大魔導士が嫁探しをするのは間違っているだろうか 作:今更止められねぇよ!性癖スイッチオンだ!
氷の戒めを融かし、黒竜の体表は冷たい白から元の黒へと戻っている。周囲には
『なんかやる気みたいだけど、大将! 『アンガンテュール』の方がもう限界だ!』
『ならばこちらで引き継ごう。『紅霧』が暴風で散らされた故、私の影が消されることもない』
「聞いたな。スイッチする。ヘルヴォールを下げてメルティのゴーレムを出すぞ」
ヘルヴォールの大鎧『アンガンテュール』の巨大化能力。山に匹敵する大きさを持つ黒竜に劣らぬほどの巨大化を長時間維持できるはずもない。今回の作戦の第一段階は、この制限時間が過ぎる前に『紅霧』をどうにかして、時間制限のないメルティの《シュト・カー》によって作り出したシャドウ・ゴーレムと交代すること。
大質量を相手に戦うには、少なくともひとつは同じ大きさの駒を置いておきたい。そうでなければ、相手の行動を制限することはできず、やりたいことをやりたいようにされる。それは敗北への第一歩である。
ヘルヴォールが元の大きさへと戻り、目の前にいた敵が消失した――ように見えた黒竜が一瞬狼狽える。あれほどの巨体を見失ったのだからさもありなん。そしてヘルヴォールに代わり、シャドウ・ゴーレムが体積を膨らませて黒竜へとにじり寄る。毒も熱も関係ない存在だ。
「前衛はスクルド以外後退。ここからは魔法主軸に切り替える。スクルドは引き続き遊撃で傷をつけて、修復阻害をかけ続けろ」
この中で最も多くの仕事を成しているのがグリムである。多方への指示に、『勇士』だけでは処理しきれない取り巻きモンスターの駆除、再び気化し始めた毒の処理、そして黒竜への直接攻撃。いくつもの魔法を並行して操り、それでいてもっとも黒竜にダメージを与えている。
「で、精霊様を助けるったって策はあんのか、大将」
「魔石を壊す。少々もったいないが一番確実だろう」
「ま、それしかねぇか」
元々は魔石を手に入れるために削り殺す気でいたのだが、ここで逆に魔石を狙っての速攻を仕掛けることになった。魔石の場所自体は、魔法によってわかっている。そこに向かって集中攻撃し、魔石までの穴を空けるつもりだ。
本来なら難しいだろう。まず魔石の位置を特定することが困難で、特定できても魔石までは鱗と甲殻、そして分厚い筋肉で守られており、さらに再生能力までついてる。そもそも同じ場所を集中攻撃し続けることが容易ではない。黒竜は山より大きく、かつ飛行するのだから。
しかし、片翼を落とされたが故に黒竜は飛ぶことができず、逆に『勇士』の多くは飛行魔法を扱える。再生能力はスクルドの『
しかし、ここに来て遂に黒竜が動く。口に溜めていた
「【主よ、脆く儚きこの身を守り給え】《アスピス》!!」
「【精霊さん、護ってください】!!」
山が融け、地形が変わってしまうほどの大火力。アンフィス・バエナの使う非魔法的な仕組みの
後方支援ふたりが防御結界で防ぎにかかるが、余波だけで取り巻きのモンスターが壊滅するほどの高火力を前に結界の耐久はガリガリと削られる。
薙ぎ払いだからこそ
停止、停滞を意味する
「旦那、余力は」
「まだ問題はない」
スタルガドがグリムを気に掛ける。グリムにはかなり余力を残した状態で黒竜を倒す必要がある。それさえなければ、グリムの火力ゴリ押しで魔石の破壊くらいは可能だっただろう。というか、黒竜の体内魔力による抵抗を魔力量でゴリ押し突破して、魔石を座標指定攻撃でピンポイント破壊すれば事足りる。
だが、対応を見誤ると最悪の事態になりうる。そう推定して、グリムはその最悪の事態に対して一手を打てるだけの余力を残さなければならなかった。
不意に、
「くぅぅぅぅぅぅぅっ!!? 寒ぅぅぅうう!!」
ルーナの魔靴『スコル』の能力だ。黒竜の放っていた魔力を湯水のごとく注いだ魔法を吸収した『スコル』を構え、ルーナは膨大な冷気を纏いながら黒竜の頭上へと跳んでいた。
そして当然、冷気だけではない。単純な魔力による強化で、ルーナの攻撃力はこの一瞬、Lv11相当まで跳ね上がっている。
