大魔導士が嫁探しをするのは間違っているだろうか   作:今更止められねぇよ!性癖スイッチオンだ!

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 なにしやがると怒鳴ろうとして、声が詰まった。喪ったと思っていたものがそこにあったから。

 顔立ちと黒髪は母親譲り。父親の面影もある。10年以上経っているが見間違えようもない。血を分けた唯一の妹。あの日、モンスターに奪われたはずのものだ。

 どれほど自分の無力を嘆こうと取り戻せないはずだったものが、手を伸ばせば届く距離にある。しかし、彼女が自分を見る目はどこまでも冷たいものだった。

 

「……一応アタシもね。死に別れたと思ってた兄さんと会えると期待してオラリオに来たところもあんのよ……感動の再会とか、涙の抱擁とかさ……」

 

 その視線に籠められているのは敵意や悪意ではなく、嫌悪。

 

「すっかりグレちゃってるのはまぁ、色々あったんでしょ。昔っから口悪かったし、根っこは変わってないみたいだからそれはいいよ、置いておく。言ってることにも概ね同意だったし、酒場で騒ぐのも普通のことだし、あとはファミリア? ってやつの問題だからアタシが突っ込むことじゃない。でもね――10年ぶりにあった兄が妹より年下の女の子相手に鼻の下伸ばして、第一級冒険者のくせに比べようがない駆け出し冒険者を引き合いに出してまで口説いた挙句、バッサリふられたのに往生際悪く演説してる恥知らずな姿見せられたアタシの身になれってんだよこの精液臭い発情狼!!」

 

「ゴボハァッ!?」

 

 振りぬかれたしなやかな脚での一撃がベートの顔面を捉え、ベートは戸口へ向かって吹き飛んでいく。すわ店舗破損かと思われたとき、店の奥から現れた影がロキ・ファミリア団員たちの隙間を縫って高速でベートの着弾点へと向かうと、片手で飛んできたベートを受け止めた。

 

「はーいそこまで。店の中で暴れてんじゃないよまったく」

 

 ベートへかけられた衝撃的な評価に笑いそうになっていたロキやヒリュテ姉妹も、気配なく現れた少女に警戒していたフィンやリヴェリアも、第一級冒険者のベートが酔っていたのと油断もあったとはいえ容易に蹴り飛ばされたこと。そして、そのベートを受け止めた男の姿を誰ひとりとして捉えられなかったことに驚愕する。

 

「お、おじさん……だってぇ!」

 

「だっても待ってもないって……店を壊したりなんかしたらあとでミアが怖いんだから……」

 

「……あーっ! 思い出した! 自分『踏み出さぬ者(ステイヤー)』か!? セト・ファミリアで万年Lv1やっとった!?」

 

「……元、ね。冒険者はとっくに引退してるから」

 

 スタルガドは、その場にベートを転がしてから、もう片方の手に持っていた盆の上の料理をテーブルへと並べていく。そんなスタルガドを見て、彼の過去を知るロキ・ファミリアの古参メンバーは驚いていた。かつての万年Lv1だった彼の姿と、今の彼の実力と、まるで重ならないほどに強くなっていたからだ。

 しかし、そこは流石に頭脳派といえようか、フィンはすぐさまひとつの可能性に辿り着き、スタルガドへと話しかける。

 

「部下の躾がなっていなくてすまない。せっかく、貴方のところのリーダーに監査に来ていただいたというのに」

 

「ん? あの人そんなことしてたのかい?」

 

「あぁ、11年前にね。小人族のお弟子さんは息災かな?」

 

「ん?」

 

 フィンが話題に出したためか、とうのスクルドが店の奥から顔を出した。そしてその容姿を見て、多くの者が驚いていた。まぁ、いなくはないとはいえ、小人族でここまで豊満な体形をしている者は少ない。致し方ないことだろう。

 また、かつて監査の際に彼女の姿を見たことがある者は、その頃とのギャップが大きく驚いたというのもある。かつてはマントに身を包みながらも、その下は簡素なシャツとズボンというボーイッシュなものであったのに対し、今は昼に買い物に行った際に入った店の主神、女神フテミミが仕上げた特上品と言っていいドレスなのだ。

 ついでとばかりにメイクまでうっすらと施されたスクルドの見た目は、まさに美少女と美女の間の雰囲気を持つ女性そのものであったのだから、驚くのも無理はない。

 

「……お久しぶりです、スクルドさん。とてもお似合いです。貴女の意中の方が羨ましい」

 

「ん」

 

 とはいえ、流石にすぐに復帰を果たしたのはフィンである。スクルドの前まで行って賛辞を述べる。この時、フィンはおおよそ正確に事情を推測していた。

 確か11年前、かの大魔導士は彼女のことを、あるトラブルで女性になってしまった男性であると言っていたはずだ。しかし、目の前のスクルドは女性としての自分を受け入れているように見える。というより、その表情を見ればおおよそ把握できる。

