巡り巡る   作:桃木野

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影が無い人間

 異能特務課に所属してから四年目のお盆。

 宇治市にある三鈴神社の山城支社にお詣りした後に、私は、元宮司の父方祖父にこう告げられた。

 

(東雲(しののめ)さんから聞いたんやけど、来月終戦するらしいで。鈴音が今度担当する異能力者は、色々大変やけど大丈夫や)

(おおきに。御爺様)

 

 東雲一族や私の家族である榊一族など社家の家系は、古来から神託により血を絶やさずに続いており、宮崎に本社が在る橘神社。横浜に本社が在る三鈴神社や藤紫神社の御祭神に仕えている。

 そして、盆が開け、東雲一族の予知通り終戦を迎えた後、間髪入れずに上司から監視対象の任務が言い渡され、経歴書を黙読した。

《秋月(あかり)

 戸籍上の現住所は、埼玉県秩父市。父親は長崎の和食料理人。母親は埼玉の美容師。二七歳の弟は宮崎の橘神社宮司。両親に一度の離婚歴あり。

 新聞の切り抜きも複写(コピー)されてあった。

 監視対象者は、中学卒業後に父方大叔父に()って横浜で誘拐され、捜査は三ヵ月後に打ち切られている。軍上層部は戦争に巻き込まれて死亡扱いにしたかったようだが、実際にはそうはならず、何者かの手引きによって目撃情報が不定期に挙がり、現在でも認定死亡になっている。

 日本で初めて開発に成功した異能兵器で、異能力を複数保持。軍の報告書には、どれも出力に問題無いばかりか、自ら異能力を組み合わせて兵士達の命を大勢救ったと記載されている。

 その他に記載されている詳細情報──身長や体重。血液型。病歴──も、当然頭に叩き込んでいった。

 

(おはようございます。此方(こちら)、秋月燈さんのお宅でお間違いないでしょうか?)

(はい。秋月燈は私です。どなたですか?)

 

 第一印象は、感情の無い人形だった。

 ショートカットの黒髪に、明るい琥珀色の瞳。女性にしては高身長に価し、元軍人の経歴で身体も引き締まっている御陰か減り張りがあり、遠目でモデルの仕事をしていても可笑くない体型の持ち主だ。しかし、当人は無表情で敷地との高低差で私を見下ろし、淡々と機械的に話す彼女に薄ら寒いものを感じつつ、御家族に彼女の今後についての説明をする。その帰り際、ハイヒールを履く最中に、隣でスニーカーを履いている秋月燈の異変に気付いた。

 

 足元に影が無い。

 

 人間ではないのかと違和感を感じつつも迎えた二週間後の監視初日は、午前中に彼女の家に行くと、祖父母に当人が所沢市の病院に行っており、午後は引っ越し先になる家の内見に行くらしい。彼らに場所を聞き出したが、今の時間では内見場所まで行ったほうが良いと判断し、挨拶もそこそこに追う。

 道中の挟山パーキングエリアで休憩がてら昼食を摂り、港南台駅付近の自走式立体駐車場に停めた時には十五時半頃だった。

 そこから徒歩で三鈴神社本社に続く長い商店街と幅広の木製の橋を渡った先に、出島表門のように重厚な門が据わっている。

 門番が居た名残なのか、今は警備員が金属探知機で鞄と服を検査して出入りする人達を確認していき、私もそれを受けるが装備している銃火器が引っかかった。別の場所に連れて行かれた先で氏名と所属を聞かれ、財布の中から運転免許証と名刺入れから名刺を一枚取り出す。門番の彼らは一様に日本人にしては珍しい髪色や瞳の持ち主で、内務省に電話したり、免許証や名刺をじっと見たり触れたり、来訪目的を聴いてきたりと真偽を見極めるのに忙しく、身分に相違無いと判断されて入門の許可を得たのは二十分も後だった。

 私は住宅地に用が無く入れないので、仕方なく石畳の社家町の通りと二十分ほど歩いていくと、此処に来てから一時間近く経過している。そこと住宅街に繋がる道があるのか、観光客が間違って入らないように門があり、表門同様門番が二人佇んでいる。昔ながらのセキュリティーに感銘を受けている最中に、見知った人が出てくる様子を目撃した。