「みんなの仇だぁぁぁぁぁあああああ!!!」
遠因だけどね、と心の中で付け加えつつ放った踵落としは、黒竜の眉間に命中。冷気は首をまるまる凍らせ、さらに頭を地面に叩きつけるほどの衝撃が黒竜に見舞われる。
それだけではない。凍った影響で噴き出していた
モンスターの内臓は擬似的なもので、最悪なくても生きていけるからこそできる無茶であるが、さしもの黒竜もこのダメージは大きかったようで、その場で大きくふらついた。
一方のルーナはといえば、自身の『スコル』の冷気が保温魔法を貫通したせいで全身に凍傷を負い、蹴りを放った右足は半ば凍っていた影響で粉々に砕け散っていた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ、いっでえええええ!! いや痛くない!! 冷たくて感覚がない!! 怖い!!」
「だ、大丈夫……じゃなさそう……すぐ治します!! 【精霊さん、治してください】!!」
転げ回るルーナに治癒魔法をかけるラタル。ただこれだけで欠損部位さえ瞬間的に治るのだから反則と言っていいだろう。
これがラタル・タング・アールヴ。
グリムが自身の後継者として選んだ少年である。なんの後継者かと言われれば、まぁ微妙なところではあるが。
閑話休題。先の氷の戒めに比べればただ凍っただけのルーナの冷気では、首を振っただけで脆く砕けるものではあるが、ことダメージに関しては先程よりも甚大。
警戒した黒竜は
「おーおー、こんだけ鱗があれば世界中の村に一枚配れるんじゃあないの?」
「案外、黒竜をガッチリ封印して鱗を配るのが一番いいのかも!?」
「知らん」
グリムは善意でやっているわけでも正義でやっているわけでもない。封印などしたら一生管理しなければならないのだ。黒竜本体の管理などやっていられるか。
手数の暴力。巨大な体全体から放たれる、人間大かつ無数の鱗の弾丸に防戦一方に陥る『勇士』。状況を変えたのは、紐が解けるように姿を消したシャドウ・ゴーレム。
厚み0に戻ったシャドウ・ゴーレムは身体を細く割いて黒竜の身体へと巻き付き締め上げることで鱗の発射を防ぐ。
「さて、好機かな? カールくん、ちょっとおじさんにバフちょうだい」
「はい! 【主よ、歓び給え。主よ、憂い給え】《エウロギア》!」
スタルガドが動く。『体の状態を保つ』状態にする支援魔法《エウロギア》によって毒を防ぎつつ、拘束された黒竜の身体へと着地する。
スタルガドはここまでの観察の結果、黒竜の鱗と甲殻に、魔法への強い耐性があることに気づいていた。『紅霧』という魔法への対抗手段よりもエアリアルの風展開を優先したのもそれが理由だろう。
そのエアリアルの風も、ルーナが空を駆けながら『スコル』で剥いでは冷気を纏った魔力弾として黒竜へ撃ち込んでいる。
「スタルガドの旦那! 考えがあるのか!?」
「あぁ、この甲殻剥ぐぞ! 嬢ちゃんたちの的作ってやる!」
あとから追いついてきたヘルヴォールの問いに簡潔に返したスタルガドは、『魂装』をピッケルのような形へ変化させて甲殻へと刃を突き立てる。
しかし、脚部とは違い隙間のない背中の甲殻はそう簡単に貫けるものではなく、また刃が魔力でできているために甲殻の耐性が機能し、さらには足場が不安定であることもあって弾き返された。
「アタシに任せな! だぁりゃぁああああ!!」
一方、『アンガンテュール』を纏ったヘルヴォールは思い切りその場を踏みつけるだけで甲殻を突き破り、甲殻の下まで足を突き入れ固定する。スタルガドはどこか理不尽を感じるが、ここは種族差というものである。
さらにこれで終わるわけもなく、身体を固定した状態で『ティルフィング』を叩きつけることで甲殻を砕いていく。砕けた甲殻の隙間からはスタルガドが『魂装』を刺し込んで、刃を拡げることで甲殻を剥ぎ取る。
「よっしゃ! 準備は重畳、やっちまえ嬢ちゃん!!」
「待って! 抜けない! 足抜けない!!」
「何やってんだオイ!! 鎧脱げ鎧!!」
