大魔導士が嫁探しをするのは間違っているだろうか   作:今更止められねぇよ!性癖スイッチオンだ!

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決別

 

 フェルズの失踪に気づいたきっかけは、団員たちが「開かずの間が開いている」と騒いでいたことだ。中に踏み入ってみれば、いくらかの研究用具を持って立ち去った痕跡があった。

 部屋の中には山のように積まれた資料の類だけが残されていて、門外漢であるノルナゲストにはほとんどが理解できないようなものばかりであったが、その節々に見える「不老不死」の文字が、賢者の石との関連性を伝えてきた。

 英雄譚(サーガ)の定番ではたいてい残された手記などに事情が記されているものだが、読めたものではない走り書きしか残されていなかった。しっかりと持ち去ったのだろうが、そのようなことを考えて行動できるあたり、発狂したわけではなさそうだ。

 いや、フェルズほどの魔導士になると、正常な思考なままで行動しているのが逆に恐ろしくもあるのだが。

 

 行先は簡単に把握できた。というのも、フェルズの魔力はノルナゲストも覚えていた。使い魔を作成しその魔力を追わせてみれば、どうやらフェルズは迷宮都市オラリオへと向かっていることが分かった。

 ノルナゲストは仕事や研究の合間に、その動向を確認する。フェルズがオラリオへと辿り着いたのは1年後のことだった。彼女はオラリオの長である神ウラノスと接触して、なんらかの契約を結んだようだ。しかし、改宗(コンバージョン)には双方の神の許可がいる。ヘカテーに無断で出て行った以上、ウラノスの恩恵へ改宗することはできていないようだった。

 そこで、ノルナゲストは以前より進めていた計画を動かすことにした。

 

「ヘカテー。俺はこのファミリアを抜けることにした。恩恵を封印してほしい」

 

 数日後、ヘカテーに話があると伝えて、案内されたのは彼女の寝室の隣にある倉庫だった。

 

「ふぅん……魔導士団の方はどうするの? 宮廷魔導士は?」

 

「どちらも辞して旅に出る。元々、俺は研究のためにアルテナに来た。これ以上得るものがない以上、ここにいる意味はない」

 

「無責任なんじゃない? アルテナが傾くわ」

 

「責任感があったら今頃、森で王族としての責務をまっとうしているさ」

 

 口には出さないが、ノルナゲストの研究の次の段階にとって、神の恩恵はもはや必要ないを通り越して邪魔な代物となっている。だから、ファミリアを抜けるのは既定路線であった。

 そんなノルナゲストからの要請に、しかしヘカテーはいつも通りの笑みを崩さない。その瞳には変わらず狂気が見え隠れしている。

 

「そう……でもね、だめよ。私がそれを許すと思った?」

 

「いや、あなたの俺に対する執着はよく知っているさ。まぁあくまで宣言だ。最悪恩恵がそのままでもここを出て……」

 

「【束縛せよ】」

 

 ノルナゲストが、嘘をつかないように注意しながら『恩恵を封じるのは最低条件であること』を隠しながらそう言い放った瞬間、ヘカテーは待機させていた魔法を発動し、光鞭がノルナゲストをその場に縛り付け、口を塞いで詠唱を阻害する。

 彼女は魔法を司る神である。先天系魔法の扱いにおいて、その技量はノルナゲストを遥かに凌駕していた。

 

「……気が(はや)ったのかしらね。あなたともあろうものが、こんな閉所で二人きりになるのを拒まないなんて……襲ってくれって言っているようなものじゃない?」

 

 ヘカテーは懐から何かを取り出した。それは、手のひらに収まる程度の大きさの宝石に見える。しかし、ノルナゲストの目にはしっかりと、その宝石が放つ異様な魔力が映っていた。

 ノルナゲストは直感する。あれは、賢者の石だ。

 

「もちろん、私が作ったわけではないわ。錬金術はヘルメスの領分だもの。私はただ直しただけ。フェルズが作った賢者の石を、復元の魔法でね」

 

