巡り巡る   作:桃木野

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監視の報せ

 帰還日から数えて、二日後。

 午前中に、炊事と洗濯。掃除を全て終わらせ、糧食の買い出しに行こうとした時、コツコツと聞き慣れない足音が近づいてきた。

 

「おはようございます。此方(こちら)、秋月(あかり)さんのお宅でお間違いないでしょうか?」

「はい。秋月(あかり)は私です。どなたですか?」

 

 長い黒髪を後頭部の白い物で一つにした女性は、白いシャツと灰色の上着とズボン。黒の(かかと)の高い靴と鞄を持ち、懐に入れていた金属製の何かから紙を1枚取り出して、黒い鞄を背負い直した後にこう告げる。

 

「国防軍より依頼され参りました。内務省の榊と申します」

 

 何かを隠していると感じたので彼女が考えている事を異能力で読み取ると、異能特務課(イノウトクムカ)という言葉が自分の頭の中に浮かんだ。

 

「燈さんの今後の事をお話ししに伺いました。御家族の方は御在宅ですか?」

「はい。呼びに行きます」

 

 居間で昼の献立を考えている万里さんと、庭で木々の世話をしている凰賀さんを呼び、敷地外で待機している榊さんを口頭で招き入れる。

 彼女は、異能特務課所属と軍事機密である異能兵器の点を伏せ、国防軍より私の監視を依頼されて訪問したと言う。平時は内務省、有事は陸軍の管轄になり、私はこれからも武器として利用すると理解した。

 (あかり)さんの御家族の心情を鑑み、二週間後に監視が開始され、その最中は基本的に五時間から六時間、私と共に行動を共にすると告げられる。

 説明に不明点は無いものの、突然政府の人間が来た事に不安感は拭えないらしい。それは、行方不明になっていた十五年間に『何か』があったと考えるからだ。だが、凰賀さんと万里さんが「何故」と問えば、「軍事機密です」と手短に返され、それに彼らは閉口して承諾するしか術は無い。

 数時間遅くはなったが、糧食を調達しに初めて最寄りの三峰口駅から電車に乗ってヤオヨシに行き、紙に書かれている物を全て購入して帰宅する。しかし、料理を作る気力も無いという彼らは、鰻を食べた時のように私に外で食べる事を提案し、それを了承した。

 再度電車に乗り込んで到着した先の安田屋は、わらじカツという食べ物が美味しいようで、80歳を過ぎた高齢であるお二人の笑顔の意味が解らないまま完食する。

 そうして、これからの事が決まった夜に、持ち場から戻った美里さんに言われた。

 

(あかり)ちゃん。監視が付く前に、長崎に旅行に行ってらっしゃい」

「はい。長崎に行きます。いつ出立しますか?」

「明日よ。もう相手方には話を通してあるから、安心なさい」

「了解しました」

 

 復唱したものの、長崎という場所も旅行というものも理解できないが、命令されれば私は何処へでも行く。

 理由は聞かない。

 御家族のように『何故』と問う事も、そう思う事も無い。

 

「……長距離になるから気をつけてね」

「はい」

 

 彼女が私の頭を撫で、『ごめんね』と謝罪された。

 その意味は、御家族と(あかり)さんの間に、行方不明とは別の問題があったからだろう。

 

 

 翌朝。

 旅行鞄という物に必要な物を言われた通りに詰め込み、三峰口駅まで見送られる。

 行き方を記した手元の紙によると、泊まる場所は福地少佐の家で二泊三日。到着予定時刻は、一九二八(ヒトキュウニーハチ)頃。時間に余裕を持って、福地少佐との合流は二〇〇〇(ニーマルマルマル)になっていた。道中で土産を、東京駅で弁当と呼ばれる物の中から天むすを選んで購入し、シンカンセンという乗り物の中でそれを完食し、変わり行く景色を見ているうちに博多駅に着き、二度乗り換えをして目的地に到着する。

 どうにか駅前出口まで歩いていくと、合流する時間は十分程早いが、長椅子に座して待機している福地少佐を見つけ、旅行鞄を転がして敬礼した。

 

「福地少佐。秋月、現着しました」

「ああ。長旅ご苦労だった。これからは、名前で呼んで欲しい。と言っても、知らんか」

「いいえ。福沢さんが呼ばれておられたので覚えています。これより、福地少佐を源一郎様とお呼び致します」

「……解った。改めて、宜しく頼む。(あかり)君」

「了解しました」

 

