巡り巡る   作:桃木野

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戦場

 福沢と共に常闇島に配属されて最初に感じた違和感がある。

 ひとつは、研究が終わる頃合いのこの時期に、常闇島に配属されている(はず)の同期、勝崎加澄の姿が何処にも見当たらない事。ふたつめは、機密情報故に(ろく)な説明も無いまま、今しがた上官から紹介された眼前に居る人物だ。

 彼女が纏っている軍服に、階級章は見当たらない。ショートカットで整えられた黒髪をそのままに、無機質な瞳を此方(こちら)に向けて、無表情のまま自分に敬礼している。

 

「秋月あかりです」

「……」

「我々は、これ(・・)の扱いに困っている。色々と世話をしろ。福地中尉」

「……了解しました」

 

 口髭を蓄えた作戦指揮官の佐藤少佐に着任早々命令されて退室したものの、扉の前に立ち尽くす俺と彼女の間に会話は無い。だが、これからの事を考えてみれば、世間話もしてみる必要があると思い、笑顔を浮かべて話しかけた。

 

「久し振りだな。元気にしてたか?」

「身体に異常はありません。しかし、私と福地中尉は初対面ですので、初めましてが正しいと進言致します」

 

 淡々と返答し、額面通りに受け取る様子に、以前はこんな調子ではなかったと(いぶか)しんで、武器弾薬庫に向かいつつ質問を重ねる。

 

「数年で忘れるほど、俺は印象が薄かったか? 傷付くぞ」

「福地中尉。忘れるとはなんですか?」

「……は?」

 

 彼女の言葉を言葉通りに解釈するなら、自分に関わる全ての出来事が欠落した記憶喪失が起こっている。彼女の身に何か起きたとすれば、七年前に母経由で知らされた横浜で行方不明になった事しか浮かばない。

 

「……秋月。誰に、何をされた?」

天白(あましろ)大将に、名前と年齢。軍服と階級を頂きました」

「彼と会う前は、何処に居た?」

「……。白い服を着ている人が、たくさんいました」

「白い服?」

 

 軍服以外で思い付くのは、医者か、研究者か。

 

 そう考えて、息を呑む。

 ()し、自分の推察が(あた)っていれば、何処かで人体実験をされたのか。横浜に軍の研究施設があったと記憶している。距離で言えば、自分が居た朝霞市と二つの県を跨いだ先になる。勝崎が此処に居ないという事は、あれは偽の命令だったのか? 先程、少佐は彼女に『これ』と言った。人では無く物として扱っている言い方で、腫れ物のように遠ざけて厄介な荷物を部下に背負わせているが、軍人である以上、何も不満は言うまい。

 

「福地中尉」

「っ。ああ、すまん」

 

 目的地で慣れた手付きで、拳銃と小銃(ライフル)等、各種武器の動作確認をし、弾倉と手榴弾も携帯して、最後に保護帽(ヘルメット)を被って顎紐の長さを調整していく。

 そうして、甲板に出て行き、極光(オーロラ)が掛かる上空以外は出入り口が一切無い常闇島に、一度に二個中隊を彼女が瞬く間に移動させ、既に屍になった者達を踏み締めて降り立った。息を吸い込んでから()せたくなる程の錆びた臭いと硝煙に、教育総監で教官をしていた頃に教え子に叩き込んだ机上の場に今度は自分が立つ事になり、この現実に気を引き締める。

 秋月は、上官の隅木大尉を経由した俺の命令に忠実に従った。

 『敵を潰せ』と命じれば、調達したばかりだという最前線に並んでいる主力の砲台を全て触れる事無く破壊し、(つい)でに周囲に居た敵兵を蟻でも踏み潰すかのように、砲台の周囲諸共圧死させた。死に損なった者達は、安全装置を外した手榴弾を次々に瞬間移動させて吹き飛ばしたり、小銃で後頭部を正確に狙って撃ち殺していく。そして、『よくやった』という大尉の言葉に無言で頷き、真っ直ぐ俺の所にやって来る。

 だが、これは自軍にとって戦闘開始の合図に過ぎなかった。

 彼女は、『魔女だ』と(おのの)く敵兵を広範囲に広がる炎の異能力で焼き尽くし、夜の時間帯になれば、有刺鉄線の向こう側から奇襲しようとする敵兵部隊を暗視装置無しで発見次第、速やかに短刀(ナイフ)と敵から奪った武器。(さら)に、異能力で鏖殺(おうさつ)して回った。そうして、まるで散歩から帰って来たような気軽さで自陣に帰って来る。十日間で、別部隊の北川大尉など無能な士官達が流れ弾(・・・)に当たって亡くなり、艦に戻って重傷者を一斉に完治させた。

