IS×MGS - Another Solid -   作:No.20_Blaz

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お久しぶりです。

久しぶりのIS×MGSの更新です。
ですが、今回はちょっと話を変えて過去編となります。

出来事は二年前、原作ではお馴染みの一夏誘拐事件の時のものです。
流石に最後まで…ではないですが、一応は書いてみました(汗

あと話自体が久しぶりなので設定とか忘れてるところがあります。
そういう所があればパラレルと思って下さってもいいですし、感想でぶちまけても構いません。


それでは、久しぶりのIS×MGSです。お楽しみください。


番外編 「二年前」

IS×MGS 番外編

 

 

 

 フィクションと現実とは、違っているようで似ている。だが、やはり違っているのだなと考えが二転三転したということは、人によってはよく耳にする話だ。

しかしそれは移り気や深く考えないからではない。深くは考えていないが、考える余地がないからだ。目の前の出来事に平然としていられる人間はいるだろうが、それがショッキングなものであれば、果たしてどれだけの人間が平静を装っていられるだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わぁ、と何処かから人の声の塊が聞こえてくる。喉と腹の奥底から出される声は、喉の限界を超えて発せられて今にも観客の口から心臓なり臓器なりが飛び出てきそうだ。

歓声響く会場らしいが、それにしては随分と遠くから聞こえてくる。何処かからか響く歓声は確かに耳に入ってくるが、それにしては自分の周りからは声が一声も聞こえてこないのはどうしてだろう。会場の中や観客席の外からでも、もう少しはっきりとした声が聞こえてくるはずだ。

 

(………違う)

 

 

それが会場から直接聞こえてくる声ではないと気づくのに少年は時間を要してしまった。

聞こえてくる歓声がテレビからのものであるというのに気づくのは、それから更に時間を必要とし、いまやっと声がテレビからのだというのに気づいた。

目に見えて当たり前に分かることのハズだというのに、彼がそこまで気づくのに遅くなったのは、彼が今まで気を失っていたからだ。

 

(テレビ……?)

 

ようやく意識が浮き上がり、外の状況を耳から収集する。テレビからの歓声もその一つで、暗い海の底からようやく這いあがって来た意識は周辺の様子から調査をしはじめ、唯一直ぐに再起動した聴覚と触覚をたよりに情報を集める。

 

「ッ………うっ…」

 

幽体離脱でもしていたのか感覚が除々に戻ってくると、ズンと重苦しい感覚が全身に圧し掛かる。今までは宙にでも浮いていたのか、本当に天に召されていたのかと思ってしまうほどで、重圧とともに肌に外の感覚が伝わってくる。テレビの向こう側から伝わってくるような熱気とは真逆の冷たい風が肌を伝い、服の中にまで入ってくる。全身が震えて凍えてしまいそうな体を縮めると、重くなっていた目蓋を持ちあげた。

 

「…ここ…は…」

 

まだ意識がはっきりとしないせいで目の調子が悪く所々ぼやけてしまっている。頭の中も朦朧としてグルグルとかき回されたのか吐き気もしてくる。しかも頭を働かせようとしても靄がかかり、さらには小さな頭痛が散発的に引き起こされることで無理やり抑え込まれているようだ。

 

 

「あれ…」

 

それでも、ぼやけた視界に映る光景に違和感があったのは考えることなく察する。

自身が記憶する最後の出来事、自分が何をしていたのか。その映像と今の周囲の様子が全くもって一致していないのだ。

覚えている最後の記憶は会場内にあるトイレに入ったこと。何のこともない、行きたかったから行っただけだ。

そしてトイレを終えて出ようとした瞬間

 

 

「どこだ…ここ…」

 

痛む頭を動かしつつも回復した五感を使い、周囲の様子をみていく。トイレのような湿気のある清潔感の部屋ではない。冷たい湿気は同じだが、無機物の地面とトタンの壁が曝け出されていて見た目は極めて殺風景だ。加えて肌から感じる温度に昼頃の暖かさも混じっている。あくまで推測だが、どうやら時間は昼頃らしい。その証拠に室内であるらしく電気も灯っていないが小さな窓からは白い光が差し込んでいる。

意識がはっきりとしはじめ、周りの風景が見えてくると目を力ませて強引に焦点を合わせる。時折頭の中をかき回されるような苦痛が走るが、たいした痛さではないのが幸いして鮮明になっていく。

 

 

「なんだ…ここ、会場じゃない?」

 

既に景色の大体が見えていたので、薄々とは分かっていたが改めて周りを見ると、本当に何もない殺風景な一室だった。

しっかりと目を開くと、眼前には暗闇に塗りつぶされた壁と僅かに白い光をこぼす窓が視界に入ってくる。どうやら本当に電気は通っていないらしく、蛍光灯もついているのが一つもない。

足を少しずらすと「じゃり」と聞きなれた音が聞こえてくるので暗闇でも自分の足元が土であることは分かった青年は、自分の居る場が工場か何かの一階、そしてとある一室であることは理解した。

 

 

「なっ、なんだ…コレ…!?」

 

ただひとつ。自分の身が自由ではない、ということ以外は。

それに気づいたのは足を動かして立とうとした時だ。何気なく体を動かすと、鉄の小さな音と一緒に体が今まで以上に重く、そして地面に引っ張られるように押し返された。

自由だったハズの体が急に不自由になってしまったことに驚きが隠せず、どうなっているのかと足元に目を落とす。

 

「手錠…!?」

 

掠れた声で自分の足にかけられた銀色の手錠に気付く。がっちりとはめられた手錠はご丁寧に鍵穴を堂々と見せつけており、鍵が無ければあけられないことを見せつけている。

両手は背中に回され、椅子の向こう側に手錠と共にはめられている。恐らく足と同じで鍵穴があるものだ。

誰も居ない工場。殺風景な周囲。拘束された体。

これで気付けない馬鹿は居ないだろう。

 

 

 

 

 

「―――で。この後はどうすれば」

 

『小僧は現状維持だ。もう直ぐ回収部隊が到着するからな。その後は部隊に引き継がせてお前たちは撤収しろ』

 

「分かりました。ですが本当に「ヤツ」が釣れるのでしょうか?」

 

『さて。確率は低いが、彼女(・・)が黙っている筈がない。なにせ彼は彼女にとっては家族同然らしいからな』

 

何処かからか話し声が聞こえてくる。どちらも男性の声で、片方はくぐもった声をしているが、それが素ではなくスピーカーからの声であることは直ぐに分かることだ。

電話越しの声は流石に届かないが、それでも話の内容は青年にとってはいいものではないだろう。

 

『我々につかず、「愛国者達」に傾倒した彼女…あの知識と技術は惜しいからな。なんとしても手に入れなければならん』

 

「わかっています。それでは…」

 

通話が終わり、携帯を顔から離すと今まで会話をしていたスーツ姿の男は小さく息をつく。と息の深さからどうやらいい気分になる話題ではなかったようだ。

携帯をポケットの中に押し込めると男がゆっくりと近づいて来る。顔つきからして歳をくっているが室内が暗いせいで顔まではハッキリと見えない。

しかし男の纏う空気と、現れてから変化した状況は少なからず青年に小さな不安と恐怖を与えた。

 

 

「さて。調子はどうかな、織斑一夏くん」

 

「―――。」

 

短く、そして何気ない問いかけの言葉だというのに青年、一夏にとっては恐怖にも等しい。蛇に首を絞めつけられ、今にもかみ殺されそうな殺気。考えすぎなのかもしれないが、それでも殺気によって一夏が硬直してしまい、背筋には汗がにじんでいた。この男は危険だ。顔すらも見ていない人物に、彼の中では警告音が鳴り響いていた。

 

「おっと。英語はまだ無理かな」

 

「…アンタ、何者だ?」

 

気圧されることなく、睨みつけた目で思い切って食って掛かる一夏に、男は「ほっ」と小さく驚く。どうやら一夏が怯えることなく挑んできたことに意外さを感じたようだ。誘拐されたというのに、怯えたり狼狽する様子はなく逆に勇敢にも挑んでくるという彼の姿は男にとっても予想外だったらしい。

 

「何者か…ね。残念だけどその質問には答えられない。無論、名前もだ」

 

「………。」

 

「君が誘拐された事実は…君の想像通りと言わせてもらおうか。しかし…意外だよ。まさかこんな状況下だというのに、冷静だとはね」

 

そんな筈はない。一夏が冷静であるという点については、彼自身はもちろん互いにそれが嘘であることに気付いていた。この状況下で冷静でいられるのは軍人やPMCのコントラクターたち、さらに誘拐ということ自体に慣れているという異常者だけだ。一夏の場合はその全てに当てはまるものはなく、一般人である彼は精々恐怖を必死に抑えることで精一杯だ。

 

「安心してくれたまえ。君を殺す気はないよ」

 

(殺す気はない…ってことは…)

 

殺さない程度には痛めつけるということだ。典型例としてよくある話だが、それだけ自分という存在が人質としての価値があるということか。少なくとも生存の保証はされているという現実に素直に喜べない一夏は一歩下がり口を閉ざした。

