巡り巡る   作:桃木野

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三代目と薬研

「おはようございます。身体に不具合はありますか?」

 

 目覚めた際に聞こえた人間の声は襖越しで、また政府(うえ)審神者(さにわ)を派遣したのかと蒲団(ふとん)の中で舌打ちする。

 打撲で内出血が酷かった身体は、全身の激痛と引き換えに一瞬で怪我を治す手伝い札の使用と、強制連行先の手入れ部屋で行われた治療のおかげで完治したが、それでもこの本丸に残っている資材は少なかったはずだとぼんやり思い出していた。

 

「……ない」

「良かったです。まだ安静にして下さい。私はこれで失礼します」

 

 (かす)れた声でも怒らずに返答し、淡々と用件のみを伝えてから手入れ部屋の前から立ち去り、勝手口から離れへ気配が向かう。

 

「女か……」

 

 初代から続けて担当している上司の名字は、高山。名前は知らん。

 政府役員の一人だが、目上にヘリ下り、目下に威張り散らす器の小さい人間だ。二代目とも馬が合い、揃って俺達刀剣男士に対する暴力行為を隠蔽した。しかし、初代と二代目が就任して三年間耐え抜き、初代はいち(にい)が、二代目は日本号がそれぞれ始末した。結果、本丸運営七周年目で、二人も審神者(さにわ)を殺害した本丸として摘発及び政府の監視下に置かれ、状況を鑑みて刀剣男士に咎は無かった。しかし、後任は決まらず放置され、その間も自動設定された季節は(めぐ)り、負傷した者達の体力と気力を徐々に削っていく。

 自室に張り出していた年間の暦で七ヵ月が経過し、あと五ヵ月で放棄されるという時、表門が騒がしくなったのを覚えている。女が再度離れに行ってからは動きが無かったため、俺は緊張感から解放されて鈴虫の声を聞きながら弟達と共に眠りに就く間際、疑問を浮かべた。

 

 今度の審神者(さにわ)は気付いているのだろうか。

 上着で見えないが、腰に差している私物の短刀──愛染国俊が、俺達に『どうか信用してくれ。(あるじ)は物を大切にする人だから』と言っている事に。

 大切にされているのは、彼の出で立ちや態度から解る。

 だから、顕現していないアイツが後ろをついて回る姿が羨ましかった。

 今度こそ大切に扱われたいと、人間不信になって枯れた心が悲鳴に近い叫びを上げていた事に気付いたから。

 

 

 次に目覚めると、その涼しさから早朝であると判断し、不快感は全く無い。

 のそりと蒲団(ふとん)から上半身を起こし、それを片付けようとした矢先、鳥居を模した転送装置の前で昨夜の女が『伝言板を上司に渡す』よう、こんのすけへ命じる。だが、女の声を遮る男の呼吸は浅く、血の匂いに混ざって鼻水をすする音も聞こえる。

 手入れ部屋の裏手にある襖を開けると、朝の涼しい空気と共に、四肢を失って猿轡(さるぐつわ)をされ、背中に刀なのか鋭利な物で文字が彫られ、血が滴っているのが視界に映った。

 

「おはようございます。薬研」

《おはようございます、薬研さん。私は別個体のこんのすけと申します。これからお使いに行きますが、以後、お見知り置きを。では、失礼致します》

 

 こんのすけ単体なら煙と共に姿を消す事が可能だが、何かが付随するなら転送装置を潜る必要がある。

 政府の式神と視線を合わせるためにしゃがんだ体勢から立ち上がり、無機質な琥珀色の瞳が動いて俺を捉えた。そこに欲は一切見えず、相変わらず腰に差した短刀と拳銃を携帯し、ただ事実を受け止める性格かもしれないと思ってしまう。

 

「空腹ではありませんか」

「……ああ。だが、まだ信用できねェんだ。すまねぇ」

「謝罪は不要です。心の傷が治るまで無理は禁物だと、加密列(カミツレ)先生から学びました」

「学校の先生か?」

「いいえ。私は学校に通っていません。私は兵器ですので、不要です」

「うん? なら、先生とはどこで会ったんだ?」

「心の中です」

 

 話が長くなりそうだと踏んで、後ろ手で手入れ部屋の襖を閉める。

 彼女もそれを察したのか、手元に手紙を出現させて、それを俺に渡してきた。

 

