巡り巡る   作:桃木野

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付喪神の顕現

 九月下旬に差し掛かった頃。

 昼は皇學館大学に、夕方には(やまと)姫宮(ひめのみや)の鳥居を潜って、転移先に在る時の政府が管理する審神者(さにわ)養成学校の定時制に通学している為、慢性的な寝不足に陥っている。

 夏休みの帰省時に薄っすら出来た隈をコンシーラーで隠しても、子供達に見破られてしまった。彼ら曰く「疲れている感じがする」らしい。あたしが光の柱に立って彼らの前に現れたのは、大学受験期間の三ヵ月しか過ごしていないのに、よく自分を見ているなと感心した。

 秋の講義が始まって一週間後には、弟の音八(おとや)と約束した日時に合わせて秩父の家へ足を運んでいた。内務省異能特務課の監視役である榊さんとは、秋月家で合流する手筈となっている。今日の分の補講を受けるのが億劫になるが、此方が先約なので致し方無い。

 昔と違って、営業から離脱した電車があるらしく、今は全車両冷房設備が整っている。その冷風を長椅子に座っている身に受け乍ら、ガラケーのボタンを操作して目的の動画を探し当てた。

 

「……これか」

 

 だが、気もそぞろで依頼を遂行しては失敗が目に見えているので、エマと宿り木先生から紹介された曲『ナンカイレンアイ』とハニーワークスの『病名恋ワズライ』をニコニコ動画で見つけ、コードに繋いだヘッドホンで聞く準備を整えてからそれを再生してみる。

 それは女性──ミュージックビデオの中では少女──の片思いを綴った歌詞で痛い程共感出来、今度マネージャーを通して許可を貰って同サイトに上げたいとメールを送った。源君絡みの不可解な感情に(ようや)く名前が付き、気持ちの整理がついたところで頭を切り替え、今日の予定を再度確認した。

 簡潔には、先に自分が乗り込み、弟が家祓いをする手筈になっている。

 緊張から指先が震えるが一呼吸置いて、抱えている円筒形の刀袋をするりと撫でる。

 

「……大丈夫。あたしなら()れる」

(おう。主なら大丈夫だって信じてるぜ)

(戦場じゃねーのがつまらねェけどな)

(まあ、そう言わずに。こうして外に連れ出して貰うのは初めてだから、それに免じようよ)

 

 短刀の来国俊、打刀の同田貫正国、脇差の近江守忠綱が霊体で吊り革に捕まって、自分を励ます姿を視て、肩の力が抜けた。

 

「……ありがとう」

 

 軍人の人格──秋月から横浜であの一軒家を購入して以来、一度も秩父に行っていないらしい。此方としても記憶を一部取り戻して以降、母親に会いたく無かったので死に別れたのは好都合だった。だが、自分の自己肯定感を僅かでも高めて下さったお爺様とお婆様が被害に遭い、原因が母の怨霊の可能性があると聞いては、話は別だ。

 三峰口駅に刀袋を引っ提げて降り立ち、徒歩で目的地の玄関先に到着するも、郵便受けに配達物が溜まっている状態で異様だと伺い知れる。

 

「おはようございます、榊さん。気配は如何(どう)ですか?」

「怨霊らしく禍々しいですね。生憎専門外で、異能と間違えられる案件が余りにも多いので、新しく部署を創設したいところです」

「そうですか。その時は協力致しますよ」

 

 社交辞令を済ませてジーンズの右ポケットからキーケースを取り出し、鍵穴に鍵を差し込んでから半回転させて解錠させようとした。だが、僅かに動いては勝手に元の位置に戻って施錠されるので、早々に正攻法を諦めて違う切り口で試してみる。

 大幣(おおぬさ)を持つ神主でも杖を持つ魔法使いでも無い自分が、審神者(さにわ)養成学校で座学で基礎を叩き込まれて以降、初めて行使する力だ。

 一呼吸し、只管(ひたすら)反復して覚えた祝詞の一つを唱えていく。

 

