巡り巡る   作:桃木野

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君を想う故に

 黒瑪瑙と孔雀(くじゃく)石の腕飾りを女友達から貰った日から三ヵ月が経つ。

 その間に、福沢と同居している加澄、森林太郎元衛生課長と幼馴染だという東雲(しののめ)実紅里、俺より一〇(センチ)背が高い男──雑渡(ざっと)昆太と縁がある千里(あきら)、里親として埼玉県久喜市から迎えた養子──中島敦を育てている朝飛(あさひ)嘉々里(かがり)など、二週間おきに誘拐される事態が起きた。

 全員が日本の異能兵器という共通点から、他国の軍が関係していると鑑みたが、(あかり)の救出を担当した特殊事案部の田中さんとこんのすけが引き続き対応した事で、同じ時の政府の仕業と断定できた。派閥や本丸に巣食う悪党を一斉摘発できたと別途で報告をされたものの、田中さんが所属する特殊事案部は重く受け止め、(しばら)くこの時代に留まるとのこと。

 そんな中、(あかり)は去年の末に園児だった頃の記憶を、合格発表の四日前に小学生時代の記憶を取り戻した。だが、喜怒哀楽に関する記憶がすっぽり抜けており、虫食いの状態らしい。

 そして、秋月の努力に()って三重県の皇學館大学に合格し、文学部神道学科に入る事となった。俺は、独立電網(イントラネット)での発表で「合格した」と報告を受けた時、丁度遊びに来ていた為、同居人を含めて全員で昼食に鰻重一式(セット)で祝った。

 六日後、(セイント)ヴァレンタイン(デー)には、郵送で(あかり)自身が選んだ横浜キャラメルラボの軍粮精(キャラメル)を受け取った。

 一筆箋には、(あかり)の行書体の筆跡で、宛名と共に『いつもお仕事お疲れ様です。これを食べて一息ついてね』と一言添えられている。菓子の意味を調べると、軍粮精(キャラメル)は溶けた後も甘さが残る事から『あなたと居ると安心する、癒される』といったものだった。

 齢三四にして懸想している相手に好感を持たれている事に、思わず便箋を持っていない片手で拳を握ってしまう。喜ぶのも束の間、その日から就業後にはやるべき課題を片付け、一月後のホワイトデーに贈るものを探す事に集中する。

 週を一つ跨いだ土曜日は、(セイント)ヴァレンタイン(デー)の事もあり、平静を装う事に必死だった。

 横浜ベイシェラトンホテル内のレストランで北海道フェアを食して堪能し、彼女を腹八分目の満足感から油断させた後、最寄の横浜駅で合格祝いとして、ハッチのハンドクリームセットを付属の手提げ袋毎手渡す。

 

「二週間遅れだが、君なら合格出来ると信じていた。改めて、御目出度(おめでと)う」

「……っ。ありがとう。源君」

 

 涙を堪え、大層喜ぶ彼女に釣られて微笑んでしまった。

 その夜に届いた電子文書(メエル)には、保湿と紫外線対策を兼ね備えたハンドクリームは、人前に出る自分の仕事に対して選んでくれた事への感謝と、同封されているハニーコラーゲンドリンクは美味しかったと簡潔に綴られていた。図体と仕事柄秩序維持の為に暴力を振るうしか取り柄の無い、こんな男友達の意図を汲んでくれる彼女に対して、中学時代以来の想いが再度募っていくのを自覚する。

 三月末には、下宿先への引っ越し準備を粗方済ませた(あかり)に、約二週間遅れのホワイトデーの菓子を送った。

 先月想いが再燃し、好意は持っているものの伝える勇気は無く、結局同じ意味を持つ無難な軍粮精(キャラメル)を選んだ。袋の中身を知らない彼女は嬉しそうに破顔し、暫く会えなくなる事を寂しがっていた為、連絡頻度は低いが電子文書(メエル)や電話でも交わせるだろうと励ますに至る。

 そうして月一で届く秋月からの手紙には、四月から学業優先で仕事量を減らすものの、相も変わらず菜の花として芸能人の仕事をやりながら、自身と正式に親元から預かっている子供達の学費と生活費を稼いでいるようだ。主人格である(あかり)自身が精神科に通い続け、別人格と話し合いをしては徐々に記憶を取り戻している。彼女の表現では、別人格は多くが眠りにつく統合より、自身の記憶を話す事で情報共有する共存を選択し、彼女達を心の中を管理する管理人の人格──黄花(きばな)乙女畔菜。通称、畔菜さん──が彼女達を部屋に送り届ける役割を果たすらしい。

