゾネスでありLv6である副団長と、同じくアマゾネスである『外部協力者』の女性が楽しそうに打ち合っている。
「……んん? 稽古って参加できんの……?」
「できますよ?」
「うぉ!?」
不意に後ろに現れた気配に驚いて――元暗殺者であるクロエは当然気配に敏感で後ろを取られることなど早々ない――振り返ってみれば、そこにいたのは影も幸も薄そうな青年だった。
一見すれば学者に思えるほどに痩身で荒事とは縁遠そうに見える。しかし、幾人もの人間を屠ってきたクロエには、彼に染み付いた濃厚な死と血のにおいに気づくことができた。
争い事には縁がなさそうで、しかし血を浴びるやり方で何人も殺している、見るからに温和そうな青年。そんなチグハグな存在に、クロエの中の臆病な警戒心が警鐘を鳴らしている。
そんなクロエの警戒に青年――カール・ヘンリーは困ったように笑いながら、近くに腰掛けた。
「そう警戒しなくても大丈夫ですよ。僕の元の生業は悍ましくとも危険ではありませんから。僕は元々、処刑人をやっていたんです」
処刑人。それは確かに、多くの民間人に忌避される職業だ。
大きな国では人間ではなく、神が処刑を行うことが多い。執行者が神であれば、人は心に納得を抱ける。例えばオラリオでは『死刑』に値する人間――その多くは『闇派閥』――は、拘束された状態で迷宮の下層へ放り込まれるなどしてモンスターに処理させることも多い。そうでない場合は迷宮の未確認領域に対する、いわゆる『鉱山のカナリア』として働かされることもある。
いずれにしろ人による処刑というのはやはり忌まれるものであるのだが、小さなコミュニティではそう言っていられない、他に方法がないことがほとんどだ。
彼はそういう小さなコミュニティで、処刑人という一種の生贄にされた人間だった。
「大魔道士様に恋人ともども救われて『勇士』になったんですが、今まで動かないものしか切ったことがなかったので、まだまだついていけなくて……」
どうやら、彼はこの『外部協力者』のコミュニティ――彼曰く『勇士』に所属してからそれほど経っていないようだと、クロエは分析する。そして、もっぱら戦闘ができるものだけを集めているわけではないようだ。
話を戻そう。稽古の話である。クロエは許可をもらって、この稽古に参加することにした。
クロエはいずれ、ガネーシャ・ファミリアを抜けようと思っている。まぁそれが許されるかはともかく、多かれ少なかれオラリオを守るという役割に誇りを持っているガネーシャ・ファミリア団員と違い、クロエはどうしてもそういった意識を持てなかったのだ。
暗殺稼業に戻るつもりもないが、オラリオのために殉じるつもりもない。適当に迷宮に潜って適当に稼いでショタを侍らせる。そのくらいでいいと思っている。そのために、もう少しだけ強くなっておこうという算段である。
クロエの戦闘スタイルは暗殺に寄っており、面と向かって戦うことについてはそれほど得意ではない。まずはその不足を補っておきたかった。
クロエは、この選択を割と後悔することになる。