一度で二歩は進めない   作:小沼高希

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012 意識の整理

帰ってきて、ベッドに倒れて、そして眠れなくて、ぼんやりした頭で晩ごはんを食べて、お風呂に入って、何もできなかった。

 

頭の中で何かを整理しようとしている気配がして、でもそれが掴めずにどこか逃げていく。胸が苦しくて、ゆったりとした心臓の音がやけに響いた。

 

スマートフォンを取る。

 

『いま、話せる?』

 

メッセージを送った。それだけで、かなり時間がかかってしまった。少し気を抜くと三分とか過ぎている。何か急かされていれば動けるけど、何も無いと何も動けない、みたいな。

 

『問題ないよ』

 

少しだけ時間が経って、返事が来た。

 

今日、僕は始めて告白をした。その相手に、今からメッセージを送ろうとしている。なんかすごい変な気分だった。もっとちゃんとした方法で、自分の気持ちを明かすことができたら、よかったのかもしれないななんて考えて、ゆっくりと文字を打っていく。

 

『陽香は、僕のこと好きなのかな』

 

『そう言ってたよ』

 

すぐに返信が返ってきた。たぶん、メッセージアプリをパソコンで起動したとかだろう。

 

『今日は、聞きたくないこと聞かせたかもしれない。ごめん』

 

『そんなことはないよ、私も今の二人の状況を知ることができてよかった』

 

勘違いしたくなる。自分の気持ちを正直に言っても角野さんは否定しないって思いたくなる。たぶん、確認として聞いたらそう言ってくれるのだろう。

 

でも角野さんはきっと、誰にでもそう言うのだ。あるいは、話を聞くだけとか。

 

いいよな、そこまで割り切れたら、と思う。そういう意味で、角野さんは僕の気持ちをきっとわからないのだろう。その点ではまだ、陽香のほうがわかっているはずだ。

 

『陽香と僕とで、何が違ったと思う?』

 

気になったことがあった。今の状況は、きっと僕が中学二年生のときと同じだ。

 

好きな人が、別の人を好きになった時。

 

僕は自分の好きだった人を、好きでなくすることで解決した。

 

陽香はまっすぐに、好きな人を狙った。

 

どっちがいいとか悪いとかじゃない。でも、陽香のほうがまだ成功しているんじゃないだろうか。だって結局、僕は陽香のことが嫌いじゃないわけだし。

 

ひどいやつだとは思う。好きって言った相手の前で、他の人のことの話をしているわけで。でも、角野さんはきっとそういう話を聞きたがるだろうし、黙っていたら聞いてくるだろうなとは思う。

 

わかるところはある。僕だって角野さんと話す時に、相手が自分と同じように考えていると楽だった。陽香と話すとところどころ食い違って、嫌じゃないんだけど、楽しさみたいなものの質が違う。

 

考えていたせいで、メッセージの返信がいつの間にか来ていたことに気がつかなかった。

 

『もう少し具体的に話が聞きたいな。どうして、そういう質問をしてきたの?』

 

説明不足が過ぎたな、と吐いた息は乾いた笑いのように僕の耳に聞こえた。

 

『ええとね、僕は陽香のことが好きだった時には何もしなかったけど、陽香は僕のことを好きで』

 

そこまで送って、続きを打てなくなった。なんて言えばいいんだろう。

 

『続けられそう?』

 

返信が来ていた。自分が送ったメッセージの四分後だった。

 

『うん』

 

いったん送って、息を吸って、吐いて。大丈夫。吐き出したいことは今日全部言えたはずじゃないか。もう隠したいことなんてあったっけ。

 

『あのさ、陽香にとって好きってなんなんだろう』

 

『桂介くんにとってはまずどうなのか、私はちょっと分かりづらかったな』

 

『ごめん』

 

『いいの。私がこういうの苦手なだけだし、無理に答えなくても構わない』

 

自分の中でずっと隠してきたはずのものが、さらりと出てしまったことに今更ながら気がついた。告白ってこんな辛いものだっけ。下手な恋よりも面倒じゃないか。

 

『角野さんは、僕に好きって言われてどう思った?』

 

ならいっそ、と手が軽くなった。少しだけ楽になった。陽香の気持ちがわかった気がした。

 

そうすると、きっと、自分の中でどうしようもなかったものが少しだけ外に出て、それだけ心に余裕が、一瞬だけだけど、できる。

 

でも次の瞬間にはまた不安とかが押し寄せてきて、下手するとさっきよりずっと辛くなる。

 

「わかるわけ、ないよな……」

 

少しだけ、嬉しい気がした。なんでって叫んでいた陽香の気持ちを、僕はずっとわからない気がしていた。角野さんであっても、それを言葉にできるとは思ってなかった。

 

『少しびっくりしたよ。陽香さんが君のことに好意を持っているのは状況から可能性として持っていたし、実際にそう聞いたけど、まさか君もそういう感情を持っていたなんて』

 

そういうところが好きなんだよ、と思う。でもこれは、たぶん恋愛とかの方向じゃない。自分のことをわかっている相手なら、自分の中の、自分でも直視したくない面倒な欲求とかを受け止めてくれるんじゃないかという幻覚だ。

 

僕はまだ、そんなことはないとずっと思ってきたせいでそれが幻覚じゃないかって思える。

 

『嫌がられていないようで良かった』

 

『私が、桂介くんを?』

 

『うん』

 

『それはないよ』

 

たぶんだけど、角野さんの言う嫌がっていないというのは文字通りの意味だ。自分に向けられた好意に無関心で、興味がない。僕はそこまでにはなれない。

 

陽香に好きって言われたら、それに応えたくなる。応えられる相手だと思ったら好きになってしまう。

 

思考を全年齢に抑えているせいで、どうしても自分の中の言葉もまどろっこしくなってしまう。でも、さすがにこれを頭の中とはいえ言葉にしはじめたら、終わってしまう気がする。

 

陽香もそうだったのかな、と考える。言葉にできないから、行動で示した。仰向けでベッドで転がっているような、今と同じような姿勢の僕に対して。

 

上体を起こした。心拍が一気に速くなっていた。今、僕は、何を思い出して、何を想像した?

 

もう一回身体を横に倒すこともできなくて、でも身体は重くて、仕方がないから、壁にもたれかかることにした。

 

もっと話さなくちゃいけない。でも、その過程でどこまで角野さんに影響があるかわからない。もしいつもの落ち着いた口調で聞いてくれるなら、そちらのほうがよっぽど僕にとって危ない気はする。

 

そもそも自分の中で恋心と呼んでいたものに蓋ばっかりして、ちゃんと見てこなかったなと思った。少しずつなら、角野さんに吐き出してもいいかもしれない。正直、角野さんとそういう話ができると考えると、僕は少しだけ、悪い意味で、嬉しく思ってしまう。

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