 ノルナゲストを封じている魔法はただの拘束魔法ではない。ノルナゲストが魔力で以て抵抗しようとしても、魔力が散らされてしまってうまくいかない。

 ヘカテーは賢者の石を持って、微笑みを浮かべたままノルナゲストへ近づく。ノルナゲストはヘカテーが何をしようとしているのかに気付いて、顔を引き攣らせながら身震いした。流石に、そこまでは考慮に入れていなかった。

 

「ふふ、契約した精霊に期待しているの? 無理よ、この部屋は私が精霊封じの魔法をかけてあるから、出てこられないわ」

 

「ッ!!」

 

「一緒に、永遠を生きましょう?」

 

 ヘカテーの持つ賢者の石が、ノルナゲストの左目に近づく。やがてその距離は0になり、負の距離を示した。

 ぐちゅり、と、柔らかいものを潰す音が、ノルナゲストの頭の中で響く。続いて、焼き付くような激痛。視界が半分失われる。

 

「グッ……」

 

「あら、悲鳴を上げないのね。あなたの悲鳴なら、きっと可愛らしかったでしょうに……」

 

 やがて、少しずつノルナゲストの視界が復活し始める。同時に、左目から魔力がノルナゲストへと流れ込んでくる感覚。ノルナゲストの左目と賢者の石が融合し、完全に適合したのだ。それは、ノルナゲストが尋常な死を失った瞬間だった。

 しかし、ヘカテーが上機嫌に笑いだそうとした瞬間だ。ドンと強い揺れと爆発音ののち、部屋が大きく揺れた。

 

「……何、今の」

 

 狼狽えるヘカテーの後ろで、棚の最上段に乗せられていた瓶が落下し、床に置いてあった大瓶を巻き込んで割れ、中の液体が飛散する。

 大瓶に入っていたのは皆さんご存じ、キラーアントの吐く酸である。魔導具作製の触媒などに使われるため、大瓶で保管されていた。上から降ってきたのはサンドワームの吐く体砂。強力な脱水反応を起こし、空気に触れることで120℃程度まで急激に発熱する性質がある。

 さて、現代化学の時間である。蟻の酸――ギ酸に濃硫酸のような強力な脱水剤を反応させることで発生する物質とはなんだろうか。

 

 答えは無味無臭の毒ガスの代表格、一酸化炭素である。

 

 ノルナゲストのやったことは簡単だ。

 ひとつ、数ヶ月前に決定した訓練計画によって、この日のこの時間帯、この倉庫の近くで爆破系魔法所持者による合同訓練が行われるようにした。

 ひとつ、倉庫整理の際に、キラーアントのギ酸が入った大瓶に隣接する棚の最上段だけを空けておいた。

 ひとつ、サンドワームの体砂を、その棚の最上段にギリギリ届く程度の小柄な団員に片付けさせた。

 ひとつ、ヘカテーの昼食のメニューに食前酒として出すように、やや度数の高い葡萄酒を料理係へ差し入れた。

 そして、ノルナゲストが退団を申し入れると予想していたであろうヘカテーがなにかことを起こすだろうことを予測し、事前に他の部屋を団員に使わせることで、ヘカテーがこの倉庫にノルナゲストを連れ込むように誘導した。流石に、復元した賢者の石をノルナゲストに融合させてくるとは考えてもいなかったが。

 

 そして今、ギ酸と体砂は熱分解による脱水反応を起こし、大量の一酸化炭素を噴き出す。大瓶2つ分のギ酸から排出される一酸化炭素の量は、物が多く置いてあって狭いこの倉庫内で、短時間のうちにヘカテーに一酸化炭素中毒を引き起こさせるには十分だった。

 反応の始まりを確認して息を止めていたノルナゲストの目の前に、光の柱が立つ。神の送還に伴う光の柱だ。自身の背中から、神の恩恵が失われるのを感じる。光の柱によって部屋が吹き飛ばされ、同時に一酸化炭素も散っていく。

 

「団長!? だ、大丈夫ですか!?」

 