 更に、異能兵器としての精度を落とさないよう、四年前から今まで通り仕事の合間に陸軍予備役の訓練に参加する旨を、『秋月』は監視役の榊から聞いていた。しかし、その時点では(あるじ)様である(あかり)が目覚めていなかったので、改めて(あるじ)様に自分が参加必須の訓練だと報告したと綴っている。

 今回の手紙に関して言えば、解離性同一性障害の顕著な一例として筆跡が違うため、誰が書いているのか一目瞭然だ。序盤と終盤の秋月は十数年見慣れた拙い字体、中盤の(あかり)は美しい行書体で書かれている。

 そうして、受け取った便箋を元通り三つ折りに畳み直し、自分の予定を脳内で振り返ってみた。

 今年も、独身故、都合良くゴールデンウィークに休みが取れる可能性は低い。

 結婚すれば、起床喇叭(ラッパ)で叩き起される事は無くなるのだろうか、と考えたところで、(あかり)と共に過ごす姿が思い浮かんだ。記憶が戻ってもあの笑顔で居られるか不安はあるが、前掛(エプロン)か割烹着かで悩んでいるうちに腹の虫が鳴り、昼食を摂る為に食堂へ向かう。

 

「おお。桜も見頃だな」

「そうですね」

「福地は来週末休みだろう。何処か行くのか?」

 

 庁舎に備えられた窓硝子(ガラス)の向こうで咲き誇る桜を見遣って、先で立ち止まる上官に答えた。

 

「……はい。友人の家に」

 

 友は、もう三重(とおく)へ行っているが、と胸中で独り()つ。

 

*

 

 (あかり)と再会したのは、新盆を終えた八月末だった。

 子供達の話によれば、学業優先で帰省しない事を踏まえて、ルーシー君や燁子(てるこ)君、作之助や紅葉君には四ヶ月分のお小遣いを、大人達には子供達も含む生活費を四ヶ月(まと)めて前払いで貰い、帰省の際に同居の際に決めた額の家賃を手渡したらしい。何故、

 茶菓子に伊勢土産の赤福餅を()む俺達に対し、(あかり)は習志野土産の鯛焼きを飲み込み、この家に辿り着く経緯を話してくる。

 

「今月頭に、帰省次いでに横浜駅から本牧町方面を徒歩移動してた時に、白いロシア帽を被った、黒髪紅眼(こうがん)の男性を見かけたよ。色白で瘦せ型、具合が悪そうに見えたから思わず声をかけたんだ。暑くて人通りが少なかったから、判り易かったよ」

 

 自分にとって当て嵌まる人物は一人しか居ないが、敢えて問うた。

 

「その人は、どんな名前だった?」

「? ヒョードル・ドフトエフスキー、だったかな?」

 

 音は合っているが惜しい。だが、彼女に恥をかかせる事無く、然り気無く訂正する。

 

「フョードル・ドストエフスキーか?」

「ああ、そうかも。如何(どう)して知ってるの?」

「国際指名手配犯だからな」

「……え?」

「彼に何もされてないか?」

「うん。むしろ、あたしが貧血対策に焼肉奢ったよ。……あ。今度、お礼にお茶に誘われた」

「すっぽかせ」

「いや、行くよ。もう約束したもの」

「犯罪に巻き込まれる可能性が高い。幼馴染の身が危険に晒されている事態を、黙って見過ごす事は出来ん」

「巻き込まれているのは、君も一緒でしょう。軍警が犯罪者と何度も会っている、()しくは、相対しても取り逃し続けているのかな? まァ、どんな形で遭遇しているにせよ、彼が去年言った骸骨鼠の発生源だ。叩かなければ、これからも君や他者に不幸を撒き散らす。あたしも、自分ができる範囲で君を厄災から遠ざけたいんだ」

「目に見えんもの迄信じろと?」

 