 少佐の家がある油屋町まで徒歩三〇分かかるそうで、信号待ちの間に報告書に成り得る日記を黒いリュックサックから取り出して手渡す。彼は驚いた顔をしながらも大事に受け取り、自分よりも細い鞄にそれを入れられた。

 彼の家は木製の大きな扉があり、私の家の数十倍の広さの庭と木造の家が鎮座している。無言でそれらを見渡し、または見上げていると、帰還時に居られた源一郎様のお母様が着物姿で私を出迎えられた。

 こうして、私は福地家に歓迎されて風呂を勧められ、客室に案内された後は予備のノートに出来事を記入し、就寝する。

 

 

 旅行を開始して、二日目。

 アサゲの最中に二人で遠出する話が上がったため、朝食後、先に玄関先で待っていると大きな封筒を持った源一郎様に、『相変わらず用意が早いな』と言われた。

 客人の扱いで他人の家故、自分の家ほど行動が制限されるものの、水筒に注がれた緑茶でさえ彼が直々に煎れて下さり、遠出の手段は彼の車で行くと言う。これが至れり尽くせりの意味だと理解し、彼に尋ねた。

 

「源一郎様も車を操作できるのですか?」

「士官学校の休暇を使って、資格を取ったからな。朝食時に話した通り、目的地周辺で昼食を摂るが良いか?」

「問題ありません」

 

 車内の空調と危険な場面に直面した際の注意事項を口頭で説明され、それに了承し、源一郎様の隣の席に座る。

 郵便局に寄って郵送し終えて、高速道路という速く操作しても良い場所に突入してからは、時折走る場所を変えなければならないらしく、集中されるため、隣で黙っているのが良いと判断した。

 しかし、自分の携帯電話を操作してインターネットに繋ぎ、車で一緒になっている時の項目を調べるうちに、『助手席に座っているだけでは駄目だ』と書かれている。操作する人の助力になるため、即刻行動に移行し、全方位を走る車同士が接触しないように死角を一緒に確認しつつ、目的地までの距離と道順を調べ、休憩時間を設ける事を提案する。それが許可され、デイリーヤマザキ佐世保江迎橋店で三〇分休み、福田酒造に到着するのは一二〇〇(ヒトフタマルマル)頃だと報告した。

 

「昼食の時間になりますが、周囲に飲食店は存在していません。目的地から車で五分ほど手前の場所に、マルセイショッピングセンターというスーパーマーケットがあります。そこで弁当が売ってあるようです」

「解った。飲み物も併せて調達しよう」

「了解しました」

「コンビニで休むだけでは失礼になるから、何か御菓子を買おう。秋月家で食べた事はあるか?」

「はい。ぽたぽた焼と雪の宿というお煎餅と和菓子を食べました。全部甘かったです」

「そうか。なら、今日は洋菓子を買おう」

「はい。洋菓子を買います」

 

 デイリーヤマザキで、源一郎様はシベリア。私はミルクレープを選び、どちらも二個入りだったので、一個ずつ交換して食べた。シベリアはヨウカンが挟まっていたが洋菓子に分類され、その生地とミルクレープは和菓子とは違う甘さで、新しい事を知る日々だ。

 源一郎様が所属する陸軍の休暇は明日までだそうで、勝崎少佐と福沢さんも長崎駅で合流し、横須賀の陸軍士官学校に戻る道中で土産を購入し、寄り道をして別れるとの事。

 

「帰る方向が同じです」

「もう道を覚えたのか。凄いな。……福沢もやりたい事が見つかったそうだし、これからはそう簡単に四人揃って集まる事も難しくなるだろう。最初で最後の旅行だな」

「源一郎様と勝崎大尉は、明後日任務に戻られるご予定ですか?」

「そうなる。それから先は……、来年考えるとしよう」

 

 隣で、源一郎様が笑われる。笑い方は豪快と表現するのだろう。

 私には、やりたい事や来年の事など思いつかない。私に必要なのは、彼や軍の命令だけだ。美里さんに告げた一人で生きていく訓練も、自分のやるべき事であり、すでに国防軍から異能特務課に兵器の管理権限が移行された事により、次の任務を与えられたと思っている。

 

(あかり)君は、次の段階に進めそうか?」

「はい。私を管理する組織が変わった事により、秋月家での訓練が終了次第、家を購入します。凰賀さんから、私と同姓同名の人間の戸籍が存在するとの事です」

「それは良い。だが、無理するなよ」

「了解しました」

 

 福地少佐の薄い紫の瞳が細められ、私を見ている。

 すると、彼は透明のフォークを容器の中に置き、不意に手を伸ばし、私の頭を撫でた。意図を理解できずされるがまま黙っていると、呟くように静かな口調で語り始められる。

 

