巡り巡る   作:桃木野

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捻れた世界

 喉が乾いた。肌も乾燥している気がする。嗚呼(ああ)、日本と違う気候だからか。

 それが、異世界生活二日目に抱(いだ)いた感想だ。

 ゆっくりと寝台(ベッド)から起き上がり、枕元に置いた守り刀を洋袴(ズボン)と下着の間に捻じ込んで、サイドテーブルに無造作に置いた紐(ストラップ)無し(レス)ブラを着けた後、フェイスタオルを手に洗面所を探してサバナクロー寮の一階を目指して副寮長室を出る。

 

「おはよーございまーす」

「……おお、はよう」

「洗面所って何処(どこ)ですか?」

「こっ、ちです」

「んい」

 

 廊下で擦れ違う縞馬(シマウマ)らしき白黒の髪と耳、尾を持つ寮生に寝惚けた儘(まま)朝の挨拶を交わし、洗顔と嗽(うがい)を済ませて口元をフェイスタオルで拭く。善(い)い香りが漂ってくる食堂の壁掛け時計によると、時刻は六時過ぎで寝不足故(ゆえ)か、未だ頭がぼんやりしている。

 寮の食堂で朝餉を摂りつつ、新入生と寮長、洗面所で居合わせた者達以外の寮生は、異端である女性のあたしをチラチラと見ては、小声で何やら話していくが昨夜同様に全て無視する。

 昨夜迷い込んだ七つの鏡は、其々(それぞれ)の寮に繋がっているらしい。

 鏡を潜ると、昨夜の学園長が紙袋を片手に着替えるようあたしに告げ、朝礼(ホームルーム)に間に合うように言い残して去って行った。ブレザーを含めた古着の制服と白衣が一着ずつ。宝石がついた万年筆と帯(ベルト)、真新しい腕章がひとつずつ。もう片方は、教材一式とノート類が入っている。こちらはずしりと重たい。

 白衣は見なかった事にする。ゴーグルや手袋なぞ知らん。

 心的外傷(トラウマ)が強制的に蘇るので、それらから視線を逸らした。

 爽やかな香りがする制服に着替えて、他の者達に遅れること、十分。

 腰に予備弾倉(マガジン)を含めたグロック19を拳銃嚢(ホルスター)に納め、サバイバルナイフを装備し、必要な物が入ったスリングバッグの鞄部分を前にやって追い付くために走ること、十分。

 同じ腕章の者達を目撃して、自分も最後尾に並んだ。どうやらクラス分けらしい。

 Shion Shirafuji

 一年C組の欄で発見した。

 一年生の教室は一階にあるようで、頭上にある看板を見上げながら歩を進めて、目的地に到着。そこを開けて踏み込む前に、男子生徒達の視線を一斉に浴びた。

 瞬きひとつして一歩踏み入れ、空いている席に向かう途中、これから級友になる彼らに擦れ違い様に朝の挨拶をする。当初予定していた通りの場所に着席し、紙袋に入っていた万年筆を皆の真似をして左胸ポケットへ差し、年間予定と時間割、入学の際に必要な資料が入っていないか確認するも見当たらない。見つけ次第、学園長を縛り上げて天日干しする事を誓った。

 ノートを一冊取り出して紙袋を邪魔にならぬよう足元に置き、最初の頁(ページ)を開いて万年筆のキャップを外した直後、「おはようございます」と気取った口調で声を掛ける者が居た。首だけ動かして見遣ると、波打つ銀髪に澄んだ碧眼の持ち主で眼鏡をかけており、自分から見て右に小さな黒子(ほくろ)がぽつりとある。貼り付けた笑顔のせいで胡散臭い印象を受けた。

 

「……おはよう。素敵な瞳の少年」

「おや、お褒めに預かり光栄です。初めまして。アズール・アーシェングロットと申します。以後、お見知り置きを。ところで、貴女が異世界から来たというのは本当ですか?」

「お初お目にかかる。シオン・白藤(シラフジ)だ。嗚呼(ああ)、そうだよ。まだこの世界の常識も理(ことわり)も知らない、赤ん坊にも等しい若輩者さ」

「それは大変ですね。宜しければ、お手伝い致しますよ」

「申し出はありがたいけれど、お気持ちだけ頂きます。若(も)し、自力で調べて解らない事があれば、先生という専門家に訊けば善(い)いからね。その貼り付けた笑みより、心底楽しそうに笑う君が見たいな」

