一度で二歩は進めない   作:小沼高希

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010 憂慮の相対

思い返せば、陽香と一緒にどこかに行くのは久しぶりだ。下手すると、小学生の時以来かもしれない。

 

角野さんから早く来ないようにと言われて指定された場所は学校から少し離れた交差点の角にある喫茶店。駅とか繁華街とは反対方向で、周囲にあまり遊ぶ場所もないので高校生も来ない、という場所らしい。

 

店は広めで、休日のこの時間帯なら混んでいないだろうというのが陽香の判断だった。実際、角野さんから送られてきたメッセージを見るとその通りだったらしい。

 

不安はいっぱいだ。慣れないお店に行くというのがそもそもあまり得意じゃないし、それにこれから会うのは陽香と角野さんだし。噂にならないといいけど、とか考えてしまう。

 

息を吐いて、足がしっかり地面についていることを確認して、お店の扉を開ける。店員さんに先に来ている人がいますと言うと、すぐに案内してもらえた。

 

ちょっと高めの仕切りで区切られて、二つのソファーに挟まれたテーブル。陽香は、角野さんと同じ方の奥側に座っていた。

 

「ご足労おかけするね、ちなみに一杯までは私が奢るから、好きなものをどうぞ」

 

そう言って、角野さんは僕に向かいの席に座るように促した。

 

「……いいよ」

 

「もし借りだと思うのなら、落ち着いてから返してほしい」

 

反論もできなくなったので、大人しく腰を下ろすことにする。正面に角野さん、斜め向かいに……陽香がいる形になる。

 

陽香のほうをちらりと見ると、俯いていて、少し落ち込んでいるような感じだった。

 

「私がここに座っているし、陽香さんが腕を伸ばしても桂介くんには届かないよね?」

 

僕は目で陽香との距離を測って、小さく頷いた。

 

「この場所は安全だよ。監視カメラも見ているし」

 

「……うん」

 

なにかがあっても記録は残るし、逆に言えば記録が残るから陽香が無茶なことをする可能性は減らしているよ、ということだろう。あの時の僕だって、両親がいないなんてことを言ったからああなってしまったところもあるわけで。

 

「さて、みなさんそれぞれ話したいことがあるだろうけど言い出すのも難しいだろうし……私から、告白をさせてもらおうか」

 

告白、と言われて視界の隅の陽香さんが怯えたように肩をびくりと震わせた。僕はそこまでではないけど、話を飲み込めなくて持っていたコップに入っていた水が震えていた。

 

「先日陽香さんから、私は桂介くんの気持ちがわかっていない、と言われた」

 

「……言った」

 

陽香さんが、小さく呟いた。その声は頭の中でずっと反響していたものとは違って、ただの高校生の、そして聞き馴染みのある幼馴染のものだった。

 

「これは、かなり正しい。より正確に言うと、私の行動は感情の読み取りや共感にほぼ基づいていない」

 

「……言い方が難しいけど、文字通りに相手の気持ちがわかっていない、と思えばいい?」

 

僕の言葉に、角野さんは頷いた。

 

「それで昔、人間関係のトラブルを起こしたことがあって……その時のことをもとにしている。だから、たぶん私は陽香さんほどに桂介くんの感情の機微を読み取れないし、普通の人に比べてもそれが苦手だと思う」

 

「……じゃあ、どうやって僕と話せたの?」

 

保健室での、そして図書室での角野さんの話し方はとても上手で、少なくとも僕はあれのおかげでかなり楽になった。

 

「トラウマを受けた人間に対する支援のアプローチ、みたいなものがある程度存在しているから、それを使った。私としては、君を軽んじたり、モノ扱いしているつもりはない。でも、読み取れないものは多くあるし、完全じゃないと思う」

 

角野さんはそうやってゆっくりと言葉を口にした。

 

「……だってさ、桂介は角野さんのこと好きでしょ?」

 

「私は君に嫌われていないと思っているけど、陽香さんの言うことはそういうものではない?」

 

確認した角野さんに、陽香は頷いて僕を見た。

 

「……これ、正直に、ちゃんと、言ったほうがいい?」

 

「ゆっくりでもいいし、後でも構わない。私にメッセージで送ってくれれば、こちらで陽香さんと共有してもいい」

 

「いや、言うよ、ちゃんと言うから……」

 

そう言って、俯いて、僕はどんな表情をしていいかわからなくて、顔を隠すようにしてしまう。照れと気まずさと恐怖で、口角が上がりながら眉間に皺ができるような、息が早くなりながらも心は沈んでいくような、よくわからないことになっている。

 

「……今は、角野さんのことが好きな時期だよ、その、恋愛的な意味で」

 

そう言って、僕はちらりと視線を上げる。角野さんはあいかわらず表情を変えず、両手を顎の下に置いて口元を隠すようにして、僕をじっと見つめている。陽香のほうは、というと口を閉じて、悔しさというかそういうものを感じさせるように視線を下に向けていた。

 

「詳しく、話を聞いても?」

 

角野さんの言葉に、僕は頷いた。

 

「恋愛的な意味での好き、というのは、もう少し言葉にできる?それは例えば私と一緒の時間を過ごしたいとか、話すと楽しいとか、あるいはなにか特別なことをしたいといったものが入る?それとも、こういうものとは別?」

 

「……たぶん、そういうこと。角野さんと話すと楽しいし、角野さんの特別になれたらいいなって、今は思ってしまう」

 

「今は、なんだ」

 

「今は、そう」

 

僕の言葉に、角野さんは頷いた。陽香はわかっていなさそうな顔だった。

 

「それは、終わると思う?」

 

「……いつもなら、長くて一ヶ月ぐらいだったかな」

 

「何回も、そういう経験を?」

 

僕は黙って、首を縦に振った。

 

「相手は変わる?」

 

「……うん、今は、たまたま角野さんだっただけ」

 

「ねえ桂介、そんなことって、あるの?」

 

ずっと黙っていた陽香が、口を開いた。

 

「……陽香さん。私がまずいと思ったら言うから、その時は黙ってほしい。しばらくは見守るから」

 

「うん」

 

角野さんの言葉に頷いた陽香は、少しだけ息を吸った。

 

「あたしのこと、好きだった時ってあるの?」

 

こうなるから言いたくなかったんだという感情と、この際だからしっかりと言ってしまえよという思いがある。

 

僕は頷いた。

 

「……そっか。ねえ、角野さん。あたし、この話を角野さんみたいにうまく質問できると思わないから、かわりに聞いてもらえる?」

 

「桂介くんが構わないなら」

 

「……いいよ」

 

こうして、たぶん僕の最初の告白というものが二人の前で始まった。

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