大魔導士が嫁探しをするのは間違っているだろうか   作:今更止められねぇよ!性癖スイッチオンだ!

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黒竜

「最後に最も重要な点を確認しておく」

 

 満月の『竜の谷』に低い声が響く。

 今から15年前。世界の中心地オラリオにて最強と呼ばれた兵たちが、この地に眠る厄災に敗れ去った。

 そして今、その時とは何もかも違う者たちが、再び厄災へと挑む。

 

 2つのファミリアを中心とした連合だったかつてに対し、今は10人と少しの少数精鋭。モチベーションもかつてほど高くなく、ほとんどのメンバーが黒竜などに興味はない。

 しかし、揃ったその平均レベル、10相当。

 

「今回、思ったより早くお前達の階位が目標に届いたから、こうして万全な日を選んで挑戦するつもりだが――勝つ必要はまるでない」

 

 その長である大魔道士グリムが、そんな士気を削ぐようなことを宣う。

 

「欠損までなら治せるから、ひとりでも欠けそうになったらそこまでだ。なにもこれきりというわけではない。なんなら最悪倒さなくても、私の魔法で次元の狭間に落としてしまえばいいのだし」

 

「マジで元も子もねぇな……」

 

「やってできないこともなさそうなのも怖いのう……」

 

 とことんまで士気を落とすグリム。士気が落ちた程度で負けるような勝負ならはじめから挑まないほうがいい。士気最低でも勝てる勝負しか挑まない。グリムは今回、十分に勝てると踏んでいた。

 

 「黒竜に直接挑むのは第13階位(Lv10)を超えた者。私、スクルド、ルーナ、スタルガド、メルティ、梅、瓜子、ヘルヴォール。戦場全体への支援として、階位は心もとないがラタルとカール。他は湧いて出る取り巻きの処理だ」

 

 手短に必要なことだけを伝えて、グリムが杖を振るう。次の瞬間には、『勇士』たちの姿は結界の内側にあった。

 結界の中央部。漆黒の巨体はそこに横たわっている。外見に異質さはない。奇妙さはない。何故か、それが王道で、それが基盤だからだ。

 竜種の原初と同じ姿を持つ怪物。黒竜。かつて英雄に片目を穿たれてなお、その威容は衰えることはない。ただそこにいるだけで、周囲には死を思わせる威圧が放たれている。

 

 開戦の合図などなく、黒竜に向けて一筋の雷が放たれた。

 躱す暇を与えず、文字通りの雷速で放たれた魔法は、しかし黒竜に辿り着く前に空気中で拡散し、黒竜の鱗へ辿り着く頃には遥かに減衰した微弱な電流となって弾かれた。

 

「ふむ、やはり魔法を拡散させる霧が出ている……アンフィス・バエナの『紅霧』と同じものだな……他の竜種すべての力を使えるという想定は間違いではないようだ」

 

「なら、とりあえずはあの霧を払えるか、ですわね」

 

 そう言って黒竜に弓を向けたのは黒髪のヒューマン、ゴジョウノ・瓜子。さる家柄で神童と呼ばれた天才。

 彼女の『魂装(ヴェイプン)』の名は『雨四光』。弦と矢弾を魔力で編んだ弓であり、効果だけ見れば非常にシンプル。

 しかし、それは瓜子の戦闘センスと合わさることで最大限以上の力を発揮する。

 

 発射された矢は籠められた魔法によって周囲の空気をかき混ぜながら黒竜へと進む。重要なのは、かき混ぜられ、渦となって暴れる空気それ自体は魔法ではないというところ。

 魔法でないが故に拡散させられず、風によって穿たれた『紅霧』の隙間を縫って、矢が黒竜へと命中する。

 

「あら、当たるかどうかの確認とはいえ、それなりに魔力を籠めたつもりでしたが、やはり硬いですのね」

 

「おいおい、言ってる場合じゃねえぞ。奴さん今のでこっちをしっかり敵認定しやがった。スタルガドの旦那、メルティの姐御、出んぞ!!」

 