 

「榊さん。どうされましたか」

「貴女の監視に来ました。本日が初日ですから」

「ああ。そうでしたね」

 

 側で思い出した様子の母親らしき人物とは違い、感嘆符や疑問符を付ける事も無く、真顔で淡々と話される様に頭を抱えたくなる。これでは、御爺様が言っておられたように、ずっとこの調子では大変な事になるのも頷けた。

 あと三十分で業務は終了するが、此処に越すつもりなら国の重要伝統的建造物群保存地区になっているため、万が一に備えた狙撃班すら配置できない。もし破壊すれば、こちらが損害額を払わねばならなくなる。内心舌打ちをして、営業用の笑顔を張り付けて、残り時間を引っ越し先となる蔵と庭付きの日本家屋への往復。一軒家の位置と外観を覚えるために用い、彼女達と別れた。

 翌日、これから通院になるだろうという母親の予想と、彼女が昼頃に教科書を梱包する会社のバイト先に採用された事と、子供達と戦友を助けるために擂鉢街に行く事。来年一月にプリンと古本を買いに行くという些細に思える事まで、規定により燈さんに外出届を理由と共に記入して貰い、バイト先の説明を受ける都合で土曜日に行く事を上司に電話でかけあって特別に許可され、翌週の月曜日に改めて上から許可が下りたと報せる。

 

 

 外出許可が下りた翌日。

 血液検査結果で、彼女の身体に異変が起きていた。

 生理が長年来ていない証拠にホルモン異常が起きており、血液型が変わって、Rhですら人間のどれにも当て嵌まらないと記載されている。

 さらに、二日後の十月十五日。二十一時半。

 日曜日であるにも関わらず、勤務先から電話がかかってきた。

 彼女を示す番号と丸い表示が、道路ではない場所──恐らく、上空──を突っ切って東へ突っ切ったかと思うと、突然そこに留まって動かない。その場所を拡大してみると、武蔵一宮(いちのみや)の氷川神社で、車が数台停められる程度の所だと報告を受けた。

 翌朝になって自宅に伺うと、心霊現象でも起きたような(おびただ)しい数の血濡れの手形が玄関と硝子(ガラス)戸に付着しており、その不気味さに背中に悪寒が走る。今しがた、神主によるお祓いが終わったらしく、血塗れのそれらが人形にずるずると地面を伝って移っていった。見ていて気持ちの良いものではないが、平然とした様子の秋月家はどうやら視えない体質らしく、儀式が終わった事に一先ず安堵している。

 神主が去ってから事情を聞くと、昨夜娘が生誕日を迎えたため、彼女の友人達の分も合わせて贈呈品(プレゼント)と日本酒を振舞ったらしい。しかし、彼女が(あお)る数が増えていくたびに辺りを見回し始め、玄関を開けた瞬間、全身を覆うように黒い痣が浮かび上がり、一拍遅れて乗り込んできた鴉天狗と名乗る背中に黒い翼が生えた男に連れ去られてしまったと言う。

 

「鴉天狗なんて……。御伽話の存在でしょう?」

「心外だな。鈴音(すずね)殿」

「っ!?」

 

 突然、自分の名を呼ばれて警戒し、声がした方向を向くと漆黒の髪と瞳を持つ和服姿の男性が、駐車場の砂利を踏みしめて此方に歩み寄って来ている。

 整った目鼻立ちなものだから、監視対象の母方の祖母──万里さん──が、思わず『あらまァ』と呟いてしまうのも頷けるが、決して夫が居る前で惚けてはいけない。現に、万里さんが横目でご主人に不機嫌丸出しで睨まれているのだから。

 男性は目を細めて、からからと笑い出す。

 

「京の榊の末裔だろう? 貴殿の父方祖父には、我が一族が視えるからな」

「今は、秋月家にも視えるようですが?」

「嗚呼。それは昨夜、切羽詰まった状況で視えて、それ以来縁が続いている。今日は、燈の容態について報せに来たのだ」

 

