大魔導士が嫁探しをするのは間違っているだろうか   作:今更止められねぇよ!性癖スイッチオンだ!

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黒竜3

 

 山のような黒竜の巨体が塵となって崩れていく。その質量がそのまま地面へと降り注げば大変なことになるだろうが、幸い塵は空中で霧散し大気へと消え去っていく。

 その中から、一筋の流星が灰の雨を割って飛び出してくる。スクルドだ。魔力翼を広げ、翠色の水晶を抱えて『勇士』たちのもとへ戻ってくる。

 まさに勝者の凱旋。しかし、この場にいる者たちは誰ひとりとして気を抜いていない。勝負はまだこれからであることを、彼らの長の態度から覚っていた。

 

「……総員、配置につけ」

 

 グリムが静かに、しかし覚悟を滲ませて知らせると、まずヘルヴォールとルーナがスクルドから翠色の水晶を受け取り、その場を急速に離脱する。このふたりは魔力の細かい制御が苦手で、これから行う魔法に加えるには不安が残る。

 その代わりにヴィトーが入り、計9人。黒竜を中心とした正九角形の頂点に、それぞれの『勇士』たちが配置された。

 同時に、グリムが結界を張る。それはただ時間稼ぎのためのものであるが、しかし同時にベヒーモスやリヴァイアサンの息吹(ブレス)であれば容易に防ぎうるほど強固なものでもある。

 そして、その準備が杞憂でなかったことが明らかになる。黒竜の砕け散った魔石から、黒い靄が滲出してきたのだ。禍々しい気配、明らかに負の影響を及ぼすなにか。黒竜の遺した呪詛(カース)である。

 

「【精霊に告げる(セット)。私は黄昏を否定する。其れは城、其れは(はら)、其れは(くら)、其れは(ねや)、其れは(せき)、其れは鎧、其れは檻、其れは(ひつぎ)、其れは(はか)、其れは(かばね)。九つの世界、九つの鍵、枝は()り採られ、厄災は(はこ)の中】」

 

 グリムの珍しい超長文詠唱。さらに並行して、いくつものルーンを書き連ねていく。繊細で緻密な魔力制御を、さらに8人の『勇士』が支える。

 致死の呪いが結界を侵食し始める。堅牢を誇る結界が少しずつヒビ割れ、結界を隔てていても呪詛の汚濁が心を穢さんと滲んでいる。

 呪いの余波を受けたモンスターが苦悶を零しながら死んでいくのを横目に、スタルガドは冷や汗を垂らす。

 

「(いやぁ……これほどにキツいとは……少しでも気を抜いたら持っていかれるね……)」

 

 グリムがルーナをこの場から引き離した理由もわかる。恐らくルーナはこの呪詛の余波に耐えられないだろう。精霊たちに護られているラタルや、身内が呪詛の専門家だった梅、呪詛に塗れて生きてきた瓜子と違い、彼女は家族を失ったという背景しかない。正直に言って、精神的にはまだ未熟だ。

 ヘルヴォールもそうだ。あれは非常に影響を受けやすく、そしてアマゾネスの特徴として『狂いやすい』。この呪詛が飽和した場所で、魔法への集中を貫くのは難しいだろう。

 

 そんな緊張状態の誰も動けないこの状況で、『勇士』たちを狙う影があった。それは黒竜ほどではないが巨大な大蛇。黒竜の呪詛の影響を受け凶暴化し、ガリガリと存在の寿命を縮めながら暴れまわる生ける爆弾。

 姿形だけは蛇を模し、赤絨毯のような舌をチラつかせながら獲物を見定める怪物を前に、しかし、立ち塞がる者がいる。

 

「儂らだって、『勇士』の端くれ……っ!」

 

「こ、来いよ……ここから先へは行かせねえぞ……っ!」

 

 (クヌギ)と牡丹。梅の付き人であるふたりが、得物である(まさかり)と大鉈を構えて蛇に相対する。彼らはそれでもLv7相当の猛者ではあるが、彼らの場合はスクルドが魂を選定して入ってきたわけではない。梅の護衛として入ってきた者たちであり、他の『勇士』に比べ魂の質で劣り、後から入ってきた者たちにも追い抜かれていることを気にしていた。

 これは意地である。ここを通してなるものかと、ここで通してなるものかと、彼らもまた冒険へ挑む。

 