 風呂の時間になって別れた後、隅木大尉から『秋月が熱を出した』と報告される。どうやら、彼女を十日連続で任務遂行させた後、三日程休ませなくてはならないらしい。

 彼に秋月の事を尋ねてみると、兵士達の間では、(ただ)でさえ異能力者の存在が都市伝説として囁かれている程珍しいのに、一人の人間が複数の異能力を持っているのは誰の目から見ても異常で、軍が作った兵器ではないかと噂している。

 また、兵士の基本を叩き込む訓練所で同室だった者の証言によると、最初から階級章が付けられておらず、二等兵の階級章も与えられなかったらしい。何にも興味を示さず、何事も指示を出さなければ人形のように佇み、上官の命令にのみ反応し、最初は言われた言葉を理解出来ないばかりか、読み書きや計算すらできなかったと言う。現在、報告書を書く過程で、佐藤少佐からそれらを習っていると聞き及んだ。

 彼の推測では、何らかの事故(・・)()って生まれてからの記憶を一切無くしており、礼儀作法や一般常識などが欠落している。更に、記録では彼女が配属されたのは去年の一月。佐藤少佐だけではなく、今は階級に関わらず皆で面倒を見ている。そのおかげで成長速度は凄まじく、最近は、周囲を観察して何でも真似したがっているらしい。

 戦いの火蓋が切られてから、まだ二年。

 これから何年この戦争が続くのか知らないが、大戦初期に人間と異能力を掛け合わせた、倫理観を一切無視した結果に()って出来上がった兵器(もの)完成(・・)して眼前に在るのならば、これから異能兵器の開発に各国が躍起になるだろう。

 

 

 着任から五ヵ月後。

 秋月が、朝食後に向かった武器庫で俺に告げた。

 

「福地中尉。八年後の今日、戦争が終わります」

「……。何故判る?」

「頭の中で数字が見えたからです」

 

 さも当然のように言ってのける彼女にどう反応すれば良いのか判らず、俺は『そうか』としか返せなかった。

 

 

*

 

 着任から二年後。

 俺は、福沢の報告で言葉を失った。

 

「遠くの国で、少尉の階級章を付けた白髪碧眼の女性が、燈と同じ複数の異能力を持って交戦しているらしい。……十中八九、加澄だ」

「……そうか。……待て、福沢。どうやってその情報を得た? 此方は、極光(オーロラ)の影響で電子機器が一切使えない。何処からも情報を送受信出来ないはずだ」

(あかり)から直接聞いた。(いや)(あかり)が俺に報せてきたんだ」

「それも、後天的に得た異能力なら……」

「源一郎。今は何も考えるな。俺も、加澄が燈と同じ目に遭っている可能性があると思うだけで、(はらわた)が煮えくり返っているのだ。(こら)えろ」

「……そうだな。すまん」

 

 さらに、悪い事は重なるもので、表情には出せないものの疲労が蓄積した影響で敵の砲弾が、彼女に着弾した。

 対して、自分や他の中隊は見えない半球状の壁に覆われ、塹壕付近に転がっている砲弾は大きく歪み、壁の形に沿って(ひしゃ)げている。彼女の身体は四肢を失い、下半分以上が吹き飛ばされ、誰もが死を確信した。だが、次の瞬間には、骨や神経。筋肉や皮膚がグチャグチャと音を立てながら修復されていき、体が異常無く動く事を確認し終えた当人は暢気(のんき)に一息つく。

 

「ば、化け物……っ!!」

 

 米田二等兵が称したのを機に、そこかしこで悲鳴が上がる。

 だが、俺と里上(さとがみ)大尉は冷静に対処し、背中を向かせて肩口に引っ掛かっている状態の肩紐だけになった血(まみ)れの下着の上から、俺の上着を着せた。そこから下は、上半身同様元通りになって辛うじて丈が足りて隠れている。

 本人は律儀に礼を述べ、そこから治ったばかりの体を労る暇も無く、命じられるがまま反撃に出た。

 彼らからしてみれば、色仕掛けに来たと捉えられても致し方ない。

 だが、彼女には合図が出されるまで敵兵を殺す事しか頭に無く、相手も邪念の余裕が無いので、視界に映した次の瞬間には秋月に(ほふ)られ、血溜まりの一部と化している。

 それでも、万が一、敵が異能力で引っ捕らえて狼藉を働かぬよう、俺が彼女を追い掛け追撃し、軍刀で応戦していった。幸い、縦横無尽に立ち回っても俺が居る方向から下腹部は見えず、内心安堵する。頃合いを見て上司から許可を得、大尉経由で秋月少尉のみ撤退するよう命じたが、休戦の合図が出ていないために意味を理解出来ていない。

