大魔導士が嫁探しをするのは間違っているだろうか   作:今更止められねぇよ!性癖スイッチオンだ!

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あけましておめでとうございます。


暴走

 

 それは突然の出来事だった。

 

「――あー?」

 

 イシュタル・ファミリアである儀式の生贄とされかけていた狐人の娼婦、サンジョウノ・春姫を助けるべく、イシュタル・ファミリア団長であるLv5、フリュネ・ジャミールを相手にするベル・クラネルは、春姫の規格外の魔法、《ウチデノコヅチ》によって一時的なランクアップを果たし、なんとかその暴虐に追いすがっていた。

 しかし、一瞬。ほんの瞬きの間の出来事。フリュネ・ジャミールの体が、縦半分に割れた。

 

「あ  あ    あ      あ」

 

 断続的な声を漏らしながら(あるいはそう錯覚させる声ではない音を鳴らしながら)左右へ分かれていくフリュネの体。その向こうに、ひとつの人影があった。

 いや、それが人影なのか、ベル・クラネルには疑問に思えた。()()()()()()()()()()()()()()

 白銀の鎧。顔を隠す兜。手には双剣。限りなく人に近いそれは、翼を広げて今まさに、その剣を振るわんと、ベルへと肉薄していた。

 

 

 

 始まりは、スクルドが告白し、それに対してグリムが真剣に答えを出すと返したことをスクルド自身から報告されたヘルヴォールが発した一言だった。

 

「よし、ダメ押しの一手だ! 姐御、男の落とし方を学びに行くぞ!」

 

「待ってくださいヘルヴォール様? スクルド様をどちらにお連れする気で?」

 

「んなもん、プロのいるとこに決まってるじゃんかよ。娼館だ娼館!」

 

 ヘルヴォールは即座に飛んできた梅のソバットをガードしながら弁解する。別に夜伽を受けるわけではないと。

 

「金払って話を聞くだけだよ! 旦那とくっつく前に姐御をキズモノにするわけないだろ!」

 

「それにしたって教育に悪いでしょう!」

 

「旦那につられてんじゃねえよ姐御はアタシらより二周りは年上だぞ!」

 

 それはそうである。

 それを言われてしまえば梅も反論を失ってしまう。なにより、スクルド本人が乗り気であった。

 結局のところ、折れたのは梅の方だった。3人は連れ立って、オラリオの娼館が軒を連ねる歓楽街、イシュタル・ファミリアの縄張りへと足を踏み入れたのである。

 

「ほぉ~、この前遠目には見てたけど、こりゃなかなか壮観だね……ところで、お嬢までついてこなくても良かったんだけど?」

 

「わ、私はヘルヴォール様がスクルド様に変なことを吹き込まないか監視としてですね!?」

 

「ん……」

 

 じゃれあうヘルヴォールと梅を横目に歓楽街を見渡すスクルドは、何やら行き交う人の動きが妙であることに気づいた。

 その時、ちょうどイシュタル・ファミリアは魅了に失敗したベルを取り逃がし、てんやわんやの大騒ぎをしているところだったのだ。イシュタル・ファミリアの団員が、ベルを探して奔走していた。

 とはいえ、それだけなら単にオラリオのファミリア同士のトラブルであり、スクルドたちには関係ない話であるが――タイミングが悪かった。

 

「そこのお前達」

 

 声をかけられた3人が反射的に振り向くと、そこにはひとりの女神が立っていた。褐色肌に黒髪、そして類稀なる美貌を持つ女神。

 この歓楽街の支配者、美神イシュタルである。

 

 つい先程、ただの人間であるベルに魅了を弾かれ、プライドをいたく傷つけられたイシュタルは、ファミリア本拠地のバルコニーから外を見下ろしたときに、スクルドの姿を視界に捉えた。

 スクルドの容姿は、他の『勇士』に比べてオラリオではよく知られている。なにせ、『大抗争』で大立ち回りをしていたのだから。あの『女帝』を倒した謎の小人族。それを前にしてイシュタルは思いついてしまった。