「《山神招来(キムンカムイ)》!!」

 

「《金猪疾駆(グリンブルスティ)》!!」

 

 一本の尖塔がうねり、巻いていればこのような形になるだろうか。太さが既に一軒家よりも大きな蛇を相手に、ふたりは各々の獣化スキルを発動する。これで戦闘力はおそらく互角。だが長くは保たない。

 さらには、呪詛の余波がふたりに対してはかなりの悪影響を及ぼしている。脚は震え、顔色は酷く悪い。それでもふたりは『勇士』足らんと立ち塞がる。

 

「――――――――――――――――ッ!!」

 

 可聴域ギリギリの蛇による咆哮と共に、大碇のような尾が飛んでくる。それを櫟が、獣化によって一回りほども大きくなった持ち前の巨躯でもって突き立てた鉞で受け止め、ガリガリと地面に長い溝を作りながらも防ぎきる。

 骨が軋み、筋が千切れる。先ほどまでと違い、支援は当てにできない。攻撃が後ろへ行かないよう全力で踏ん張りながらも、万が一と持たされていたポーションを飲む隙を窺う。

 

 そんな櫟の背後から、最高速まで加速してきた牡丹が大鉈を振るって蛇の尾を両断する。小回りは利かない、直線での加速性能に特化した牡丹の獣化は、直線であれば同レベル時のアレン・フローメルの《グラリネーゼ・フローメル》を超えるスピードを誇る。

 当然、あちらの魔法のように速度を威力へと変える効果はないが、しかし、速度というのはすなわちエネルギーであり、それ自体が威力。ただ頑丈はだけの大鉈の『魂装(ヴェイプン)』を獣化の膂力で、その速度に乗せて振り回せば、十分な破壊力になる。

 両断された尾に、大蛇が悲鳴をあげる。その隙に櫟がポーションを呷り状態を立て直した。

 

「大丈夫か?」

 

「情けないが、何度もは無理だな……一度やっただけで体がガタついとる」

 

「うっせぇ、『大丈夫』以外の返事は聞かねぇ」

 

「なんじゃあそりゃあ」

 

「んじゃああのバケモン姫様のとこに通すのか?」

 

 牡丹の無茶に笑っていた櫟も、梅を引き合いに出され顔を引き締める。

 口減らしにあった櫟、忌み子と捨てられた牡丹、ふたりを拾ったのが梅だ。彼らにとって、失くしていたはずの命を梅が拾ったのだから、その命は梅のために尽くすのが道理。

 

「聞くまでもなかろ」

 

「ならグダグダ言ってねぇで、あの蛇ぶっ潰すぞ」

 

「応」

 

 連携はない。ただ各々の出せる力を最大限に発揮できるやり方で、ふたりは大蛇へと飛びかかった。

 

 

 

 一方、グリムの詠唱も大詰めを迎える。

 

「【世界を以て鎖とし、魂を以て錠とする。揺り籠で眠り、汝振るわれることなかれ。私は黄昏を拒絶する。契約を以て命ずる(オーダー)】――《レーギャルン》!!」

 

 魔法が完成し、呪詛を覆うように出現したのは半透明な立方体。六面すべてに魔法円(マジックサークル)が刻まれたそれは、呪詛を封じ込めるように少しずつ縮んでいく。

 呪詛が封印されまいと暴れ、結界がそれを押さえ込むたびに、周囲の空気が揺れ、空間が軋む。悪意に慣れきったヴィトーでさえ、呪詛から伝わってくるその底なしの悪意と憎悪に胃液が上がってくるのを堪えながら、必死に魔力を制御して結界を強化する。

 

 グリムが振りかざしたルーンが鎖のように連なり、立方体を雁字搦めに縛り付ける。一文字一文字が力を持つルーンの鎖。浄化の力などない。必要ない。意味がない。この呪詛を和らげることなどできないのだから。

 ただただ封じ込め、力尽きるのを待つ。そのための魔法だ。

 立方体の結界が徐々に縮んでいくにつれ、漏れ出る瘴気の量も段々と減っていく。やがてそれが手のひら大程度の大きさまで縮んだときには、禍々しい色が立方体の中に充満しながらも、外側へはなにも滲んでは来ていなかった。

