巡り巡る   作:桃木野

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福地桜痴編
出逢いと別れ


(おとうさま。あのこのめ、むらさき!)

(おかあさま。あのこのめ、きいろだ!)

 

 俺が、あの子と初めて会ったのは、七五三の時だった。確か、三歳の時だったと思う。

 他の女の子は、赤を基調にした着物に対し、あの子は一人だけ黄色を着ていた。もう一人は水色だったが記憶が朧気だ。

 母にそう言えば、指差した手を『行儀が悪い』と強めに叩かれた。医者の父と違い、休日の融通が利く仕事をしている母が謝り、向こうの両親が笑顔で『大丈夫ですよ』と言って許して下さる。

 そして、祝詞が上げられる中、あの子は背筋をしゃんと伸ばして大人しく聞き入り、俺は退屈で仕方無く余所(よそ)見をしていたが、後ろから声がした。

 

(これ。しゃんとせい)

 

 母とは違う女の声がして周りを見渡しても、声の主は居なかった。

 頭に疑問符を浮かべながら、あの子が居る前の方向に向き直り、誰かに言われた通りに背筋をしゃんと伸ばして大人しくしているしか、時間の潰し方を知らない。

 自宅に帰ってその事を母に伝えると、あの大きな神社には女神様が二柱祀られているらしい。母は女神様の事を、幼い俺を座布団に正座させて教えてくれた。だが、興味が無い上に小難しい話だったため理解できず、内容の大半を忘れてしまう。それが解っていたのか、母は質問を変えた。

 

(その声は、どこから聞こえてきたの?)

(背中のほうから)

(……そう。となると、守護神かしら? 神社だから聞こえた線も有り得るわね。……ありがとう、源一郎。話してくれて)

(うん)

 

 今度は頭を抱えて呟き始め、取り敢えず理解を示してくれた。

 守護神という言葉には耳馴染みがあり、俺は居間の天井付近にある木製の神棚を見上げる。

 そこには三つの扉があり、真ん中が日本で一番偉い太陽の神様。左側が隣町の鍛冶屋町にある八坂神社の神様。右側にはご先祖様の神社で、()れも細長い紙が入っている。

 父と一緒に風呂に入っている時、ご先祖様の事を聞かされた事があった。

 福地家のご先祖様は、ずっと昔、目の色が家族と違って殺されかけたが、髪の色が生まれた時から白かったため、その子供は生き延び、村の神様として過ごしていたらしい。でも、特別な力は無く、只の人間だと別の村から来た人間の子供が見破り、『(バチ)当たりだ』と怒って余所(よそ)者の子を武器で殺そうとした。だが、逆に子供を襲った村人が殺され、ご先祖様をお社から助け出し、後に結婚したそうな。そうして、ご先祖様との約束を守って、今まで血を絶やさずにいるらしい。

 父は、『ウチは分家だけどな』と珍しく笑っていたのを覚えている。

 

*

 

 次にその子と再会したのは入園式で、お互い正門の前で鉢合わせして、『あ!』と驚いた声を揃って上げていた。

 

(げんいちろうくん?)

(あかり?)

 

 真新しい名札に書かれている平仮名の名前を読み上げて呼び捨てにした事で、また母に叱られ、反射的に肩に力が入って体が縮こまった。

 恐る恐る向き直ってみて、あかりの瞳に視線を向ける。

 七五三で出会った時は黄色に見えていたが、よくよく見れば明るい茶色。

 正確には、琥珀色だった。

 見えた色が違う事に疑問を持って、無遠慮に、無意識に至近距離でまじまじと見つめるので、彼女は気恥ずかしくなったのか話題を変えるために目を細めて笑う。その屈託の無い笑顔を目の当たりしした瞬間、言葉を失った。

 後から思えば、あれが惚れたというやつなのだろう。

 恋に落ちた瞬間だったが、あの時の俺は、未知の感覚に疑問符を浮かべるだけだった。

 

(……?)

(げんくんのめ、きれいなむらさきいろだね)

(げんくん?)

(うん。げんいちろうだとながいから。だめ?)

(だッ、だめじゃない)

(そっか。よかった)

 

 女の子では珍しい短い黒髪が似合っていて、笑顔と相()って活発な印象を受け、実際そうだった。

 あかりは、一緒に写真を撮ろうと白髪に明るい青い目をした女の子を呼び、俺に紹介する。

 こちらも目鼻立ちが整っていて、二人揃えば姉妹だと思うくらい似ている。引っ込み思案らしく、無表情だったが自分がやりたい事は言えるらしい。

 

(おれ、げんいちろう。よろしく)

(わ、わたし、かすみ。……よろしく)

(よかったね、かすみ。おともだちがふえたよ)

(う、うん)

 

 写真撮影のために後が詰まっていたので、それぞれの母親達の連携で時短も含めて3人並んで撮る事になる。

 幼稚園の3年間で、色々な事があった。 

 年少の頃は、かすみの無表情でオドオドしている性格が原因で虐められたり、それを目撃したあかりが虐めっ子を言葉で撃退し、暴力に出た彼らを殴り返して返り討ちにしていた。さらに、陰湿な女の子のやり方に異を唱え、自分も虐められる側に回ったが『くだらない』と嘲笑して大人顔負けの気丈な性格で一蹴する様子に、止めに入った先生がタジタジになった。

 年中になると、あかりが色目を使ったという理由で、女の子と俺の取り合いになった。

 正直、俺とあかりは『何言ってるんだ。こいつ』と思っていたし、その女の子に元々興味が無かったので、あかりを守る意味で昼寝の時は、必ず隣同士で寝ていた。そして、手助けしてくれる(からす)という珍しい名字の男子二人が、あかりとかすみの味方になってくれたので、協力して彼女達の盾になる日々が続く。

 同時期に、燈が年長の『ゆきちくん』に話しかけているのを見かけて腹が立ち、あかりの名前を呼んで俺のほうを振り向かせ、『先生が呼んでる』と嘘をついて奴から引き離した。

 訳が解らずに腕を引かれていたものの、抵抗はされなかったから、彼女は年長の白髪頭に手を振って別れの挨拶をしていたのを覚えている。

 夏に段ボールに捨てられていた黒猫を、木陰で見つけた事があった。

 

(あつくてしんじゃうよ)

(おれのいえでおせわするから、しんぱいするな!)