「貼り付けたと評されるとは悲しい事を仰る。大変傷付きました」

「そう。事実を言ったまでだよ」

 

 同情をして貰おうと眉をハの字にして演技し始める彼を横目に無視して、制服を二着追加や筆箱(ペンケース)、新しい財布と通信端末など必要な物資を書き連ねる。すると、ぴたりと声が止み、紙切れの上に影が落ちた。それが動く様子が無いため、やや斜め上を向くと先程の級友(クラスメイト)が手元を覗き込んでいる。

 

「……書き辛いのだけれど」

「ああ、申し訳ありません。見慣れない文字でしたので」

 

 でしょうね、と内心呟き、十数分前のクラス分けの紙を見て判明した。

 この世界の公用語は英語で、教室に入ってから観察したところ、全員同じ口の動きをしている訳ではないのに話が通じている。学園全体に翻訳魔法が掛かっているらしい。

 

「あたしの国の母国語だよ。元の世界で、ある大陸の西側に住む外国人達に言わせれば、極東に位置するらしい。調味料の醬油とか味噌とか、聞いたこと無い?」

「残念ながら、僕は無いですね。珊瑚の海出身なもので」

「海?」

「ええ。僕、人魚なんですよ」

「人魚? えっと……、殿方だからマーマンで合ってる?」

「合ってます。シラフジさんの世界にも、人魚が居るのですか?」

「いや。御伽噺の存在で、数十年前にその物語がアニメーションになっていたよ。元となる物語の題名は、確か人魚姫だ」

「こちらにもそのお話に出てくる人物が偉人になっているので、ご都合の良い時にご案内しますよ」

「うん。その時は宜しく。アーシェングロット」

 

 その折り、昨夜の入学式で洒落たファーコートを羽織る先生が、「席に着け。仔犬(こいぬ)共」と靴音を高らかに鳴らし乍(なが)ら入室し、そのまま一段高い教卓へ出席簿らしき物と共に書類と冊子を置く。朝礼(ホームルーム)では担任自身の強烈で俺様な自己紹介と共に、異世界人であるあたしの事を取り上げ、「雌相手に群がり、自分が駄犬だと示さぬように躾てやる」と終始生徒達を犬としか見ていない言動に、一部生徒から不平不満の声が上がった。然(しか)し、短い杖を鞭に変化させて「Be Quiet!! 必要な事だ」と至極当然な事を告げつつぴしゃりと床を叩けば、室内は静かになる。

 最初に群れを制御するのは大事な事だと、その教えに納得して話を聞いているうちに終わり、名指しで呼ばれて幼稚園児なら知っている基礎知識に関する冊子を手渡される。背後で級友(クラスメイト)達が嗤っていたが、担任の睥睨により大人しくなった。

 アルファベットのお陰で多少は読みは出来るが、綴りに問題がある。中学でも最初は高得点を取っていたが進級するにつれ、50点代になり母上に馬鹿呼ばわりされた苦い記憶に、無意識に眉間に皺が寄った。

 それからアズールと行動を共にする事が自然と多くなるも、オタク特有の単語や早口を耳にすれば、自分もアニオタだと公言してオタ友を得、立ち姿が美しいと評されればお家が厳しかった事と芸能人だと話し、副寮長の名を紹介された。

 さらに、薔薇の王国の女王の話が出れば英国(イギリス)の女王の話をし、名物料理のスターゲイジーパイで悲鳴を上げ、極東の秋刀魚(さんま)の塩焼きの話で食欲を搔き立てさせ、旬の物故に材料が入り次第1Cのみ食べさせると約束を取り付ける。熱砂の国なるスパイスの話をされたら、ジャパニーズカレーなるルーを購入できるかミステリーショップに行き、店主のサムさん曰く「極東の国から仕入れたものの、在庫が大量にあるんだよね」と困った口調で告げ、四季の国から輸入した物を大量購入。月末に熱砂出身の生徒達及びスカラビア寮を巻き込んで、異国交流会という形で食べ比べを約束した。