「私の現状についての詳細はこちらに。複写ですが、理解の助けになるかと。一読して、必要だと思われたなら複写機で複写し、私に戻しに来て下さい」

「そうか。後で読もう」

「では、何かあれば厨房にいますので」

「わかった」

 

 勝手口から入って、足音の向かう方向から場所も判らずに厨房を探しているらしい。

 腹はすいているのに、人間が相手だと毒殺や睡眠薬の混入を考えてしまう自分がいる。だから、一線を引いて食事に誘わない彼女の対応が嬉しかった。

 

「……優しい、お人だ」

 

 縁側に腰を下ろして、封がされていない茶封筒を開く。

 そこには病名と病院名が記載されており、二〇〇一年一月九日から通院しているらしい。聞いた事が無い病名なので、後で自室に戻って調べてみよう。

 

「……薬研?」

「起きたか。(あつし)

「ああ。……なんだ、それ?」

「あの人の病名だ」

「どっか悪いのか?」

「らしいな。後で調べるが、お前はこの後どうする?」

「初代と二代目を始末した二振りを元に戻せるか、頼み込んでみる。これだけ澄んでいても、万が一があるかもしれないから、監視も兼ねてな」

「そうか。なら、俺も行こう。今頃、部屋から消えて探し回っているだろうし、念のために着替えて行くぞ」

「ああ」

 

 背後の部屋に戻ると、全員起きていて今からの事を話し、各(じん)戦闘服に着替えて(くりや)へ向かった新任の後を追う。

 そこへ近付くにつれ、ぼうるが弾かれたり皿が割れる音といち(にい)の怒号が聞こえ、開け放たれた戸から室内の様子を(うかが)った。

 

「弟達を返しなさい!! 人間の助けなど要りません!!」

「人間が居なければ怪我すら治せない体質なのにですか」

「っ!!」

 

 肩口の甲冑から突起物が貫通し、腰から骨の尾が出て鬼に堕ちかけている状態であり、口車に乗せられて袈裟斬りにされたが、それが彼女の策という事は理解できる。俺達兄弟を守りたい故、怒りのあまり視野が狭くなり、周囲が見えていない心情を利用して、自らを斬らせた新任の勝利だ。

 刀身に血を浴び、いち(にい)の動きが止まった隙に傷口にグチャグチャと耳障りな音を立てて自己修復され、傷跡もなく完治した彼女は何食わぬ顔で血で染まった服を見下ろし、足下に転がっている下着を拾い上げる。

 

「落ち着きましたか」

「……ああ、はい」

 

 呆然とした表情で血液が付着した刀身を眺めていたいち(にい)は、声をかけられて我に返り、彼女の手元の物を見て赤面した。

 

「もっ、申し訳御座いません! どのような罰でも受けますので、どうか弟達は見逃して頂きたく!」

「罰などありません。貴方を正気に戻すため、わざと攻撃を受けました」

「な……っ! 死んだらどうするのです!!」

「どうもしません。亡骸は、桜の木の下にでも埋めて下さい」

 

 感情的になるでもなく、自分を物のように扱う(さま)は俺達と似通っているが、どこか機械的な反応を示す。まだ生きているのに、死後の事を告げて絶句するいち(にい)を余所に、彼女は業務用冷蔵庫や冷凍庫を開けた。異臭を放つ作り置きを、欠けたてえぶるに一つずつ並べながら言葉を重ねる。

 

「粟田口派は、通販で食材と割れた分の食器の調達をお願いします。もうじき、資材と資金が届くと思うので、それを使用して下さい。……返事は?」

「っ……。り、了解しました」

 

 その言葉は(たが)わず、暴れた後始末の最中にこんのすけがやって来て、資材が各八十万個、便利道具が合計八千個。小判が九百万枚まで融通されたらしい。こんのすけは満面の笑みで『おd、……こほん。主どのの要請が通って良かったですね』なんて言ってるが、絶対『脅し』と言いかけただろうと胸中でツッコミを入れた。

 冷蔵庫や冷凍庫の物は肥料になるからと荒れ放題の畑をある程度耕した後に撒き、積もった埃を掃除ついでに燃やし、家電の消臭もして、なんとか元の状態にしていつでも使えるようにしてから、比較的破損箇所の少ない大広間で端末機で通販の項目から買い物をする。調理が出来るようになるまでは、携帯食が朝食になるらしい。