 グリムはそれを空間の隙間へと仕舞い込む。これでとりあえずは大丈夫だろう。

 

 同時に、大蛇の方も呪詛が尽きて破裂した。

 

「締まらねぇ!!」

 

「まぁ、いいじゃねか。お(ひい)んとこに通さんで済んで」

 

 やいのやいのと騒ぐ従者を労りに梅が駆けていくのをよそに、グリムはヘルヴォールが抱えて戻ってきた翠色の水晶を観察する。

 中に封じられているのは、風の大精霊エアリアルで間違いないだろう。しかし、水晶から感じられる力は、大精霊のものたは思えないほどに弱々しい。

 

「だいぶ弱っているようですね……」

 

 冬精霊であるノエルと魂が接続しているヴィトーにもそれが見て取れるのかそう呟いたのを聞き取ったメルティとラタルから、グリムへと視線が注がれる。

 

「……いや、拠点に置いておけばそのうち力は取り戻せると思うが……」

 

「とりあえず、お話ができるようにはなりませんか?」

 

「まぁ……やろうと思えばできるが……」

 

『なら、それで本人に決めていただくのはどうだろう』

 

 エアリアルを前に興奮を抑えられないのだろう、普段あまり自己主張しないエルフ系ふたりがグイグイ来る。とはいえ、グリムとて大精霊に敬意がないわけではない。

 エアリアルが相当弱っている今、この水晶はエアリアルを保護するためのものでもあるが、話せるようにすることの手間自体は大したものではない。行動に余裕がある今、魔力もマナポーションを飲めば問題ない。

 普通に水晶から出してしまえばその時点で消えかねないので、まずはエアリアルを受け入れられるだけの器を用意する。幸いなことに、材料は腐る程落ちていた。

 

「おーおー……こりゃ豪勢な。ゾーリンゲンの奴らが見たら発狂もんだねぇ……」

 

「いやというか大丈夫なんですか? 黒竜のドロップ素材なんて使って、大精霊に影響が出ないんですか?」

 

「直ちに問題はないだろう」

 

「すごく心配な文言!?」

 

 元処刑人、カール・ヘンリー。『勇士』の中では随一の常識人である。

 

 グリムが黒竜の鱗を含めたいくつかの素材を集め、魔法で形を整える。出来上がったのは、おおよそ水晶の中のエアリアルと同じ容姿の少女の義体だった。

 髪の色こそ黒くなっているが、見る者が見ればアイズ・ヴァレンシュタインを連想する容姿だろうその義体へ、グリムは翠色の水晶からエアリアルを移し替える。

 間もなく、義体の瞼が開く。少女の姿をした精霊は、キョトンとした顔でグリムの顔を見ると、小さく呟いた。

 

「……お父さん?」

 

 雰囲気が凍った。全員の視線がスクルドへと向く。

 スクルドは真顔だった。真顔のまま、スッとグリムとエアリアルの間に割って入った。瞬間移動並の速さである。

 一触即発か。全員が身構えたとき、今度はスクルドの顔を見ながら、再びエアリアルが言葉を発した。

 

「……お母さん?」

 

「!!?!?」

 

「ふむ……どうやら弱体化に際して記憶を失っている……いや、退行か? それに加えて刷り込みのようなものが働いてしまったようだな……」

 

 動揺するスクルドに、冷静に分析するグリム。それをぼんやりと眺めるエアリアル。

 スクルドはお母さんと呼ばれたことに妙な感覚を覚えていた。より正確に言えば、グリムがお父さんで自分がお母さんということにである。

 今まで意識してこなかったあれやこれやが頭をよぎり、にわかに顔が紅潮する。スクルドが遂に、()()()()()()を意識し始めた瞬間であった。

 

 一方でその様子を見ていたグリムは、スクルドの内心を慮る。スクルドは幼い頃に家族を失っている。グリムが父代わりとして育ててはきたが、やはり母親という存在に思うところがあるのだろうかと。

 時間感覚がバカになっているグリムはこの期に及んでスクルドにエルフ算を適用して子供だと思っていた。

 やはり、スクルドには母親が必要なのだろうか。

 

「嫁、探すか……」

 

「「「!!!?!?!?」」」

 

 何言ってんだこのクソボケは。

 『勇士』たちの内心が一致した瞬間だった。

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