 こうして一日でクラスでほぼ半数の友達を得て、放課後には、休日にクルーウェル先生同伴でデパートに必要物資を購(か)いに行く手筈を何故か勝手に整えられていた。

 

*

 

「いっ……!!」

 

 捻れた(ツイステッド)不思議の国(ワンダーランド)という異世界に来て怒涛の日々を過ごし、初めての週末を迎えた。

 だが、学園の鏡の間にて、ごっ、と鈍い音を立てて、闇の鏡を見遣る。

 可笑(おか)しい。確かに、寮の外出届を提出して受理され、担当の先生が同行すると記載したのに向こう側へ行けない。

 不審に思ったのはクルーウェル先生も同様で、二枚目の顔(かんばせ)が怒りに歪む。

 そこへ、烏の妖精であるクロウリー学園長が、かつん、かつんと杖をつきながら此方(こちら)へ悠然と歩み寄ってきた。

 

「おや? どうされました。鏡の前で棒立ちして」

「学園長。シラフジの外出届を提出し、闇の鏡の使用許可を申請したはずですが、これはどういう事なのですか?」

「ああ、それですか。シラフジさん。貴女をこの学園から出る事は許可できません」

「は?」

「理由をお聞かせ願えますか?」

「良いでしょう」

 

 こほん、と態(わざ)とらしく咳払いをして、不審者はこう告げた。

 

「女性が学園(ここ)に居るのは承知していますが、一歩外に出れば異世界人を狙う連中に出くわすかもしれませんからね。貴女の身を護るために学外に出るのは諦めて下さい」

「……私のためではなく、貴方自身のためでしょう。クルーウェル先生、そのような一団の事は聞き及んでいますか?」

「小耳に挟んだ事はあるが、男子校で女性用品を買えと? サムが一時的に取り扱っていたから良かったようなものを、烏の一任で却下されるとはな。女性を大切にするものだと習ったはずだぞ」

「ええ。保護する事によって大切にしているでしょう。それで良いじゃありませんか」

「話にならんな」

 

 担任が苛立ちを隠しもせずに舌打ちをし、腕を組み、杖を鞭に魔法で変化させて床を叩く。

 どうやら、学園長を拘束する気のようだが、彼が翼で逃げるほうが先だろう。

 

「もう、善(い)いです」

「解って頂けましたか。いやァ、良かっ──」

「実力行使に出ます」

「え?」

「来い! 愛染国俊! 亀甲貞宗! 二筋樋貞宗! 小烏丸!」

 

 スリングバッグを開けて一振りの短刀を取り出した直後、名を呼ぶ事で影を経由して部下達を顕現させ、異世界での顕現と同時に大量の桜吹雪が突風と共に螺旋状に舞い上がり、暗い室内の鏡の間を淡い桜色に染めていく。

 これには学園長も担任も口を開けて驚愕しつつ、優秀な事に防護魔法を自身にかけていたが、学園長のみ皿が床に叩き付けられて割れるような音を立てて破壊され、「キャー!!」と女性と思わせる甲高い悲鳴をあげた。

 

「勝手に主(あるじ)さんを召喚しておきながら自由を与えないとか、本当有り得ないよな!」

「この不届き者は、誘拐罪と監禁罪を犯したのか。お巡りさんが見逃すと思うなら目出度(めでた)い頭だな」

「同じ烏を関するモノでも、此奴(こやつ)は頭が足りぬようだ」

「ご主人様! 何処(どこ)に吊るせば良い?」

 

 全振り殺意が高く、気付いた時には武器と認識された魔法使いの杖を腕毎(ごと)斬り落とされ、既に亀甲縛りと自殺防止に猿轡(さるぐつわ)をされ、笑顔で最終手段を将(しょう)であるあたしに許可を求めていた。

 私物の愛染以外、ここに顕現した物(もの)達は修業を経て極めているので、こちらが何か言う前に事態が解決していた。

 

