大魔導士が嫁探しをするのは間違っているだろうか 作:今更止められねぇよ!性癖スイッチオンだ!
『勇士の刻印』の被験体を探して徘徊する不審者、ノルナゲスト。そんな彼が黒竜によって滅ぼされたであろう地で見つけたのは、ひとりの
痩せ細った枯れ枝のような体躯に、傷だらけで薄汚れた褐色肌、ボサボサで脂ぎった茶髪、銀の瞳にはどこか諦観が滲んでいる。
しかし、ノルナゲストがその少年に目を惹かれた理由はそこではない。スクルドの選定眼越しに見た、少年の魂の底知れなさである。
見た目こそ平々凡々であろう鈍く光るその魂からは、とてつもないエネルギーが発せられていた。
ノルナゲストは『勇士の刻印』の被験体として少年を拾うことにしたのだが、問題がひとつ。この少年、喋ることができなかったのである。体が弱っているとはいえ喉にはなんの問題も見つからず、治癒魔法なども効果を見せなかったことから、精神的外傷による失声症だろうと判断した。
さらに言えば、文字も読めなかった。幸いなことに言葉は通じたため、ジェスチャーによって歳は7つであることがわかったのだが、名前はわからないまま。
とはいえ、ノルナゲストも呼び方を『少年』で通せばいいかという楽観的な判断をしたため、それほど問題にはならなかった。
少年は基本的に為されるがままだった。体を洗われるにも特に抵抗せず*1、食事も与えられれば食べる。しかしながら、何も言わなければ何もせず、ボーっとしている時間がすべてだった。
今のままでは『勇士の刻印』を刻んでも体が耐えきれないので、まずは健康体になるところから始めなければならない。魂の成長は健全な肉体と精神から始まるのだ。
と言うことで、肉と野菜と芋を食わせては基礎的なトレーニングを繰り返す。消化器への負担は治癒魔法でゴリ押しするので、スープのような優しい食事から始める必要もない。栄養素と味を重視する。
言われるがままにその生活を続けていた少年だったが、そのまま数ヶ月そんな生活を続けた辺りの食事中、突然声もなく泣き出した時はノルナゲストも焦った。それからは喃語のような意味を持たないものではあれど、声を出すことができるようになったのでプラスに考えることにする。
それから少しずつではあるが、少年の状態は改善していった。体には肉と筋肉がついてきて、小人族故にそもそもが華奢なのではあるがそれでも見られるようにはなった。
それから、前まではノルナゲストが何をしていてもひとりボーっとしているだけだったのだが、ヒョコヒョコとノルナゲストの後ろをアヒルの雛のようについて回るようになった。
どうやら長年表情を表に出してこなかったせいか、少年の表情筋は非常に固くなっており常に無表情気味なのだが、賢者の石のせいで自身の身体に基本無頓着なノルナゲストが魔法研究で魔力暴発を起こしたときは、無表情のまま焦りまくるコミカルな様子にノルナゲストも少し笑ってしまい、その後少年に抱きつかれたまま静かに泣かれて反省した。
そこでようやく『勇士の刻印』を刻んでやったあと、軽く体術の手合わせをしてやればその瞳に暗い光が宿った。流石に数百年生きていれば、そのほとんどの時を研究で引きこもっていたノルナゲストとはいえど見覚えがある。それは、復讐者が武器を得た時の目である。そうなると、復讐相手は黒竜だろうかとノルナゲストは考える。まぁ向上心があるのはいいことだ。
少年との手合わせは苛烈さを増していく。少年の体が出来上がってきたこともあり、ノルナゲストも見様見真似ではなく、魔法によって一時的に体術の技能を身に着けてそれを教えるようになっていた。
弟子を取っていたこともあるノルナゲストではあったが、あれはむしろ風除けというか、群がってくる信者へのスケープゴートのような役割で育てただけであったし、フェルズも弟子とかそういうのとはまた違っていたために、力が目当てであろうとはいえ素直に自分に懐いて師事してくる少年に、ノルナゲストも少しずつ愛着を持っていったのであった。
ここで一度、少年の過去に話を変えよう。
少年は片田舎に生まれた、ごく一般的な小人族の子供であった。両親が村では唯一の小物職人であったこともあり、小人族でありながら差別などもされず、愛されて育ってきた。
しかし5歳になったある日、村に絶望が舞い降りた。黒い竜は村を焼き、少年以外のすべての人間を殺し尽くした。