 

(…クソッ、まさか本当に誘拐されるなんて…それにこの服装…会場の時のままだから多分時間はそう経ってない筈だ)

 

誘拐の目的が自分の考えている通りだと言った男の言葉に大体の推測を見立てる一夏は、我ながら冷静でいられるなと分析をする自分の頭に関心していた。誘拐されているというのに状況の整理や推測、予想を立てているのだ。普通なら驚いていたりするところをここまで落ち着いていられるのかは、正直自分ですらも分からない。

それだけに、一夏は先ずはと状況把握から動きだした。

 

「…聞いてもいいか?」

 

「…答えられるものであれば。ただし―――」

 

「分かってる。場所とかは聞かない。けど、襲われてからそう時間って経ってないよな?」

 

「………。」

 

どれだけ時間が経過したかという質問に男は一夏と目を合わせ沈黙する。時間経過の質問は外部の動きの予想やそれによる自分の行動の推測などが考えられるが、一夏の場合は一般人なので予想は出来ても行動まではできない。運よくああなった、という都合のいいことは、それこそ都合よく起こらない。

時間経過についての質問は、普通なら答えない。余計な質問で相手に行動の準備や材料を与えてしまうのと同義だ。が、別に口を開かなくても周囲観察をすれば大体の情報は入手できる。

人質の目と耳と口を塞ぐとは言っても、完全な封じは出来るわけはない。

 

「………六時間だ」

 

「………!」

 

男の返答に一夏は目を開ける。答えないかと諦めかけていたが、一夏が何もできる筈がないと思ったのか、それとも何か策があるのか、二度も言わないという口ぶりで答えた。

答えると、あまり期待していなかった一夏も複雑な心境ではあったが時間について知る事が出来たお陰で嬉しくはあったが、顔はそれとは逆に眉を寄せていた。

 

 

(六時間…相当時間が経ってるな。ってことは…モンド・グロッソも決勝戦か)

 

ISの世界大会、ドイツで開催されているモンド・グロッソに一夏は見に来ていた。姉である千冬が大会に出場し、優勝に王手をかけていたのだ。順風満帆、行けば世界一になれるだろう大会。

その決勝を見に来た途端…というのが、彼の現在に至るまでの経緯だ。

室内にある小さなテレビ、その画面の向こう側が歓声に埋まっているのは恐らく姉の千冬が決勝戦に出ているからかもしれない。

 

(狙いは千冬姉の優勝妨害…か)

 

一応、千冬もそれなりに有名な人物なので、妨害があっても不思議ではないだろう。その為に自分を材料に使われた。というのが一夏の予想だ。

もっとも。それは予想のひとつ(・・・)でしかなく、僅かだが男との電話の内容を聞いていた彼の中にはもう一つの小さな可能性が浮かび上がっていた。

 

(…もう一つ。考えにくいけど…)

 

会話の内容からしてそれしかないとしか思えないという「可能性」は一夏にとっても信じられないと言えるものだ。もしそれが事実であるなら、この誘拐は恐らく彼が思っている以上に深刻な事態だ。

 

「…ここにいましたか」

 

「ん…」

 

地面に顔を向けて考え事に耽っていた一夏は部屋の扉が開き、視界内に聞こえたと反射的に目を向けると、ふと中に入って来た二人の男の姿に思わず声を漏らしてしまう。

 

「PMC…!?」

 

「おや。流石に君も分かったようだね。そうだ。彼らはPMCの社員だよ」

 

重装備の体を揺らし時折至るところから鉄製の音を響かせているのは武器や装備、通信機が当たっているからだろうか。正面に自動小銃のSCAR-Hを構え腰にはサイドアームのハンドガンがホルスターに収められている。

なぜ正規軍の兵士ではないと気づけただろうかは一夏も分からなかったが、装備や見た目というのもあったが、何より彼らのつけているパッチがPMCであることを証拠付けていた。

 

(カマキリ…ああ…)

 

あの胸糞の悪いCMをしている企業だ。日本でも偶に見かけるアメリカで作られたと分かるCMはバイクで逃走する人間を巨大なカマキリが刺殺すというもの。その直後に日本語に訳された告知という、なんともお茶の間の空気すらも考えていないと思えるようなそれは、彼が無条件で忌み嫌う「存在」だ。

 

「仕事は終えたのか?」

 

「ええ。当初、誘拐を計画していた犯行グループは指示通り始末(・・)しました」

 

「なっ…!?」

 

なんの戸惑いも躊躇もなく、ただ平然と口から放たれた言葉に一夏は思わず声が漏れ出す。千冬の立場上からいくつもの裏の組織に狙われるという可能性はあり得ない話ではない。むしろそういった者たちが多くいると考えるのが普通だ。

しかしその手の事、誘拐などであればそこそこ腕の立つ人物が実行するハズだ。それを平然と始末したということには一夏も驚くしかない。

 

「ご苦労さまだ。しかし、まさかISまで持ちだすとはね。彼らも彼らで愚かしいことをする」

 

「ISだって…!?」

 

「ああ。あのISさ。女しか乗れないという兵器。女性たちの意味無き威厳の塊。

篠ノ之博士の傑作兵器のひとつだ」

 

 

IS。正式名称はインフィニット・ストラトスといい女性のみが扱えるマルチフォーム・スーツのことだ。人間サイズの外骨格ユニットを纏い、銃火器や接近武装等を用い戦う兵器(・・)。登場して間もないころにはスポーツとして注目されていたが、時代が時代なだけにあって瞬く間に兵器転用された。

 

「搭乗前に殺したのか…?」

 

「流石だね。ISの欠点、弱みについてよく知っている」

 

ISには絶対防御という搭乗者を守る防御システムが搭載されている。打撃等は勿論のこと、射撃の弾丸や大砲の砲弾。果てはレールガンの弾頭やミサイルもある程度であればダメージを防ぐことが可能だ。

使用される武器は重火力兵器であれば戦車等は破壊可能。マシンガンでも装甲車を穴だらけにできる。

一見すれば無敵の兵器と呼ばれてもおかしくはないが、ISにはシールドエネルギーと呼ばれるエネルギーが存在し、それが尽きればISは自動的に解除される。車でいうところのガソリンであるこれは尽きればガス欠と同じということだ。

そうなれば、あとは生身の搭乗者だけが残ってしまうので、ハンドガンだけ簡単に始末することができる。使っていたISがあまりに強いということからの慢心もあるが、そもそも搭乗時には手持ちの武器を持ちこむことはできないのだ。

加えてISの絶対防御も同じく無敵ではない。ミサイルやレールガンのダメージが軽減されるとは言うが、それはあくまでスポーツの範疇での話だ。軍用の兵器であればRPG-7一発で容易にシールドエネルギーを全て使い切ることもある。

 

「むこうはISを持っているからと言って油断していたようだな。それに目的も極めて杜撰なものだったようだ」

 

「…杜撰…?」

 

「ああ。依頼主は某国のトップ。目的は、分かっているだろ?」

 

「…千冬姉の優勝妨害」

 

その為に一夏を誘拐し、千冬に決勝戦に出させないなり、棄権させるなり、あるいは態と負けさせるなりという方法を取るつもりだったのだろう。

だが、その計画も彼らによって無に帰した。

 

「彼女がISを使ってでも君を探しに来る。その対抗策としてISを用意する。まぁ当然のことだ。しかし、それを使う前に始末される。

いや、そもそも自分たちを妨害してくるということ自体を考えなかった」

 

むしろ考える意味もなかったと思い込んでしまったのだ。ISという現在、高い優位性を誇る兵器を一機でも保持している。ISはその機体の核に対する問題があり数が限られているが、同時にそれに似合うスペックを保持している。尤も、それはあくまで限定的な話ではある。

前述通り、ISのシールドエネルギーが無くなれば無用の長物だ。ただの鉄くずといっても変わりはないだろう。

 

 

「…アンタら、一体…」

 

「…その質問には答えないが、ひとつだけ言っておこうかな」

 

それは警告か。それとも宣戦布告か。いずれにしても、今から告げられる言葉は一夏にとっては楔と枷になる言葉だろう。

冷たい息を吐き出し、体の端から凍らされるような吐息は蛇というよりも人外な悪魔か。

 

「私たちは、そんな小さな目的でお前をさらったわけではない」

 

優勝妨害ということは彼らにとっては些末事。気に留めるものではないらしい。

それもそうだろう。改めて考えれば、優勝妨害に意味があるのは国家としての威厳を持つ国だけ。その大会に機体を送り出した人間と企業、組織体だけだ。

同じ企業体、組織といっても兵器としてしかISを見ていない彼らにとっては無縁の話だ。

 

 

(…ああ。やっぱりこれって…)

 

薄っすらとだが一夏の脳裏に、最初に男が電話をしていた時の映像と声が再生される。あの時わずかだが聞こえて来た言葉の欠片は、彼の中に小さな疑問と可能性を生んだ。新たな仮説は彼の頭の中で実体のない霧のように、しかしそれでも存在感のある黒い影となっている。