(ほんとう? じゃあ、こはくってなまえにする。よかったね。げんくんにひろってもらえるよ)

 

 あかりがそう名付けたは良いが、父親の病気と1歳になったばかりの弟の世話で飼えない事を知っていたため、格好を付けて後先考えず言ってしまった。

 結局、親とその事で一悶着あったが、姉達が味方になって死ぬまで世話する事を条件に、両親が飼う事を許して貰えた。その時は、あかりとの約束を破らずに済んだ事に安堵していた。

 そうして、秋から冬になる頃だったか。

 去年の夏に剣道を習い始めて活発だったあかりが、頭痛を訴えたり、ぼーっとする事。さらに、我慢を見せる場面が多くなった。この変化に、かすみも気付いて声をかけたが、『大丈夫だよ』と返されるのが恒例になってくる。先生も子供を預かっている以上、異変に気付かないはずはなく、疲れた様子のみさとさんと何か話をしていた。笑わなくなっていくあかりを元気付けたくて、彼女の好きな花を探してみたが、橙色の小さな花を咲かせるそれはすでに散っており、秋だけ咲くものだと知る。

 年長になって、あかりは幼稚園を休みがちになった。

 先生に理由を尋ねると、頭痛で病院に行く事が多くなったらしい。心配で家にお見舞いに行きたかったが、両親はそれを許してはくれず、幼稚園で会った時に、かすみと家で書いた手紙を渡すのが習慣になっていく。

 そして、卒園式の後に、入園式と同じ構図で撮った後、あかりがこう告げた。

 

(げんくん。かすみ。あたしね、さいたまにひっこすことになったの)

(えっ!?)

(なんで!?)

(……ごめん。いいたくない)

 

 明るかった彼女の表情が暗くなったのを見て、俺とかすみは慌てて『ごめん』と返して許して貰ったものの、翌月からぱったりと連絡が途絶え、簡単には会えなくなった。

 あかりの両親が離婚したと知ったのは、小学1年生の夏休み。長崎には、父親と弟。埼玉には、母親とあかりが別々に暮らす事になったらしいと、授業参観に来ていた大人達が噂していた。

 小学4年生の時、道場破りに失敗して、福沢という共に剣を極める友を得て入門した立身流の合同稽古の遠征先で燈と再会する。話が弾み、以前と変わらない笑顔で迎えてはくれたものの、何となく疲れているような気がして、こう尋ねた。

 

((あかり)。大丈夫か?)

(大丈夫だよ、源君。ちゃんとご飯食べて、体動かして寝てる。……もう。あたしは元気だから、加澄もそんな顔しないで)

 

 その後も、3ヵ月に1度の合同稽古で自分が所属している支部とかち合えば、休憩時間の際に話しかけに行くよう気にかけ続ける中で、ついでに福沢を紹介する。『源一郎がいつも話をしている』と口を滑らせたため、『そうなんだ』と微笑む燈を余所に、福沢を関節技で締め上げてやった。

 

*

 

 中学2年生の夏休みに、『近くを通ったから』と燈が、家族分と猫の分の手土産持参で我が家に来た。

 生地が厚い道着とは違い、私服は緩やかな体の線が見えて、何故か直視できない。

 

(琥珀は元気?)

(相変わらずのんびりしてるぞ)

(もう11歳か。お婆様になっちゃったね)

 

 琥珀は、鼻先に近づけられた幼馴染の指先の匂いを数回嗅ぎ、燈を思い出したのか『ニャア』と一鳴きして、スリスリと甘える。

 

(源君は、進路決めた?)

(何も。(あかり)は?)

(あたしは、看護師。保健室の先生になりたいの)

(へェ。優しいし、面倒見も良いから似合ってるな)

(……そっか。ありがとう、自信出てきた。……あのさ。源君達って卒業旅行するの?)

(なんだ、それ?)

(卒業を記念して、どこかに旅行する事なんだって。元軍人の大叔父に連れて行って貰えるんだ)

 

 急に話題を変えて、1ヵ月ぶりに見た笑顔を前に、幼少期から感じている胸の高鳴りを無視して、辛うじて会話を繋ぐ。

 

(いいな。何処に行くんだ?)

(横浜)

 

 その時、嫌な予感がして、背中が冷えていく感覚がした。

 煌びやかな印象を持つ場所だが、彼処(あそこ)は昔からポートマフィアが居着いている事や、魔都と呼ばれている程、犯罪が絶えない地でもある。

 

(気をつけて行って来いよ)

(うん。ありがとう。源君にもお土産買ってくるね)

 

 その約束をした七ヵ月後の、中学を卒業した3月下旬。

 母宛てに1通の手紙が届いた。

 封筒の差出人は、燈の母親である美里さんで、苗字が春日(かすが)から秋月に変わっている。

 

(源一郎。(あかり)ちゃんが──)

 

 横浜で行方不明になった。

 

 顔面蒼白になって俺に報告する母を前に、その情報を受け止められるまで随分と時間がかかった。

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