一度で二歩は進めない   作:小沼高希

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011 顛末の告白

初恋と呼べるものがいつだったのかは、正直思い出せない。でも、中学二年生より前のことなのはほぼ間違いない。

 

小学校高学年から、恋愛関係の噂はクラスの中で聞くことがあった。誰が好きだの、誰と誰が付き合っているだの、そういう話はどうしても苦手で、僕は距離を取っていた。どうでもいいとまでは思っていないけど、自分から積極的に聞きに行くことはない、ぐらい。

 

別に人間が嫌いなわけではないし、うっすら好きな人は多かった。だからたぶん、最初は同級生の誰かか、先輩か後輩か、あるいは先生か、ともかくそういう身近な人だったのだろう。

 

覚えていないのは、それを積極的に忘れようとしたからだ。思い出そうとするたびに他のことで上書きして、胸の痛みをじっとこらえて、そうやって、波が過ぎ去るのを待つ。それが終われば、かつて好きだった人はただの知り合いに戻る。

 

こうすれば、苦しむことはないし、自分の気持ちを誰かに気がつかれることもない。少なくとも、そう思っていた。問題点として、自分がどうしてその人のことを好きになったかとか、そもそもその人がどういう人だったかすら忘れてしまうということはあったけど、別に積極的に人と関わる必要がなければ、特に困ることはなかった。

 

ずっと、地味な男子だったと思う。わざわざ話しかけてくるような人もあまりいなかったし、話すことのある知り合いだって限られていた。それはたぶん、今でも変わってない。だから、この方法でなんとかなっていた。

 

ただ、それでも忘れられないだろう人が二人いる。一人は陽香。陽香のことを好きになったタイミングは、しっかりと覚えている。

 

中学二年生の時。今から三年前。陽香に彼氏ができたと聞いた時のこと。

 

その頃は微妙に疎遠になっていて、たまに挨拶をしたり、宿題の内容をメッセージで聞かれるぐらいの仲だった。僕の方はもうステラ・コルセアを始めていたし、陽香はランニングをやっていた。だから、二人で共通の話題なんかなかったし、陽香が先輩から告白された、みたいな話を聞いたのも人づてだったはずだ。よくある、中学生のカップルの話として。

 

それがどういうふうに終わったのか、僕は聞いていない。まだ続いているとは聞かないから、おおかた彼氏側が高校に行ったあたりで自然解消したとか、そういうところだろうと思っている。詳しい話を聞く勇気もないし、わざわざ聞きたいものでもない。

 

陽香に恋人ができたと聞いて、ああ、そういうことができるんだなと気がついて、苦しんだことは覚えている。具体的なことはもう思い出せないけど、その時の自分の卑怯さというか、ばつの悪さみたいなものだけはずっと残っている。

 

もう一人の忘れられないだろう人は、角野さん。

 

高校二年生になってから良く話すようになって、恋心を持っていると自覚したのは今から二週間ぐらい前だろうか。意識した時、よりにもよってと思ってしまったのを覚えている。

 

「ところで、さ。陽香はなんで僕が角野さんのこと……好きだって思ってるって、考えたの?」

 

僕が言うと、角野さんは陽香を制止するように出していた腕を引っ込めた。

 

「……なんとなく、かな」

 

陽香の言葉に、角野さんは納得できていないようだった。

 

「それって、雰囲気や仕草、例えば桂介くんが私といる時だけ楽しそうとか、そういう感じでいいのかな」

 

「ちょっと違う……かな、なんていうか、桂介の目が、なんか、嫌だったっていうか……」

 

質問への返答を聞きながら、角野さんは頷いていた。

 

「その視線が、陽香さんじゃなくて私に向いていたことが?」

 

「……そう」

 

陽香は拗ねたように、それでも真面目に言った。

 

「いや、陽香さんの観察力ってすごいね。私はぜんぜん気がつかなかったよ」

 

角野さんはそう言っているが、ならちゃんと分かるように言っても良かったんじゃないか、少なくとも僕が思っていたような最悪の結末にはならなかったんじゃないかとか考えてしまう。たぶんひどいことにはなっただろうし、言えた可能性はほとんどないわけだけど。

 

「……角野さん、あたしが桂介のこと好きなんじゃないかって聞いたよね」

 

「うん」

 

陽香の確認に、角野さんは頷いた。

 

「その時に、なんか……ぜんぜんそういう恋っていうか、苦しい気持ちわかっていないのに、わかっているふりをしてそうで、それで、腹が立って……気持ちがわからない、なんて言っちゃった。ごめんなさい」

 

陽香が素直に謝ったことに、僕は少し驚いていた。いつもはもっと意地を張ると思っていたのだけれども、何か変わったのだろうか。僕が昔の陽香しか知らないからかもしれないけど。

 

「それについては、私は大丈夫だけど……桂介くんのほうは、どれぐらい苦しかったの?」

 

「……どうだろ、何度も経験があったし、抑え込みかたはわかっているから、たぶんそこまでじゃない、と思う」

 

「なるほど。これで私と桂介くんの告白は終わったわけだけど……陽香さんからは、言いたいことはある?」

 

「……言っちゃったでしょ、もう」

 

陽香は俯いて、そう言った。

 

陽香の言うべきことは、もう僕だってさすがに察しがついていた。それを実感できたかどうかは別だけど。

 

考えてみれば、そうなるのはわかる。

 

「……あたしは、桂介が好き、だった」

 

震えた声だった。こんな弱々しくて、苦しそうな声は始めて聴いたかもしれない。陽香のことを、僕はぜんぜん知らなかったんだな。

 

「今は、わかんない。あたしがやったことが、何だったのかも、桂介がどういうふうに傷ついているかも……」

 

陽香の言葉に、僕は何も返せなかった。

 

「背中、撫でようか?」

 

角野さんが聞いたが、陽香は小さく首を振った。

 

「……桂介、謝ったって許されないと思うし、角野さんにも言われたけど、許されようって思ってるわけじゃなくて、それでも、言わなくちゃって、あたしが、思うから」

 

「呼吸、ちょっと早くなってるよ。もう少し、ゆっくりして、落ち着ける?」

 

陽香は頷いて、角野さんの指示に合わせて呼吸をしはじめた。そのやり方は僕にしたときとほとんど同じで、角野さんが知識をもとに対応しているんだというのが、なんとなくわかった。

 

でもそれが、僕には別に悪いものだとは思えなかった。それで僕も陽香も助かっているなら、いいんじゃないかって。

 

「……ごめん、桂介」

 

そう言って、また陽香は角野さんの指示するペースで呼吸を再開した。

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