 取り敢えず、にゅうめんで腹を満たした事でまともに思考できるようになり、彼女が離れの執務室で傷ついたり血が付着した畳を全て替える試算を出し、現代換算で一九〇〇万円弱。小判だと四七五枚になり、今回融通された金額の半分から支出し、残り半分は万が一の為に貯蓄に回すと堅実的な答えが返ってきた。三代目はその半額分全て使ってでも、本丸の修復や破壊された家電の買い換えに充てるつもりであり、博多が()()ずと得意分野を告げると了承してくれる。

 呆然とするいち(にい)はさておき、短刀達が怖がるのも無理はない。

 近侍(きんじ)が待機する隣室との境界線である鴨居から欄間に縄を通して、干し柿の(ごと)く四肢を失って猿轡(さるぐつわ)をされた男三人が吊されているのだから。

 

「なあ、一つ質問していいか?」

「どうぞ」

「この人間達は、何故ここに居るんだ?」

「私を誘拐した者達だからです。外部との連絡が取れない今、彼らを捕縛して確実な証拠にすれば良いと考えました」

 

 質問に答えてから、()(どき)まで負傷した男士を手入れするために、再度彼女は離れから外に出る。ついでにと、いち(にい)を手入れ部屋に放り込み、見張りを平野と前田に頼んだ。

 彼女は動ける短刀達とまずは(ゆかり)のある男士に声をかけるよう命じ、手入れを望むならそうすると伝える。決定権は俺達にあるので、朽ちても文句は無いと付け加えておく。戦場で折れたいと望む好戦的な奴等は手入れを望み、戦を望まない左文字兄弟は朽ちていく事を選んだが、口下手な小夜の望みにより三度目の修繕を渋々受け入れた。小夜経由で宗左(そうざ)なんかはグチグチと文句を垂れていたものの、最終的に不動に任される形で運搬され、感情の起伏に乏しい三代目から見れば『付喪神の一柱』なので『詳細は治った後に聞きます』と、護衛を買って出た信濃や日向と共に豚の丸焼きの如く連行されて手入れに直行だった。

 今剣(いまのつるぎ)は、岩隔(いわとおし)

 (あつし)は、鳴狐(なきぎつね)。秋田は、鯰(にい)(みだれ)は、(ばみ)(にい)。後藤は、物吉。

 愛染(あいぜん)は、蛍丸。

 和泉(いずみの)(かみ)は、相棒の堀川。

 鶴丸は、三日月。

 同田貫は、御手杵(おてぎね)

 太鼓鐘は、燭台切。

 謙信は、小豆。彼には毛利がついていったが、毛利曰く『小さい子を守らねば!』だそうな。毛利を見送った三代目は、『毛利も小さいだろう』と言いたげな視線を寄越していたが、彼はいつものように無視した。

 第一陣は早朝だった事もあって正午に目覚めて、昼餉を共にし、第二陣は昼餉の後に全室使って(さる)の刻に起床して、湯豆腐で腹を温めていく。終盤に担ぎ込まれた者達も手伝い札を使われて、日付が変わる頃に起床し、三代目が作った夜食の卵()饂飩(うどん)の優しい味付けに涙を流したらしい。

 

 

 三日目の朝餉は、(くりや)担当の一振りである燭台切と、お八つ担当の小豆が復帰したとあって豪華になると思われたが、一週間程は人体に負担が少ない献立になると伝言板で知らされる。

 三十数振り分と一人の朝餉を作ってから、手入れ部屋で起床したばかりの第一陣にも同様のものを用意した。()の刻に第二陣がぶちこまれ、(うま)の刻に酒飲みや長船派の者達が回復してくる。第一声が『酒はあるか』だったので、長谷部が『主命により禁止されている。主が快気祝いに宴を開いて下さるから、それまで我慢しろ』と叱る光景を目にして、『平和になったな』と独り()ちた。

 そこで三代目に渡された茶封筒の存在を思い出し、こんのすけを呼び出していんたあねっと回線を復旧させて、病名を調べる。

 解離性同一性障害。

 性同一性障害。

 どちらも心の病気で、前者は一人の人間の中に複数の人格が存在し、後者は体と心の性が合致していないというものだった。

 現時点で理解できるのは、何かしら精神的負担が大きくなり、安心する場所が無いという事だ。ならば、本丸(ここ)をそう思って貰えれば良いと医術を囓った物の責任として、三代目に就任した女を見守ると決意する。