本当なら考えたくもなかった可能性。彼らもまた、些末事に対して懸命であってほしかったが、今の男の言葉に恐れを持ちつつも彼は確信した。

 

(ハナから千冬姉は眼中にない。じゃやっぱり…)

 

キーワードは「知識と技術」。英語を話せないわけではない一夏にも、それぐらいは聞き取れた。

千冬にだってISの知識と技術と人並みに持ち合わせているが、専門的なところまでいくと流石の彼女も唸り声をあげるだろう。

であれば、彼らの目的は千冬であることはまずない。

 

(…ISの知識。技術。その第一人者ってことは…)

 

 

狙いはただ一人。千冬の友人であり、ISの生みの母。第一人者である篠ノ之束。彼女こそ、いわばIS技術の最先端を常に先取りする人物であり各国の諜報機関が血眼になって探す人物。

加えて言えば一夏もある理由から面識のある人物だ。

 

 

 

「…やっぱり、狙いは束さんか」

 

「…流石だね。そこまで読んでいた…いや薄々とは考えていたね?」

 

「ああ…だって、知識として、技術としてこの世界で一番の人物はあの人だ。ISの技術だけじゃない。科学技術や医療、ITだって」

 

「そう。我々の目的は篠ノ之博士だ。彼女の持つ頭脳と技術。それを私たちは欲しい」

 

目を見開き、あたかも自分の事のように宣伝するということは、これがこの男の本音、組織の目的なのだろう。

束の頭脳は男の言う通り常に最先端を行き、まだ十歳にもなってないのにセキュリティプログラムを構築させたという逸話まである。

そしてまだ十代から出てないというのに、彼女は今の時代の中心であるISを生み出した。そのプロトタイプを動かしたのは千冬だが、実際に作り、組み上げたのは間違いなく彼女だ。であれば、その頭の中は既に数世代先の技術が構築され、作り上げられている可能性がある。

名誉だなんだにしがみ付く国のやり方より、考えてみれば納得のいく話だ。

 

「先に言っておくが、俺はあの人の連絡先は知らないぞ。知ってるのは千冬と箒ぐらいだ」

 

「………ほう」

 

友人である千冬と、妹である箒。二人にだけ極秘の連絡先を教えているという事実を聞いた時、かつて一夏は疎外感を感じた。自分だけ仲間はずれにさせられているという冷遇さを感じた彼は、一時期彼女の話題を切り出されると連想して思い出してしまいネガティブになったことがある。流石にそれには束も珍しく狼狽えて、連絡先を教えるかと言ってきたが、一夏の変な意地のせいで結局彼は連絡先を断った。

 

(…しまった)

 

話題を切り出しておいて気付いた一夏は、ここで自分がミスを犯したことに気付く。先に言っておくがと勇ましさを見せつけたが、話題が問題だった。

彼の出した話題である連絡先について、知っているのが千冬と箒だけということ。つまり今現在、大会に出ている千冬は束の連絡先について知っている、そして持っているということだ。

自身が人質の身であることを踏まえれば本来予定にはなかった千冬への脅迫がここで行われる可能性が高くなってしまったのだ。

 

(うっかり下手打っちまった…)

 

とんだミスをやらかしてしまったと絶望していた一夏は冷や汗を滲ませた。こんな有益な情報を相手が逃すわけがない。

 

「なるほど…それでは、あの織斑千冬にも使い道はあるということだな…」

 

背を向けて離れていく男の姿は後ろ姿だというのに満悦そうに見えた一夏は、この後の事を予想する。いや、予想するまでもない。

何らかの方法で千冬に脅迫し、束の連絡先ついての情報を得る。上手くいけば、その手がかりが見つかる可能性だってある。

 

 

「ッ………!」

 

「では、その為の手土産を用意せねばな」

 

半分ほど顔を振り向かせ手を上げると、何かの合図なのか今までずっと一夏のことを見ていたPMCの二人が一瞬だが男と目を合わせた。

両手で持っていたSCAR-Hを片手に持ち替え、腰のホルスターに手を伸ばす。

瞬間、抜かれた銃を見て直感的に一夏の体温は急激に低下し、全身からは冷たい汗が滝のように溢れ流れ出す。抜かれただけだというのに、彼の目と脳裏にはその後の出来事が鮮明に、変えられない運命だと予知する。

 

「君も分かっていただろ? 殺す気はなくても、なにも五体満足というわけではないということを」

 

男は最初に「殺す気はない」と言った。まさにその通りだ。殺す気はないが、傷つけないと、何もしないとは言っていない。

言葉については相手の解釈によって異なってしまう。必ずしも同じ意味になるとは限らないのだ。たとえ同じ言葉を聞いてもそれが小さな違いから異なった解釈や見解になることだってある。

 

 

「………」

 

だからこそ一夏もわかっていたのだ。そう都合よく行くことなんてない。

これから自分がどうなるのかという未来は、既に見えていた。あとは自分の考えとコレから起こることである結果との違い。そしてそれを元にした後々への参考か。

しかし今の彼にはそんな事を考える暇も余裕もない。彼の目の前には下手をすれば直ぐに自分の命を奪う武器があるのだ。

 

 

「…本気かよ」

 

「そうでなくては人質を取った意味がない」

 

震える唇を動かし、言葉を投げかけるがその質問が無駄であることは分かっていた。最初に言った通り、傷つけないとは一言も言ってないのだ。

いざそれが現実になると向けられたM9の銃口と、そこから予想される未来に彼の体は死体にでもなったかのように急激に冷たくなりそれは一夏の中でも冷たくあるのに暖かさを感じるという矛盾した感覚を生み出す。

 

「急所は外せ」

 

「了解」

 

短い会話が終わり、いよいよ銃の引金がひかれる。

向けられた銃を見て汗をにじませる一夏の目は無意識に「撃たないでくれ」と訴えかけるが、それもまた無駄なことであることに気付く。

バイザー越し、口元も隠しているというのに一夏はPMCの一人の姿を見た刹那、背筋に悪寒が走り息を飲み込んだ。口に出してでも聞きたいと無意識に思ってしまったことだが、同時に喉の奥へと追いやる。

 

(…人間…か?)

 

眼前に居る自分を見ているが、見ていないという他人事な感じと機械的に作業を行うという機械のような冷たさ。だが、人であるということが辛うじて分かるだけの息遣いと視線。そして言葉遣い。会話をしているというだけで妙な安心感が持てる。

PMCを見て最初に感じたことが、まさか人間であるかどうかという事は、後に一夏は嫌でも知ることになる。

果たして目の前にいる彼らは本当に人間なのだろうかと疑ってしまう冷徹さと無情。冷徹なだけならまだ人であると認識は出来るが、そのPMCたちが本当に人なのかと、果たして目の前にいるのが人間であるかを疑った。

 

 

(マズイ、マジで…)

 

死はなくても痛みは襲ってくるだろう。その先の出来事を予想した一夏は激痛に備えて全身に力を入れる。

そしてその予想通り引き金が引かれて鉛弾が肉を抉る―――ハズだった。

 

 

 

 

 

「―――さぁ、苦痛の声を上げるんだ」

 

 

 

「―――貴様のな」

 

室内に上げられた奇声は、男のものだった。決して一夏のものではなく、今撃たれるハズだった彼は力むために瞑っていた目を大きく開き状況の把握に急ぐ。

突然の出来事に戸惑いを隠せないのは彼だけでなく、コントラクターの二人も同じで銃を向けながら首だけを動かし、声のした後ろへと振り返る。

 

「なにが―――」

 

サクッ、と肉が抉れる音が何処かから聞こえると今度は一夏に銃を突き付けていたコントラクターの一人の首筋に何かが突き刺さった。小さくも鋭い、鋭利な刃のそれは携帯性と殺傷能力に特化したナイフだ。

急所であるナイフに喉元から突き刺されたコントラクターは息もだえながら苦しみ、膝から地面につく。銃を構える余裕もなく呼吸器官が破壊されたことで大地の上で溺れてしまったのだ。体内のナノマシンが痛覚抑制をしているとはいえ、体内の器官の破損は致命的だ。しかしそれでも痛覚抑制が働いているということから「痛くもないのに息苦しい」という本来なら水中で起こるだろう現象をコントラクターは地表で体験していた。

 

「あ…がぁ…ががくほっ…」

 

呼吸すらできない体が痛みを訴えず、思考を混乱させる。痛みのある状態だというのに痛くないという矛盾した状態がまさかここまで苦しく、そして気分の悪いものであるとは気づけなかったコントラクターはそれでもその痛みから解放されるために刺さったナイフを無理やり抜き取る。

 

「ごほっごほっ!!」

 

せき込む唾が赤く染まり、口と喉からは鮮血が吹き出る。未だ痛みはないが呼吸が困難になっていることで脳内はかき回されたようにグルグルと回っている。遊園地のコーヒーカップで回った直後のようだが気分の悪さはこちらの方が最悪だろう。

一体何があったのか。さっきの男の奇声の理由は。確かめなければならないことが多く、呼吸もままならない男は下げていた顔を持ちあげた。

 

 

「おい、どうし…」

 

掠れた声で横に居る仲間に声をかけるが、一夏の椅子の近くには仲間の姿はない。一瞬、どこに行ったのかと思い辺りを見回す。室内は狭いのでそう遠くにはいくはずはない。失血が続く状態のままだが首を動かすと仲間の姿を目が捉える。

 

「た…」

 

どうして離れたのかと訊ねようとした瞬間。男の視界は上ではなく下に向けられた。仲間は立っているわけではなく離れたわけでもない。

仲間の姿は立っていたではなく地面で安眠するように伏していたのだ。

ああ。そんなところに居たのか、と安堵したが次の瞬間にはその安堵も霧散してしまう。

 

「………」

 

ナノマシンのシステムが仲間のバイタルをチェックすると既に生命活動は停止していると表示される。遠回しに言うこともなく、目の前にいる仲間だったものはもう息することもない肉袋になってしまった。

そしてダメ押しで仲間の死体からは赤い鮮血が流れ、体の周りには血の池が作られる。その失血量は見ただけで死を連想させた。

 

―――一体、これはどういうことだ?