「掛け巻くも畏き伊邪那岐(いざなぎ)大神(のおおかみ)、筑紫の日向(ひゅうが)(たちばな)小戸(のおど)阿波岐原(あわぎはら)に、御禊(みそぎ)祓え給えし、時に()()せる祓戸の大神達。諸々の禍事(まがごと)(けがれ)有らんをば、祓え給い、清め給えと申す事を聞こし()せと、(かしこ)(かしこ)み申す」

 

 一拍置いて、もう一度鍵を回した。

 がちゃん。

 無事に解錠されて第一関門突破だと一息つき、直ぐに敷居を跨いで家に入りたい気持ちを抑え、別の祝詞を唱える。

 

「清め給え。祓い給え。(かむ)ながら守り給え。(さきわ)え給え」

 

 すると、この家と駐車場を含む重圧に似た威圧感が霧散し、幾分か息がし易くなった。

 

「只今戻りました。お爺様、お婆様」

「お邪魔致します。お怪我は御座いませんか?」

 

 そう告げて玄関に一歩踏み込めば、朧気な記憶の片隅に存在する長男夫妻の声が二階から聞こえてくる。

 

(あかり)ちゃん……?」

「助けに参りました。賀雄(しげお)叔父様、五十鈴(いすず)叔母様」

(あんた、何を……っ!?)

「あれ、(あかり)さんのお母様では?」

「そうです。三ヵ月前に変死体で亡くなりました」

 

 出来るだけ彼らにも聞こえるように腹から声を出し、取次(とりつぎ)に刀袋を降ろしてから私物の三振りを取り出し、座学で習った顕現を行う。居間に居る母の怨霊は娘を睥睨したが、取り出したそれらを目にして浮遊する体を硬直させた。その反応から、如何(どう)やら死霊になってから同類の人成らざる者達が視えるようになったらしい。

 

「お察しの通り、この三振りは現代で造られた物ではありません。……この先は、お解りになるでしょう? お母様」

(っ……!!)

「榊さん。二階と背後の寝室に結界を張って下さい」

「私にそんな芸当出来ませんよ。貴女が暴走した時に鎮める役ですから」

「あー……。では、寝室だけでも守って下さい」

「了解しました」

 

 私物の為、時の政府から本丸で使用する札は使えない。

 だからこそ、己の霊力を糧に祝念祝詞で顕現させるしか方法は無い。

 

「掛け巻くも畏き諸上達の廣前(ひろまえ)に、(かしこ)(かしこ)みも申さく、宇豆(うず)幣帛(みてぐら)、並びに種々(くさぐさ)の物を捧げ供えて、ッ!」

 

 台所の収納場所が開き、小さい(ペティ)包丁(ナイフ)が片耳を掠めた拍子に出血するが、軽傷だと判断し唱え続ける。

 

(きよき)(こころ)の誠を先とし、神代(かみよ)古風(のり)崇敬(あがめ)(まさに)(すなお)根元(もともと)(かえり)(より)し、邪曲(よこしま)末法(すえののり)棄捨(すて)て──」

 

 母方祖父が愛用しているのは、何も包丁一本とは限らない。

 和食料理人故、様々な物を取り揃えている。

 すらりと抜かれた牛刀は、窓から差し込む昼間の陽光を浴びて輝き、命を奪う物なのに綺麗だと感じるのは祖父が丁寧に手入れしているお陰か、自分の感情が常人とズレているせいなのか解らない。只、ほんの一瞬見惚れた隙に、それは自分の右大腿部を深く貫いた。

 普通の方なら悲鳴をあげて泣き喚くだろうが、あたしは口元が弧を描いていくのを自覚し、怨霊と化したお母様に、()れるものなら()ってみろと声も出さずに挑発する。

 

「今(かみの)(みち)(たえ)なる(わざ)奉願(きがん)(たてまつ)り、(わが)根元(はじめ)の祓を(もち)て、(たたえ)(ごとを)奉る(この)(さま)(たいら)げく(やすら)げく(きこ)(しめ)て、願主(がんしゅ)代表、秋月凰賀身心(みこころ)安穩(やすく)(もろもろの)──」