 そこで彼は笑顔を封じ、真剣な顔付きになって、事態を察した当主が家へ招き入れた。

 出された緑茶に口も付けずに座布団から下り、すうっと滑らかな所作でお辞儀をなされる。

 

「挨拶が遅れて済まなんだ。我は、鴉天狗の天利(あきと)と申す。仕えている女神の(めい)により、其方(そなた)の孫娘のお目付役を仰せつかっている。昨夜、燈は死霊の恨みを買い、肉体に呪いを掛けられた。それを祓うため、今は大国主命を祀る(やしろ)にて、彼女の守護神及び師匠と共に治療に中っている」

「なぜ神社に……? 燈は人間だ」

「女神曰く、今の彼女は人体実験の結果、細胞が変化して人外に成った。人間には治せぬ身体に成り果てたが、これからの人生は、神社で神主に頼れば大事無い」

 

 秋月家の御家族は鴉天狗の言葉に顔面蒼白になり、戸惑いを隠せない。

 しかし、彼は彼らに希望を伝える。

 

「生まれながら特殊体質故、死霊(かれら)に呪われたが、このまま貴殿()が何もしなければ、目覚めるのは二年弱後になるだろう。期間短縮のため、薬神の大国主命が祀られている神社系列、又は、秋月家の守護神が祀られている三鈴神社で毎日一度、お天道様が登っている間に祈れば良い。内務省に勤務している鈴音(すずね)殿は、武蔵国の……。横浜市中区の橘神社が近かろう。其方(そちら)で祈れ。参る事が難しければ、この家の神棚でも構わぬし、人数が多ければそれだけ時期が早まるとの事だ」

「では、息子達にも一報入れます」

「私は、元夫と燈の友人達に連絡を入れます」

「うむ。しかと頼んだぞ」

 

 こうして対象者不在だと上司に報告した日から毎日、指定された神社、又は神棚に祈り、表向き休みとされている年末も膨大な仕事で徹夜をしており、仕事納めになるのかと頭の片隅で思いながら働いている。

 そして、大晦日の朝五時頃に画面上に丸い表示が氷川神社から動いたと、仮眠後に連絡が来た。

 当の本人は、移動速度から神主に案内されたのか楼門を徒歩で抜け、七時半を回った現在、セブンイレブン埼玉土手町店に居るらしい。恐らく、そこで母親を待っているのだろう。

 

 

 次にお会いしたのは、二〇〇一年の年明けだった。

 普段通りの無表情と覚え立ての賀詞で私を出迎え、黒い痣は一つも見当たらない身体でこれからの事を話す。

 凰賀様が鴉天狗により、かつて与えられた孫娘に関する宮司の警告を無視した罰として、彼女の身柄は今回判明した体質や引っ越し先も考慮に入れ、栄区にある春日家本家預かりとなった。さらに、来週の火曜日に病院に行って通院を開始し、既に母親が代理人になって一軒家の引き渡しと住宅ローンの返済が始まっている事から、引っ越しに関する手続きも同時に進めていく。

 短期のバイト先には、今週末に二ヵ月半休んだ迷惑料として氷川神社関連のプリンを持参して復帰し、契約期間の残り九日働くと言う。土日は内務省が休みのため監視はできないが、そこは仕方がない。

 翌日は、事前に外出許可を出していたものの、現地集合で大宮駅で落ち合う。

 氷川神社付近のプリンを販売している店舗の駐車場が二台しか停められないため、コインパーキングに駐車して無事購入となったが、古本屋に寄りたいと言い出したので徒歩で歩いていった。

 大宮駅東口にほど近く、一通りもある中、一人の男性に声をかけられた。

 先に差し出された名刺に記載された事務所の名は、東雲芸能事務所。

 男の苗字は自分と同じで、話を聞くと、どうやら大手芸能事務所のスカウトらしい。

 しかし、大手を(かた)る詐欺が横行していると小耳に挟んでいるため、対象者が傷物にならぬよう護る勤めもある。平日の昼間にスーツ姿で同伴しているのが気になったらしく、自分も次いでに名刺を渡して内務省の者だと判明したにも関わらず、怖じ気づく事なく話を進めてきた。