 そういう意味で「大魔導士殿への恋が実るといいですね」という意味での賛辞であり、スクルド側もおおむね正しくそれを受け取っていたのだが、心穏やかでない者がひとりいた。

 恋する乙女ことティオネ・ヒリュテである。つい先程まではベートに対して「団長に頭を下げさせやがって」みたいな目を向けていたのだが、スクルドが出てきてからは一気に意識がそちらに向いた。

 なにせ、自分の知らないフィンの知り合いでとんでもなく美人。しかも、フィンが手放しで褒めたものだから、彼女の頭は嫉妬と警戒で埋まった。

 だから、牽制の意味を込めて、「団長に近づくんじゃねぇ」という殺気をスクルドへ向けて放った。放ってしまった。

 その直後、ティオネの放った殺気が児戯に思えるほどの、殺気だけで人を殺せるのではないかとさえ思えるような殺気がティオネに向けてピンポイントで放たれ、なんの心構えもなくそれを受けたティオネは恐怖で息をすることもままならぬまま、椅子からずり落ちるように崩れ落ちた。

 

 弁解するのであれば、スクルドには悪気はなかった。ただ、黒竜討伐からこちら、暇を持て余して刺激を求めた瓜子が戯れに殺気を向けてくるため、それに対して殺気で返すというのが癖になっていたのだ。

 生半可な殺気だと物足りずにぶーたれるため、本気とは言わずともそこそこの殺気を返すのが習慣化してしまっており、ティオネに対して暴発したのである。

 

 歯の根が噛み合わずガチガチと歯を鳴らし、顔面蒼白で自分の体を掻き抱くティオネに慌てて寄り添うティオナ。そんな光景に驚愕を通り越して唖然とするのは、スクルドのことを知らなかったここ10年で入団した団員たちである。

 一方、スクルドのことを知っている古参団員たちは、ティオネの性格を含めた上で何が起こったのかを察した。何を隠そうこのティオネ・ヒリュテこそ、普段は猫を被っているが、フィンやリヴェリアからの注意に頷きつつもフィンのこととなると頭からすぐにスッポ抜けて、女小人族への威嚇を繰り返す、ベートと並ぶ問題児であるのだ。

 

「……本当に申し訳ない」

 

「……重ね重ね、うちの部下が粗相をした……」

 

 これにはフィンとリヴェリアも平身低頭である。特にフィンはこの結果を予想できただけあって、スクルドという彼にとっては一種の憧れである存在を前にして判断力が鈍っていたことに恥じるばかりであった。

 とはいえ、流石に褒めないという選択肢はなかったし、ティオネへの教育はベート相手に比べればしっかりとやっていた――そのうえで効果が薄かった――のだから、フィンに同情するところでもあるのだが。

 

 そして同時に、ティオネが竦み上がりまともに恐怖するほどの殺気でありながら、他の団員にはまったく気取らせないというその技術にフィンは舌を巻く。どうやら『大抗争』のあった7年前から、さらに水を開けられてしまったようである。

 

 そして、その他の団員たちはおろかフィンやリヴェリアさえ感じ取れなかった殺気に気づいて、『勇士』たちが何があったのだと様子を窺いに顔を覗かせる。

 今ここにはオラリオに来ている『勇士』のうち、瓜子以外が合流していた。

 

「おいおいなにがあったんだよ。ティオネがガクブルになってんじゃんか」

 

「んー、多分愛しの団長さんがスクルドさんのことを褒めたからヤキモチ焼いて殺気出したのを、スクルドさんが反応して殺気返ししちゃった感じ?」

 

「ん……」

 

「うわ、大人気ねぇ……」

 

 ルーナの説明に顔を引き攣らせるヘルヴォール。流石にLv5相手に約Lv13相当が結構な殺気を放つのは、弱いものいじめ以外の何物でもない。

 Lv1の挑発に対してベートが本気キックと同じようなものなので、非難されるべきはまぁまぁスクルドの方である。

 

「ん……」

 

「あぁいや、先に手を出したのはこちらだし、実害は出てないし、むしろいい薬になったと思うから、いや本当にこちらこそ手綱を握れていなくて申し訳ない……」

 

 そういうわけでこの件に関しては、互いに謝罪して手打ち、ということになった。

 

「なぁなぁ、ひとつ聞いてええか?」

 

「ん? なにかな神ロキ?」

 

「自分ら、今どんくらいの強さなん?」

 