 

 オッタルをも上回るスクルドを手駒にできれば、フレイヤに勝てると。

 

 直前に、ベルによって魅了を弾かれていたことで、魅了という手段に固執していたことも、大きな理由だった。つまるところ、彼女はスクルドを魅了し、自分の支配下に置こうと考えたのだ。

 下界の人間は神を殺せない。害することこそできるだろうが、殺すことができなければ、その一瞬で魅了できれば問題ない。そう考えたイシュタルは眷属に自分を抱えさせて本拠地から飛び降りると、ゆっくりとスクルドたちへ近づいた。

 そして、イシュタルは3人の目の前で、無差別にその権能を振りまいた。それがスクルドを、あるいは3人を対象にして放たれた、指向性のあるものであれば、3人ともに事前に気づけただろう。しかし、無差別に魅了を解放する行為は、イシュタルにとってむしろ抑えているものを手放すだけであり、なんらかの意思を以て放つものではない。だから、3人ともに反応が遅れた。

 

「なっ!?」

 

「ッ!?」

 

 ヘルヴォールはスキル《運命打破(ヘルヴァルド)》によって、梅は咄嗟に発動した獣化によって魅了を弾いた。では、スクルドはどうだったか。

 ある程度抵抗はできた。それはLv13相当という高い階位があってこその抵抗であった。それがなければ、文字通りイシュタルの駒になっていただろう。あるいは魅了という形であったがために、グリムへの思慕が抵抗させたのか。

 しかしそれでも、腐っても神の権能。そしてそもそも、『神の直接の被造物』である精霊が魂に混ざっていることが大きく作用した。

 

「……は?」

 

 その結果引き起こされたのが、理性を失ったスクルドの暴走である。

 幸いだったのは、スクルドの抵抗が功を奏したことだ。本来暴走して無差別に斬り掛かってもおかしくなかったスクルドは、自身へと魅了を向けた女神イシュタル――女神本神は殺せないが故に、その眷属にのみ狙いを定めていた。

 意識の間隙で傍らにいた眷属の首が刎ねられ、間の抜けた声を出すしかないイシュタルをよそに、スクルドはルーンを用いて『魂装(ヴェイプン)』を起動した。

 

「お嬢!!」

 

「【首を縛り、口を塞ぎ、目を潰し、足を折る。股を裂き、耳を削ぎ、手を斬り落として腹を割る。八卦奪いて鎖と成せ】《鎖祓鎖縛》!!」

 

 スクルドの暴走を読み取ったヘルヴォールが梅へと声を掛け、既に捕縛を試みていた梅が捕縛魔法の呪詛(カース)を用いてスクルドを縛り上げようとする。

 地面から現れた8本の鎖がスクルドへ巻き付く。しかし、それが完全にスクルドを捕らえる直前に、スクルドは魔力翼を翻して空へと離脱した。

 

「速……っ!!」

 

「なぁ……暴走した姐御、何すると思う……?」

 

「よくてそこな女神の眷属を鏖殺、最悪の場合オラリオが地図から消えます……が、ここで無差別に殺戮が始まらなかった以上、最悪の可能性は除いていいかと」

 

 梅は周囲を見渡してそう零す。周りには、こちらを見てざわつく通行人の姿があった。完全に無差別の暴走であるならば、まず彼らが犠牲になっていたはずである。

 

「恐らく、神の血を目印にそこな女神の眷属を探しに行ったのでしょう」

 

「チッ……クソみてぇなことしやがって……」

 

 ヘルヴォールからの強い殺気に、イシュタルはその場にへたり込み声どころか息をすることもままならない状態で固まる。しかし、ヘルヴォールといえど神を殺すことは下界の民の本能として禁じられている。

 

「ハァ……お嬢は姐御を追ってくれ。アタシは旦那に連絡飛ばしたら後を追う」

 

「走りながら連絡すればいいでしょう!」

 

