大魔導士が嫁探しをするのは間違っているだろうか   作:今更止められねぇよ!性癖スイッチオンだ!

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デート

 嘘偽りなく語るのであれば、その時、グリムは間違いなく見惚れていた。

 観劇の日、身支度を終えてスクルドを待っていたグリムのもとへとやって来たスクルドの姿は、それほどのものであった。

 

 まず目を引くのが顔。はっきり言ってしまえば、元が中性的であったというのもあるが、スクルドの顔は少年時代からほとんど変わっていない。女性として成長した今でも、どちらかと言えば可愛らしい少年に見えるような顔立ちをしている。

 しかし、メイクを施されたスクルドは、紛うことなき美少女となっていた。少年っぽさを残してはいるが、見た者みなが声を揃えて少女であると断言できるほどに。

 また、普段は肩にかからないほど短く切り揃えている髪も、今回はセミロングほどの長さまで伸ばされている。魔法を使い、エクステのような形で髪の長さを延長したのだ。

 服装は白のロングワンピースと帽子。褐色の肌と白い布地の対比がよく映えている。

 表情や顔つきから受ける少年らしさも、豊満な肉体から醸し出される淫靡さも抑えられ、陳腐な表現ではあるが、物憂げな深窓の令嬢にも見える様に仕上がっていた。

 

「ん……」

 

 グリムの側まで近寄ってきて、帽子のつばを上げながらいつものように上目遣いで見上げるスクルド。そんなスクルドを相手にして、グリムはやや言葉に詰まった。

 

「(……なんと声をかけるべきだ……?)」

 

 コーディネートに言及しないというのは論外だ。失礼でしかない。だが、いくらスクルドが女性性を受け入れているとはいえ、「可愛い」「美しい」などと、露骨に女性扱いするのも戸惑いがある。

 かと言って、ただ「似合っている」とだけ言うのも素っ気なくはないだろうか。大袈裟に褒めるのはわざとらしくないだろうか。こうして迷っているのさえ悪いふうにとられないだろうかと、

 そう思い始めれば、どんどんと思考の迷路にハマっていく。あまりこうした人間関係で悩むことがなかったグリムにとって未知の難題。なんとか絞り出した彼の答えは、自身の土俵へと持っていくことだった。

 

 召喚魔法を用いて一輪の白百合を召喚し、それをさらに魔法でドライフラワーへ仕立てる。完成した枯れない白百合をスクルドの帽子のリボンへ挿して、軽く頬を撫でた。

 

「素敵だ。よく似合っている」

 

 行動が気障(きざ)な分、褒め言葉はシンプルに。そして変に沈黙が続けば妙な雰囲気になるのはわかりきっているから、「行こうか」と手を差し出して間を埋めながら先を促す。

 果たしてそれが正解だったのかと内心で自問するグリムだったが、スクルドは僅かに頬を赤らめて微笑みながら差し出されたグリムの手のひらに自身の手を重ねた。

 その表情に、時たまスクルドの肉体に対して抱くような肉欲的な情念ではない、もっと淡く、同時に鮮烈な感情を覚えながらも、努めて自覚しないふりをしながら、グリムは転移魔法でメイルストラの近くへと跳んだ。

 

 劇はポピュラーな恋愛ものであった。女神と眷属の恋物語。ベルへとチケットを渡したどこぞの町娘の思惑が透けて見える内容である。

 とはいえ、グリムに演劇はわからぬ。恋愛ものなどなおわからぬ。声高々に謳い上げる男の科白(せりふ)がよいのか、体の根幹から先端までのすべてで表現する女の演技がよいのか、筋書きに至ってはどうにも右から左へ抜けていく。

 ふと、隣りに座るスクルドの横顔へ目を向ける。暗い劇場、舞台へと注がれる照明によって仄かに照らされたスクルドは、今までグリムが見たことがないほどに劇へと見入っていた。

 熱っぽい吐息、光を反射して煌めく潤んだ瞳、上気した頬、一歩間違えば婀娜(あだ)っぽく見えさえするだろうその表情は同時に爛漫とした子供らしさもあり、舞台上の役を羽織った女優よりも強くグリムの目を惹きつけた。