「あいよ。まったく、この歳になって世界の命運を懸けて戦うことになるとはね……っ!!」

 

『かつての好敵手の仇、討たせてもらう』

 

 鎌首を(もた)げて侵入者を睥睨する竜種の王。周囲からはその魔力に当てられたモンスターがパニック状態で飛び出し、無差別に『勇士』たちを襲う。

 そのほとんどが――『勇士』たちにとってはだが――それほど手間がかからない相手とは言え、黒竜を相手にしている時にやってこられては無用な隙を生む。

 

「【主よ、救い給え。主よ、慈しみ給え。主よ、我が人生を憐れみ給え】《キリエ・エレイソン》!」

 

「【精霊さん、強くしてください】!」

 

 元処刑人、カール・ヘンリーと、精霊の寵児、ラタル・タング・アールヴがそれぞれ支援魔法(バフ)をまく。結局戦いに慣れることができなかったカールと未だ12歳のラタルは、互いに第13階位(Lv10)には届いていない。しかし、後方支援としては十分に過ぎる。

 特に、カールは防御結界においては魔法種族(マジックユーザー)であり第13階位の梅を超える才能を見せ、ラタルの回復魔法は四肢の欠損さえ瞬く間に癒やす力がある。

 そんなふたりからの支援を受け、黒竜の矢面に立ったのは珍しい男装のアマゾネス、ヘルヴォール・ビャルトマール。

 

「《セーヴァルスタズ》! さぁ、行くぜ黒竜!!」

 

 彼女が纏う『魂装』は全身鎧『アンガンテュール』と魔剣『ティルフィング』。『アンガンテュール』の能力は、それを纏っている間、中にいるヘルヴォールと同じ動きをするアシスト能力。これだけ見れば地味な能力だろうが、もうひとつ、『ティルフィング』と共通の能力が存在している。

 それが、『巨大化』である。

 

「おおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

「――████████████████ッ!!!!」

 

 いくら黒竜とはいえ、突然目の前に現れた己に迫る巨体を持つ生き物には戦慄したと見える。雄叫びをあげながら迫るヘルヴォールに、それまで黙していた黒竜もけたたましく咆哮(ハウル)をあげて身構えた。

 振り上げた『ティルフィング』が『紅霧』を巻き上げ、黒竜の纏う対魔法の鎧に穴を開けると、その隙間を縫うように瓜子の矢と梅の火球が黒竜の身体を捉える。

 それも生半可な攻撃ではない。一撃一撃がモンスターの群れを殲滅できるほどの高火力広範囲攻撃。雨垂れで岩を穿つほど気は長くないのだ。

 

 黒竜の鱗が弾ける。いや、違う。

 

「爆発した!?」

 

「見てみなよ。鱗の下から甲殻が出てきてる。本命の装甲はアレで、鱗は攻撃してきたところをあの爆発で吹き飛ばして敵にぶつけるカウンター用の武器ってわけだ」

 

『遠距離の魔法を霧で無効化してきて、やむなく近接戦闘に切り替えたらカウンターか……なんとも理不尽な2択だ』

 

「鱗一枚が下手な壁盾(タワーシールド)より大きいからねぇ……あんなの飛んできたらひとたまりもないよ」

 

 近接組が戦慄する。鱗と甲殻、二重の装甲を抜かなければならない上に、下手に攻撃するとノーモーションの反撃が至近距離で飛んでくる。厄介でしかない。

 それを超えられるのは、鱗の炸裂装甲(リアクティブアーマー)を受けても弾くことができるヘルヴォール。そして――

 

「いやぁ、あっちは流石だよね……おじさんじゃ目で追いきれないよ」

 

 やすやすと鱗、そして甲殻を斬り裂いて肉まで刃を達させ、鱗が爆発する前にその場を飛び去るヒットアンドアウェイを繰り返す第14階位(Lv11)、スクルドのふたりだ。

 

「さて、おじさんも、かっこよくは飛び回れないけど、やれることはやっておこうかな……!!」

 