 座卓を囲んでいる幼い子供達は、初めて目撃した俺達の口喧嘩と険悪な雰囲気に怯え、菓子を食む口が止まっていたが生憎そこまで気にかける余裕は無い。

 

「信じられないと言うのなら、それで構わない。だけど、その力に頼って、君があたしを本丸から助けたのは事実。そして、此処に居る亡霊の証言によって、厄災を滅ぼす解決の糸口が見えたの。フョードルの異能力と殺し方をね」

 

 精神的に弱っていた以前の彼女なら、確実に此の場面で泣いていた。

 だが、空白期間の記憶や鈍っていた感情表現を取り戻しつつある今、温かな琥珀色の瞳で俺を真っ直ぐ捉え、冷静に次の返答を待っている。

 

「……聞こう」

 

 居住まいを正して聞く姿勢を見せた事で、彼女は一口緑茶を飲み、説明の準備を始めた。

 

「現在、あたしの隣に居る亡霊の情報によれば、彼は数百年生きている。これは、彼の背後に列を成している骸骨達の恰好を視て、そのどれもが古めかしかったから解った事だよ。次に、どうやって数百年生きてきたか。一番最初にフョードルを殺した彼が、『自分が彼を殺害後、意識が遠のいた』と証言して下さった。あのロシア人は、自身の異能力に因って、直接、又は間接的に殺した人間が、次のフョードルに成って物理的に転生し続けている。つまり、彼の人生に幕を下ろすには、人間による心中か、人間が手を下すのではなく妖精や神の類が殺せば、異能力が発動せずに王手をかけられる」

「……理論上はそうなるな。だが、神の中には元人間が祀られてる事もある。それにも彼奴(あいつ)の異能力が及ぶと仮定するなら、到底無理だ。どうやって協力を仰ぐ? 君の守護神に頼むのか?」

「そうだね。それでも駄目なら、春日家本家の伝手で人外の情報は幾つか聞き及んでるから、其方(そちら)にも行ってみる」

「具体的な候補は?」

「今思い浮かぶのは、二人。先ず、四十年前に守護神の気(まぐ)れで森同士を繋げられて来日した、北欧の妖精(エルフ)。次に、アイルランドの(ドラゴン)。先祖返りをして炎を吐く親子。話がついて応えてくれるかは別にして、神と同等の力を持つモノは世界中に居るから、あたしはそっち方面であたってみる。だから、君は今迄通り、普通に過ごしてほしい」

「解った。では、君がフョードルと再会する時に同行しよう」

「え?」

「今迄通り、普通に過ごすのだろう? 犯罪者相手に(ひる)まんぞ。俺の事は護衛とでも思ってくれ」

 

 彼女は僅かに開いた口が塞がらずに茫然とし、俺の意地の悪い表情を見て『やられた』と思ったのか形の良い唇を嚙み締める。

 犯罪者と接した期間は短い乍らも、そこから相手の異能力に対する弱点を推測する洞察力に感嘆し、説明を聞いて理解はしたが大人しく尻尾巻いて縮こまる性格では無い。そして、双方共、危険から遠ざけたい想いを理解した上で従う心算(つもり)も無いと看破し、視線を逸らして大人しくこう自白した。

 

「っ……。……二週間後の土曜日。朝十時半に桜木町駅集合」

「二週間後の土曜日、一〇三〇(ヒトマルサンマル)に桜木町駅。了解」

 

 復唱後に、対面に座る彼女は俺を真っ直ぐ見遣り、寛濶(かんかつ)声で告げる。

 

「当然の事だけれど、捜査があったら其方を優先して。あたしの事は二の次で良いから」

「無論だ。フョードルの異能力は上官に報告するが、善いか?」

「構わない。此方も、本当は新大陸(アメリカ)の蛸の人外に頼みたかったけれど、相当なのんびり屋で選択肢から除外するしかなかった」

「そうなのか。俺には御伽噺にしか聞こえんが」

「君にとってはそれで良いよ。視え過ぎるのも結構困るから」

 

 整えられた綺麗な眉尻が下がり、彼女の言葉通り困り笑いを浮かべ、緑茶が淹れられた湯吞みを傾けて十数分前の様に談笑している。

 だが、そこに割って入る凛とした声があった。

 

「もう喧嘩は終わりんしたかえ?」

『あ』

 

