巡り巡る   作:桃木野

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秋月家

 福地少佐と別れ、醤油の匂いがする所で秋月さんと共に『ちとせや』の外で待機した。

 しばらくすると、『秋月様』と呼ばれ、四人そろって店という建物の中に入る。

 泣きながら『うまい』と言う人や笑って話をしている別部隊の人が、席についていて、たくさんいる。その中で見知った人達を視認し、少佐が美里さんと仰っていた女性の後ろを一定の距離を保って追いかけ、一段高い木の床にあるザブトンの上に先に上がった白髪頭のお年寄り二人の座り方を真似をして、膝をそれにつけて腰を下ろした。

 そして、当たり前のように私の隣に座った美里さんが、透明な物の中に入れられた紙を見て、複数ある文字と数字の中からうな重の特上と漬物盛り合わせを素早く四人分選び、待ち時間に改めて自己紹介が始まる。数時間前に出会ったばかりの見知らぬ女性から距離を物理的に詰められる事態と、戦場では経験した事の無い未知の感覚に言語化や表現の仕方が解らず、取り敢えず少しでも壁側に自分が寄る事で、幾分か表現できたと思っていた。

 

「ええと……。はじめまして、でいいのかしら。私は、(あかり)の母の美里よ」

「私は、祖母の万里よ」

「僕は、祖父の凰賀(おうが)だ」

 

 三人の顔を見ても、名前や声を聞いても何も判らないので、私はこう告げた。

 

「はじめまして。秋月(あかり)大尉です。私は、貴方達の娘ではありません。娘さんと重ねているのであれば、代わりになり得ません」

 

 事実を述べた際、三人は眉をカタカナのハの字にし、唇を噛んで何かを我慢され、娘と区別するために『ちゃん』を付けて呼んでも良いか尋ねられた。感情を深く理解できない私は、それを許可し、彼らは目に涙を浮かべて『こうして生きて帰って来ただけでいい』と言われる。この人達も福地少佐同様、私を人間として扱うのかと疑問に思っていると、次々と様々な質問され、それに理解を示し、軍事機密に抵触しないよう答えられる範囲で答えていくうちにご飯が運ばれて来た。

 どうやら、ここでは乗艦時のように自分で取りに行かなくても良いらしい。しかし、どのような料理がおいしいや好きな食べ物にあたるのか理解できない自分にとって、ただそれを口に入れて噛み、飲み込むだけだ。

 初めて食べる鰻重は、炭火という物で焼いているらしく苦いものの、醤油の味が濃かった。

 

 

 食後に即刻処分はされないだろうと少佐から言われた後、美里さんが車という物を操作し、山奥にある家に二〇五五(ニーマルゴーゴー)に到着する。そして、シートベルトと呼ぶ帯を凰賀さんを真似して解いて降りる。

 じゃり、と真下から音がして、車の扉を万里さんがやられる通りに出来るだけ優しく、音を立てないよう注意して閉め、美里さんに呼ばれた。

 

(あかり)ちゃん。ここが秋月家よ」

「失礼します」

「ただいまが良いわ。これから、(あかり)ちゃんの家になるからね」

「はい。ただいま」

「っ……。おかえり……っ!!」

「何故泣くのですか?」

「い、色々あったのよ。……今夜はもう遅いから、寝る前に温かい牛乳でも飲んで寝ましょう」

「はい」

 

 秋月家は、車が縦に二台詰められる細かい石が敷かれている場所から、数歩歩いて木で出来た二階の家の玄関と呼ばれる扉を潜り、中に入った。

 灰色の道のような場所で靴を脱ぎ、タタミという場所に敷かれた部屋が右隣にあって、台所の部屋をまっすぐ通り過ぎ、洗面所でうがいと手洗いをする。それから、本日二度目の風呂とパジャマと呼ばれるネマキ。マグカップに注がれて、電子レンジという機械で温められた牛乳を与えられ、凰賀さんと万里さんに就寝の挨拶をしてから、タタミの部屋の一部を占めていた二階の急な階段を美里さんと共に上がった。

 天井付近から吊されている紐を彼女が引くと、照明の灯りが瞬いて着き、部屋の構造が判る。

 一階の一部の部屋同様、板張りの床で、暖房の恩恵を受けて暖かくなっている。

 