 

 彼女の腰迄届く黒髪が揺らぎ乍ら重力に逆らって逆立っていき、次の攻撃が来ると解っていても直ぐに動けはしない。

 先程の攻撃で大腿部から下が血塗れになっており、少しでも重心移動すれば片足に作られていく血溜まりで滑って転倒し、唱え乍らそろりそろりと移動していた居間──その食卓に後頭部を強かに打ち付ける可能性がある。下手をすれば、背後の寝室に居る祖父母に刃が向くだろう。

 じわじわとジーパンと靴下に液体が滲んでいく感触が気持ち悪い。

 

(やまい)(ふつに)除き、寿命(いのち)(ながく)(のび)福禄(さいわい)圓満(まどか)にして、家内(いえのうち)(うから)(やから)朋友(ともとち)ともに事故(ことゆえ)なく──」

 

 三徳包丁が左上腕部を穿つが、指先まで伝わる感覚から幸い骨や神経への損傷は無さそうだ。

 こつり、と、片足の小指が短刀の(こしらえ)に当たり、もう少しで顕現できると自分を鼓舞する。

 

(おろか)なる心を(あか)しめ給い、何はの事も(たる)(おもう)より、楽しき(なけ)れば(たる)ことを(しら)しめ、牛馬(うしうま)の蹄に(いたる)まで安穩(やすく)息災(まめやか)にして──」

 

 居間に飾られている秋月家の家宝である打刀──同田貫正国が、食卓を挟んだ場所ですらりと抜刀される音が聞こえた。

 (まず)いと感じるのも束の間、左大腿部を後ろから刺し貫かれ、その場で膝を突いて前のめりに倒れる。自分の血に(まみ)れる錆一つ無い刀身が視界に映り、お爺様に()って大事に手入れされている事を知り、場違いながらもふと笑みが零れ出た。

 秋風とは違う生(ぬる)い風が頬を撫でたかと思い見上げると、お母様があたしを見下ろして勝ち誇った笑みを浮かべている。しかし、彼女は怨念によって視野が狭くなっている影響で、唱える為に必要な娘の喉を潰さなかった事が勝率を下げた要因だ。

 

(めくじとをぼす)(みこころ)(たれ)給えと、(かしこ)(かしこ)み申す」

(っ!? な、何!?)

「キエエエエッ!」

 

 視界が桜色に染まり、一拍置いてそれが桜の花弁だと気付いた時には左大腿部に刺さった刀身が無くなって、猿叫(えんきょう)と共に怨霊のお母様が逆袈裟斬りで右腕と左手首を失い、左一文字斬りによって首と胴体が泣き別れした。

 

「……あんたの事も赤ん坊の時から知っているが、他人の事を恨んでばかりいたな。まァ、あんたにはお似合いの最期だぜ」

 

 霧散して消えていくお母様を見送り、血振るいをしてから納刀する後ろ姿を眺め、彼が身を翻して対面する。

 

「大きくなったな、お嬢(・・)。いや。俺を顕現させたから(あるじ)だな」

「昔みたいにお嬢って呼んでよ。たぬき」

 

 秋月家で付喪神など人成らざる者が視える人は、叔父様達だけでそう居ない。

 母は恐らく、兄や弟の会話に混ざれない事から否定する事が常態化したのだろう。

 そう簡潔に推測したところで、腹から声を出して無事を報せる。

 

「現時刻を以て、お母様の怨霊を討ちました。お爺様達は寝室から、賀雄(しげお)叔父様達は二階から降りて来ても大丈夫ですよ。榊さん、お願い致します」

「はい」

 

 声を聞きつけて居間と繋がっているお爺様達の寝室が開いたが、直ぐにお婆様の短い悲鳴があがる。

 孫娘の身体に包丁が複数刺さっており、左大腿部に至っては勢い良く出血しているにも(かか)わらず、平然とした顔で対面したのだから無理もない。

 

