巡り巡る   作:桃木野

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異界と付喪神

 音楽の専門学校に所属した最初の冬に行われた学園主催のオーディションライブ後、ソニー・ミュージックアーティスツと所属契約を結び、四月のメジャーデビューに向けて仮歌とミュージックビデオ作成し、テレビアニメのASTRO BOY 鉄腕アトムの主題歌をオープニングとエンディングの両方を担当する事になった。

 そして、五ヵ月後の先月、ブルボンというお菓子の広告に使われる曲『群青』を発表したが、まだ新曲を書くつもりらしい。もっとも、作詞作曲編曲は菜の花さんが全て担当し、私は光の柱の外からそれを眺めていただけだが。

 芸名も菜の花さん名義でやっており、芸能活動は全て彼女が主に担当している。

 私がやる事といえば、ロケ地や楽屋までの道順を調べ、そこの椅子に座ってから到着した旨を伝えて菜の花さんと交代するくらいで、実質何もやっていない。故に、道端でファンなる者達に遭遇しても『応援ありがとうございます。期待に応えられるよう鋭意努力していきます』という堅苦しい返答になるものの、それでも相手は笑って握手してくれる。

 そんな芸能人としての日々と同時並行で子育てを半年ほど繰り返す中、源一郎様から卒業祝いをして頂いたり、彼が生まれた日に三色の紐を編んだ組紐を渡した。他には、燁子(てるこ)さんを軍学校に送り出したり、美里さんが組んだ自分のお見合いをしたが、対面した菜の花さん曰く『横柄な人』らしいのでお断りした事もある。

 ある日、菜の花さんが新曲に頭を悩ませていたので、飯能靖和病院まで電車に乗って七十二回目の診察を済ませた楽屋で、『気分転換に』と菜の花さんと代わって光の柱に立って帰宅する。二二三〇(ニーニーサンマル)に港南台駅の乗降場に降り、徒歩で自宅へ向かった。

 しかし、川向こうに観光客用の表門が見えた頃、降車時から一定の距離を保って誰かに尾行されている事がうっとうしく思う。

 誰かと会話している声の低さから、男だと推測した。

 港南台駅から北側が栄えているが、南側のこちらでは昔ながらの石畳の道で、どう歩いても足音がするので周囲の状況を把握しやすい。深夜で車の往来も少なく、出歩いている人間と言ったら観光客酔っ払いか若さ故の暴走。または犯罪者の類だが、恐らく一番最後に挙げた者だろう。

 自宅まで尾行されて、子供達や同居人に危害を加えられる訳にはいかないので、地熱発電を手がける昭和商事前の交差点で立ち止まり、一息つく。その間に、街灯の下で携帯で時間を調べる振りをして、男の出方を見た。

 白いマスクをした男が追いつき、私の隣に並び立ち、

 

「こんばんは」

 

 その瞳は私を映したまま、穏やかに笑って細められる。

 

「こんばんは」

 

 私の位置からでは彼の両手が見えない。

 だが、街灯に照らされたパーカーのポケットの陰影から、その下に四角い物が握られている。

 爆発物か、その起爆装置か、高電圧銃(スタンガン)か。

 次の瞬間、腹部に鋭い痛みが走って体の制御を失って脱力したと同時刻に、眼前でバン型の車が停車して二人がかりで中に押し込められた。

 

 

 身体の痺れが無くなった時、私は車の中に乗せられていて、街灯も照らされていない暗闇の中をヘッドライトが照らしているものの、カーナビが示す地図は文字化けしたような異様な文字であふれている。

 

「……っ」

 

 後部座席──五時の方向から男が声をかけてきた。

 

「効果が切れたか? だが、もうあの世界へは帰れんぞ」

 

 知らない声だ。

 自分を除いて五人がこの車に同乗しているが、どうやら、助手席に座るスタンガンの男は部分的に瞬間移動が出来る異能力者で、それを組織犯罪に使用しているのだろう。

 

「えげつない事するねェ、(たける)さん。身内なのによ」

「生前、『構わん。この世界を良くするためだ』っつってたけどな」

「それ、前にも言ってたよな? 『日本が戦争に勝つためだ』って、軍事施設に引き渡したらしいぜ」

「そんな事もあったな。結果、その通りになっただろう?」

「まァ、そうだな」

 