 赤毛の着物を着た少女──尾崎紅葉が、笑みを顔に貼り付けて幼年幼女の前に座している。

 その後ろには、以前、牢屋にぶち込んでいた赤毛の少年──織田作之助が、成人男性と共に小皿に残っている菓子を勧めていた。

 

「うん、終わったよ。ごめんなさい。騒がしくして」

「それは良かったえ。……二人共、頭を冷やして来なんし」

『はい……』

 

 詫びとして徒歩で往復一時間弱かけ、二人で立ち寄った宗家源吉兆庵で其々(それぞれ)陸乃宝珠と梨宝果を選び、其れを彼らに手渡し、「意見の相違に因る喧嘩であって、既に仲直りをした」と説明する。しかし、其れでも不安は拭えないらしく、お互い目配せをして眼前で抱擁を交わす姿を見せた事で(ようや)く安心させられた。

 抱擁を交わすのは園児以来とは言え、彼女の身体の柔らかさに驚きはしたが、笑顔を貼り付けていたのは成人男性陣には見抜かれており、温かい眼差しを向けられていたのは言う迄も無い。

 

*

 

 約束していた日時に別件の捜査が終わり、次いでに立ち寄ったに過ぎなかった。

 此の儘駐屯地に戻ろうと追いついた今作戦の同僚を無視して、(あかり)を前に隊服で現れたが、厳つい柄の紫のスリングバッグを背負って野球帽を目深に被り、片耳に紫水晶の耳飾りを着けた当の本人は俺を見上げた儘言葉を失っている。

 

「……(あかり)?」

「え、あ、ごめんなさい。源君の制服姿、初めて見たから……」

 

 薄化粧なのは相変わらずだが、琥珀色の瞳が右往左往し、頬がほんのり紅くなって発した言葉も徐々に尻すぼみになっていく。

 若しやと思い、好奇心半分、悪戯心半分で笑い乍ら揶揄ってみた。

 

「なんだ? 普段と違うから見惚れたのか?」

「うん」

 

 あっさりと認め、吐いた言葉に慌てふためく様子は無く、只静かに微笑を浮かべるだけだが、目が離せなくなる。

 それを目の当たりにして、昔から可愛いと思っていたが、芸能活動をしている分美貌に磨きが掛かっている割りに、自分が如何(どう)見られているか無頓着なのは相変わらずだ。今も眼下で吞気に携帯で時間を確認して腕を組んでいるが、斜め掛けしている鞄の(ベルト)が豊満な胸で挟まれる形になり、谷間が強調されるせいで自然と視線が其方へ行き、下衆な欲望が(よぎ)って理性に命令する。

 

「偶然でも、会えて善かった。凛々しい姿が格好良いね。普段も十二分に格好良いけれど、制服姿だとより魅力的になるよ」

「……そうか」

 

 彼女が褒めれば褒める程、自分が呆ける時間が増えて無口になり、面と向かって格好良いと言われた手前、此方も視線を合わせ(づら)くなった。

 

「おや。なんだか物々しいですね」

 

 飄々とした態度で現れた問題の人物に対して、反射的に軍刀に手を掛け、顔と態度が引き締まる。

 

「おはようございます、秋月さん。其方の方は?」

「おはようございます、ドストエフスキーさん。あたしの親友です。貴方に会ったと相談したら、大変有意義な情報を提供した上、偶然駆け付けて来てくれたようでして」

「おや、そうですか。しかし、困りましたね。僕は、軍警の方に用は無いのです」

「そうか。俺は彼女を護衛するという用があるぞ」

「貴方が宜しければ、ご一緒しても?」

 

 先程のすまし顔から一転して、(あかり)も微笑を隠し、営業用の笑みを即座に貼り付けて対応した。

 彼女は、一つも噓をついていない。

 だが、猟犬の制服を纏っている大柄な男を背後に従え、俺の言葉を受けて同行の許可迄滞りなく告げる堂々とした態度に、眼前の痩躯の露西亜(ロシア)人は数度瞬きをする。

 どうやら、自分を助けたお人好しが気弱な女性だと勘違いしていたらしい。

 