(あかり)!」

「……(あかり)。この方達は?」

凰賀(おうが)。いつも俺を手入れしてくれてありがとな。速攻で怨霊を叩っ斬れたぜ」

「……え? ……あ! つ、くも神、ですか?」

「おう」

 

 黒髪に金に見える琥珀色の瞳を持つ青年は、露出部分の顔面と手に刀傷があり、黒い甲冑にローファーという恰好で爽やかな笑みを浮かべている。

 お婆様が救急箱を取って来て、二階から降りてきた叔母様が自分の怪我の様子を見るなり口元を押さえ、怪我を負う可能性がある料理人という仕事柄、叔父様は冷静に包帯とガーゼを取り出して手当をする素振りを見せた。(しか)し、異性という事もあってそれは榊さんに全て手渡していく。

 

(あかり)さん。身体に触れます」

「はい。……あの、少し代わるので支えて頂けませんか?」

「いいですよ」

「うわっ!」

 

 叔父様の声を最後に意識が遠退()いていき、光の柱から加密列(カミツレ)先生に短く「あとはお願い致します」と告げた。

 

*

 

 (あるじ)様が複数の包丁で貫かれていく様子を、光の柱の外で眺める事しか出来なかった。

 

『あとはお願い致します』

『解りました』

 

 そう一言だけ告げられて、倒れられる前に支えてそこから引き摺り出し、即刻治癒の異能力で治していく。

 

『花束と抱擁』

 

 管理人によって保管されている博物館の書斎にあった情報によると、元は他人の異能力だった。

 だが、軍の研究施設によって人為的に強い電流を与えられる事で肉体から強制的に引き剥がされ、当時十六歳だった(あるじ)様に移植された。

 

『っ……』

 

 自分を象徴する加密列(カミツレ)の花が光となって彼女を周囲に生え、ふわりと寄り添うように包み込んでいき、光が弾けて消えた時には刺傷は全て癒えていた。然し、身体面や精神面の打撃(ショック)は残っており、額に汗を浮かべて眠っている。

 

『宿り木先生。(あるじ)様を寮の部屋へ運んで、休ませて下さい』

『解りました』

 

 宿り木先生に横抱きにされて運ばれていく様子を見届けた後、フードを被った金髪金目の弟切草さんが腕を後頭部で腕を組みつつ、不満を隠さずに愚痴を(こぼ)した。

 

『やっぱり、あのクソアマは生存中に殺すべきだったな』

『そうすれば、少年院送りになって前科が付く上に、福地様達と過ごせなくなったでしょうね』

『チッ』

 

 別人格の中でも特に殺意が高い彼は、事ある毎に『(あるじ)を傷つけた奴等(やつら)を殺したい』と言うので、専門学校時代から長期休暇や撮影が無い休日限定で拷問のバイトをしている。子供達を育児しているので六時間程度に済ませているが、彼にとって()い発散場所となっているらしい。

 時の政府が運営する審神者(さにわ)養成学校側の史実では、ボアソナードが来日した際に拷問を目撃した事から禁止にされているらしい。(しか)し、此方の世界では、三鈴神社直轄の異能力暗殺部隊──通称、黒子(くろこ)がボアソナードを殺害。その後、司法手続きの一部として法整備が行われた結果、専門公務員である拷問官なる役職が生まれ、二〇〇〇年代の現在でも拷問は合法とされている。

 具体的には、応募概要欄に拷問官と一人二組で組んで仕事を行うのが基本で、階級問わず元陸軍の軍人と従軍経験があれば尚良し。本業がある方に関しては、会社や事務所等に申請後、地域貢献型兼業の副業として認められ、働き(なが)ら資格も得られるそうな。国家公務員と比べれば非常勤(バイト)の差額は当然あるものの、それでも高額収入の部類に入る。

 

『宿り木先生を手伝って下さいませんか。一人では大変でしょうから』

加密列(カミツレ)先生の仰せの儘に』

 