 

突然のスーツの男の奇声から始まり、気が付けば仲間も殺されるという理解できないこの現状。いや説明しがたい事態というべきか。なにせ気配も無ければ動いた様子もなく、気が付けば人間が二人、肉袋になってしまったのだ。

まるで怪奇事件にでも立ち会っているかのような現状で、唯一自分と同じ生者であるのは人質である一夏だけ。人質に手が付けられていないのは狙いが彼だからだろう。

 

―――狙撃か? それともこの部屋に誰か?

 

あらゆる可能性を模索するが、どうしても「それはない」と断言する自分に阻まれ可能性が潰されていく。

もしかすればこの室内に自分たち以外の誰かがいるのではないか、という可能性ももう一人の自分が「完全に気配を消し、あまつさえ同化することなど人間がどうやってもできない」と否定する。そんな事が出来るのは幽霊か、それとも数世紀前に存在した暗殺者か。しかし幽霊は存在自体が非現実的で、後者は当然生きている筈もない。

 

―――だが、狙撃だとしてもどうやって?

 

窓はあるが大きさはたかが知れており、そもそも人質を室内に捕らえているので外部から中の様子を確認できないように、内部から人質が外部の情報を手に入れないように閉め切っている。完全密室といえるこの部屋をどうやって見つけた。そしてどうやって狙った。

感じない痛みと共に頭中は混乱し、無限ループのように思考は続けられる。あらゆる可能性、仮説、選択肢が挙げられるがどれも確率は低い。

その中で唯一の高い確率はもう一人の自身が否定した「部屋の中に誰かが居る」ということ。だが密室であるこの部屋に、何時、どうやって入って来たのか。

 

 

 

「―――――!!」

 

小さく息を飲む声が聞こえる。自分ではないと察した彼はそれが一夏のものであることにはさっきの会話での声から理解した。

なにに息を飲んだのかと目を向けると、一夏の顔は何処かを凝視していた。驚愕と恐怖、二つの感情に満ちた顔は硬直されたかのように動けなくなっていた。

そこに何があるのか。もしかすればこの混乱の答えがあるのかと、彼もまた顔を振り向かせた。

 

 

「お前で最後だ」

 

僅かに届かない低い声が聞こえてきた。その言葉の意味は、と問いたかったがそれよりも先に結果だけがやって来た。

一人の男の姿が見えたと同時に、コントラクターの視界は暗くなり意識もどこかへと霧散した。それが死であるということを、当人は自意識が消える寸前に気付いた。

 

 

 

最後の一人が息絶え、力を失った体が地面に倒れる膝から地面に両手で支えられることはなく砂の城が崩れ去るように胴体から落ちていく。途中、持っていた銃が離され握る力を失った手は何処かへと銃を投げ捨てた。

PMCも、自分を誘拐したと思われ男も死に絶え誰も居なくなったハズの室内だが、一夏は自分以外にもう一人、三人を抹殺した人物がいることに気付いていた。

 

「―――お前は誰だ」

 

「………」

 

震える声で体に力を入れて強く言葉を発する。怖がっている体を必死に抑制し混乱しないようにと抑え込む自分が、自分の中に居る。そうしなければ、彼の意識は混乱と恐怖の渦に飲み込まれ自意識が崩壊してしまうだろう。あっさりと人が殺された現実、今にも自分が殺されそうで彼の気は休まるどころかどんどんと鉄のように硬くなっている。その内心までもが鋼鉄となってしまいそうだが、それを彼の中の意識が辛うじて抑えていた。

 

 

「…俺が狙いか。こいつ等のように」

 

静寂が室内に充満し、声以外は何もかえってこない。誰も居ないのかと思えるが、肌の毛は周囲のどこかから感じる冷たい殺気と気配を感知し、確かに誰かが居るという視線も感じられた。鋭い槍のような視線は背中に大量の汗を噴き出させ、思考を鈍らせる。抑えている恐怖が少しずつだが体を支配しようとする。

 

(ヤバイ…なんとかしないと…!)

 

あまりの恐怖と絶望から焦りが見え出した一夏の体は上半身を倒して椅子から逃げ出そうと計画する。両手両足は手錠によって拘束されているが、逃げなければならないという焦りが体を動かした。

手錠の鎖と椅子の鉄材が擦れ合い小さく甲高い音が木霊し、早く逃げなければと焦燥を代弁する。早く、早くと叫ぶ声と鼓動する心臓のように。

 

「お前がイチカ・オリムラだな?」

 

「ッ………!!」

 

背筋に鳥肌が立つ男の声が何処かから聞こえてくる。ぞわりと舐められる声に毛が逆立つ一夏は奥歯を強くかみしめて震えを抑える。まだ声だけしか聞こえていないというのに、彼の背筋は凍りつき、凍死してしまいそうで唇の震えが止まらない。

 

(どこに…?)

 

殺気と冷たい視線が室内に充満し、一夏から思考と体温を奪っていく。こめかみから流れる汗は外気で冷え切ってしまい肌を伝うだけだというのに冷たさを感じるほどで、彼の居る室内だけが冬の季節になったみたいだ。

過大に感じているだけかもしれないが、少なくともこの冷たさだけは本物であるという確信だけは一夏の中にはあった。

そしてその季節、冷たさを作り出した張本人がふと暗い影の中から姿を現した。

 

 

(いつの間に…?! いや、そもそも影から!?)

 

影から現れたという出現方法に驚くしかない一夏は、影の中から浮かび上がるように現れた男の姿と、彼の纏う気配に硬直してしまう。

偶然、影と暗闇の中から現れたというだけなら、恐怖は伝わってくるが驚愕はしない。だが一夏の前に現れた男は文字通り影から浮かびあがるように現れたのだ。自分が影の一部であり、影が自分の一部であるかのよう。同化した影の海から現れた生命は、果たして生命と言えるだろうか。

 

「初めましてだな」

 

影から現れた男は、先ほどと変わらず低い声を鳴らし言葉を投げた。口からは息が白くなり室内の冷たさを目で感じさせるが同時に吐き出される吐息が、目の前にいる男の生気を疑う切欠を作ってしまう。

 

「お前が…」

 

目の前にいるこの男こそ、今まで話していたスーツの男とPMC二人を殺した男。その実行犯であるという証拠は、実物がなくともその見た目だけで信じてしまう。

黒いコートを羽織り、常人よりも白い肌を晒す男は無精ひげを蓄えている。声と一致した歳の身なりだが一夏はそれ以上に彼の瞳の奥にあるものを見て思わず息を飲んだ。

隠す事のない狂気と殺気。殺意はないが、直感的に危険であることを体が警告する。この男は危険だ。理由はまだないが、危険であることは確かだと意識よりも体が警告を鳴らしている。肌から感じる何か(・・)に体が怯えていたのだ。

 

「…ほう。俺を見て物怖じしないとはな」

 

「………。」

 

嘘だ。この男は確実に一夏が怯えていることを分かっている。だからこそ、あえてそんなにことを口にした。彼の目が男の目を覗き込んだように男の目も彼の目を覗いている。その奥にある感情など男からすれば一目瞭然だろう。

一夏は怯えている。当然のことだ。目の前で人間が殺されて恐怖しない人間は滅多にいない。軍人であっても仲間が殺されれば「いずれは自分も」と恐怖するだろう。

 

「面白い素養だ。流石はあの女(・・・)本当の意味(・・・・・)で目を付けただけのことはあるか」

 

低い声で独り言をいう男の言葉に、落ち着きを取り戻した一夏は視線をずらす。言っている言葉の意味が分からない一夏にとっては首をかしげることしかできないが、それでも自分のことについて言っているということだけは分かる。

 

(あの女って、まさか…)

 