 

「…………」

 

 再び、前へと視線を向ける。

 ほんの少しだけ、先程よりも劇の内容を理解できたような気がした。

 

 劇は大団円で終わった。どうやら他の客は高く評価したようで万雷の拍手が注がれる。グリムは軽く眉間を揉んだあと、さてどうしようかと思考を巡らせる。

 劇は観た。では帰るのかと聞かれれば、それは流石にないのではないかとグリムでも理解できる。連れ立って街を散策、くらいのことはするべきだろうと、事前に下調べをしてきている。

 いくつかそれらしい場所を見繕ってはみたものの、どれがスクルドの興味を引けるかを考えると頭を抱えることとなった。

 元々、スクルドは自己主張をほとんどしない子だった。それこそ我を張るのは甘えてくるときくらいのもので、趣味という趣味も持たず、ただグリムに付き従って魔法の研究を手伝っていた。

 スクルドが大きく変わり始めたのは、グリム以外と関わり始めたここ十年のこと。そして、その十年でスクルドは大きく変化した。その変化に、グリムはついていけなかったのである。

 

「(俺は父を気取っているくせに、スクルドのことを何も知らないのだな)」

 

 とりあえず、無難に喫茶店で昼食でもと立ち上がったグリムの袖を、スクルドが軽く引いた。

 

「ん」

 

 その目は、言葉よりも雄弁に「ついてこい」と語っていた。

 

「(……それは、そうか。誘ったのだから、予定も立てるか)」

 

 きっと、グリムがスクルドを知るよりもずっと、スクルドはグリムのことを知っている。

 

「(情けないが……任せるとしよう)」

 

 グリムは、スクルドに手を引かれるままに、身を任せることに決めた。

 

 

 

 ランチは、グリムも下調べの時にチェックしていた店に入った。同じテーブルに向かい合って座り、主食のパンの他にグリムはサラダとポタージュにワイン、スクルドは魚のソテーとスープを注文する。

 グリムはテーブルに運ばれてきたそれらの、普段『勇士』の料理係であるスタルガドや梅が作るような、美味いが大衆的な料理とは趣向が異なる味に舌鼓を打つ。

 

「(……食に無頓着になって長いが……こうして味わって食すというのもやはり悪くないものだな)」

 

 一応、スクルドのこともあって、ふたりだったときは様々な料理を与えてきたが、グリム自身にはこれといってこだわりはない。そして、これが好き、と言ったような主張をスクルドがしたこともなかった。

 

「……魚が、好きなのか?」

 

「……ん」

 

 スクルドは魚を切り分け口へと運びながら、グリムの言葉に頷いた。思えば、こうして食事をしているスクルドの顔を見るのは久しぶりだとグリムは思い至る。普段、拠点の食堂だと隣り合って座っているためである。

 グリムはスクルドの食べる様子をチラリと見る。銀のカトラリーを用いて小綺麗に食事をしてみせるスクルド。それはグリムがかつて礼儀作法として教えたものだ。『勇士』たちしかいない拠点ではさして気にせず食事しているが、こと外食となればグリムの顔に泥を塗るわけにはいかないと、スクルドはこうして品よく振る舞うこともできる。

 しかし、魔法で伸ばした長い髪というのは流石に慣れていないらしい。度々、食事に巻き込んで髪の毛を食んでしまいそうになってしまっていることに、グリムは気がついた。

 

「……スクルド。これで髪をまとめなさい」

 

「……ん」

 

 髪を食べないよう四苦八苦していたスクルドは、顔を赤らめながらグリムに渡された髪留めを使い、髪を後ろで固定する。

 その仕草に、どこか名状しがたい感情を掻き立てられたグリムは、封じ込むようにワインを一口、喉へと流し込んだ。

 