 仰々しく一礼して彼は彼女の後を追い、私は誰も立っていない光の柱の中へ足を踏み入れた。

 この中へ入るのは、秋月さんが福地様とお二人で日帰り温泉旅行に行っている時でしたねと思い出しているうちに、意識が徐々に覚醒してくる。

 

「……」

「嗚呼、大丈夫かい。一応止血点で縛って下さったけど……」

「はい……。気を失ってから、何分経ちましたか?」

「え? ……今、三、もうすぐ四分よ」

「ありがとうございます。何方(どなた)か存じ上げませんが、もう大丈夫です。異能力で治すので」

「危険です」

「では、止血点を押さえた儘で構いません。一刻を争います」

「解りました」

「……花束と、抱擁」

 

 たとえ四分程度気を失っていて出血の影響から頭が朦朧とするが、途切れつつも異能力を発動すれば、光で出来た複数の加密列に傷口を優しく包まれて一瞬で完治した。

 初めて異能力を目の当たりにしたのか、(あるじ)様の祖父母とご親戚達は目を丸くし、口を半開きにして呆けている。その反応を見るに、如何(どう)やら異能力(これ)を見るのは人生初らしい。

 

「……あの。完治したので、離して頂いても噴き出したりはしませんよ」

「え? もう!?」

「はー……。異能力って凄いのね」

「片付けをお願い出来ますか?」

「あ、はい。……本当だ。塞がってる」

 

 止血点から三本の指を離したスーツ姿の女性は、片付けを男性に任せて付着した血液を洗い流す為に洗面所に案内され、男性は、傷痕の無い肌を凝視して(ようや)く納得された。

 着替える為に男性の妻と思われる女性に支えられて二階に上がり、彼女を階段で待機させ、あかりさんが秋月家に置き去りにしていた幾つかの服を物色し、タオルと血液が付着した服を体から外して着替える。プラスチック製の袋にそれらを入れて持ち帰り、処分する方法を探すとメモ帳に記してから鉛筆を横に置き、横浜の家とは文机に突っ伏して光の柱の中から弟切(おとぎり)(そう)さんに話しかけてみた。

 

(あるじ)様の容態は如何(いかが)ですか?』

『未だ目を覚まさねェよ。出血分の鉄分補給すりゃ目覚めるンじゃねーの?』

『……そうですね。検討します』

 

 秩父駅近辺のコンビニで牛肉と野菜を中心にした物を購入しようと計画した矢先に、(あるじ)様の弟君である音八(おとや)様が来訪した。

 聞こえてくる会話から、これより家祓(いえはらい)の準備をするので私は一足先に(あるじ)様が今回持参された荷物と先程のタオルと服が入った袋を(まと)めて家の敷地から出て、儀式の様子をご家族の後ろから見守る。

 

「これで美里の怨念も祓われたと思うと、気が楽になるな」

 

 私は視えないが、お祖父様から賀雄(しげお)と呼ばれる方は家の状態が良くなったと感じたようで、胸を撫で下ろしていた。

 

「私はこれで失礼致します」

「嗚呼、助けてくれてありがとう。(あかり)にも伝えておくれ」

「はい。必ず」

音八(おとや)も祓ってくれてありがとうね」

「お爺様達のお力になれて、僕も嬉しいです。此方(こちら)こそ依頼して下さってありがとうございました」

 

 祖父の凰賀(おうが)さんが一家を代表して感謝の意を表し、各自それに答えて解散する。

 その中で、私に声をかける方がいた。

 

「お嬢……じゃねェな。誰だ?」

加密列(カミツレ)です。(あるじ)様に御用ですか?」

「嗚呼。何時(いつ)代わるんだ?」

「不明です。……彼女が起きるまでご一緒しますか?」

「そうだな。……凰賀(おうが)。一時的に加密列(カミツレ)に付いて行く。待っていてくれるか?」

「大丈夫だよ。行っておいで」

「秋月家の皆様。私達はこれで失礼致します」

「今日は本当に有難う御座いました」

 

