巡り巡る   作:桃木野

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女友達の才能

 憲兵学校卒業後にも、律儀に月に一度届く手紙に綴られた報告書は、いつも通り『秋月』の筆跡だった。

 だが、内容は普段とは違っており、二年前の温泉旅行で加密列(カミツレ)先生が言った事を覚えているか。(あるじ)様は未だ彼女の声しか聞こえていないが、日曜日──日付からして四日前に彼女の案内で『光の柱』に立った。貴方の事を忘れているが、これで会わせられると書かれている。

 

「……」

 

 彼女と会うのを待ち侘びていたはずだ。

 だが、俺の事を忘れているとはっきり書かれてしまえば、自然と息や言葉が詰まる。

 痛む心を落ち着かせるために深呼吸をしてから、彼女達別人格が『(あるじ)様』と呼んでいる主人格──本来の(あかり)──がスポットに値する『光の柱』に立ったのは良い事だと、自分を慰めるように積極的に考え、今週末に会いに行こうと決意して就寝した。

 

*

 

 一一〇〇(ヒトヒトマルマル)(あかり)君の家に到着して、立派な表門を叩くと、引き戸の玄関が開いて潜り戸から元ポートマフィアの富山が現れ、同居人の彼に笑顔で挨拶を交わしてそこから敷地に通してくれた。入れ違いで彼は昼餉を持ち帰るため、片道一時間程かけて出掛けていく背中を見送る。

 客間に茶菓子と緑茶を持ってきた立原に会釈し、一人増えた子供にも挨拶を交わした。

 新入りの少女は赤髪を三つ編みにし、そばかすがついた小さな顔に翠眼で不安や警戒を隠す事無く此方(こちら)を見遣り、銀と拙い片言の日本語を話している事から、如何(どう)やら異国の出身らしい。土産の輪形揚げ菓子(ドーナツ)を食み、試しに英語で口に合うか尋ねると、口の横にカスタードクリームを付けて驚きつつも頷いて肯定し、「美味しい」と小さな声で付け加えたため無意識に微笑んだ。

 

「俺、呼んでくる。(あかり)さーん。源おじさん来たぜ!」

 

 輪形揚げ菓子(ドーナツ)を一個食べ終えた中也が、家主を呼びに襖を開けて廊下を走っていく。背中に向けて、立原が「走るな」と注意するのはご愛嬌だ。

 俺は以前、燁子(てるこ)君の一件の態度で子供達には距離を置かれて警戒されていた。しかし、(あかり)君が行方不明になって帰還した際に家に送ったところ、つっかえ(なが)らも礼を言われたのが切っ掛けになったのだろう。

 猟犬の制服や外套が汚れるのも構わずに地面に片膝を着き、視線を合わせてその事と情報提供を褒め、「そのおかげで、彼女を助けられた。礼を言うのはこちらのほうだ」と頭を下げて本音を伝えた覚えがある。

 そして、いつも通り月に一回──この時は月末──に顔を出せば、茶髪碧眼の少年──中原中也──が「源おじさん」と開口一番に言ったのだ。十中八九、(あかり)君が原因だと推測し、元陸軍少佐を相手に顔面蒼白になっている立原を他所(よそ)に、二ヵ月が経過した現在も子供達に「源おじさん」と呼ばれ続けている。

 

「あ……」

 

 調理法(レシピ)本を参考に夕食の仕込みを終えたという家主が、台所から客間へ子供に手を引かれ(なが)ら赴く。

 そして、顔を合わせるや否や、目を細めて微笑み、こう告げた。

 

「久し振り。源君」

 

 自分の視覚と聴覚を疑ったが、生体手術を受けているので『それは無い』と即刻脳内の選択肢から除外する。

 用意された座布団に座す様子をぼうっと眺めて、もう一度名を呼ばれて我に返り、話を伺った。

 記憶が戻った切っ掛けは、精神世界で金木犀の香りを嗅いだこと。三日前の診察で、七五三の記憶を思い出したこと。先程も、料理の仕方や学校で経験したであろう出来事全てを「忘れている状態だけれど、焦らずにやっていくよ」と前向きな気持ちで締め(くく)られる。

 

「改めて、金木犀の香水を贈ってくれてありがとう。あたし(・・・)、多分一回しか言ってないのに覚えてくれてたんだ」

「あ、嗚呼……」

「凄く嬉しい。一生大切にするよ」

「っ、……そうか。喜んで貰えたなら善かった」

 