独り言をつぶやいた男はコートのポケットに手を伸ばし、黒い携帯を取り出した。今時では少し珍しいひと世代前の折り畳み式、いわゆる「ガラケー」というタイプだ。

今でこそタッチタイプの携帯が主流だが、ガラケーの特徴として長時間の使用が可能であることなどがある。

男は携帯を開くと成れた手つきで何処かへと電話を入れた。耳元に携帯を近づけ、静止したが男の目は一夏から離れることはない。

 

 

「―――私です。指示通り、ターゲットを確保しました」

 

電話の相手が出て来たのか、男は前触れもなく話をはじめる。さっきまでとは違い敬語で話す姿に一夏は彼のスーツ姿を想像するが、絶対にありえないと自分で自分の妄想を否定する。顔もそうだが、彼の目が絶対にそれはないと否定する最大の要因となっていた。あんな殺意のある目を一体どこの会社が採用するだろうか。

 

「ええ。やはり情報通り、連中が先に誘拐を行っていました。付近には手配したと思われる部隊も展開していました」

 

スーツの男が手配した部隊か、それとも最初に一夏を誘拐する予定だった者たちの仲間か。答えを知る事の出来ない一夏はもどかしく思えるが、どの道、自分の結果に変わりはないことをわかっていた。最初の誘拐犯も、それを排除したというスーツの男も、そしてこの男も、全員の目的は一致している。違いは仲間が要るか否かと、その後の手筈だ。

 

 

「………ッ!」

 

ふと、室内に置かれていた小型のテレビから盛大な歓声が聞こえてくる。今までは聞こえてこなかったが、ひときわ大きな歓声だったことから一夏の首は思わずテレビのほうへと動いた。そこには、大きな歓声の中で行われる表彰式の様子が映し出されており、画面には彼にとって見覚えのある顔が映されていた。

 

 

―――ああ。そっか。決勝が終わったのか

 

 

汗を額から流し、清々しい顔を映し出す女性の姿。黒髪を伸ばし凛とした顔。

一夏には見覚えがあり過ぎる顔だ。なにせ彼女こそ、一夏の最後の肉親であり姉。たった今世界最強になった織斑千冬その人だったからだ。

ISを纏い、戦う姿は男女どちらからも人気があり、彼女はISの登場と共に一躍脚光を浴びた。そして今回の優勝。彼女の人気は今後拍車をかけるだろう。

 

 

「………ああ」

 

 

嬉しい。嬉しいんだ。嬉しいんだよな。

画面の向こう側から聞こえてくる歓声と、伝わってくる熱気。歓喜と興奮。

自分の姉が世界最強の称号を手に入れたのだ。嬉しくない筈がないだろう。

そう思えと言い聞かせる。

 

―――刹那。小さな風切りの音が聞こえると僅かなタイムラグの後に小型のテレビに一本のナイフが刺さった。小さなナイフは画面に映っていた千冬の額に正確に命中し、そこから画面の破片が飛び散り、ひび割れを起こす。

一瞬、テレビの中の電流が放電し、やがて故障したテレビは鮮明な画面から荒い灰色と黒の砂嵐をおこして音をかき消した。

 

 

「………。」

 

テレビが無理やり消されたことに小さく口を開いたが、一夏はそこから何も言うことはなくただ沈黙して口を再び閉ざした。

伝わって来た歓声は未だに彼の耳の奥で鳴り響いているが、それもほどなくして消えて行き、代わりに砂嵐の音だけが伝わって来た。

 

「申し訳ありません。少しテレビが喧しかったので」

 

『…そうか。で、小僧は』

 

「今目の前に」

 

『よし。お前は小僧を連れていけ。例の場所で落ち合う』

 

「了解しました」

 

やがて電話を終えた男は、携帯を耳から離すと再びポケットへと滑り入れる。

 

「お前をここから連れ出す。歩けるな」

 

「………ああ」

 

抵抗する気はなかった。いや、失せてしまったのだ。気が付けばどこか空しく思えた一夏は、中にあった抵抗や反抗、そして生きる活力を失った。深淵の海に沈められたかのように、ろうそくから火が呆気なく消えたように。今までの考えが全て馬鹿馬鹿しいと思えた一夏はそれ以上喋ることはなく小さく頷いた。

 

「お前に会いたいと言うヤツがいる。あのことはソイツに任せる」

 

「………」

 

―――そうだ。そのアイツって。

ふと男の言葉で思い返した一夏は、僅かだが生きる生気を取り戻して顔を上げた。

相変わらず鋭い目が彼の目の前にあったが、恐怖はさっきよりも薄らいでいる。一夏はそのまま男へと質問を投げかけた。

 

「なぁ。アンタの言う「俺に会いたいヤツ」って、まさか」

 

この状況。こんな時に、自分のことについて興味がある人間と言えば数は限られている。今までの誘拐犯や愉快犯。主に自益を優先するとい連中が主だが、一人だけ、こんな状況で身代金や自国の利益なんて理由ではなく、あまりにも馬鹿馬鹿しい理由で助けを出す人間を一夏は一人だけ知っていた。というよりも、こんな時に言う「会いたいヤツ」と言えば、彼の頭の中ではたった一人だけ。しかもその人物が最もはじめに浮かび上がった。

 

こんな状況で、そんな理由で、まるで正義の味方のように危機である時に助けてくれる人間は―――

 

 

 

 

 

次の瞬間。激しいマズルフラッシュとともに一発の銃声が室内に響く。室内を何度も反響した音の中で、一瞬だが反射的に一夏は目を閉じた。

不意の発砲に恐怖が絶頂し自己防衛するが、それに伴う痛みは体のどこからも伝わってこない。その代わりに彼の膝に冷たく滴り落ちる水滴の感覚が伝わってくる。

どうして水滴が、と思い次に目を開けた時には彼の目の前には赤い血の雨が滴り落ちいていた。

 

 

「なっ―――」

 

目の前に落ちる鮮血に目を大きく見開く一夏は、今まで自分の目の前に立っていた男の顔を見た。男の額からは赤い鮮血が吹き出ており、一夏にも見えるほどの小さな穴が一つ出来上がっていた。

鉄分の臭みと僅かに焦げた肌のニオイ。言うまでもなく男の額を弾丸が貫通しそこから鮮血が吹き出ていたのだ。しかも一夏の方へ血があふれているということは、撃たれたのは後ろから。男の背にはそう結論付けるだけの根拠と証拠がある。

同時に、その根拠と証拠は一夏にとって信じられないもので、普通ならあり得ないとしか言えないような光景が広がっていた。

 

「うそだろ…」

 

がくりと膝から地面につく男は、脳を貫通したことで既に意識はない。彼が殺したPMCのように崩れるように倒れていき、最後の脳からの指令として首を後ろへと振り向けた。

男も同じ反応だったのか、自身の背後に広がるものはとてもではないが信じられるものではなかった。

なにせ、最初に男が殺したはずのスーツの男が口から大量失血をしながら、ほくそ笑んだ顔で小銃を向けていたのだ。ひどく歪んだ笑みを浮かべ、優越感に浸っていたスーツの男はそのまま更に引き金を引く。

 

―――生きていたのか

 

もはや照準の定まらない小銃の弾丸たちは勢いよく吐き出される。眼前の光景を全て、自分の劣勢をまるで目の前にあった小石を蹴り飛ばすかのように見下し、何事もなかったかのようにしている、その光景を消すために。

引き金を引く指は押す事を止めず、弾が吐き出されなくなるまで発砲を続ける。マガジンの中にあるたっぷりの弾丸を全て使い切るほどの弾丸の嵐は大半が男の背に命中し、腕や首、後頭部にも直撃する。

さらに照準が定まっていない弾丸たちは男だけでなく、その後ろにいる一夏にまで襲い掛かり、彼の足のももや脇腹などに穴をあける。

 

「っ…あっ!?」

 

流れ弾が突如として襲い掛かり、血肉を抉りとてつもない激痛を与える。放たれた弾丸が当たるかもしれないと覚悟していたが、それが何時か分からずタイミングが計れない。気が付けば弾は肌の表面を焦がし中から鮮血を噴き出した。同時に激しい激痛が彼の神経を刺激し駆け巡るが、その感覚は若干のタイムラグで広がった。

 

 

弾幕が終わり、マガジンの弾が全て撃ち尽くされると、それを待っていたかのように男は地面へと倒れる。残ったのは椅子に括りつけられていた一夏だけで、彼の体には数か所の弾丸による傷が出来ていた。

 

「がっああ…ぐっ…」

 

声にならない声が彼の中に駆け巡る激痛の強さを物語る。あまりの痛みでしゃべる事すらできず言葉には脈絡もない。痛みに耐えるしかできない一夏は歯を強くかみしめ、抑制させるが力めば力むほど痛みは強くなり体内を反響していく。それだけ傷口を圧縮しているのでその痛みがさらに強くなっているのだ。自分で自分の首を絞めつけているのと同じこと。それに気づかず一夏はそうして自分で傷口から体を痛めつけていた。

 

 

(どういうことだ…コレって…)

 