 

「まだ戦えます」

 

 人形のように感情が欠落した真顔で淡々と返答されるが、此処は、例え言葉の意味が解らずともしっかり諭さねばならない。

 

「今回、敵兵の狼藉を受けなかったのは運が良かっただけだ。下を履かなければ、今後の任務に支障を(きた)す。(つい)でに風呂も浴びて、肌に付着した泥やら血を落として来い」

「了解しました」

 

 至極真っ当な理由を付ければ、あっさり了承し、着替えと時間外の入浴のために瞬間移動で眼前から姿を消した。

 短く一息ついて切り替え、敵を殺害する事を再開していく。

 着替え終わった秋月が参戦した数日後に(ようや)く休戦になり、怪我人や生きている者達を艦内に運び、廊下で立ち止まって休憩した所で、背後から軽快な足音でやって来る彼女に問う。

 

「何故、砲弾が飛来してきた時、我が軍を助けた?」

 

 数回瞬きした後、先程出てきた部屋を振り返り、俺に向き直る。

 

「仲間が涙を流して死ぬより、一日でも多く笑って生きて欲しいと思ったからです」

「っ! ……。理由はなんだ?」

「私は、人を殺す事しか知りません。ですが、彼らは軍に入る前、お笑い芸人や俳優。アニメやご飯を作ったりして様々な任務についていたそうです。それがどういうものなのか私には解りませんが、生きていれば、戦争が終われば、それが出来ると考えました。軍が私という武器を作ったのは、仲間が生き残るためです。私は人間ではないので、戦争が終われば即刻処分されても構いません」

 

 死を理解し始め、自分の欲求を形にしただけでなく、今日の一件で自分が普通の人間の枠を逸脱していると認識したため、自他の違いに気付き線引きをした事に只々驚いた。

 

「そうなる前に……。……(いや)。俺が命じる。戦争が終わって日本に帰っても、壊れるな。秋月にも生きていて欲しい」

「? 私は化け物です」

「違う。秋月は人間だ。俺は、一度も君を化け物だと思った事は無い。誰が何と言おうと、俺は……。俺だけは、君を人間として見ている。何があっても味方でいる」

「人間は、骨など生えてきません。砲弾に当たれば死にます。私は人間に見えますが、体の造りが違っているのは事実です。この体の名前を、ようやく理解しました」

 

 人間だという認識が希薄なため、自分の肉体を犠牲にしてでも部隊を守る選択をしたのか。 

 

*

 

 大尉に昇進し、配属先が常闇島から他国に変わると、新しく着任した上官に命じられ、秋月と共に拷問を担当するようになった。

 秋月が精神感応と目印を付ける異能力を自身で掛け合わせ、そのお陰で我が軍のみ遊撃(ゲリラ)部隊と民間人を見分ける事が出来、向ける刃は兵士に留まり、無関係の民間人に迄殺害に及ぶ事は無かった。

 しかし、それは最初の十日間のみで、異能力の酷使と連日の戦闘による発熱で秋月が戦闘不能になると、我々には見分けがつかない。戦闘を優位に勧める為、又、必要な情報を得る為に拷問を(おこな)った。当然、部下は殺していく相手が民間人か判らずに、良心の呵責に(さいな)まれ殺していく日々を送る。

 民間人にそうするよう命令が下され、大半がそれを躊躇(ためら)い、後ろ手に縛った(むせ)び泣く母親達や、泣き叫ぶ子供達を手にかけ続けた末に、部下達は徐々に心を壊していった。この行き過ぎた行為で、仮に日本が負けるのだとしたら、間違いなく国際軍事裁判に掛けられる事は容易に想像がつくが、既に手遅れだ。俺も心を壊した一人で、部下達の前では気丈に振る舞っていたものの、国家に対する忠誠心は()うに無く、戦争を起こした為政者に対する怒りが募っている。

 秋月は、俺の苦悩を余所(よそ)に右腕として拷問方法も吸収していき、熱が下がって二度目の参戦で俺の記憶を読み取り、自分が倒れている間に女子供を殺した事を知った。彼女は民間人を殺す意味が解らなかったものの、異論を唱えた所で俺の上官は命令を取り消さず、やがて彼らをも表情を変える事無く手にかけた。只、質問をし、選択肢を与えながら心理的に追い詰めるやり方は(つい)ぞ習得しなかったので、これは主に俺が担当する。大人の悲鳴を聞き、苦悶の表情を見る事は、彼女にとって日常茶飯事と化しているため、返り血が顔や手に張り付いても平然としていた。