 刀の所持者である当主の許可を得て、刀から顕現したという彼らと共に三峰口駅沿いの飲食店を、空腹から鳴る音を無視して素通りする。

 秩父駅で下車し、近辺のファミリーマートで鉄分補給の為に遅めの昼食を購入して、秩父駅の乗降場に設置されている椅子に着席して頂いた。別人格同士で共有している長財布をスリングバッグに仕舞う前に腕時計を見れば、十六時を僅かに過ぎている。

 

「頂きます」

『頂きます!!』

 

 すき焼きやひじきなど鉄分が多い食品に加え、昼食を抜いているのでそれらに合うお米も必須だ。

 店員さんが付けて下さったお箸を割り、膝の上に敷いたビニール袋に零れないように蓋を開け、幾らか摘まんで一口食む。

 

「っ~」

 

 やはり、お肉はご飯が進む。私の好物が、すき焼きになりそう。

 よく噛んで味わい、顔が綻ぶのも構わずに完食した頃には時計の針が三十分程進んでいた。

 今日は金曜日だが、日記帳によると(あるじ)様は朝から大学の講義を欠席しているらしく、明日は必然的に補講になる。間に合うように三重に行けば良いと考える。

 道中、内務省へ報告へ向かう榊さんと別れて、当初の予定通り横浜の家を目指した。

 

*

 

 目覚めて周囲を見回すと、窓掛(カーテン)から日光は差さず、文机に香水が幾つか置かれている。

 それなら、此処は精神世界に存在する自室か、と金木犀の香りを嗅ぎつつ布団から起き上がりつつ思いを馳せた。

 現在時刻は不明でも、何時(いつ)も一仕事片付いた後は無性に中也達に会いたくなる。弟にしろ中也達にしろ、自分より幼い子供達の屈託の無い笑顔を見る事が昔から好きな理由は、きっともう限界だと悲鳴を上げる荒んだ心を無視している自分を癒してくれるからだ。

 今は仕事疲れに加えて、源君絡みで落ち込んでいる。

 早く子供達の匂いを嗅いで気分を上げたい。

 

(あるじ)様。入っても宜しいでしょうか?』

『あ、はい。……どうぞ』

 

 木製の引き戸越しに聞こえた加密列(カミツレ)先生の声で舞い上がった気持ちが急速に冷め、布団を片付けて居住まいを正し、入室許可を出した。

 

『失礼致します。目的地に到着しましたので、起こしに参りました。お加減は如何(いかが)ですか?』

『貧血のような症状は無くなりました。それに、眠ったお陰で頭も幾分はっきりしています』

『それは良かった。今は横浜の家に居ますが、子供達の寝顔を見に行かれます?』

『ええ、い……。横浜!?』

 

 てっきり三重に到着したのだとばかり思っていたのに、予想外の地名が出てきて大声で驚いてしまう。

 

『はい。携帯電話の待ち受け画面ではなく、実物のほうが宜しいかと思い帰宅した次第ですが……。その反応だと、私は判断を間違えてしまいましたね』

加密列(カミツレ)先生は悪くないです。(むし)ろ、慮って下さって大変ありがたいです。確かに実物が良いですが、長期休暇の時にまた会えますから。精神面で手助けして頂いて感謝しております』

『そうですか。では、すぐに代わって出発しましょう。今なら未だ間に合います』

『解りました』

 

 源君が自分の好きな花を覚えていてくれた嬉しさと、別れと彼に好いた女性が居るという悲しさという複雑な感情を思い出させる金木犀の香りが漂う自室を出て、廊下を転ぶ勢いで誰も立っていない暗闇の中に差す一筋の光の柱に向かって駆け抜ける。

 書類仕事が主な仕事の加密列(カミツレ)先生は、自分と比べて体力が無い為、光の柱まであと半分の距離で喘鳴音と共に膝に手を置いて肩で息をしていた。彼女を横目に目的地に辿り着く事が可能でも、恩人に対して手も貸さずに放置するなど薄情だと自分を非難し、彼女に肩を貸してその前まで辿り着き、笑顔で見送られて中へ一歩踏み出す。