傷口からの痛みに耐えつつも目を開く一夏は、目の前にいるスーツの男の姿をとらえる。彼がさっきまで話をしていた男であることは間違いなく、彼は最初に殺されたハズだ。実際の現場は目撃できていないが、あの苦痛の声からして生きている可能性は低い。

なのに、彼は当たり所が幸いしたのか平然と生きている。先ほどの冷静さと狡猾さのある顔ではない、狂気の表情であるという点を除けば、間違いなく彼は先ほどの男だ。

 

「ヒッ…ヒハハッ……」

 

「…いてぇ」

 

狂ったような笑い声をする男はふら付いた足で立ち上がる。人形が操られているような立ち方は本当に人であるのかと疑いたいが、姿勢の整った歩き方から彼は紛れもなく人間、それも生者であるということを認識されてくれる。

しかし唯一、生者にはないものとして彼の首筋には赤い血の線が一本、作られていた。しかもその周辺には吹き出た血の塊と痕があり、薄っすらとだが小さな刃が刺さっていた痕がある。まるで数か月前にあった傷が塞がったようだが、一夏の記憶が正しければそんな傷はなかった。

首筋をナイフで刺され大量出血をしたというのに、それでも生きているという事態に信じられないと驚愕を隠せない一夏は、逃れられない事実と向き合った。

 

「痛いよなぁ…私もその痛みは分かりますよ。けど、君のその傷よりも私の方がもっと痛かったですし、私なんて臨死体験ですよ」

 

ケタケタと笑いながら歩いて来るスーツの男は首元に手を当てている。傷のあった場所をなぞる仕草は痛くないのかと思ってしまうが、綺麗に傷跡もないことからそれは考えにくい。

それ以前に、そんな致命傷の傷を負ったハズなのにそれをアッサリと回復して生き返ったという事実が、一夏にはにわかに信じられなかった。まるで吸血鬼か本物の化け物のように再生し生き返ったのかと、あまりに非現実的なことが起こったことで頭が混乱する。

 

「どうして…? アンタ、たしか…」

 

「ああ…死んだのにどうして生きてるのか…ですね。ええ、私はさっき死にましたよ」

 

堂々と自分の死亡宣告をするスーツの男に、更に怯えが強くなった一夏の全身からは冷たい汗とともに体温が逃げていく。

そんなことがあり得るのかと、目で訴えかけるが男は聞いてもいないことを丁寧に話始めた。

 

「とある科学者が研究していたことです。人間の再生能力を爆発的に強化させるナノマシンがありましてね。私の所属する組織はそれを解析して研究、開発したのです。

いかに殺されようとも、撃たれようとも死なない体。死ぬことの許されない治癒能力をね」

 

つまり男はナノマシンによって人体の治癒能力を強化されており、たとえ致命傷の傷を負ったとしても回復するということ。そして、それが死に直結するものであっても瞬時に再生し文字通り生き返るということだろう。

 

「最初は私もそんなものが実際にあるのかと疑ったけど…使ってみてこれほど素晴らしいと思ったことはない。なにせ大抵の傷は直ぐに再生するからね」

 

ふと一夏の脳裏には、以前見ていたテレビアニメの敵を思い出した。無限に再生する敵という恐ろしい敵を、人が挑み倒すというものだ。

まさに目の前にいるのがそれだろう。ただ、具体的な再生力が分からないので同一とは言い切れないが、男の再生能力はまさに人外そのものだ。

 

「それに、このナノマシンはどうやら一度実験に使われたことがあると聞いてね。どうやら私よりも先に投与されたモルモットがいるらしい。けど、数年前の出来事だ。もう死んでる可能性が高い」

 

自分よりも先に実験台になったヤツがいるという事を聞いて余程安心したのか、男は一夏の前で安堵の息を漏らしていた。

しかしそれを聞いていた一夏は、その実験台を経て完成したと思われるナノマシンを投与した男が目の前にいるせいで安堵すらもできない。なにより男が持っている銃が、彼に安心を許そうとしなかった。

 

不死身(リビングデット)…」

 

「かもしれない。けど、私は人間だよ少なくとも」

 

意味ありげな言葉をつぶやき、スーツの男は手の力を緩め、握っていた小銃を手放す。その気になれば一夏のことを軽く始末できることが可能なハズだが、弾切れになったからかアッサリと手放した。

 

「さて…だいぶ予定が狂ってしまったね…お陰で色々と修正が必要になってしまった」

 

音を立てて地面に叩きつけられた銃に目も向かず、自身を一度殺した男と同じく一夏に鋭い眼光を向ける。先ほどとは違い、見下すような眼差しをして、言葉よりも態度と雰囲気で圧倒していた。

そこにはもう、最初の時のような冷静さはなく一夏に対しての見方も変化していた。

 

「全く…無駄な手間をさせてくれたものだ」

 

後ろ腰に手を伸ばし、ベルトの辺りを探る男の手に一夏はそこから現れるものを予想できた。もう、この時点で一夏の利用価値は半分以下なのだ。

 

「君の言葉を聞いて、気が変わった。あの女(千冬)小娘()の手がかりを知っているのなら、直接手に入れるだけだ」

 

現れた黒いものは、男の手にしっかりと握られているのは、今度は弾もしっかりと入っているからだろう。

一般的な銃として認知されているガバメントとは別のグロッグと呼ばれるハンドガンで、その中で18Cのタイプだ。集弾性は悪いが、距離を測るまでもない近さなので外すことはない。

 

「取引材料じゃなかったのかよ…」

 

「ああ。それは変わらない。君という無駄を手に入れたんだ。精々、無駄は無駄らしく一つぐらい使えないとなぁ」

 

恐らくこれが彼の素なのだろう。偽る気もない表情は生き生きとしており話し方も縛りがない。

 

「幸い。君という存在があの女の足枷になっている。なら、それだけで十分な効果がある」

 

足枷という言葉に一夏は不思議と抵抗感を持てなかった。それは抵抗感がないというよりは抵抗する理由がなかったと言ってもいい。

苦痛の中での絶望的な状況だと言うのに、彼の中ではそこだけが冷めていたのだ。

織斑千冬の唯一の肉親。彼の最大の売り(・・)であり、たったひとつの利用価値らしい。

たった一人になった肉親、彼女の最後の血のつながった姉弟。その彼がもし。その場合はどうするだろうか。その時の彼女の反応は。返答は。

 

 

「彼女が私たちに屈するために、最大の絶望と状況を与えねばな」

 

最初にスーツの男が言った言葉、一夏の命の保証はあるが、危害を食わないというわけではない。これはそのままの意味で、彼を生かしておけば束との接触の可能性があったことなどの利用価値があったからだ。

しかし一夏がうっかりと口を滑らせてしまい、自分よりも千冬のほうが束との接触の可能性があるのではないかという道を示してしまった。憶測であったものが確証に変わったことで、一夏は自分で自身の人質としての価値を減らしてしまったのだ。

 

「まずは」

 

引き金が引かれ、軽い音とともに一発の弾丸が発射される。予告ともいえない軽々かしく呟く声は無情で、撃つことにすらためらいもなかった。

不意を突かれた一夏は右のももを撃ち抜かれ、赤い鮮血とともに伝わってきた激痛に奇声を上げる。短くも言葉にならない声は喉の負担も考えないほどの音量を吐き出し、室内だけでなく辺りにまで響く。

 

「が―――!!」

 

強烈な激痛が走り、体中に熱が駆け巡る。血管の中が焼かれたかのような熱さと痛みは痛烈で、その痛みを抑えたい体は反射的に動き傷口をおさえようとするが、両手が手錠によって縛られているので動かすことすらもできない。

 

「先ずはもも。次は…」

 

排莢され、次弾が装填されたオートマチックのハンドガンを再び構え、幼稚に迷いながらも一夏の体に穴をあけていく。ふくらはぎ、あばら、骨盤は幸い肌を掠めた。

だが、その他数発。まるで拷問というより子どもの遊びのように手あたり次第に撃ち続けた。それも弾は全て急所を外しており、態と一夏を生かし、苦痛と激痛を与えている。

 

「…無駄じゃ…なかったのか…」

 

「ええ。無駄ですよ。私に無駄なことをさせたということで、貴方にはキッチリと責任をとってもらわねばなりませんし」

 

要するに八つ当たりをしたいというスーツの男に、歯を軋ませることしできない一夏は激痛に耐えながらも顔を上げる。鋭利になった目は憎悪と無情(・・)が混ざっており、手錠が外されれば今にも食らいつきそうなほどだ。

まさに獣。野生の肉食獣だ。しかしそれも手錠という人の手で作られた拘束具の前では無力でしかなく、撃たれたことによるダメージから動くことすらもできない。

 

「それに。今となっては生死なんて関係ありません。必要なのは「織斑一夏」なのですから」

 

そう。必要なのは何も一夏の声や姿ではない。ましてや、彼という存在が生きているという不確定のものでもない。

生きていなければならないという存在ではないのだ。ならば、その存在を活かすだけ。生きていようが生きていまいが「織斑一夏を自分たちが捕えている」という事実だけが、武器になるのだ。特に最後の肉親であれば、それが最後の繋がり、姉弟であるのなら。その効果は何倍にも跳ね上がる。