 

「……よお。眠れてるか?」

「はい。信用を得るには、実働あるのみです」

 

 彼女も戦場育ち故、少しの物音で意識が覚醒し起きてしまうのは致し方ない事だが、年齢だけで言えばややが一人くらい居ても可笑しくないだろう。

 夜食担当も相変わらず続けており、今日の第一陣で目覚めた石切丸曰く、

 

(三代目は、記憶喪失でも相手を思いやる心が残っている。私達も、優しさや気遣いを感じ取って、心が(ほぐ)されるんだろうね)

 

 と、朝餉に付いてきた菓子『かぬれ』を少しずつ口にして味わって、ちょこと抹茶味を噛み締めている。『そうか』と短く返答し、御神刀が言うんだから的を得ていると見当を付け、第三陣になる(じん)選を見繕おうとした。

 しかし、廊下から長義が写しのまんばを肩に担いで叩き起こす様子を横目で見やり、兄を背負って手入れ部屋へ向かう次郎の横を素通りし、燭台切に担がれて白目剥いてる大般若の顔にあった飾りを拾い上げ、琉球方言丸出しの二振りに抱えられている千代金丸の顔色の悪さが青い髪色と相俟って心配になる。

 第三陣が目覚めるのは(とり)の刻になるだろうと予想し、夕餉前に江雪(こうせつ)と協力して荒れ放題の畑を耕運を買って出、枯れた草木を集めて野焼きの作業に移った。就任後二週間は戦闘行為は免除されているとはいえ、刀剣男士の望みに耳を傾けてくれるだけでも心身の調子が違うから、彼女には感謝している。

 いち(にい)の話によると、四日目の第一陣の時間までに三代目は離れで眠りに就いたようで、八時間は休息を取れた事に安堵する。この日は新選組に連なる者、五日目は一文字に連なる者という風に派閥毎に回復していき、不仲の兄弟間で小さな喧嘩はあったものの、『今はそんな事を言っている場合ではない』と冷静な刀に一蹴されて口を(つぐ)んだ。

 六日目になってくると、派閥関係無くやれ『海繋がり』だの、やれ『これからは、同じ主の下で暮らすから』だの素直でない者は口実を見つけて、手入れ部屋へ連れて行く様子が見受けられる。そんな調子でやっていたため、一週間が経過した第二陣──つまり、昼餉には怪我をしていた本丸の全振りが手入れを滞りなく受けられ、諸手を挙げて喜んだ。

 

「初日に手入れを受けた方達の食事は、明日から常食になります。一週間後に免除が解かれ、戦場へ転送可能になりますので、短刀と中心に編成します。私からの報告は以上です」

『はい!!』

 

 燭台切と歌仙は『日本刀なら和食で』と意見が珍しく一致し、明日の朝食は鮭と椎茸のみぞれ煮、昼食は照り焼きつくねに決まる。夕食は、功労者である三代目の好きな肉料理という事だったが、基本的に無表情で完食するため、考えあぐねていた。

 

「……(あるじ)。嫌いな食べ物はあるかい?」

「嫌い……。……今思いつく食材としては、辛いものが苦手です」

「じゃあ、山葵(わさび)辛子(からし)を使う料理は無しにしよう」

 

 歌仙が速攻で除外し、燭台切が肉料理で候補をあれこれ出していく。

 

「では、昼餉と夕餉を入れ替えて、昼食はイガイガの無いトンテキが良いです」

「イガイガ? ……もしかして、豚カツの衣が苦手なの?」

「いいえ。好きですが、免疫力が下がると喉の粘膜も弱ると、薬研から学びました。貴方達の負担を少なくする必要がある事と、病み上がりという事態を考慮に入れて選択したに過ぎません」

「っ……。ありがとう。(あるじ)

 

 この本丸に他を慮る審神者(さにわ)が居なかった事もあり、歌仙は感涙し、燭台切は上手く言葉が出ず、小豆は生くりいむを絞ったぷりんを作ろうと計画している。

 彼らの反応に目を瞬かせて不思議がる三代目に、感謝を込めて俺は補足した。

 

「俺達を大事に思ってくれてありがとうな。大将(・・)

「部隊の長として、兵站を重要視するのは当然です」

 

 当然の事をできない先代達と比べているからか、三代目《白藤(しらふじ)》の言動がまともで、その揺るがない姿勢が輝いて見えた。

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