急いでヘルヴォールを回収したスタルガドがその場を離脱すると、今度は瓜子が大火力の用意を始める。
「梅様、合わせて。【屍山血河の成れの果て、鬼子は血濡れた手を振るう】」
「へ? は、はい! 【かけまくも畏き大日の大御神に畏み畏み申す!】」
瓜子が唱える詠唱式はかつて『朝廷』アマテラス・ファミリアに所属していた時に持っていた魔法のもの。
一方、梅が唱えるのは一種の浄化魔法。呪いを食い尽くす炎の召喚。呪い以外は燃やさない、などということはなく、呪いを食らっては勢いを増す呪炎変換の魔法。
このふたつが合わさることで、瓜子の矢の威力は最大威力を発揮する。
「《マンジュシャゲ》」
「《トゴトノカジリ》!! 《鳳仙花》!!」
放たれた瓜子の
黒竜は命の危機を感じたのか、天地を震わせるような咆哮をあげながら、魔力を再生能力へ全力で回し始める。修復阻害を超えて、徐々に空いた孔が塞がっていく。
「んぅ!!」
「ッ、待て、スクルド!?」
しかしそこで、ひとつの影が光の尾を残しながら孔へと飛び込んでいく。スクルドだ。スクルドは魔力翼を翻し、孔の中でルーンによる光弾を乱射しながら孔を押し進める。
だが、黒竜の体内は当然、黒竜の魔力によって通常よりも遥かに魔力の濃い空間となっている。そんな空間でまともに魔力が使えるはずもなく、スクルドの魔力翼が徐々に薄れ、ルーンも使えなくなってくる。
巨大な黒竜の体。体表から魔石まででも1000
やがて、力尽きたスクルドがその場に膝をつき、再生する肉の海に飲まれそうになる。黒竜への憎しみもあった。しかしそれよりも強い焦りがあった。活躍する他の『勇士』と違い、特に役割もなく遊撃として攻撃するだけの自分は役に立っている自信がなかった。
実際は修復阻害で誰よりも活躍していると言えるのだが、スクルドは過去の影響から自己肯定感が低い。だから、わかりやすい功を見つけ気が逸ってしまった。
絡みついてくる肉の感触の不快さに顔を歪めるスクルド。万事休すか。そう思った瞬間、スクルドの周囲の魔力濃度が急激に薄まっていく。
『だから待てと言っただろう、阿呆』
スクルドを包み込む魔力はグリムのもの。本来はグリムであってもかなりの魔力を消費する体内魔力への干渉だが、体表から穴によって地続きになっていたために比較的体内魔力の抵抗力が低下していた。
『と言っても私の余力もギリギリだ、黒竜を倒すのなら私にこれ以上できることはない。これ以上は黒竜の足掻きに対応できなくなる。だが、倒すのを諦めて撤退するなら、全力でお前をそこから連れ出して戻る。どうする、できるか?』
「……んっ!!」
『よし、ならば決めろスクルド!』
あえて、選択をスクルドに委ねるグリム。その問いに、スクルドは再び魔力翼を展開して絡みついてくる肉を焼き切ることで応える。
そして、スキル《
スクルドの体を光が包み、その肉体を変化させていく。
その体躯は戦乙女に相応しい、アマゾネスのヘルヴォールを超える200
グリムの組んだ魔力濃度低下術式が切れる前に、黒竜の肉体を突破する。覚悟を決めたスクルドが、魔法を構築する。精霊化している今だからこそ自爆を考えずに使える強力な魔法。
黒竜の体内魔力によって抵抗されてなお、極大の破壊力が黒竜の体内を焼き尽くす。シャドウ・ゴーレムを引きちぎりながら、黒竜が咆哮をあげつつ大きく暴れ出す。
『勇士』が黒竜の死に備えて準備を進めながらも見守る中、スクルドは魔法の破壊の先に黒色と翠色に煌めくふたつの結晶を見た。
精霊化したままでは武器を持つことができない制約があるため、スクルドは精霊化を解いて元の小人族の姿に戻りながら再び『
翠色の結晶に纏わりついた肉を手早く切り離し、そして遂に、スクルドの刃が黒竜の魔石へと振り下ろされる。
「ぁあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
黒竜の最後の抵抗、魔石からの魔力波に耐えながら、スクルドは雄叫びとともに切っ先を魔石へと押し込む。魔石の表面にヒビが入り、そして遂に砕け散った。