 

 

「生き死には関係ない。重要なのは、お前を我々が捕えているということだけだ。そうすれば―――」

 

彼らの望むものは確実に手に入る。確定とまではいかないが、これだけの状況に追い込んでいるのであれば、千冬も要求を飲まざるえないのだろう。

そうすれば彼らの望む、束への道筋は手に入る。

 

少なくともその時まではそう思えたが、次の瞬間。彼の小さな慢心が大きな油断へと広がり、失敗へと導いた。

 

 

 

ズッ、と鈍く思い音が何処かから聞こえてくると、虚ろになっていた一夏の目は今まで気づけなかったある事に気付いた。今まで散々一夏を使い八つ当たりをしていたスーツの男の後ろに、もう一つの人影があったのだ。それもその姿は一夏の記憶が正しければ、そもそもその場にいる筈のない人物、いや存在だ。

だがそれがもし、このスーツの男と同じ原理であるなら。そう考えると、もうこの事態と状況ではあり得ることだと思えてしまう。

 

「―――なに…!?」

 

「驚いたぞ。まさか、俺の体を調べて「模倣品」を作り出していたとはな」

 

低く鋭い声がスーツの男の後ろから聞こえてくる。まさか、そんな事はと驚愕を隠せない男の額からは汗がにじみ、さらに背部からは鮮血がにじみ、滴り落ちている。

スーツの男の背中では、深々とナイフが突き刺さっていた。一寸の狂いもなく心臓へと到達しており、鈍い鋼の刃からも血が滴り落ちていた。

 

「ば、バカな…」

 

「なにがおかしい? いや、そもそも俺にとってはお前たちがおかしい。あの実験をしている人間が、早々に死ぬと思っているのか?」

 

「だ、だって………ッ!!!」

 

受け入れられない現実であるハズだったが、スーツの男は言葉を交わしている内にある事に気付く。

それは正に自分の背中を男が刺しているという状況に対しての一つの回答だった。

 

「まさ、か……お前が……」

 

「貴様たちにも、どうやら博士のような技術を持つ人間がいるようだな。だがこちらよりも出来は悪いらしい。心臓を深く刺されただけで、致命傷なのだからな」

 

人は致命傷のダメージを負えば、最悪は死に至る。心臓は勿論、頭や目も例外ではない。

だが、もし頭を撃ち抜かれても、心臓を撃たれ、刺されても、平然と生きているか、生き返る人間がいるとすれば?

現実でいえばそれはゾンビやリビングデット、吸血鬼の類で間違いはない。不死の人間というのはそれだけで人外とみなされるのだ。

事実、男にもそれにちなんだ名がある。どんな致命傷を負っても死なず、頭を撃たれても死なない人間。

 

 

「貴様ッ……吸血鬼(ヴァンプ)……!!!」

 

「残念だ。お前なら、俺を殺せると思ったが。見当違いだったようだ」

 

ナイフから滴り落ちる血を指で舐め取る行為は、男であるというのに妖艶に見える。怪しい雰囲気を持つ男は、舌に擦りつけて飲み込む様は彼が愉悦に浸っていることを見せつけていた。

ヴァンプ。吸血鬼の意を持つ名の男は、まさにその名の通りと言える。

滴る血を舐めとり、自身の血肉とする。鋭い牙を晒し、口からは白い吐息を吐き出す。辺りを凍てつかせ、今にも首筋を噛みつきそうな瞳は虚ろながら生気を持っていた。

 

「いや…そもそも、お前たち(・・・・)では、ボスの足元にも及ばん」

 

「ば…か…」

 

深く刺さっていたナイフを動かし、さらに内蔵を抉り回すと生々しい音とともに血があふれ出る。

 

「生命維持活動が停止すれば死に至る。それでは俺のようにはなれん…」

 

「がっ…ああ…」

 

スーツの男の足元が赤々とした血の池を作り、スーツを黒から赤に変える。体内を暴れるナイフは肉を掻き分けて奥へと進み、ヴァンプの手が止まるまで進み続ける。

内蔵を抉られ、弄り回される男の目は既に白目をむきかけており、口は固められたかのように小刻みに震え、透明の泡が僅かに赤く染まっている。

 

つい先ほどまで余裕を見せていた男の顔は、背後からの激痛と苦しさ、そして頭をかき回されたような混乱から驚愕のままになっていた。

 

 

「死んだ…はずじゃ…」

 

「俺はあの程度(・・・・)では死なない。死ねない体だからな」

 

霞みだした視界に映る光景を信じられなかった一夏は、頭で考えていたことを口に出して問うた。背後から銃で撃たれ、穴だらけにされたハズのヴァンプがこうして立っている。話をしている。返事をしているのだ。普通なら絶対に、にわかに信じられることではない。

今、自分の目の前にいるのは本当に不死身の吸血鬼なのだろうかと、一夏は意識が途切れる前にと、ヴァンプに言葉を返す。

 

「どういう……?」

 

「………」

 

すると、一夏の質問に答えず、沈黙したヴァンプは目線を逸らすと男にねじ込んでいたナイフを引き抜く。生々しい音を立てて、血と共に出てきたナイフの刀身は赤く、所々には何か黒い塊がこびりついている。それが一体何なのかさえ考えたくない一夏は半分ほど目を逸らした。

悲痛の声が室内に響き渡り、呼吸をしようにも心臓を破壊された男は息を軽く数ことすらもできず、やがて白目をむいた顔のまま地面へと伏した。

それは皮肉にも自分が殺したはずのヴァンプと同じ姿をしていた。

 

 

「『―――いずれ、同じ世界に来る。これは決定事項。逃れることのできないこと』」

 

間を置かずに口を開き、唐突に言い出すヴァンプの言葉はどこか他人事にも聞こえる。彼の意思ではない言葉、誰かからの言伝なのか、録音機が再生するかのように無情のまま淡々と再生を続ける。

 

「『本当は他人を巻き込む気はなかった。けど、こればっかりは避けられない。なぜなら―――』」

 

 

 

―――なぜなら。これは私たちが初めてしまい、そして考えもせずに巻き込んでしまったのだから

 

 

 

どこかで、そんな事を言う少女の声が聞こえてくる。幻聴のようだが確かに聞こえた一夏は、その後知らぬ間に意識を暗闇の中へと暗転させてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗い闇の中で確かな感覚を感じとる。今までは深淵の中にでもいたのか、それとも宇宙に居たのか浮いた感覚が体中にあったが、突如として地面に足をつけて体中に感覚からの情報が脳へと運び込まれて来る。

とっぷりと使っていた意識は表面へと戻り、重くなった目蓋を開くと、体中にほんのりと暖かな空気が肌を滑る。

眠りの世界に入っていた一夏は、その暖かな空気に目を覚ました。

 

 

「…寝てたのか」

 

乾いた目を何度も動かし、眠気とともに目やにを取り払う。欠伸をしていたせいか目の周りが妙に乾いているので、執拗に目の周りで手を動かす。

寝起きということで半分も頭は動いておらず、PCでいう所の起動直後である一夏は、LEDの天井の照明を眩しく思い両手で目を覆うが、直ぐに目が慣れてくると顔面を滑らせ手を膝の上におとす。

言葉にもできない夢の記憶に、一夏はずんと重くなった頭を抱え小さくため息をこぼした。

 

「気分はどう?」

 

その様子を見てなのか、彼の目の前からオタコンの気遣う声が聞こえてくる。一緒に鼻を刺激する濃厚なカフェインの香りから、彼の手に握られている飲み物がコーヒーであることに気付き、俺にもくれと手を突き出すと、前もって二つ持っていたオタコンはカップの一つを手渡した。

 

「―――また、あの夢を見た」

 

寝起きということで調子がでないのか、一夏の声は妙にしゃがれている。まるで歳をとったかのような声にオタコンは脳裏でスネークを連想させたが、せき込んで喉の調子を取り戻すと、またいつものような低い声が口から吐き出される。

 

「あの夢って…スネークと初めて会った時の?」

 

「ああ。二年前の…あの時、モンド・グロッソでの」

 

 

二年前のモンド・グロッソ。千冬の優勝を妨害するために一夏は誘拐されたが、それが二重三重の思惑が重なり、真実はさらにややこしいものとなっていた。

世界を影から操る二つの巨大組織、「愛国者達」と「亡国企業」。先制として当初、誘拐を予定していた誘拐未遂(・・)犯を殺害した亡国側は一夏を拘束。後に連れ去ろうとしたが、そこに当時リキッドの下にいたヴァンプが介入し、亡国側の誘拐犯チームを殺害。危うく、一夏はリキッドたちに誘拐されかけるが、結局は連れ去られず、その後リキッドの足取りを追っていたスネークたちに発見された。

 

 

「偶に夢で見るようになった。特に、日本に来てからな」

 

「…いい思い出じゃないよね。危うく君は殺されかけたんだ」

 