 

「少しでも不審に思われるのでしたら、連絡先を着信拒否にして頂いても構いませんよ」

 

 不安を拭う言葉を告げて、更に会話を続ける姿勢を見せる。

 

「では、改めて質問します。芸能に興味はありますか?」

「あります」

「女優、アイドル、歌手、モデルの中ですと、どれに一番興味がありますか? あ。当社の事務所は、グラビアはやりませんので安心して下さい」

「了解しました。歌手をやりたいです。一時間ほど前に高島屋で専門学校に願書を送りましたが、それだけでは食べていけません。学校に行っている間、この身長を活用出来る部隊があれば良いです」

「……部隊、と申しますと、元軍人の方ですか?」

「はい」

「それは、お勤めご苦労様でした。……実は、僕も戦場に居たんですよ。別部隊の上等兵でしたが、常闇島でお見掛けして以来ですね」

 

 彼女は思い当たる所があったらしく、『最後に貴方を見掛けたのは、海軍基地に近い鰻屋です』と告げると、彼がぱっと喜色を浮かべる。

 どうやら顔見知りの仲らしい。

 

「なるほど。いずれ歌手になるという事で、モデルの仕事を最初にしたいと。目標がある事は良いですね。お好きな歌手は居られますか?」

「……。記憶が朧気ですが、お一人で沢山の楽器を演奏できるポール・マンスフィールドさんに憧れています」

「ああ、ビートルズの。……了解しました。もし、モデルの仕事に御興味が御座いましたら、今度事務所で榊さん同伴の(もと)、詳しくお話しましょう」

「……。一度、考えさせて下さい」

「構いませんよ。引き留めてしまって申し訳ありません。僕のお話を聞いて下さってありがとうございました。失礼します」

 

 深々と頭を下げたため、釣られて此方もお辞儀する。

 人生で初めて接した芸能界のスカウトマンは、低姿勢で丁寧なため好印象だった。姿勢を正し、ハイヒールを履いている自分より五(センチ)高い彼女を見上げると、相変わらずの無表情と無感動な琥珀色の瞳で視線を寄越してくる。

 スカウトされてこのまま承諾するにしろ、これから生きていく以上、人間社会に溶け込むという事だ。影が無ければ、オカルト方面であれこれ騒動に巻き込まれてしまうと危惧して、ビルの中に在るブックオフで古本の購入を見届けてから、監視対象者が居ない二ヵ月半の間に個人的に悩んで導き出した解決策を講じ、安全運転で車を神奈川方面に飛ばして横浜市中区にある橘神社の武蔵支社で視て頂いた。

 すると、此方が事情を説明する前に御祭神から鴉天狗を経た伝言で一部始終を把握していたらしく、一般販売している御祭神──友比古命の霊力が込められた勾玉の御守りを紹介して下さった。秋月は、数ある種類の中から透明な水晶の足輪(アンクレット)を購入し、着ける位置の意味の説明と、車内で紐の長さの調節と一般的な蝶々結びをして右足首に装着後、試しに片腕をダッシュボードの上に(かざ)せば、そこに影がくっきりと落ちた。

 肉体が軍の研究に()って変化したと仮定して、影ができない体質になった彼女の生活を考えて、一先ずこれで問題無いと狭い運転席で腰を深く落ち着け、(ようや)く一息ついて安堵する。

 

「榊さん。以前のように影ができました。このお守りのおかげです。連れて来て下さってありがとうございます」

「どう致しまして。……あ」

「何か不明な事でもありましたか」

「ええ。御守り関連で思い出した事がありました。今から説明します」

 

 礼を受け取ったのも束の間、御守りは基本的に一年が経過したら購入した神社で処分しなければならないと、父方祖父から教えられた事に思い至る。それを口頭で説明し、彼女は忘れないように、手帳の後ろにあるメモ帳に書き込んでいった。

 そして、既に願書を送った事も芸能事務所のスカウトされた事も、全ては事後報告になって上司は大層驚くだろうなァと思いつつ、出発するために車の原動機(エンジン)を鍵を回して発動させた。

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