「ここが、(あかり)が……。娘が使っていた部屋で、隣がピアノとかギターとか、楽器を置いてる部屋。その奥が物置よ。燈ちゃんも好きに使っていいからね」

「はい」

「疲れたでしょう。おやすみ」

「お休みなさい」

 

 ピアノと物置の部屋は戸が無く繋がって、それらと自室に繋がる部屋とは引き戸で区切られており、就寝するため、収納場所と見られるフスマと呼ぶ引き戸から畳まれている白い物を取り出す。それが寝るために必要な物とわかったのは、艦内の部屋にもあった枕が上に乗っていたからだ。

 二段式の寝台が無いため、習った通り木の床に直接敷いて、目を閉じてその日は眠った。

 

 

 翌朝、窓ガラスから差し込むまぶしさで目が覚め、起き上がって収納場所まで走り、警戒する。

 

「……」

 

 音がしない。

 耳鳴りの現象も起きない。

 光で目に見える範囲が白くなる事もない。

 窓ガラスが割れていない事と床に破片が飛び散っていない事を視認し、警戒を解いて1度大きなあくびをした。

 閃光弾ではないまぶしさは太陽の光だと、お笑いをされていた日村庄司(しょうじ)一等兵と設楽放哉(ほうさい)一等兵に教えて貰っているが、いつも夜だった常闇島での生活が身についているため、慣れるまで時間がかかると推測する。

 手元には、軍から支給された小銃(ライフル)や自動拳銃。手榴弾や短刀(ナイフ)も無い。だが、いつか必要とする時が来るかもしれないと思い、何処で入手できるかを尋ねると決定事項に定める。「物を入手するにはお金が必要だ」と元俳優の寺島泰三(たいぞう)一等兵が言っていた事を思い出し、美里さんの運転で東京の陸軍省に向かい、異能兵器であるにも関わらず、大きな額の給金を頂いた。

 お金の使い方は昨夜、鰻重を食べた場所で見たので、福地少佐に連絡手段と報告書の代わりになる物を買いに行く。

 

「これで大丈夫?」

「はい、ありがとうございました。美里さん。……武器は何処で売ってありますか?」

「こっ、此処には売ってないかな……? 私、そういうのは知らなくて……」

「了解しました」

 

 給金のうち八百万円をゆうちょに、一千万円を三菱UFJ銀行に預け、封筒に詰められたままの残額二千万円で、ノートパソコンと呼ばれる機械一式と横長の財布。日記帳とボールペンといった文房具。自分の靴と服も、返り血が目立たないという理由で基本的に黒い品物を選び、他に必要な物資を入手し、帰宅後、昼食までに状況を日記帳に記した。

 しかし、机の面積が狭く、黒い箱が右側に置いてあるため何度も手の甲に当たる。何処かに移動させようと、書棚の上にある耳が三角の物の一つを一度退かし、箱を下敷きにした。そして、階段の左手を占拠している父方のホンケから届いたと言うホコリを被った複数個の箱を確認するが、どれも自分の記憶に無いので、燈さんの物だろうとそのまま放置する。

 機械は高温に弱く、日光を避ける必要があるため、収納場所の前に置いた。

 ノートパソコンの下にある台は、要らない段ボールを万里さんから頂いて代用し、取扱説明書を読みながら起動して、凰賀さんから教えて頂いたニコニコ動画とユーチューブの登録と暗証番号を控える作業をどうにか済ませる。

 

(あかり)ちゃん。昼餉(ひるげ)にしましょう」

「はい」

 

 昼食の別名がヒルゲだと知り、それを完食後、美里さんに呼ばれる。

 少しでも過去の記憶を思い出せるようにと、燈さんの書棚から小学校のソツギョウブンシュウを取り出し、栞を挟んである場所を開いて朗読された。時々、言葉を詰まらせ、涙をこぼしながら私に読み聞かせをする。

 記述によると、彼女の娘は、衛生科の仕事の一種であるカンゴシと、音楽が好きでポール・マンスフィールドのように、一人で幾つもの楽器を演奏出来る歌手になる事が将来の夢だった。理由は、それぞれ『人の心を助けられる人になりたい』や『自分に自信が無くても、自分が伝える言葉や音楽で、人が喜んで笑顔になれる仕事がしたい』と書かれていた。