 ロキの純粋な疑問。本来、ステイタスに関わることを聞くのは褒められたことではないのだが、彼らのリーダーであるグリムがその辺り無頓着だったことと、彼らが冒険者ではないからということで、駄目で元々を聞いてみることにしたロキ。

 スタルガドはこれに対して少し悩んだあと、ニヤリと、あるいはヘラリと笑ってこう返した。

 

「んー、入ったばかりの新人を除けば、一番弱い子でレベルに換算するとLv8ってところかな?」

 

 にわかにざわつき出すロキ・ファミリアの団員たち。Lv8と言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()である。はじめは懐疑があったざわつきも、ロキが否定しないとなれば驚愕へと変わっていく。

 それはヒリュテ姉妹やフィルヴィス、レフィーヤや、目を覚ましていたベートも同じであった。特に、ベートはその言葉の意味を理解して、ルーナへと視線を向ける。

 

「……言っておくけど、アタシで真ん中ぐらいだから」

 

 それはつまり、ルーナは最低でもLv9ということである。

 愕然とするベートを横目に、居ても立っても居られなくなった少女が前に出る。ロキ・ファミリアの中でも特に強さを求める少女、アイズ・ヴァレンシュタインである。

 

「あ、あの……どうやったら、強くなれますか……?」

 

 アイズからの端的な問い。それは、今この場ではまとめ役に見えたスタルガドに対してのものだった。

 それを受けてスタルガドはどう答えようかとしばし考え、アイズとの位置関係や物言いたげにしていることからアイズの教育係であろうリヴェリアへと視線を流して、その言いそうなことと自分の意見を織り交ぜた答えを返すことにした。

 

「うん、勉強だね」

 

「え゛」

 

「学びだよ学び。あるいは知識。なにせおじさんたちは大魔道士の弟子だからね。冒険者じゃないし、ここにいるほとんどのメンバーは迷宮に潜ったことすらないよ。基本は魔法の勉強さ」

 

 絶句するアイズの後ろで、リヴェリアがサムズアップしているのが見えた。正解であったようだ。

 一方、ここ10年で入団したエルフたちが、大魔道士の弟子というワードにざわついている。フィルヴィスやレフィーヤも同様だ。本来は眉唾物どころか、大魔道士を騙るななどと怒り出してもいいような物言いなのだが、ことここに関して、リヴェリアが大魔道士から『教本』を授けられたという噂や、フィンやリヴェリアの言動から、それが本当なのではないかと強く思わせている。

 

「じゃ、じゃあ! あなた達も『魂装(ヴェイプン)』を出せるんですか!?」

 

 そう声高に問いかけたのは、強力な『魂装』の存在によってL()v()5()へ上り詰めたリヴェリアの後継者、レフィーヤ・ウィリディスだ。

 そしてスタルガドはその問いに対して、字刻詠唱で『魂装』を呼び出すことで答えた。魔法種族(マジックユーザー)には見えない男が、今のところリヴェリアしか使いこなせていない字刻詠唱で先天系魔法を使ったことで、大魔道士の弟子という言葉にさらなる信憑性が生まれる。

 

 すると今度はスクルドがスタルガドの裾をクイと引っ張り、その後リヴェリア、フィン、アイズ、レフィーヤ、ティオナ、ベート、ガレス、ティオネを順番に指さした。

 指さされた者たちがなんのことかわからないで困惑しているのをよそに、スタルガドはリヴェリアへ質問する。

 

「今指された人の中で、『魂装』出せるのってどのくらいいる?」

 

「……恥ずかしながら、私とフィンとガレス以外だとレフィーヤだけだ」

 

 そう。幹部の半分がリヴェリアのペーパーテストに合格できていないのである。スタルガドはそれを聞いて苦笑いを浮かべる。

 

「そりゃもったいないな。スクルドが言うには、今指された人たちは特に強力な『魂装』を出すことができるはずなんだが……」

 

「そう、なのか……?」

 

「あぁ。『魂装』ってのは魂の写しだ。質の良い魂を持つ者ほど強力な『魂装』が手に入る。そんで、スクルドは魂を視る能力があるからね」

 

「ん」

 

 スクルドが頷くのを見て、だんだん外堀が埋まっていっているように感じたアイズは顔を青くする。なし崩し的にリヴェリアによる勉強会が決定するような気がしていた。

 

 

 

 そんなこんながあって、無事ロキ・ファミリアの打ち上げは終了し、『勇士』たちもまた、拠点へ戻ることになった、その帰り道。ラタルがスタルガドへと切り出した。

 

「あの、スタルガドさん……さっきの、アイズって人なんですけど……エアリアルさんと同じ気配がしました」

 

「ん? それって、精霊ってことかい?」

 

「いえ……()()()()()()()()()()がしたんです……」

 

「……一回、グリムの旦那に話してみようか」

 

 縁は巡る。

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