 

 

 四年後の秋。

 当時、秋月が予知した通り終戦し、日本軍の勝利となった。

 再度戦場になった常闇島から横須賀の海軍基地まで七日の距離で着き、甲板に上がった者達は、まだ遠くに見える大勢の人(だか)りに手を振り返していた。

 だが、一人だけ無表情で柵に手を添えて佇む者が居る。

 秋月だ。

 着岸して大勢が降りていき、帰還式及び消毒と風呂と着替えを済ませて、家族と再会していく。しかし、帰国の航海中に家族というものを口頭で説明しても、誰も写真など持っておらず、家族という単位を自分と同じように記号として解釈した彼女は、ぽつんと立ち尽くしていた。

 そこに勝崎加澄大尉(・・)と、階級章が与えられていない東雲(しののめ)実紅里、千里(あきら)朝飛(あさひ)嘉々里(かがり)が加わり、五つ子かと思う程同じ顔立ちをした五人が、待ち(ぼう)けの状態になっている。だが、東雲には中将の階級章と衛生科の腕章を着けた男性──確か、森鴎外という名前だった──が近づいて人混みの中に消えていった。自分の記憶の中では、もう一人──森(ほむら)という名前の女性が居たが、三ヵ月前に朝飛と同じように敵兵の異能力によって特異点を発生させ、作戦行動中行方不明(MIA)になっている。

 はぐれないように、俺は秋月と、福沢は加澄の手を其れ()れ取り、群衆の中で家族を探した。

 

「源一郎!!」

(あかり)!!」

「諭吉!!」

「加澄!!」

 

 長崎や埼玉から遠路遥々(はるばる)来て、落涙する其れ其れの家族に抱擁されるが、それに距離を取って拒否したのは、十五年前に行方不明になった燈と加澄の二人だった。

 記憶喪失で、戦友なら未だしも、見知らぬ一般人からの接近と抱擁に警戒し、行為自体を受け入れられていない。

 当然、再会を待ち侘びた御家族は困惑した表情を浮かべ、俺と福沢を見やる。『ここで立ち話もなんだから』と断りを入れて、遠くの駐車場まで行き、異能兵器という機密事項を伏せ、記憶喪失の現状を事務的な口調でお伝えする。その横で、燈と加澄は『休め』の姿勢で待機していた。

 絶句する御家族の中で冷静に対処したのは、俺と福沢の父親だった。

 

「燈さんと加澄さんの事は解った。今は、飯を食べに行こう。既に予約している」

「まだ時間があるから、その間に携帯電話を買いに行こう。お互いに連絡先を交換すると良い」

 

 どうやら、四家族(そろ)って同じ店を予約しているらしく、携帯電話を買いに行く事になった。

 戦地に行っていた九年の間に通信技術などが発達し、俺達が知っている空中線(アンテナ)付きの携帯電話とは違っていた。四人共今月発売されたばかりの最新機種を色違いで購入後、店先で連絡先を交換し、家族が予約している店に向かう。そこは、横須賀で老舗の鰻店『千年(ちとせ)屋』で、席へ案内された。しかし、秋月は何時(いつ)も通り、俺の後ろを付いて来ようとする。向き合って『家族と一緒に食べて良い』と言うと、それを命令と受け取り、御家族の下へ(きびす)を返して去って行った。

 久方振りの鰻重に舌鼓を打ち、酒を呑み、駐車場に行くと、何故か秋月家と勝崎家が居られる。

 何事か尋ねると、秋月と勝崎大尉が頑として動こうとしないらしい。俺と目が合うと、『休め』の姿勢から直立不動になり、敬礼したため此方も返礼する。

 

「福地少佐。私は、私達は、これから処分されるのでしょうか?」

(いや)。秋月……だと、美里さんと被るな。(あかり)達は、終戦に導いた功労者だ。そう簡単に処分しないだろう。軍が次の任務を与えるまで、お母様達と。秋月家、又は勝崎家と暮らして、色々な事を学べば良い」

「はい。次の任務まで秋月家と暮らし、訓練します」

「同じく、次の任務まで勝崎家と暮らし、訓練します」

 

 俺の願いを命令と解釈した燈は、祖父母が同乗する母親の車に乗り込み、加澄は両親と兄に連れられて最寄り駅に向かい、一度も振り返らずに去って行った。

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