 

「……知らなかった。娘の夢なのに、私ッ、何も……!!」

 

 私には、彼女に『大丈夫か』と尋ねる事も、これから人を助けるような専門的な知識を知る事も無い。戦場で助けたのは、『戦力が減ると負ける可能性が高まる』という最初の上官の言葉があったからだ。勝ち負けや人の命に全く興味が無いので、五人目に直属の上官になった福地少佐がどう解釈しかのか解らない。

 美里さんの涙でページの数ヵ所が濡れ、膝元に置かれた本を改めて見れば、自分の名前と同じ文字があったが、文字の形が違う。私のは、他人に見れば『文字を習い始めた子供』らしく、十年以上経っても変わらない。だから、この(あかり)さんは私と姿が似ている事を示す証拠だろう。

 

「美里さん。人間は、ガッコウに行く事が必要なのですか?」

「……(あかり)ちゃんも人間でしょう。ある程度はね。でも、(あかり)は中学まで行ったし、貴女は自分がやりたい事をやればいいのよ」

 

 やりたい事と言われて、福地少佐の最後の命令を思い出す。

 

「私は、此処に長く居るつもりはありません。これから一人で生きていくために必要な知識など、訓練をつける事を具申致します」

 

 そして、美里さんは数十秒黙り込み、泣いているのか笑っているのかわからない顔をして、こう告げられた。

 

「一人だなんて言わないで。(あかり)ちゃんが良いなら、ずっとここに居て。私からだけじゃなくて、お爺様とお婆様も色々教えるからね」

「はい」

 

 こうして、秋月家での任務を開始し、ユウゲの準備を凰賀さんと共に為していく。

 初めて経験する料理は、彼と比べると形が不揃いで不格好だったが『おいしい』と言って下さり、ホウチョウや火力調整など多種多様な武器を使って訓練すべきだと思い、『武器を使いこなせるよう、鋭意努力する』と食卓で誓い、激励の言葉を下さる。

 彼曰く、基本的な調理法や調味料の測り方を完全に身に着けるには、最低二週間作り続けたほうが良いと言われたため、この日から毎日作業が遅く、手際が悪くとも彼から料理を習う事にした。

 しかし、自分で献立という物を立てるのは難しいので、(あかり)さんが使っていたという料理の作り方が絵と一緒に書かれている本を、二階の本棚から取ってくるよう命じられる。ユウゲは魚だったため、その絵がついている本を持って行き、それを参考にしていけば良いとおっしゃった。さらに、一九七九年に出されたこの昔の本とは違って、今は写真付きで解りやすく説明されているらしく、それは後日購入する事にした。

 そうして、軍に居る時に佐藤少佐や福地少佐の真似をして食事の作法を一から学んでいたため、秋月家の皆様に口頭で注意される事は全く無く、『行儀が良い』と微笑まれながら言われた。私は、それに礼を述べるだけに留まる。

 入浴を済ませて温かい牛乳を飲み、就寝する前に、机上に伏せられたままの木枠の写真立てを起こす。そこには、小さい姿の福地少佐と勝崎大尉、福沢さんの写真があり、少佐と大尉に挟まれている黒髪に黄色の目を持って笑っている人が、美里さんの本当の娘である(あかり)さんなのだと理解した。

 彼女に関する情報をこの部屋から集めた限り、卒業アルバムという本を見付けて、幼稚園から小学校を卒業するまでの間に笑顔に変化がある。どう表現するのが適切なのか解らないが、晴れやかや爽やかなものから、今までの経験から疲弊した兵士のように、無理して微笑んでいると見受けた。

 恐らく、『大丈夫』が口癖で、本音とやらが言えず一人で苦しみを抱えて自分を取り繕い、ひっそりと一人で死ぬ類の人間だ。それは中学校の卒業時や、東京に通って剣道を習っていた集合写真も、同様の笑顔だった。

 そして、自分と違って、一度も人を殺した事が無いのだろう。

 そこまで推察して、やはり、自分は姿形が似ているだけの存在だと結論付けた。

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