大魔導士が嫁探しをするのは間違っているだろうか 作:今更止められねぇよ!性癖スイッチオンだ!
賢者の石にまつわる事件から10年が経った。
フェルズは少しずつ研究に没頭して副団長としての業務を行わなくなっていったため、あれから間もなく副団長の職を下ろされた。今ではフェルズのことを知らない団員も増え、フェルズの研究室は開かずの間として都市伝説まがいの知られ方をしている。
しかし、フェルズの分の食料や生活必需品、また研究費用はヘカテーのポケットマネーから用意されている。ヘカテーの言い分を素直に信じるなら、彼女もフェルズのことが嫌いというわけでもないのだろう。
フェルズがいなくなってノルナゲストへ影響してきたことが大きく分けてふたつある。ひとつは、フェルズがいなくなった分ノルナゲストが団員たちの前に出ることが多くなったことだ。後任の副団長はやはりフェルズより優秀とは言えず、頼りなさがぬぐえない。
そもそも、ノルナゲストがいるが故にヘカテー・ファミリアはアルテナでは筆頭と言っていい立ち位置にいる。そしてその立場の分、団員は驕る。それを引き締めなければならない。
幸い、ノルナゲストへの畏怖は残っているのか、使い魔によって収集した情報をもとに何日の何時何分にどのようなことをやっていたか言い当てたうえで注意してやれば、再犯することは非常に少なかった。
そのうち、ノルナゲストを慕う――あるいは妄信する――エルフたちが派閥内の粛清部隊の様相を帯びてきて勝手に処罰を始めたため、教育部隊に改めさせ、問題を起こした者を罰するよりも、そもそも問題を起こさせないように行動指針を改めさせた。
これで、幸いにしてファミリア自体は問題なく回り始めた。
もうひとつ、ノルナゲストへ起こった影響。これはフェルズがいなくなったこととは直接関係していないのだが、フェルズがいなくなってから起こり始めたことだ。
簡潔に言ってしまえば、ヘカテーとの熱愛疑惑である。
実際そんな事実はないのだが、いつの間にか広まっていた噂でほとんど事実として受け止められてしまっている。ちなみに、ノルナゲスト的にはヘカテーはまったくタイプではない。
誰がそんな噂をと考えてみれば、いや、考えるまでもなく噂の発生源はヘカテー本人だろう。とはいえ、直接的な被害がないのでノルナゲストは特段否定もせず放っておいていた。
外堀を埋められている? そんなもの、城を爆破してしまえば関係ないのだ。
一方、ノルナゲストの研究は魔法とは何かという点に立ち返っていた。
先天系魔法の詠唱式の多くは、精霊へ語りかけ、契約を理由に協力を求める命令文になっている。対して後天系魔法の詠唱式は、先天系魔法のそれと比べて独自色が強い。命令文でないことさえある。
また、文献を探っていると、魔法名さえ叫べばそのつもりがなくとも魔法が発動する『速攻魔法』なる存在さえ確認できた。これに至っては、魔力制御さえ意識せずとも完遂できるレベルだと言う。
さらに言えば、『魔剣』に封じられた魔法を使う時も、詠唱式は必要ない。これらと先天系魔法の違いはなんなのか。
ノルナゲストはそれを、触媒の有無であると考えた。後天系魔法は神の恩恵を触媒にして発動している。魔剣の場合は、魔剣を作り出すときに神の恩恵が必要となる。つまり、やはりこちらも神の恩恵が触媒として宿っている。
一方、先天系魔法は触媒を外部に求めている。つまり、先天系魔法の命令文は触媒への呼びかけであるのだ。
先天系魔法はまず、触媒を起動するための『
では、その触媒とはなんなのか。神の恩恵なしで作られた魔剣の原初である『クロッゾの魔剣』が精霊の加護を受けて作られたことを考えれば、やはりそれは精霊に関係したものであると断定できる。
また、神が言うには、精霊とは神が遣わした、神に最も近い分身とも言える存在である。つまり、精霊と神の恩恵も、力の方向性としてかなり近いものだと考えられる。
そして、先天系魔法を発動できるのは
そしてもうひとつの魔法種族である
魔法とは、神の恩恵、あるいは精霊の加護を触媒にして発動する現象のこと。この考えはおおよそ間違えていないだろう。
それを確認すべく、ノルナゲストはある場所へ向かった。
ノルナゲストの肩書。ハイエルフの王族であり、ヘカテー・ファミリアの団長であり、王国魔導士部隊の所属魔導士であり、そして宮廷魔導士のひとりでもある。
有事の際以外にはほぼ仕事がなく、研究をしている者がほとんどである宮廷魔導士は、その特権として王城である程度の自由通行権を得ている。
そして、その王城の武器庫に、ノルナゲストの姿はあった。
ノルナゲストは迷うことなく、並んでいる数打ちの金属製の鎧のうちのひとつの前に立つ。
「精霊よ、契約を申し込む」
『…………』
瞬間、その金属鎧が光を発する。光の中から現れたのは数打ちの鎧などではない、滑らかな流線型をした、
この精霊は金属鎧に擬態をして契約相手を見定めていた。ただ見た目を変えるだけではなく、精霊の気配そのものを完全に絶ってだ。その状態の彼女を見つけ、精霊だと看破できる者がいるとすれば、確かにそれは精霊の契約相手に足る者だろう。事実、この100年の間、数多の宮廷魔導士がここに現れても、彼女の存在に気がつくことさえなかったのだから。
ちなみに、ノルナゲストがこの精霊に気づいたのは5年ほど前であり、今まで完全にスルーしていた。
『――確認。私との契約を以て、汝は何を為す』
「知りたいことを知るだけだ」
『――了承。我が名はスクルド、神の同名機。汝と契約を結ぼう』
精霊の加護がノルナゲストに刻まれる。力が湧いてくる感覚を覚えたノルナゲストであったが、そんなことはどうでもいい。今はこの精霊に聞かなければならないことが山ほどあるのだ。
「質問がある。神の恩恵に依らない魔法は、どのように発動している? 精霊が関わっているのか?」
『肯定。
説明を聞いてみると、ノルナゲストの考察はおおよそ当たっていた。精霊の加護の役割を例えるならば『翻訳機』だろうか。神の恩恵と精霊の加護は、世界の構成そのものに働きかけている。『起動鍵』でアクティブになり、『発動鍵』を一種の信号に変えて世界構成へ伝える。魔力の制御は誤爆を防ぐ二重パスワードの役割と、翻訳のためのエネルギーの役割があるようだ。
そして、世界構成は伝えられた信号にあわせて構成を変化させる。これが魔法の発動。
これで、ノルナゲストの先天系魔法に関する研究の基礎理論はおおよそ完成したと言っていい。ここからは、スクルドの手を借りて有効な詠唱短縮や、新たな詠唱式を地道に探していく作業だ。
そんなある日のことである。
フェルズが失踪したのは。