「できねーんだよ! 悪かったな魔法下手で!」

 

「なら私が連絡を……」

 

「連絡取りながら追いつける相手じゃねえだろ! 早く行け!!」

 

 ヘルヴォールの一喝に、梅は釈然としないものを感じながらもスクルドを追いかける。

 ヘルヴォールはしばしの時間をかけて、慣れない通信魔法を用いてグリムへと連絡を取った。

 

「大将! 大変だ、姐御が!!」

 

 

 

 一方、暴走したスクルドは目についたイシュタルの眷属を殺しながら、歓楽街を飛んでいた。目的地は、一際強い反応がある者。すなわち、イシュタル・ファミリアでもっとも大きな神の恩恵を受けている者のもと。

 それを見つけたスクルドは、剣を構えたまま急降下する。常人はおろか、第一級冒険者であっても目に留まらぬ速度での吶喊と同時に、降り立ったその先にいた目的の人物、フリュネ・ジャミールを縦半分に断ち切る。

 

 機械的に次の獲物を探す。そして目についたのは、白髪の少年の後ろにいる狐人。間違いなく、あの女神の恩恵を感じる少女。

 そしてスクルドは、彼女を守るように立つ少年を素通りし、一瞬で少女の前まで肉薄すると、その剣を振り下ろし――

 

「――《八重結界》!!」

 

 追いついた梅の結界により受け止められた。

 

「――へ」

 

「――ひ」

 

 意識が追いつく間もなく行われた攻防に声をあげるベルと春姫は、次の瞬間には梅の『魂装』である羽衣によって絡め取られ、彼女の後ろへと引き寄せられていた。

 

「一歩も動かないでください!! 流石に私も、あなたたちを護りながらあの方と戦うのは……ッ!! 《乾坤楼》!!」

 

 後ろのふたりへと呼びかけていた梅は、結界を破壊して迫るスクルドを押さえるためにさらに結界を構築する。

 詠唱なしで作られた結界は、しかしスクルドの攻撃を受け止め、破壊されることなく形を保っている。

 

「【閉門! 空の(かんぬき)、地の錠前、柱は山に、床は沢に。】!」

 

 魔法を発動した後に詠唱を行う技術。諸々の事前準備が必要にはなるが、即効性と効果を両立できるためいくつか仕込んでいるうちのひとつを用いて、梅はスクルドの猛攻に対抗する。

 山を穿つ攻撃でさえ容易に受け止めうる、彼女の知る限り最も防御力の高い結界魔法。

 

「ッ……ああぁぁぁぁ!!」

 

 しかし、押されている。圧されている。

 声を振り絞りながら魔力を込めるが、それでもなお、結界と刃が衝突する連撃の音が、まるでひとつの音となって途切れることなく鳴り続け、少しずつ結界の表面を削っている。

 そして、ヒビが入った結界は次の瞬間に砕け散り、スクルドの刃が振り抜かれる。

 

 

 

「止まれ」

 

 

 

 その瞬間、空間を割って伸びてきた手が、スクルドの剣を止めた。

 

「……眠っておけ。あとは任せろ」

 

 空間の裂け目から現れたのは、彼女たちの長、大魔導士グリム。ノルナゲスト・タング・アールヴ。

 彼はルーン魔法を用いてスクルドの意識を奪い去り、魅了の後遺症が出ないようにスクルドに残った神威を拭い取ると、意識を失い力なく崩れ落ちるスクルドを受け止めた。

 

「ふぅ……梅、助かった。スクルドをとめてくれて感謝する」

 

「いえ……大切な姉弟子ですから」

 

「そうか……すまない、少しばかりスクルドを頼んでもいいか?」

 

「へ? か、構いませんが……どちらへ……? ッ!!」

 

 スクルドを受け取った梅は、疑問とともにグリムを見上げ、そしてその表情に息を呑んだ。

 

「あぁ……落とし前をつけにな」

 

 その表情は、これまで見たことがないほどの憤怒に染まっていた。

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