「亀甲、一等高い所に吊るせ。未(ま)だ利用価値がある」

「むぐー!!」

「クロウリー学園長、貴方は悪手を打ちましたね。学園(ここ)に監禁する事に由(よ)って、異世界人の自由を奪い、愛染を含めた刀の神様の怒りを買った。放置して天日干しにしても宜しいのですよ? 何(なに)せ、あたし自身この世界に戸籍を持っていませんから」

「ふぐっ!?」

「あたしは付喪神である彼等(ら)を率いる者故(ゆえ)、時には非情な決断も下します。……やれ」

「了解」

「んっん!」

「何(なに)か仰ったようですが、生憎この世界の言語に疎くて。……嗚呼(ああ)。今すぐ提出した書類に署名して頂けるというなら、轡(くつわ)だけは外しても善(い)いですよ」

 

 利き腕らしき右腕は出血したままで床に血溜まりを作り、鏡の間に入って来る微風によって辺りに鉄の臭いを漂わせている。

 ヘッドバンキングの如く激しく頭部を上下させている様子を見て、次に真偽を確かめる為に付喪神達の瞳を捉え、真実だと判断して落ちている杖を拾うよう指示し、空欄がある書類に学園長の署名を左腕で書かせる。

 

「はい、ありがとうございます。……では、対価に轡を外し、傷を塞いであげましょう。戦場のやり方でね」

「Stay!! 治癒魔法で治せば良いだろう」

「試しにクルーウェル先生が掛けてみられますか?」

 

 効果音と共に淡い光が学園の切断された右腕を包むが、それは弾けて霧散した。

 

「お解り頂けましたか?」

「……何が起こっている?」

「彼らが要らぬと判断した事に因(よ)り、解ける事の無い一種の呪いになっています。故に、物理で傷を塞ぐしか手はありません」

「そうか。では、そのようにしてくれ」

「無論です」

 

 さもありなんと言った態度で学園最高責任者を見捨て、即刻発火の異能力『地獄変』を発動し、皮膚や筋肉、血管や骨が徐々にじりじりと焼けていく激痛に身を捩(よじ)って悶え、苦悶の叫びが響いて木霊する。仮面の奥に見える潤んだ瞳と頬を滑り落ちていく生理的な落涙を無視して、火傷をしていない自分の手をひらひらと振り、後は専門職に任せた。

 

「来い、薬研藤四郎。後の処置を頼む」

「任せろ、大将。……さあ、治療の時間だ」

 

 戦場帰りの薬研に任せ、担任と共に闇の鏡に向かって手を翳(かざ)し、賢者の島と船で行ける距離の黎明の国へ赴く。

 デパートでラフな格好を含めた大量の服と野球帽、予備のスリングバッグと新しい背嚢(リュックサック)など必要物資を担任がカードで購入し、立ち姿や振る舞い等から元の世界の職業を訊かれ、大人しく「モデルと女優、シンガーソングライターをしていました」と告げた。すると、乾燥した空気のサバナクロー寮に居る事を嘆かれ、何やら感知器(センサー)を搭載した化粧品売り場に連行され、肌診断を流されるままに受ける。

 診断結果は、魔力持ちだが肌に触れる物は自然由来の方が荒れないらしい。

 女性店員に勧められるがままにフェリシテ・コスメティックスを一式紹介され、クルーウェル先生はそれ籠(バスケット)に入れると、これも躊躇なく購入した。流石に女性肌着の区画(コーナー)には随伴できないので、真新しい長財布に一万マドル紙幣三枚を捻じ込む勢いで手渡され、親からお使いを言いつけられた子供のように「行って来い」と送り出された。

 デパート周辺に通信機器を取り扱う店があったため、最新機種で頑丈な造りの携帯電話(スマホ)のみを確認して、自分で買う事を検討後、寄り道をすると告げられ大人しく後ろをついていく。