 

「……ただいま。中也、龍、銀。異能力を発動させて、どうしたの? 険しい顔してるね」

「……知らない男が家に居るからです。誰ですか?」

 

 子供達は、元軍研究施設跡に乱立している貧民街から拾われて、今年で三年が経った。

 (しか)し、今でも昔の癖が抜けず、自分の縄張りに入って来た初対面の人間に対してはこうして警戒心を剝き出しにして迎撃態勢を()る。

 対して、顕現して数時間経つ付喪神達は、()いている刀に手すら掛けていない。

 

「彼らは刀の神様だよ。うち三振りは私の私物。銀は、あたしの部屋に飾っているのを見た事があるでしょう? もう一振りは秋月家の家宝で、あたしの事をお嬢と呼ぶの。同じ顔だけど、呼び方で見分けてね。じゃあ、短刀から一振りずつ自己紹介をして」

「オレは、愛染国俊。愛染明王の加護が付いてるんだぜ。この家に来てからお前達の事は見てたけど、改めて宜しくな!」

「僕は、近江守(おうみのかみ)忠綱。世直大明神と讃えられた事もあったんだ。末永く宜しくね」

「俺は、同田貫正国。同じ顔のこいつと違って、正国って呼んでくれ」

「俺も同田貫正国だ。秋月家に引き取られたお嬢とは、餓鬼の頃から縁がある。たぬとでも呼べばいい」

 

 突然、人の姿を成して目線を合わせる為に板張りの床に正座した刀の神様を呆然と見つめ、二の句が継げぬ少年少女に小声で名を呼ぶと、我に返って自己紹介を始めた。

 

「中原中也、十二歳です。重力の異能力者です。初めまして」

「芥川龍之介、十歳です。服を変化(へんげ)させる異能力者です。宜しくお願い致します」

「あ、芥川銀、八歳です。異能力者じゃありません。宜しくお願い致します」

 

 自己紹介も済んだ所で近江守と正国とたぬを自宅に置いて行き、子供達に人間の感覚を習得したばかりで寝る感覚を教える為、自分の部屋から何も掛けられていない刀掛を持って来て、それらを中也と龍之介に、銀に刀袋を預ける。それから、彼らに会えなかった分の出来事を寝物語代わりに聞き、自分は母親とは違うと内心言い聞かせるように子供達との時間を取り分けた。

 洗面台を見(なが)ら化粧を落とし、寝惚け(まなこ)の彼らにおやすみの接吻を額にし、各人を抱き締めてから寝かしつける。

 そっと襖を閉めて二階から階段で降り、住民用の玄関で靴を履く前に愛染に刀に戻って貰った。スリングバッグの中に短刀を仕舞い、大急ぎで港南台駅に向かう。

 

*

 

 電車とバスを乗り継ぎ、夜という事も相()って死霊や怨霊、怪異に遭遇はしたが守り刀のお陰で一定の距離以上は近寄って来ず、何事も無く八時過ぎに女子寮に到着した。

 部屋に荷物を置く暇も無く、うがいと手洗い後に寮母さんが用意して下さった朝食と歯磨きやら洗顔諸々を済ませ、補講に間に合うように簡単な化粧をして、貴重品と愛染国俊をライフガードのリュックサックに移し替えて、(ようや)く一息つけた。

 頬を叩いて気合を入れた後に女子寮を出発し、始業十分前に教室に滑り込んで空いている席に座って息を整えつつ、手帳を開いて予定を確認する。

 明日、土曜日は源君と詫びの食事と自分の字で書いていた。

 

 土曜日っていつだ?

 ……昨日が金曜日。

 今日、土曜日!?

 

「っ……!」

 

 幸い、事前に予定を共有して彼の規定に従った外出範囲も考慮し、十七時半頃に横浜駅で待ち合わせしていたが、昨日の忙しさで曜日感覚が無くなり失念していた事に気付いて息を吞んだ。

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