 身内で(たける)という人物には心当たりがあった。

 燈さんが中学卒業後、軍事施設である横浜の本牧研究所に連れて行った張本人で、凰賀さんの兄で万里さんの義兄にあたる人間だ。燈さんにとっては、大叔父に位置する。

 一〇年前に出所したらしいが、これで二度目の犯行に手を染めた事になる。

 去年、縁結びなどで有名な三鈴神社とは違い、御祭神の別の(やしろ)──不言(ふげん)神社──にて縁切りを願った。二日後に変死体として発見され、不審死として扱われた。八七歳と高齢にも関わらず、大々的に取り上げられなかったのは、その前の半年間で同様の死体が日本各地で軍事施設の元研究員に絞られて見つかっていたからだ。全ては燈さんが目覚めるために縁切り神社に参って、不穏な者達の排除を御祭神である女神に願ったからだが、弟の孫と称している自分に何の恨みがあるのか、皆目見当がつかない。

 もし、(たける)さんが現在も生存していて、今回の事で市警に逮捕されるなら、更に五年間刑務所に収容。情状酌量は無く、牢屋の中で確実に九〇半ばを迎えるだろうと頭の中で軽く計算した。

 彼らの目的は、私を元の世界から攫って亡き者にすること。

 人数は、五人。

 自分を誘拐するにあたり、秋月(たける)が関与していると判明。

 犯行に使用している武器は、高電圧銃(スタンガン)。車種はホンダのミニバンだが、仕様など詳細は知らない。

 連行先は、カーナビの文字から推察するに、現実世界ではない異界だろう。去年の梅雨時に、源一郎様に羽田空港で忠告していた事を思い出していたが、自分が先に経験するとは思っていなかった。

 自分は猿轡(さるぐつわ)をされている上に、親指を結束バンドで固く結ばれ、手首と足首を縄で拘束され、座した状態から身動きが取れない。ボディバッグは隣の社交的な男の前にあり、腰に隠し持った武器は助手席の男に奪われていた。

 瞬間移動や念動力で抵抗出来る状況だが、行き先が不明の場合は大人しく従う他無い。

 

「着いたぞ」

 

 車に搭載されている時計は正常で、自分がこの車に押し込められて港南台駅の高架下を潜るまで五分。暗闇から到着地点まで一五分が経っていた。

 右腕を乱暴に掴まれ、横開きの扉から引き()り降ろされる形で車外に出され、荷物と武器を乱雑に放り投げられる。私はその間に、結束バンドと縄。口元の拘束を外された。そこまて視認してから前を向くと、栄区の三鈴神社や藤紫神社周辺にある表門同様、立派な門が行く手を阻んでいる。

 

「じゃあ、俺達は退散するぜ」

「ここがお前の(つい)の場所だ。諦めな」

 

 門前で立ち尽くす自分の様子に鼻を鳴らして笑い、男達は任務完遂から安心しきって油断している。故に、指一本動かさずに念動力と瞬間移動で短刀を鞘から抜き、車のタイヤに刺して全てパンクさせる。

 犯人全員と協力者全員が空気が抜ける音でそちらに注意が向き、その隙に荷物と武器を回収し、四肢を念動力で音も殺気も無く一気に()いだ。

 当然、身体の支えを失って下腹部や腰、後頭部を(したた)かに打ち付けた痛みで、または()がれた際の痛みや出血から悲鳴をあげている。舌を嚙んで死なれぬよう、落ちている各人の腕を拾い上げて上着の袖を固く結び合わせ、即席の猿轡(さるぐつわ)代わりにして後頭部で一人ずつ結んでいった。

 この騒ぎに気付いたのか、表門が重たい音を出して開き、黒い服を着た顔が傷だらけの男と、赤い服に腰まで届く男が動きを止める。敷地内の景色は夜なのかはっきり見えず、淀んでいるのか真夏のような熱気と湿度を含んだ重たく(ぬる)い空気が門外に流れ込んできた。

 自分が住んでいた世界では十月だったので、その温暖差に身震いした時、ポンと軽い音を立てて赤い化粧を施した小さな狐が空中から現れ、着地するまでの間に口を開けて驚いている。

 

《何事ですか!?》

「私は、この男達に車で攫われて来ました。逃亡阻止の手段としてタイヤをパンクさせ、情報や目的を聞き出すため、四肢を異能力で削いだまでです」

《……そ、そうですか。では、貴女様がこの本丸の新しい審神者(さにわ)となります》

「本丸」

《この建物の事です》

「サニワ」

《貴女様が今から就く役職です。誘拐されて早々言うのもなんですが、辛い目に遭われましたね》

「誘拐は、人間にとって辛い事なのですね。本丸に入る許可を頂けますか」

《え? アッ、ハイ》

 