 スタルガドが狙うのは最も平坦な地形にある右後ろ脚。巨木のような脚に向かい槍を振るい、飛んでくる鱗を槍でいなしながらギリギリで躱すと、再び鱗が生えるより前に、甲殻の隙間に槍を刺し込み抉る。

 そしてその瞬間に魔力を籠め、『魂装』の刃を甲殻の内側で拡大させた。肉を切り開きながら進んでいた刃が骨に達する直前、スタルガドは攻撃の予兆を感じ取って素早く魔刃を消し、その場を大きく飛び退く。

 次の瞬間、スタルガドが攻撃していた右後ろ脚が瞬く間に上にあげられ、そのまま踏み落とされた。地面が割れ山が崩れる黒竜による超質量のスタンプ攻撃。

 

「こりゃまた……虫を払うみたいな攻撃しちゃってさぁ。鬱陶しいかい。悪いけど、おじさんこういうことしかできないからさ……チクチクと突っつかせてもらうよ」

 

 一方、同じく近接組であるメルティは、素早く黒竜の腹の下へと潜り込み、彼女の代名詞とも言える魔法を使う。

 

『【精霊に告げる。生より依りて死まで交わる黒き(ともがら)。力を貸せ。契約を以て命ずる】《シュト・カー》』

 

 彼女の魔法は影を操る魔法と呼ばれていたが、正確には少し違う。影は所詮影、光が遮られている部分でしかない。

 正確に言えば、彼女の魔法は彼女の影と彼女の影が触れて繋がっている影の面積に比例した大きさの、黒色不定形の魔法生物(ゴーレム)を作り出す魔法だ。それ故に質量があり、物体に干渉することができる。

 

 今この時、メルティの影は黒竜の巨体によって落とされた影と触れ合っていた。その面積に見合う大きさのシャドウ・ゴーレムが作り出される。

 しかし、これをそのまま出してしまえば、魔力ではなく魂のエネルギーで編まれているヘルヴォールの鎧と異なり、魔法生物であるシャドウ・ゴーレムは『紅霧』によって削られ、拡散してしまう。

 だから、メルティはそのシャドウ・ゴーレムの巨体のほとんどを、『厚みを0にできる』というシャドウ・ゴーレムの特性を用いて収納することでストックに回して消耗品として扱っていた。

 

『聞いていた再生能力は……スクルド殿の『魂装』で妨げられている、のか? 修復阻害はあの『魂装』でつけた傷以外にも作用するのか。ありがたい限りだ』

 

 飛んでくる黒竜の放った風の魔法をシャドウ・ゴーレムで防御しながら、メルティは独り言ちる。『大抗争』のあと、ザルドから黒竜の特徴について聞いていたメルティは、それと今の黒竜を照らし合わせて考えた。

 

『しかし、聞いていなかった特徴も見られる。この風の魔法もそうだ……前回は使うまでもなかった、ということも考えられるが……いや、やはり()()()()()()と考えた方がいいだろうな』

 

 そう考えながら、メルティがシャドウ・ゴーレムを刃状にして、頭上にあった黒竜の腹を切り裂いた瞬間、彼女の頭の中に、最大限の警報が鳴り響く。長年培ってきた、戦士としての直感。スキルにまで昇華された危機感知能力に従い、彼女はシャドウ・ゴーレムの()へと避難する。

 シャドウ・ゴーレムは『厚みを0にできる』のと同時に、内部空間の距離を無視できる。簡単に言えば、シャドウ・ゴーレムは内部に物体を格納したまま厚みを0にでき、シャドウ・ゴーレムの範囲であればどこからでも出入りができるということだ。

 これによって、シャドウ・ゴーレムを伝って黒竜の下から素早く退避したメルティは、先ほど自分がつけた傷から滴った液体によって、地面が腐蝕していくのを目にした。

 

『ベヒーモスの毒……やはり他の厄災の特徴も模倣できるのか』

 

 メルティと同時、他の『勇士』たちも毒の存在を認知していた。

 事前に毒の存在を想定していたグリムが、対処できるメンバーに指示を出す。

 

「梅! ヴィトー! 冬季結界!」

 

「はい!」

 

「心得ております!」

 