「ええ。これも何かの縁です。紅茶の一杯くらいは奢りますよ」

「貴様に奢られる位なら、自分で払うぞ」

「まァまァ、此処は大人しく奢られようか」

「油断するな。毒を混入する可能性がある」

「その時は、それをドストエフスキーさんの顔面にかけてやる。自業自得さ」

「毒なんて持ってません。この先にあるニナスで宜しいですか?」

「はい。大丈夫です」

 

 俺の隣を歩きつつ、国際指名手配犯相手に反撃すると発言した命知らずな彼女の目は全く笑っていない。

 

 

 洒落た店内に無骨な大男が現れれば、誰もが身構える。

 だのに、眼前の男と隣の幼馴染は女子会でもするように店の雰囲気に溶け込んでいた。

 

「僕は、ガレットセットをお願いします」

「あたしは、パスタセットをお願い致します。源君はどれにする?」

「俺は……、サンドイッチセットをお願いします」

 

 店員が注文を復唱後、間違いない事を確認して厨房へ引っ込んだ。

 それを機に、フョードルが話を切り出す。

 

「……秋月さん。改めて、今日は来て下さってありがとうございます。それで、貴女が得た情報とは何ですか?」

「貴方が、世界中から目を付けられている悪人(ヴィラン)だと。ですので、誘いに乗るのは此れで最後にします」

「それは残念です。でも、こうして恩返しが出来たので良しとしましょう」

「ええ。これからの貴方に、良き縁があらんことを」

「我が恩人に幸多からんことを」

 

 (あかり)は、自分や関係者の情報を一言も漏らさず、『初めて来た此処の食事が美味しい』だの『立場は違えど、お互い良い思い出が出来た』だの、相手の気分を損ねる事なく楽しく食事ができたらしい。

 そうしてフョードルと三人で無事に桜木町駅前で別れた後、彼女が胃の辺りを押さえ始めた。

 緊張から解放されたものの笑顔の仮面が剥がれ落ち、落ち込んでいる表情から俺を巻き込んでしまった罪悪感が表に出てきたのだろう。彼女が元来持つ優しさに自分も張っていた気が緩み、薄く笑うに留めた。

 

「ごめん、源君。仕事があるのに、話を合わせた上に付き添わせて。お詫びに何か買いに行くよ」

(いや)。元々、上官や同僚に話を通していたから気にするな。それと、先日話していた人外の事だが、俺も一人だけ思い当たる人物が居る」

 

 それ以上は言わず、口答の代わりに腰元の衣嚢(ポケット)に手を突っ込み、二つ折りの紙片を取り出し差し出す。彼女は、俺の瞳と手元を交互に見てから無言で受け売り、俺を慮って一度頷いた。

 

「……解った。後で読むよ。今日は本当にありがとう。君が居てくれて助かったし、安心できた」

「そうか。助けになれたなら善い。またな」

「うん。またね」

 

 紙片に記したのは、常闇島で行方不明兵になった森(ほむら)の情報だ。

 栄区にある福地家本家を訪ねた為、噓をつかれていない限り間違いない。

 

 母親の戸籍登録が成されたのは、三十一年前。

 彼女は、(あかり)が二週間前に告げた、神の悪戯で来日した北欧──スウェーデンに住む妖精(エルフ)だった。しかし、娘が十六歳になる年に日本で誘拐されて以降、半年に一度手掛かりを求めて三鈴神社にお参りに来ているらしい。

 彼女の父は、森家十一代目当主で、森林太郎衛生課長の血の繋がらない叔父である。島根県津和野町の病院を定年退職後、国境なき医師団の内科医として傘寿を超えても尚派遣され続け、世界中を転々としている。

 つまり、(ほむら)は人間と妖精(エルフ)の間に生まれたハーフエルフだ。

 

 極光(オーロラ)に照らされた島で、幾度か目撃した。

 出入り口の無い島の夜風が黒髪を(なび)かせた先に在る、先端に向かって尖った耳を。

 

「……少しでも(あかり)の助力になれば善いが」

「へぇ。あの女性、秋月アカリさんっていうんだな」

「っ!! ……コホンッ。何処で知りました?」

「駅の待ち合わせから全部」

 

 独り言は、電車が来る報知(アナウンス)の音に掻き消された。

 だが、同僚は絶妙な距離を保ちながら一部始終見聞きしていたらしく、俺と(あかり)の関係を知ってしまい、口封じに一週間酒を奢る羽目になった。

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