「……戦争になれば、管理権限が国防軍に戻されるかもしれん。これからは、誰も君に命令を下す事はしない。自分で考えて、やりたい事をやれば良い。余程の事があれば特務課が止めに入るだろうが。……まァ、好きに生きてみろ」

「……生きる。……源一郎様も、私を人間のように扱うのですね」

「なんだ。不満か?」

「いいえ。単純に理解できません」

「そうか。今は理解出来なくとも、いずれ解るようになる」

 

 彼は、もう一度私の頭を撫でて、食べかけのお菓子を完食するよう告げる。

 『慌てなくて良い』と付け加えられたので、早食いする事なく食べ終えて車内の(ごみ)箱に容器を捨て、目的地の福田酒造へ向かった。

 そこで源一郎様は二種類の酒を、私は平戸市内にある湖月堂でカスドースを購入し、途中に存在する木場パーキングエリアで休憩時間を設け、合計三時間一〇分かけて福地家へ到着した。

 

 

 旅行最終日の翌日。

 福沢さんと勝崎大尉のお二人と長崎駅で合流して、源一郎様と福沢さんが談笑しておられる様子を邪魔する事無く無言で観察していたが、お二人は無理に笑っているように見える。まるで、笑わない私と勝崎大尉の代わりにそうしていらっしゃるようだ。

 京都駅の構内で買い物をして、新横浜駅で彼らと別れるかと思ったが、どうやら寄り道する場所は秋月家らしい。自分の知らない所で話がまとまっていたとようやく理解する。

 秋月家に到着早々、万里さんと凰賀さんが出迎え、初対面の彼らは一礼して自己紹介をした。そして、源一郎様達が京都駅で買った品物は、秋月家の土産と私の物だと言う。喜ぶ御夫婦は緑茶と茶菓子しか出せない事を申し訳無く詫びたが、三方は『お心遣い痛みいります』と告げ、思い出話というものも今回の旅行のみで早々に帰路についた。

 

「源一郎様。福沢さん。勝崎大尉。駅までお送り致します」

(あかり)君、見送りはここまでで良い。今から行っては、凰賀さん達が心配する」

「はい。……源一郎様」

「ん? どうした?」

「私が自分の家を購入できた際、報告書を書きます」

「……そうか。今度は、手紙で報せてくれ」

「了解しました。手紙で報せます。士官学校宛てでよろしいでしょうか?」

「そうしてくれると助かる」

 

 私が敬礼をすれば、彼は返礼する。

 電柱の灯りを頼りに夜の中に消えゆく背中を玄関先で見送り、私は秋月家を出て行く事を『自分のやりたい事』とし、入浴後に居間ではなく自室でホットミルクを飲みながら、ノートパソコンを開く。そして、屋内の無線にインターネットを繋ぎ、一軒家の売却が無いか探していった。

 どこに自分の拠点を置く必要があるかと画面を見ている最中に、数日前に見た自室の片隅に積み上げられている箱を思い出し、辞書を開いて同じ文字がある事に気付く。

 

 神奈川県横浜市栄区猪山町。

 

 父方のホンケというものは解らないが、目に付いた物件は五億円以上で、頭金上限の二千万円と、三十五年ローンを組んで毎月百七十万円弱払う必要があっても、金額の事は特に気にせずここに決めてお気に入り登録を済ませた。

 次に、現在所持している大金は頭金でほぼ使い果たすため、大金が入る仕事を探す。

 しかし、それに当てはまる『仕事』はごく僅かで、自分の技術や能力で考え付くのは、戦場や暗殺などの人殺しだけだ。

 芸能人という任務を経験した彼らの経験談によると、すぐに大金を稼げるものではないらしく、顔や実績が大衆に知られる。又は、安定して任務が来るまでは、微々たる金額であろうとバイトと二つの仕事をするのが良いらしい。末尾まで読んでからサイトを閉じ、芸に値する技能を考え、美里さんの言葉を思い出す。

 音楽は未経験だが、美人というものを理解できないので、この身長ならばモデルという役職の選択肢もある。これから、私は、彼らの本当の娘である(あかり)さんの経歴や戸籍を利用して生きていくが、彼女に沿う必要はない。

 確実に仕事を得るには、凰賀さんが仰っていたバイトと呼ばれる仕事の部類と、素肌を(さら)すグラビアアイドルとはならないどこかの芸能事務所に所属し、新しい拠点となる家で遂行すると決める。

 さらに、タウンワークというサイトで、バイトの情報収集を重ねて就寝した。

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