 彼女の一人称があたしという事は、間違い無く俺が知っている(あかり)本人だ。他の人格は、一人称が私だったので判断材料には打って付けになっている。

 脳が情報整理している最中に、この身体は小学生の頃とは違う屈託の無い笑みを前に言葉を失い、早鐘を打つ心臓を無視して、如何(どう)にか次の言葉を紡いで表情を取り繕う。

 

「来年は何が良い?」

「え、もう? 早いなァ。……諭吉君と加澄も誘って、四人で遊びに行きたい」

「いいな。何処に行きたいんだ?」

「んー……。今は何も浮かばないな」

「そうか。決まったら連絡してくれ」

「うん。解った」

 

 それから、土産の輪形揚げ菓子(ドーナツ)を一つ美味そうに平らげて、家主への感謝を込めて今や月一の恒例行事となった富山の奢りで全員で昼餉の用意をする。

 三年前より大所帯になったため外食する事は諦め、亜米利加(アメリカ)人のルーシーの歓迎会も兼ねて港南台駅の先にあるケンタッキーフライドチキンのランチセットで祝い、腹が満ちた一時間後に立原が子供達を引き連れて、普段通い慣れている駄菓子屋を訪れた。

 そして、商店街に軒を連ねる初来店の武蔵雑貨店で、(あかり)はルーシーに西洋の護符(アミュレット)の一つである腕飾り(ブレスレット)を購入する。材質は、水晶(クリスタル)の中でスモーキークォーツを使用しており、彼女の瞳の色に合わせた翡翠の勾玉と相()ってよく似合っていた。

 

「セーンキュ、猫ちゃん! いや~、善い目を持ってるね。(あかり)さん」

偶々(たまたま)ですよ。武蔵さん」

「そんな謙遜しなくて良いって! この地区ではそういう(・・・・)人が多くて、それを家業にしているから、隠さなくて大丈夫。俺の見立てだと、君の場合は霊力と魔力双方共、質も量も申し分無く一級品だよ。ルーシーちゃんと銀ちゃんも魔力あるし、あの扉の向こうにある商品見て貰って構わないからね」

 

 帽子に簡略化された髑髏(どくろ)のキャラクターを飾り、人骨を思わせる喉元から鎖骨、前腕部にかけて施された白いフェイスペイントやボディペイント。肋骨が描かれた服を(まと)い、ドレットヘアーが特徴的な瘦せ型で目鼻立ちが整っている黒人男性の店主は、流暢な日本語で商売人に違わず怒涛の語りで主導権を握る。

 彼の発言から、(あかり)と少女達の魔力の有無は何処で判断しているのかと思案する中、あの三人が引き戸の取っ手や扉に触れた時だけ、店の玄関上部に提げられた三つの鈴が鳴った事と関係があると推察した。恐らく、あの鈴は、栄区南半分の土地を守護する三鈴神社の神紋が由来だろう。

 考えを中断するように、また魔力持ちを示す鈴が鳴って来客を知らせる。

 今度は、店主の武蔵より薄い褐色の肌を持ち、白髪にターバンを巻き、金の耳飾りを付けた(こう)眼の男性が軽快な足取りで屋内に入ってきた。編み込んであるとはいえ、ぴょこぴょこと長い前髪を三つ編みにして出来た尻尾部分が揺れ動き、小型犬の尻尾に見えて独り笑いを堪える。

 

「カリームさん。ここに来るなんて珍しいですね」

「お! 中也じゃないか。龍之介も此処で買い物か?」

「はい」

「あれ? 銀は?」

「魔力があるとかで、あの扉の向こうに行きました」

「へー、良かったな。じゃあ、今度、髪を一房でも三つ編みにしたほうが良い。アミュレットになるからさ」

「アミュレット?」

「うーん……。日本語だと、護符って意味だ。エネルギーの結束とか、魂の保護になるんだぜ」

「そうですか。(やつがれ)が結ってみせます」

「銀だけじゃなくて、龍之介と中也も試しにやってみたらどうだ?」

「え? 俺、男ですよ」

「それを言うなら、金ピカの鬼ちゃんも同じだろうに。とにかく、彼の言う通りにしたほうが()い。特に、(あかり)さんと関わりがある君達は、二ヵ月前みたく、ふとした事で縁が切れかけた前例があるからね。それと同様で、魂の綻びがあっては君達自身が(・・・・・)困るし。あ。これ、そこの大人達も例外じゃないぜ」

「ほら! 店主の武蔵さんも言ってるから、ちゃちゃっとやろうぜ。あそこの椅子借りて、俺が結ってやるよ。ついでに髪留めも買ってやる」

(いや)(あかり)さんにやってもらいます。そうですよね? 源おじさん」

「お、おう……。そうだな」

 