「あの時、スネークが来てくれなかったら、どの道俺は失血多量であの世行きだった。それをオタコンたちのお陰で一命をとりとめたけどな」

 

運がよかったというべきか。それともしぶとかったというべきか。直後にスネークに助けられて、治療を受けなければ一夏は確かに死んでいただろう。

夢を見終わり、改めてその時の出来事を思い返すと、時折自分が今生きているという事実に驚きを感じられていた。

本当に自分は運がよかった。あの時、普通なら死していた筈なのにこうして助けられたのだから、と。

 

「今でも感謝してるよ。オタコンたちが助けてくれたおかげで、俺はこうして五体満足なんだからよ」

 

「の、割には生傷が絶えない人生送ってるよね、君」

 

「それは…タイミングが悪かっただけだ」

 

素直に自分の失態だったり、下手であると自覚することのできない一夏は苦い表情で目を逸らす。本人も自覚はしているのだが、素直にそれを言うのはどこか情けなく思えるからだろう。自分の失態を素直に認める、というよりそれを口にすることに抵抗感を持っていた。

なので、一夏はせめての言い訳としてタイミングの悪さを話に出したのだ。

 

 

「…あのさ、オタコン。俺…さ」

 

「…? どうしたんだい?」

 

唐突に話題を切り替え、さらに表情も曇ったものに変わった一夏にオタコンも突然、なにがあったのか、何を思い出したのかと釣られて真剣な眼差しになる。

 

「あの夢を見て、言うタイミングを忘れていたんだけどさ。あの時、俺は恐らくヴァンプと遭遇していた」

 

「なんだって…」

 

一夏から前触れもなく告げられた事実は彼が今まで言うタイミングを逃してしまっていたからか、それとも些末事か、既に当人が死んでしまっていたからか、結局として逃していたことを今になって話し出した。

リキッドに関係した人物が介入したとは分かっていたが、ヴァンプであるとは知らな(聞いてな)かった、オタコンは思わず反射的に声を張った。

 

「ゴメン。言うべきかどうか迷ってたし…そもそも俺はアイツがオタコンの言っていたヴァンプであるっていう確証がなかった。だから…言うに言えなかった…」

 

言い訳ではあるが、本音を吐き出す一夏は俯いたまま語る。二年前に救出された時にはまさか、彼らのいう人物と自分の助けた人物が同一であるとは知らなかった一夏は、同名の別人物であると勝手に片づけてしまい、可能性として「同一人物であるかもしれない」ということを考えもしなかった。

それが今になって「もしかして」と浮かび上がってしまい、自分がどうして今までそう思わなかったのかと、無能な自分に呆れるしかなかった。

 

「…いや。謝ることじゃないさ…だってヴァンプは普通じゃなかったんだ」

 

それはもう済んだこと、とオタコンは決して咎めはしなかったが、驚きは隠せなかったようでズレ落ちた眼鏡をかけ直し、カップをテーブルの上に置いて思考に入った。

 

「普通なら死ぬはずが、奴は平気で生きていた。ナノマシンの恩恵だったとはいえ、常識的に考えられるはずもないさ」

 

実際、ヴァンプは「ガンズ・オブ・ザ・パトリオット事件」でスネークに頭部を撃ち抜かれても、ナノマシンによる急速的な回復で生きていた。再生するまではスリープ状態になるとはいえ、即死級の攻撃を受けても平気でいたという事実は常識的に考えて受け入れられるものではない。一夏が別人である、と考えるのもある意味では無理もない話だろう。

 

 

 

「けど、ならどうしてヴァンプは君を助けたんだ…?」

 

そもそも、なぜ一夏を助けたのか。なぜ、ヴァンプが、そしてリキッドが彼を助けたのだろうか。それが助けられた一夏自身も疑問でならなかった。

行方をくらましている束のことを考えれば私情で動くこともあり得るが、それをリキッドの陣営を使って動く意味はあったのか。第一、一夏を助けることに、何のメリットがあったのか。メリットが無ければ、当時のリキッドもそう簡単に動くことはなかっただろう。だが、亡国側の目的である束は、既に自分たちの陣営に属していると言ってもいい。であるなら、助けたとしても得はないハズだ。

 

「リキッドが助けた理由。それが束さんの私情であるなら、俺もある程度は納得できる。あの人、俺たちのことに関しては完全に私情で動く人だ。俺たちが絡めば利害よりも情に動く」

 

「けど、リキッドの側に居たのなら彼女もある程度は自重するハズだ。なら、イチカ自身に何等かの価値があったと言ってもいい」

 

自由奔放な彼女のことなので、自重の欠片もないはずだが、リキッドの陣営では周囲を納得させるための説得材料というのも必要なハズだ。

出来るだけ協調路線を取りつつ、結局は利用するだけして捨てる。それが今までの彼女の行動のパターンといっていいが、それはリキッドに付くまでの話。彼の下ではある程度の協調を見せていたので、恐らくは何らかの理由と利益があったハズ。でなければ彼女の性格からして、放置というよりも「放し飼い」のような状態になってしまう。

 

「…俺の利用価値…か。けど、自虐じゃないが俺にそんな価値ってあるのか?」

 

「確かに…そもそも、あの事件の時のイチカはまだ何も知らなかった。そんな白紙のような状態である君に、彼女は一体なにをさせようとしたんだ…」

 

「結局、愛国者達のAIは破壊されて、リキッドも死んじまった。束さんはあの事件で俺を使う…っていうか、動かす気はなかったってことか」

 

単に一夏の命の危機であったから、という理由でも束にとっては十分な行動理由になる。なにせ自分の妹、そして一夏たち姉弟以外とは絶対に心を開かない、開いたとしても興味本位か利用するだけか。恐らく、リキッドに与したのもその辺りだろうと一夏も考えていた。

それだけ彼、一夏のことを溺愛しているということだ。親のように子の危機があれば救いの手を差し伸べる。実際の親子でもなく、姉弟ですらもないが彼女の認識はそれと大差ない。

 

「…なら、本当に俺を助けたかっただけ?」

 

「さぁ…彼女について僕はよく知らない。一夏の考え、イメージや想像から逆算するしかない」

 

だとしても、助けた一夏をスネークという敵の場所に置いておく必要があっただろうか。一夏の束に対してのイメージから考えれば、親ばか同然である彼女なら自分のもとに置いておく、というのが最も考えられたこと。自分のものを取られたということで身勝手に怒り、スネークたちを殺しに行ったはず。

しかし一度もそんな事はなく、結局今に至っている。スネークたちの下から離そうとはせず、逆に彼のもとに置いていた。

 

 

(スネークは結局、リキッドに利用された形になった。そこに俺を置いたってことは、何等かの利用価値があったから…っていうか、敵にして動かしたほうが自分たちの思惑通りに進んだから…だよな)

 

ならば自分にもなにか役割(ロール)があったと考えるのが自然な考えだ。単に助けたかったという単純な理由もあるが、それは先ほどの通り束のもとに置いておけば済む話だ。

勢力でいえばスネークたちとリキッドのPMC全戦力とでは圧倒的な差があった。米軍をも上回る数を持つ、そして潤沢した資金と装備、設備などがある自分たちの下にいれば、いつ狙われるやもしれないスネークたちよりは。

 

 

 

「―――まさか」

 

束は一夏を自分の下に置くことをしなかった。それは自分のもとに置いてしまっては何かの「目的」を果たせなかったからではないだろうか。

 

 

(俺の役割は…あの時(二年前)じゃなかった?)

 

なにも二年前に絶対に必要であったわけではない。オタコンの言う通り、一夏は束の居た世界、戦いの世界を何一つ知らない一般人だった。それが戦いの中で成長したとはいえ、そんな人間を利用することで果たして目的を達成できるだろうか。

 

(あの事件で俺が絶対に必要だったわけじゃない。スネークとオタコンが居れば、それで十分だった。俺は…あの時、余分(・・)だったハズだ)

 

そもそも一夏の存在自体が、当時は不確定要素だった。元々はスネークたちだけで済む(ストーリー)だったが、そこに「一夏」というイレギュラーが割って入って来たのだ。本来の予定にはなかったはずの余分。彼の他にもマドカもその類に入り、予想外の出来事ともいえた。

これが偶然か計画かはさておき、当時の彼は足手まとい同然。後にある程度は支援ができるようになったが、利用価値は無きに等しかった。それがあくまで一夏やスネークたちの知る範囲での話なので、価値がゼロというわけではないのかもしないが、最後まで彼が利用されたと思われることは何一つなかった。

 

 

 

「…俺の利用価値は、あの時じゃない…か?」

 

 

であるなら、残されたのはただ一つ。一夏という存在が必要だったのが、あの時(MGS4)ではなかったということ。彼があの時、あのままで居られたのは保険か、それとも準備か。

それは今でも分からないが、少なくとも彼女にとって一夏が必要であるのはその後(IS×MGS)ということなのかもしれない。

その時が果たして何時なのか、と一夏はポツリと呟いた。

 

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