 そこで念動力で各人の両手脚と、残された身体を空中に浮かばせて傷口や切り口を名が冠されていない炎の異能力で無言で焼いて塞ぎ、門前に一歩踏み出した後、刀を抜いて殺気を浴びせられた。しかし、戦場で散々受けてきたので問題ない。

 狐と私の歩幅が違うので、懐に抱え上げて表門を潜る。

 

「お邪魔します」

 

 そのまま赤い服を着た男が刀を私に向けて突進して来たため、自己防衛で浮遊させている男一人を盾にして、残りの者達に恐怖を植え付けたが、私から攻撃はしない。彼らは、三鈴神社に祀られている南天様と同じ人ではない気配を持っているため、神様の類だろうと推測したからだ。

 しかし、ここで立ち止まる理由は無いため、斬り捨てられた男の死体を石畳の上に放置し、黒い服の人に尋ねる。

 

「本丸に縄はありますか?」

「俺達を縛る気か?」

「いいえ。浮遊させている男達を吊るすためです。異能力を常時発動させる事は、この状況で得策ではありません。また、貴方方は神様なので、そうすれば(バチ)が当たると判断したからです」

「……わかった。持って来る」

同田貫(どうだぬき)!?」

「信じた訳じゃねェ。なんかあったら、お前が片を付けろよ」

 

 そう告げてから顔と手が傷だらけの男が背を向けて去り、赤い服の男は私と視線が合うなり舌打ちされた。

 待ち時間に刀を振って男の血を地面へ落とし、袖の内側で拭う。

 

「人間を信用していないと見受けます」

「そうだが、あんたは人間じゃねェのかよ」

「元人間です。人間によって身体を作り替えられ、ヒトの領域を超えてしまいました」

「例えば?」

 

 ジャケットの袖を肘の手前までまくり上げ、無言で彼に右腕を差し出し、

 

「斬って下さい。百聞は一見にしかずです」

「なっ! ……っ。後で俺達を呪うなよ」

「私は呪い方を知りません。貴方達の言動から、人間を憎み、信用していないのは理解していますので、最初に私を斬る権利を貴方に与えます」

「駄目です! 主さま!」

 

 淡々と指示を出し、驚いた彼は数秒沈黙した後、片腕で抱えている狐が制止するのも構わずに素肌が出ている部分を幾分か残して斬った。ぼとり、と音を立てて自分の腕と血が男の死体から数歩離れた敷き詰められた白い玉石の上に落ち、その衝撃で周囲の石畳も点々と赤く染まる。

 

「……」

 

 赤い服の男は、先程のように付着した血を拭う事もせず、呆然と刀身を眺めていた。

 やがて、ぐちゃぐちゃと音を立てている事に気付き、彼が視線をこちらにやると短い驚嘆の声が出る。黒い男は、それと血の臭いに数本の縄を片手に帰ってきたが、その頃には手首から先が再生していく様子を目の当たりにし、問題無く手や指を動かしている表情の変わらない私に言葉を失っていた。

 

「これで人間ではないと信じて頂けましたか?」

「……ああ。オレは信じるぜ。主」

和泉守(いずみのかみ)。なんでそいつの腕を斬った?」

「自分が人間じゃねェと(のたま)うから、斬る権利を与えられてそうしたまでだ。……澄んだ霊力だ。量も質も申し分ねェ」

 

 そこで、まだ自分の血が滴る刀身と、石畳の上に落ちている細腕。眉間の皺が無くなって、呆けたような穏やかな顔付きになった彼を交互に見比べて状況を把握した黒い男は、ひとつため息をついて縄を私に向かって放り投げて寄越した。

 

「和泉守は良いと言ってるが、言葉を(たが)えれば俺は叩っ切るからな」

「構いません。では、失礼します」

 

 

 避難場所として、本丸の表門から左へ進み、離れに一旦避難した。

 執務室に着いた矢先に彼らの胴体を縛って、薄鴨居に縄を通して鴨居に結び付け、干し柿のように隣室を隔てる場所に四人を横一列に並べる。何とも表現しがたい表情をしている狐──こんのすけ──の視線を無視し、サニワとして必要な手続きと、各部屋の位置関係と各種資源の在庫状況を覚えていった。