「な、なにが……ヘカテー様は!?」

 

 外で訓練をしていた団員たちが、光の柱を見て動揺したまま駆け寄ってくる。ノルナゲストは血まみれの左目に関して、「既に治療をしたから問題ない」と答えて眼帯を巻いたあと、やってきた神々によって神殺しの容疑者として尋問を受けることになった。

 それ自体は仕方ないだろう。現場にいたのはノルナゲストだけなのだから。

 

「あー、ヘカテー送還に関して、聞き取りを行う、魔法とかを司る神のエンキだ」

 

アルテナ(ここ)にいる神、大抵魔法司ってんだろ。あー……同じく、魔法とかを司るトートだ。ぶっちゃけ私たちもこの件に関してはお前を疑ってるわけではないんだが……まぁ神の送還となっちゃ大ごとだからな。このバカも酒飲んで、いや事情聴取中に酒はダメだろオイ」

 

 エンキは大柄で粗暴な、無精ひげが特徴的な男神。トートは、どこか神経質な鳥の面をつけた神だった。

 

「ノルナゲストとヘカテーの惚気話はいくらでも出てくんだろ。事故だよ事故!」

 

「はぁ……とりあえず、ヘカテーがなんで送還されたのか聞いてもいいか?」

 

「はい。倉庫で談話中に、外で催されていた合同訓練の爆破による揺れで棚に置いてあった瓶が落下し、下に置かれていた大瓶と衝突して破損。内容物が混ざったことで毒ガスが発生し、急性の中毒死を引き起こしたとみています。自分は身動きが取れない状態でしたので、何もできず……」

 

 ノルナゲストは一切嘘をつかずに答える。身動きが取れなかったのはヘカテーのせいなのだがわざわざいうことでもない。

 

「ふむ……私が聞いた限り嘘の気配はないが、そちらはどうだ、エンキ?」

 

「なぁノルナゲスト。お前うちのファミリアに入らねぇ?」

 

「オイお前本当にいい加減にしろよ?」

 

「っせーなー。嘘なんてねえよ。放免だ放免! 事故事故!」

 

「はぁ、この飲んだくれは……すまん、私として二、三気になることがあるから質問させてもらいたい」

 

 それから、トートからの質問にいくつか答えたが、どれもノルナゲストの行動を暴くものではなかった。結局ノルナゲストは無罪放免とされ、ヘカテ――・ファミリアは主神送還により解散となった。

 神々の間では、どの派閥がノルナゲストを取り込むかという駆け引きが行われていたものの、それもいつの間にかノルナゲストが消息を絶っていたことで、アルテナ中を巻き込む大騒動へと発展した。

 

 ノルナゲストが表舞台に現れたのはこれで最後だったが、ノルナゲストのことを書いた伝記では、この後の消息についていくつかの予想が立てられている。

 例えば、精霊の加護によって黒竜と戦い死亡した。例えば、ヘカテーを追って自刃した。例えば、実はヘカテーとの熱愛は嘘であり、先に失踪していた『賢者』を追ってアルテナを出た、などである。

 

 

 

「そうだ、そこまでは私も、伝記で読んだのだ。ウラノスのもとで働いていたら急に恩恵がなくなって驚いたからな……すぐにウラノスに改宗したが、肉がなくなる前でよかったよ本当に……というか、なんか全体的に薄情じゃないか!? ヘカテー様を殺したのはまぁ十中八九お前の仕業だと思っていたが、私のための復讐とかじゃないのか!?」

 

「いや、だって神って基本あんなもんじゃないか? お前が過度に期待しすぎだったんだろう」

 

「そういうところが薄情だと言うんだ! なんだかんだ10年以上の付き合いだっただろうに! ……で、そのあと何をやっていたんだ?」

 

「何をというか、普通に研究を数百年ほど続けていたが。賢者の石で不老不死になってしまったのは変わりなかったしな」




 とりあえず連続投稿はここまで。

 化学反応の辺りは深く突っ込まないでください。
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