一度で二歩は進めない   作:小沼高希

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015 定義の齟齬

今日は陽香と目をあわせることができた。少しだけ経ってから、僕の方から先に目を離してしまったけど。

 

正直、かなり嫌な感じが背中のあたりにした。別に目を見たら死ぬわけじゃないし、一緒の教室にいるだけでは自分に何の影響もないとわかっていても、僕はまだ陽香のことを考えると心が苦しくなるし、意識しすぎると呼吸してもぜんぜん酸素が足りないような錯覚が起こるし、心臓の音がうるさくなる。いつでもってわけじゃないけど。

 

これが恋みたいなものだったらどれだけよかっただろうか、と思う。別に陽香のことは嫌いじゃないし、陽香も僕のことは好きって言ってくれたわけで。

 

自分の中では好かれているんだったら甘んじてそれを受け入れて歯型の十や二十ぐらい我慢しろとか思ってしまうところがある。誰かを好きになるってことは傷つけるってことで、それを覚悟もせずに人を好きになろうとしているのか、みたいな。

 

もちろんこれは極端な例だろうし、角野さんに言ったらそんな事ないから現実を見ろって丁寧に言われるんだろう。それは嫌ではないんだけど、なんていうか、自分の中の何かが揺らいでしまう気がする。

 

小テストをフォームから送ると、時間になって答えが返ってくる。結果を見た先生の顔は微妙そうだ。うーん、表示された平均点の上はなんとか取れたが、これは予習のおかげが三分の二、残りは運です。選択問題があってよかった。それでも五分五分ぐらいにまで絞れたのは自分の勉強のおかげだろうか。

 

「何点だった?」

 

僕は角野さんに小声で聞く。

 

「一問ミス」

 

全十問なので、九割ということだ。この点数は一部が成績に入るのでそれなりにみんな頑張っている。ただ、期末試験で取れなかった点数分の埋め合わせというシステムなので満点を取れば問題ないという形になっている。そういうやり方っていいんだ、と二年生になって最初の方の授業で説明されてかなりびっくりした。

 

「えー……」

 

そうだった聞くんじゃなかった。角野さんは成績いいんだった。悔しそうに言われると僕が喜んだのが馬鹿みたいじゃないですか。

 

陽香はどうだったんだろう。直接聞くのは怖い。でも、そういうささいな会話ができなくなってしまうのも嫌だ。実際に葛藤すると前者が勝つけど、別に直接聞く必要もないんだよな。

 

「後で陽香に何点取ったか聞いて」

 

「君より上だと思うけど、それでもいいなら」

 

「言うねぇ」

 

角野さんとはこういう会話があまり前提条件なくできるから好きだ。たぶんインターネット上の色々なものという共通した文脈があるからだろう。それがない陽香と僕が比較的楽しく会話ができていたのを思い出す。実はそれなりに前の話、中学はいったぐらいかもしれないけど、ともかく。

 

やっぱり小学校六年間の付き合いがあって、中学校三年間でも話すことはあったし同じクラスになれば情報共有程度はしたし、高校入っても挨拶はしてきたわけで、そういう時間の積み重ねというのは本当にすごい。

 

チャイムが鳴った。今日の授業は終わりで、陽香はなんか友達と話し合っている。そういえばまだ今週は部活休んでいるんだったな。しっかりと息抜きというかストレスの発散をして欲しい。僕が悩むのは僕の問題なので。

 

角野さんが席を立って、陽香の方に歩いていった。会話を隣で立って聞いていて、なんか少しだけ輪に入って、陽香さんが声をかけて、そして残念そうに去っていく。

 

「……何してたの?」

 

「ああ、このあとカラオケ行くんだって。陽香さんは落ち込んでいた時に慰めてくれる友達を持っているようで」

 

「……そうなんだ」

 

よかった、という思いと同じぐらいに恨めしくなってしまった。どうしてお前が苦しんでいないんだよ、みたいな感情が一瞬胸の中で渦巻く。

 

それに飲まれてしまえれば、たぶん楽になれたのだろう。でも僕の性格と今までの陽香との付き合いのせいで、そういうことができない。その燃えるような感情は、結局僕の心に痛みを伴うやけどを作っただけで終わってしまう。

 

「まあ私は避けられたんだけどね、露骨に」

 

「そっか……」

 

ねえこれ僕がどうにかできるものなんですか?いえその、あくまで友人としてみた時の話なんですが角野さんってとっつきにくいところがあるんですよね。深窓の令嬢みたいなタイプではないけど、天才肌というか孤高というか。

 

実際は人付き合いがちょっと苦手というか億劫で、相手から話しかけられるか共通の趣味がないと会話をしないだけの孤独耐性のある人ってだけで。

 

「……どこかに行く?」

 

「君と?」

 

「……冗談、っていうか、陽香にまずいな」

 

僕の言葉に、角野さんは首をかしげた。わかんないかな。もしかすると本当にわかっていないのかも。

 

「……角野さんってさ、好きな人がもし他の人と遊んでいたら嫌じゃない?」

 

「それを言ったら桂介くんは陽香さんがああやって友達と楽しそうにしていて嫌じゃないの?」

 

「……恋愛的な方面での嫉妬みたいなものなら、ないよ?」

 

「でしょう?」

 

わかってくれましたか、みたいな顔をされたがなにか違うんだよな。このあたりはしっかりと共有しておいたほうがいい気がする。いえその、決してそういう話を安心してできる相手だから本音を吐き出したいってわけじゃない、と思いたい。

 

「……どこかでちゃんと話したいけど、ちゃんと話すほど陽香に誤解されそうな気がするんだよな」

 

「そうかな」

 

「……角野さんってさ、誰かを好きになったこととかある?」

 

「それなりには」

 

「あるんだ」

 

あってこれなのか、それとも好きの定義が違うとかだろうか。

 

「そういう話なら、少し聞いてみたいから放課後にカフェでも行く?」

 

「……いいけど、陽香に角野さんのほうから言ってもらえると助かる」

 

「わかった、メッセージ入れておくね」

 

「……ありがとう」

 

というわけで、なんか非常に複雑なことになっている。でも考えてみれば陽香に普通にカラオケ行こうとか誘われていたし、中学生の頃は普通に家に遊びに行っていたよな。となると、これもセーフなのだろうか?そもそもセーフとかアウトとかって誰が決めるんだよ。

 

深呼吸。大丈夫。僕の中にどんな感情があろうとも、それを表に出さなければ気が付かれることはまずない。陽香にはバレたけど、角野さんならたぶん大丈夫。問題はそれを論理的に説明されると恥ずかしくなって僕が動けなくことだけど。

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