 如何(どう)やら、少年達の年の離れた友人らしく、寡黙な彼とは正反対の活発な性格で、此方も淀みない日本語を話している。この地域で交流がある事は()いと和んでいる最中、カリームと呼ばれた男と視線が合った。

 

「こんにちは。俺は、カリーム・オスマンオール。カリームって呼んでくれ。……ところで、俺達、何処かで会った事あるよな?」

(いや)、今日が初対面だ。俺は、福地桜痴。よろしくな、カリーム」

「おう!!」

 

 差し出された手を見遣って握手を交わし、

 

「でも、俺の記憶違いか? 生え際に稲妻の切れ込みがある奴なんてそうそう居ないし、見覚えがあるんだけどなあ」

 

 大きな独り言に聞こえない振りをして、然り気無く買い物を促し話を逸らした。

 彼は籠目紋の御守りを購入後、笑顔を浮かべて嵐の如く去って行く。

 背中を見送る俺に対して、二冊の分厚い本を抱えた(あかり)から誕生月を尋ねられ、「五月だ」と短く返答して暫く経った後に、掌大の紙袋を「今日のお礼だよ」と告げ(なが)ら手渡してきた。

 断る理由も無いので其れを受け取り、彼女の家の客間に再度座して開封すると、黒い石と緑の石の腕飾り(ブレスレット)が一つずつ入っている。何方(どちら)も五月の誕生石である翡翠が一つ装着されており、疑問符を浮かべる俺に対し、(あかり)は掌を上にして解説していった。所作一つに家柄に違わない品の良さが出ている。

 

「黒い石は、黒瑪瑙。戦いに赴く時の護符とか邪や魔から護る石。緑の石は、孔雀(くじゃく)石。邪気を跳ね返す力があって、身代わりになって砕ける石なんだって」

「そうなのか。効能があるとは初めて聞いたな」

「あたしも今日初めて知ったよ。加密列(カミツレ)先生から、君が軍警の職に就いてるって聞いたんだ。少しでも危険から身を護れたら良いと思ってね」

「……ありがとう。大切にする」

 

 勤務中は身に付けられず、霊的な物は全く信じてないがと胸中で付け加え、微笑む彼女を前に心苦しさを隠した。

 男性用で購入したのか、体格がしっかりしている自分でも丁度良い着け心地で不快にならない。ジーショックの腕時計を一度外し、左手首に装着しても洒落っ気が足されるだけで、奇抜な印象は受けないので実用できそうだ。

 それから駄菓子を摘まみつつ、富山の私物であるデスクトップパソコンでルーシーの為に先程の雑貨店で購入したと言う、ディズニー作品のアラジンを英語で視聴し、日本語字幕を追って詐欺師と一国の姫君の恋物語に没頭する。子供達は不慣れな言語に戸惑っており、表示されている漢字は小学二年生では未だ習っていないものもあったが、音楽と登場人物(キャラクター)の動きとノリで解決していた。「最初から頭を悩ませて考え込むより、楽しんで覚えたほうが習得が早い」と誰かが言っていたのを思い出すが、苗字を浮かべる前に(あかり)の笑顔を目の当たりにして現実に引き戻される。

 映画を一本観終わって共に片付けに従事し、玄関先でお暇の準備を済ませた俺の眼前で、(あかり)がライフガードのボディーバッグを背負ってコンバースの黒い靴を履き始めた。

 

「駅まで見送るよ」

「そうか。なら、お言葉に甘えよう」

「へへっ」

 

 はにかんで出掛ける旨を留守番組に伝えて出掛け、石畳を踏んだ反響音の中を進み、最寄り駅を目指すも互いの間に会話は無い。だが、職業柄相手を観察してしまうもので、先程迄視線は俺の足元にやっていたが、今は俺の肩をじっと見ている。彼女の性格上、本当に言いたい事を吞み込み、相手を気遣って誤魔化す事は知っていた。

 住民達専門の表門が見えてきた頃、尋問にならぬよう注意して、なるべく自然に聞こえるよう問い質す。

 

如何(どう)した? 何か付いてるのか?」

「うん。憑いてるけれど、大丈夫だよ。……源君。三つ聞いても良い?」

「構わんが、俺が答えられる範囲にしてくれると助かる」

「わかった。右頬の傷は大丈夫?」

「うん? 此れか。大丈夫だ。傷も塞がっているしな」

「そう。次はね、……ずっと、肩が重いなとか足取りが重いって感じた事ある?」

「……嗚呼。最近になって特にな」

「そう……。体は丈夫に見えても、疲れが溜まってる可能性もあるかな」

「そうかもしれん。次が最後の質問になるが、大丈夫か?」

「大丈夫だよ。最後は……、悪い人と縁があるよね。今も続いてるでしょう?」

「っ……」

 