 グリムがルーンを刻み、梅が詠唱を始める。そして、取り巻きを倒していたヴィトーが一度前線を離れ、カールが張る結界へと戻ってきた。

 それと同時に、ヴィトーの右肩に少女の姿が浮かび上がる。

 

「行きますよノエル。手伝ってください」

 

「う、うん!」

 

 冬精霊ノエル。偶然ながらヴィトーに助けられ、その恩に報いてヴィトーを灰色の世界から救った、ヴィトーと魂を共有する精霊である。

 元々強力な力を有する精霊でありながら冬の精霊だけあって冬季にしか存在できなかったのだが、ヴィトーの魂と紐付けられた今その制限は存在しない。

 そしてそれ故に、彼女は強力な権能を有するに至った。それこそが、限定的な因果逆転の結界。冬だからノエルがいるのではなく、ノエルがいるからこそ冬であると定義する冬季結界。

 権能であるそれは詠唱を必要としない。黒竜を封印する結界の外殻を利用して、その内部を極寒の冬であると定義する。気温は下がり、零下へと落ちていく。

 全員が保温の魔法で体温の低下を防ぐなか、グリムと梅の魔法が完成する。それと同時に、黒竜の至近距離にいる者たちが全速力で離脱する。

 

「《フィンブルヴェトル・ニヴルヘイム》!」

 

 ふたつの氷冷魔法が冬季結界によって強化され、黒竜の全身を覆う。瞬く間に黒い体表が白に覆われ、毒の体液も凍りついた。

 だが、死んでいない。死ねば灰になるはずの体は未だ保たれている。氷の棺桶の中で、そこから脱出しようと抵抗しているのだ。

 

「だらぁあああああああぁぁぁぁ!!!」

 

 しかしここを好機と見たか、退避していたヘルヴォールが距離を詰め『ティルフィング』を振るう。首を叩き落さんと振り下ろされた刃が黒竜へと当たる直前に、異変が起こった。

 暴風、いや、爆風と言っていいほどの、強烈な風が、黒竜を中心として荒れ狂うかのように吹き始めたのである。

 風によって氷が剥がされた左の翼が、振るわれた『ティルフィング』を受け止める。深々と突き刺さった刃は翼を両断することに成功するが、狙いを逸らされた『ティルフィング』はそのまま地面へと突き刺さり、その隙に黒竜はさらなる行動に出る。

 凍り付いた口元から炎が漏れ出し始める。息吹(ブレス)の前兆だ。それと同時に、吹き荒れていた風が息吹の熱を黒竜の全身へと送り始める。

 

「……じき融けるな……私が気化した毒を押し流す。攻撃を続けて――」

 

「んっ」

 

「――スクルド。なにか、あるのか?」

 

『お方様。ご存じかとは思われますが、ノエルが黒竜から精霊の気配がすると……』

 

「あぁ、こちらでもスクルドが感知した。これから調べる」

 

 精霊を宿すふたりが、黒竜の中に精霊の存在を感じ取った。明らかに気のせいではない。

 グリムは擬似的な《精霊眼》を魔法で構築して黒竜の内部を探る。闇のように暗い魂の傍ら、その強大な霊によって覆い隠すようにしてそれは置かれていた。

 

「……精霊。黒竜は精霊を取り込んでいる」

 

 グリムの言葉に反応したのは、精霊を崇めるダークエルフ、天狐であるメルティと梅。その瞳に、特に梅は黒竜に対してそれほど興味を持っていなかったが、この事実により確かな殺意が生まれた。

 グリムは考える。黒竜に飲まれ、まだ取り込まれきっていないところを見るに、あの精霊はかなり高い格を持っている。となると、神時代に入ってからの精霊ではない。英雄時代の強かった精霊。

 黒竜の片目を奪った英雄アルバートの伴侶、風の大精霊エアリアル。

 

「……スクルド。いけるか」

 

「ん」

 

 グリムが号令を出す。

 

「予定変更。黒竜から精霊を奪還する」

 

 黒竜が白い拘束を砕き姿を現す。

 戦いは次の局面に移り始めた。

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