少年が助かったのは運が良かったからであり、両親の献身からでもあった。岩の隙間へと入れられた少年は、その隙間を体でもって蓋していた両親たちのお陰で、黒竜の目から逃れることができたのである。
しかし、そこから先は地獄だった。
絶望に泣いていた少年は火事場を漁る盗賊によって見つけ出され、凌辱の末に奴隷として売り出された。ノルナゲストはハイエルフであり、美醜感覚がやや麻痺していたために反応しなかったが、少年の容姿は優れていると言って差し支えないものであった。
そのせいか趣味の悪い貴族に買われ、ここでもまた見世物同然に扱われる日々。しかし、そんな中でもまだ救いはあったと言えるだろう。同じ奴隷仲間や、いくらかの使用人は少年に優しかった。
密かに食事を都合してくれた。庇ってくれることもあった。これは見つかってしまい叶わなかったが、読み書き計算を教えてくれようともしていた。いつか自由になったときのために。
そしてその日は、最も残酷な形で訪れる。
黒竜の襲撃。彼を玩具のように扱った貴族も、優しくしてくれた使用人や奴隷仲間も、何もかも等しく塵に帰るという形で。
少年が詰め込まれたのは、奴隷仲間が脱走用に地下牢の床に掘っていた中途半端な穴。まだどこにも繋がっていないそこへ入れられ、上から偽装用の床を被せられ、さらに奴隷仲間が覆い被さり、少年はまた、生き残った。
今度は涙も出なかった。ただ、死ぬことへの恐怖だけがあった。
食料を得ようと焼け野原から離れれば、獣に襲われ脚を負傷した。仕方なく草を食み、土を食らって生き残ろうとして、そのうち水が怖くて仕方なくなった。
体が言うことを利かなくなり、家族や優しかった人々が自分を詰り、罵倒する幻覚を見るようになって、遂には自身の名前さえ思い出せなくなった。生きようという気持ちすら湧かなくなってその場に横たわっていた時だった。
少年は、運命に出会った。
それは、美しい人だった。ただその場にいるだけで人を惹きつけ目を引くような、ただ美しい人だった。
その人は名乗らなかった。ただ少年を治療し、食事を与え、身なりを整えた。その行為が少年を甚振り売った盗賊を思い出させ、少年はただ為されるがままに身を任せていた。声が出せなくなっていることに気づいたときにはまた殴られると思ったが、その人は何もしなかった。
そうして日々を過ごすうちに、少年はようやく生の実感が湧いてきた。自分の名前は思い出せないままだったが、水は怖くなくなり、幻覚も見なくなった。そしてまた得た人の暖かさに、どうしようもなく涙が流れて止まらなくなって、再び失ったあの日の分まで涙を流した。
それから、少年はその人について回るようになった。1日中その人を観察してみてわかったのは、その人が何をやっているのかまるで理解できないことだった。
どうやら魔法で何かをやっているようだが、少年に知識がないためなにもわからなかった。
ただ、ある日突然その人が爆発したときは心臓が止まるかと思った。幸か不幸かそれで喋れないなりに声は出るようになったが、本当にやめてほしいと思った。
その人と一緒にいたいという気持ちだけで生きてきた日々だったが、その人からなにか魔法をかけられて、自分の身体能力が著しく向上したことを認識したとき、欲が出た。
すべての始まりである黒竜を殺してやりたいと、そう思った。
それからは、その人に鍛えられるようになった。その人としては魔法も覚えさせたいという気持ちを隠しきれていなかったのだが、少年が喋れないのでできるだけ表に出さないようにしているようで申し訳無さもあった。少年としても、魔法を使えなければ恐らく黒竜を殺せないので失声症は克服したいのだが、なかなかうまくいかない。
もどかしさの積もる日々。その人は精神療養と称して様々な場所へ連れ出してくれる。それは空を飛んで行くこともあれば馬車を使うこともあり、情緒もクソもない瞬間移動を使うこともあった。
そして湯治ということで温泉の有名な地域へと旅行へ行ったとき、ある手配書を見て少年の記憶が蘇った。
その手配書に書かれていた男の顔にある特徴的な傷。それは少年を売った盗賊団の頭領が自慢していた、上級冒険者を返り討ちにした時の傷。
少年の憎い相手がそこにいた。
【悲報】半年以上互いの名前を知らない。