 その後も、スクルドの主導でデートは続き、陽が沈み出した頃、ふたりは中央広場の噴水の縁へと腰掛けていた。

 往来を歩く者の中に両脇を空けているものはいない。皆が皆、誰かと連れ立って都市全体が歓楽街であるメイルストラを歩いていた。

 そんな街並みを見ながらグリムは今日のデートを脳裏に思い浮かべる。感想を述べるとするならば、間違いなく快い時間であった。

  それは、行き先の選定をしたスクルドに悪いと思う気持ちはあるが、メイルストラの名所やサービスよりも、ただスクルドと町並みを歩き、過ごした時間に対しての感情だ。*1

 

 ただ、その合間合間にグリムの心へと訪れる言い知れぬ感情。その正体を理解しながらも、表に出してはならぬと抑え込んでいた。

 スクルドが自分へ向けているのは家族愛だと信じ込んでいるグリムは、スクルドへ恋情を向けてしまっていることを最早事実として認識しながらも、それを吐露することを自分が抱え込む苦しみから脱したいだけの身勝手な行為であると断じ、避けようとしているのだ。

 いや、正確には信じ込んでいるというよりは、『そうだったときの最悪』を考えて思い留まっていると言ったほうが正しいか。少なくとも、スクルドが自分に慕情を持っている可能性も考えてはいるのだから。

 そのうえで、スクルドにとってもグリムにとっても最悪の展開である関係の崩壊という結末を避けるために、それに繋がる『可能性』を前提に動いている。

 

 ふと、スクルドがグリムの肩に(もた)れかかった。あぁ、疲れて眠ってしまったのかと、グリムがスクルドを抱えて帰ろうと、スクルドの方へ顔を向けた時である。

 

 身を乗り出したスクルドの唇が、グリムの唇へ触れた。

 

 往来からの視線を帽子で隠しながら、スクルドはグリムの唇を奪った。それが家族愛などではなく恋慕の情であると証明するために、必死に舌を動かして。

 グリムの背後へ伸ばした手で、スクルドがルーンを刻む。字刻詠唱ではない、ルーンの意味を解放するルーン魔法。選んだのは、伝達を意味する(アンサズ)のルーン。

 

『好きです』

 

 自らの心を明かす、開示の魔法。

 勘違いしようのない、否定しようのない、スクルドの内側に渦巻く確かな恋慕を、余すことなくグリムへと伝えきるための魔法。

 

『愛しています』

 

 言葉など、所詮代替物でしかない。あるいは、溢れてしまった欠片でしかない。グリムが受け取った言葉はただそれだけだったが、それに内包された感情の奔流を、言葉だけでは伝えきれない感情そのものも、グリムは確かに受け取った。

 

「……お前の気持ちを聞いて、正直なところ、安堵しているというのが一番だ……」

 

 そして、グリムもまた、それを口にする。

 

「多分、俺の心は決まっているのだろう。だから、これは俺という愚かな男の最後の意地なのだと赦して欲しい」

 

 それは、グリムが今できる最大限の返答。

 

「熱に浮かされ、勢いのままに承諾してしまうような真似をしたくない。だから、ほんの少し、時間が欲しい。必ず答えを出すから、待っててくれないか?」

 

 そう言って、グリムもまた、スクルドの唇へと口付けを落とした。

 

 

 

 と、いうことがあったのが、およそひと月前。グリムは目の前の蠍の怪物を殺しながら考える。

 半ば気持ちは固まっていた。いや、雰囲気に流されたからではなく、スクルドの中に確固たるグリムへの恋愛感情があると知った時点で、気持ちを抑えていた枷が、(しがらみ)がなくなったと言ったほうが正しい。

 だからこれは、やはり本人の言う通り最後の意地でしかない。自分の気持ちが「スクルドを悲しませたくないから承諾した」ととられないための、間違いのない愛を告げるための冷却期間。

 

 そんな只中に、グリムへとヘルヴォールから魔法による通信が届いた。

 

『大将! 大変だ、姐御が!!』

 

 運命は、収束する。

*1
スクルドも、魔法関係をできるだけピックアップしてはいたのだが、歌劇の都では限界があった。




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