 からんからんと鐘が鳴り、ローレンス&(アンド)トレヴァーカフェという店へ入店する。

 頑丈が売りの新しい腕時計に視線を移せば、もう昼餉の時間だった。

 四人掛けのボックス席に着き、品書きを見る。

 当然だが、アルファベットの羅列でひとつずつ解読するのに時間を要した。しかし、向かい側に座る彼は急かさず、頁(ページ)を捲る音だけが沈黙を支配する。

 クラシックシーザーサラダとチキンベジタブルスープ、クラブケーキサンドウィッチとホイップクリームが乗ったクラシックキャロットケーキを頼み、彼はコブサラダと本日のスープ、ブロッコリーチキンペンネとフローズンヨーグルトを給仕(ウェイター)に注文した。

 

「買い物に来る前の事は学園に帰ってから聞くとして、戸籍は月曜日の昼休みで良いか? 平日で休みが取れる時間がそこしか無い」

「はい、ありがとうございます」

「学費はどうする?」

「自力で稼ぎます」

「そうか。半年に一度だが、バイト先の伝手はあるのか?」

「無いですが、購買部で働きます。あと、自分の技術を活用して、学園と各寮を象徴するオリジナル曲を作れば、依頼として前金1200万マドルは余裕で稼げますね」

「……誰に出資して貰うつもりだ?」

「学園長です。生活費15万マドルは別途請求します。この五日間、探索と称して校内を調べましたが、使っていない建物が植物園付近にありますよね?」

「……ああ。少なくとも百年は経っているな」

「あら、そんなに。老朽化も激しいでしょうから、有効活用したいのです。一階を楽曲制作のプライベートスタジオ、三階を付喪神達の部屋にしたいと考えております。学園敷地内だのに、管理費は如何(どう)なっているのかお聞きしたいですね」

 

 彼は思い当たる節があるのか、眉間に皺を寄せて「あー……」と呟く。

 

「あの鴉が懐に入れていなければ良いが。改築工事の費用は誰に頼むつもりだ?」

「それも鴉の妖精さんに、びた一文(いちもん)……ではなく、一マドルも負ける事無く全額支払って頂きます。あたしを異世界から召喚しておきながら、学園に軟禁しようだなんて誘拐犯のやる事ですよ。あの人は世間体を気にして揉み消そうとする筈(はず)ですが、証拠としては弱いでしょう。なので、一年ほど待ってから、クルーウェル先生に新聞社へ内部告発をお願いしたいのです」

「ふむ……。それなら、俺ではなく、トレイン先生に頼んだほうが良いな。先に食べていて良いぞ」

「はい」

 

 にやりと人の悪い笑みを浮かべた錬金術担当の教師は、トレンチコートから携帯電話(スマホ)を取り出して誰かに連絡し、通話の間のみ中座する。

 喫茶処(カッフェ)とはいえ、態(わざ)と学園長に関する話題を出し、周囲のお客様の耳に入るようにした。すると、目論見通り、「え? 誘拐?」だの「女性を軟禁?」だの小声で話す様子が見られる。

 その間に料理が運ばれて、一足先に一礼し手を合わせた。

 

「たなつもの百(もも)の木草(きぐさ)も天照(あまてら)す、日(ひ)の大神(おおかみ)の恵みえてこそ。……頂きます」

 

 サラダとスープを半分ずつ、クラブケーキという日本の蟹クリームコロッケのような揚げ物を挟んだサンドウィッチをひとつ完食したところで、担任がボックス席に戻って来た。

 話がついたのか携帯電話(スマホ)をトレンチコートの衣嚢(ポケット)に突っ込んで、完璧なテーブルマナーで上品に冷めかけの料理にありつく。そうして、ある程度腹が満たされた後に話を切り出した。

 

「……話を受けたが、今日は会社が休みでな。来週の水曜日に、賢者の島のカフェで取材に来るそうだ。取材期間は、シラフジが頼んだ通り一年間頼んである。その代わり、空間転移魔法の事故はすぐに解決せねばならん。よくある事だし、今回も魔法執行官が動くだろう」

「魔法、執行官……?」

「ああ、説明不足だったな。魔法を使う警察官の事だ。主に魔法犯罪を担当している」

「へェ、そうなのですね。……元の世界に居る男友達を思い出します」

「ほう。どんな役職なんだ?」

「憲兵(ミリタリーポリス)です。その中でも軍警最強の特殊部隊(スペシャルフォース)に所属しています。通称、猟犬(ハウンドドッグ)。一度制服姿を見ましたが、格好良いですよ」