 本丸の名を一度だけ変更出来ると言うので、初代が名付けた黒猫城から(あけぼの)城にした。『春は曙』と、精神世界で国語と現国。古典担当教師の勲章菊さんから習ったから少しだけ解る。

 こんのすけが言うには、彼らは末端と言えど刀の神様故、本当の名前である真名(まな)を伝えてはならないらしい。なので、サニワ専用の名前を付けなければならない。

 そこで一番最初に思い浮かんだのは、源一郎様の事だ。

 、白髪に紫の瞳が。

 

「……白い藤でお願いします」

白藤(しらふじ)様ですね。かしこまりました。今回三代目として引き継いで就任するにあたり、この本丸の状況についてご説明致します。ここは、二代続けて刀剣男士達に暴行を働いてきました。いわゆる、ブラック本丸と呼ばれています。貴女の仕事は、日課を二週間免除する代わりに、彼ら全員の手入れや本丸の立て直し。生活改善を図る事。以上です》

「了解しました。上官はどなたになりますか?」

 

 すると、こんのすけは言い淀み、『仕事に真面目な方だとお聞きしています』と当たり障りのない返答を貰う。

 

「帰る日まで任務を遂行するとお伝え下さい」

《はい。……え? 主さま。どちらへ行かれるのですか?》

「手入れを行ないます。援護してくれますか?」

《今ですか? 今日はゆっくり休まれて下さい。攫われたばかりでしょう》

「事実ですが、それで任務を行わない理由にはなりません」

《ちょっ、お待ち下さい! 私も行きますから!》

 

 正座をして深々と頭を下げ、こんのすけもお座りの姿勢で会釈したので第一段階を終え、すぐに立ち上がって玄関に向かった。こんのすけが結界を張ったとはいえ、二週間以内に与えられた任務を完遂する必要がある。

 軽快な足取りで近づき、私が靴を履いている最中、隣に並んだが左腕で抱えていく。万が一、付喪神達に斬られては援護する者が居なくなるからだ。

 離れの引き戸と開けた先に、同田貫(どうだぬき)がスコップを肩に担いでこちらに歩み寄るのが見える。

 

「どうしましたか」

和泉守(いずみのかみ)が斬った男を埋める道具を持って来た。あんたがやるか?」

「土葬より、火葬のほうが良いです。あと四人も居るので場所も取りますし、腐敗に伴って虫も沸きます。この重苦しい空気の中、それを実行するのはどうかと」

「あんたの好きにしろよ。火はどこから持って来る? 100円ライターくらいしか無ェけど」

「問題ありません。異能力を発動させます。離れていて下さい」

 

 発火の異能力を発動させ、あまりの熱さにこんのすけが腕の中でもがいて逃れ、同田貫と共に縁側へ避難した。

 赤から青に炎の色を変色させ、火葬とやらの儀式通りに時間をかけて焼却し、念動力で古びたタライに一旦置いて同じ物で(ふた)をする事で死体の問題を解決し、人間が発火した事態に狐の口が開いたままになっている。

 そこへ、熱気で起きたのだろうか。

 白髪に金色の瞳を持った白頭巾の男がゆらりと玄関の方角から現れた。こちらもと言うべきか、濃い隈を(こしら)えている。

 

「……血と熱気で誰かが殺されたかと思いきや、驚いたぜ。まさか、性懲りもなく審神者(さにわ)を寄越してくるとはな」

「殺したのは、私を攫ってきた犯人の一人です。本丸立て直しのため、任務を遂行する必要があります。重傷者はどこですか?」

「俺が教えるとでも?」

「……子供達ですね。位置を把握しました。手入れを実行します」

「は?」

「こんのすけ、同田貫と共に資材調達して下さい。台車を使っても構いません」

「は、はい!」

 

 同田貫と白頭巾の男の背後には、手入れ部屋がある。

 その前に息も絶え絶えな子供達を瞬間移動させて、こんのすけを塀の向こう側にある蔵へ向かわせる。軽傷の同田貫と協力すれば、すぐに終わるだろう。

 

「……どうやって短刀達の部屋を把握した?」

「貴方の記憶を読み取りました。急を要するので」

 

 次々と重傷者を運び込み、大量にある手伝い札も惜しみなくつぎ込んで一〇分で終わらせ、警戒している白頭巾の男と同田貫も『軽傷だから』と怪我を軽視するので問答無用で入れて、短刀二〇振りと打刀二振り。太刀一振りの手入れが日付が変わる前に終わった。

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