 揶揄(からか)ったつもりが、予想外の問いに絶句した。

 それは質問という形をしているが、彼女の琥珀色の視線と表情は真剣其の物で、何かを確信しているのだと自分の直感が告げている。

 

「……何故判る?」

「昔から人じゃないモノが見えるんだ。お母様には他言無用だと言われたけれど、此処に彼女は居ないし、友達が危機なら話は別だよ。……人間の頭蓋骨に鼠の耳と体が合わさって、肩や足元を彷徨ってる状態だね。数も多いから、君と複数回会ってるのかな? まるで、君を死へ(いざな)う死の鼠だ」

 

 死の鼠と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、国際指名手配犯である露西亜(ロシア)人のフョードル・ドストエフスキーだ。複数回会っているのも在る目的を果たし、数ある計画を完遂する為に必要な事で易々と減らせるものではない。

 

「……そうか。原因が判って良かった。ありがとう。……その、なんだ。例え、母君や他人に疎まれる能力だとしても、視える目は(あかり)が持っている才能の一つだな。自信を持て」

「! ……こちらこそ、信じてくれてありがとう。君にどんな事情があるか知らないし、無理して聞いたり詮索もしない。でも、いつかその人と縁が切れる事を祈っておくよ」

 

 隣に寄り添って、励ます為にポンポンと背中を優しく叩かれ、その際にバキッと何かが割れる音と「ギッ」と苦悶の声が背後から聞こえてきた。そして、(つい)でと言わんばかりに孔雀(くじゃく)石の一つに(ひび)が入って砕け、乾いた音を立てて石畳の上に落ち、十二月の気温とは違う寒さを感じる。

 

「……早速御守りが効いたな。流石、(あかり)が選んだだけの事はある」

 

 悪寒を気取られぬよう安堵した微笑みを作って、女友達を褒めて自信を付けさせ、自己肯定感を高める事を忘れず、他愛ない話をし(なが)ら駅まで見送って貰った。

 

*

 

 習志野駅で下車し、庁舎内にある独身寮に到着した頃、玄関先で一匹の灰色の猫が全身の毛を逆立てて威嚇する。

 

「シャーッ!!」

「おう、ちゃんと帰還したぞ。蒼助(そうすけ)

 

 澄んだ碧眼を持つ雄猫は、三年前の冬に庁舎内に迷い込んだのが切っ掛けで、白い首輪のみを装着して飼われている。

 しかし、入隊以降自分に一向に懐く気配が無い。

 猫を飼っていた経験から来る自信を打ち砕くには充分な衝撃だったが、慣れてしまえばこの子の個性だと受け入れていた。

 床に片膝を付いて挨拶代わりに俺の指に鼻先を近付けるどころか、烏賊耳と尻尾を倍に膨らませて俺を警戒している。相も変わらずこんな態度を取られているのだが、今日は初めて足元に近づいて、何も無い床を猫パンチでバシバシと強めの攻撃を何度も繰り出ししていた。

 

 ──ずっと、肩が重いなとか足取りが重いって感じた事ある?

 ──昔から人じゃないモノが見えるんだ。

 ──人間の頭蓋骨に鼠の耳と体が合わさって、肩や足元を彷徨ってる状態。数も多いから君と複数回会ってるのかな? まるで、君を死へ(いざな)う死の鼠だ。

 

「お、わッ……! 痛ッ!」

 

 (あかり)の言葉を思い出すうちに、肩の重みが増して叩かれる衝撃や爪を立てられる感覚がして短い悲鳴を上げる。対して、この雄猫は一仕事を終えたと言わんばかりに、(うなじ)から肩甲骨辺りに器用に座り込んで前足の毛繕いを始め、唸り声を聞き付けて部屋から出てきた同僚に猫を抱え上げられる迄、其処(そこ)に座り込む羽目になった。

 

「……ありがとうな。蒼助(そうすけ)

「ふなー」

 

 ピンと尻尾を真っ直ぐ立てて上機嫌で鳴いた雄猫の頭部を、左手でくしゃりと(しばら)く撫で続けた後、重苦しかった凝り(・・)や足取りが軽くなっている事に気付き、蒼助(そうすけ)にフリーズドライの胸肉と(あかり)に何か贈り物をして改めて礼をせねばと決意した。

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