「それは心強い友人だな」

 

 担任は終始聞き役や質問を投げかけ、少しでも元の世界の事を知ろうとして下さった。

 それが嬉しくて、狭く深い友人関係や現在育てている訳ありの子供達、四年前に拾った元兵士のことなどを話した。それに応えるように、クルーウェル先生も学生時代の友人と今も交友があることや現在教育している問題児達のこと、このツイステッドワンダーランドでも四〇〇年前に戦争があったことなどを包み隠さず伝えて下さる。

 食事にも会話にも満足して退店し、スキンケアのやり方とファッションの事など自分を頼るように言いつけられてから、街外れにある学園へ続く鏡を潜った。

 因(ちな)みに、当の学園長は小烏丸により鏡の間の上にある屋根へ吊るされたが、全く反省の色が見えず天日干しの刑に加えて、言う事を聞かせるために二日おきに水分を与える拷問に処したのは言うまでもない。

 

*

 

 入学してから一週間が経った日。

 体育館の壇上にて学園長ではなく、代理のトレイン先生の姿に生徒達は驚いたものの、経緯は既に全校生徒に通達されているので、どよめきのみで収まった。

 そうして始まった部活動紹介がなされる中、眼前の舞台(ステージ)で軽音部の部員の一人──濃い桃色のメッシュが入った妖精族によって低音(ベース)六弦琴(ギター)が破壊された。

 

「あ゛?」

 

 演出の為に態(わざ)とやる人も居ると小耳に挟んだ事があるが、商売道具を大事に扱えない輩には過ぎた代物である。余りの非道に怒りを抑えられず、無意識に低音ボイスが出てしまい、隣に居た同寮のラギーや長い黒髪を編み込んだ褐色肌の男子生徒が反射的にあたしを見たのを察したが無視する。

 この時点で軽音部に入部すると確定し、気分転換に馬術部に入ろうと決意した。

 宮司を目指すなら、女性でも流鏑馬(やぶさめ)がやってみたいという挑戦からくるもので、あとで本丸用通信端末で調べてみようと計画する。

 そして、やってきた入部初日。

 

「……なんて言うた? 腹かかんけん、もう一回言うてみて」

 

 入部早々、軽薄なダイヤモンド先輩と軽いノリのヴァンルージュ先輩を部室の床に正座の姿勢で座らせていた。

 

「演出のためだけにギターを壊した。そう目くじらを立てるでない」

「ほう? それを専門家(プロフェッショナル)相手に言いますか。良い度胸をお持ちのようで」

『え?』

「軽音部としての活動は善(い)いとしましょう。ですが、部費がお菓子と果汁飲料(ジュース)で底を尽き、活動の大半がお喋りするだけとは到底聞き捨てなりませんな。これからは厳しく致しますので、なんとなくという感覚で済ませているやり方から脱却し、早速基本練習から開始します。其々(それぞれ)六弦琴(ギター)を持って下さいますか?」

『はい!!』

 

 二人しか居ない部員に二時間半徹底的に教え、今月までに滞りなく演奏できる事を目標にして、来月は自分が元の世界で公開(リリース)した楽曲を教本にし、楽譜の読み方を教えると告げて解散した。再来月の目標は、十二月にある全国高校主催軽音部大会に向け、五曲を通しでやれるよう計画する。

 それまでに楽譜を書き起こして、ドラム担当の弟切(おとぎり)草(そう)に話を通しておこうと考えつつ、楽曲を片付けていった。

 

「では、お疲れ様でした」

『お疲れでしたー……』

 

 飴と鞭を使い分けて解散し、明日の馬術部朝練の為に早めに寝台(ベッド)に潜り込む。

 然(しか)し、その間際に学園長に今月分の生活費を貰う事を忘れた事を思い出してしまい、寝台(ベッド)の上で枕相手に拳を数回振り下ろして後悔を発散した。

 その後、就籍制度と養子縁組制度を活用し、クルーウェル先生の計らいでご両親とあたしが養子縁組を結び、デイヴィス・クルーウェルの姉としてこの世界に存在する事に満足して眠りに就いた。

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