二回目の喫茶店は、微妙に高校から離れているおかげか僕たちと同じ制服の学生はいなかった。とはいえ、店員さんが驚いた様子もなかったので来る時は来るのだろう。ちなみに価格帯は少し高めだ。
「話の内容は、特に指定がなければ陽香さんとも共有されるから」
僕は頷く。二人で話をする条件としてそういうことを陽香が出してきたのだが、確かにわからなくはない。少なくとも、上機嫌になるような話じゃない。
でも、陽香も陽香でわかっているはずだ。たぶん。僕にとって角野さんとの情報共有とか対話が必要で、それが最終的には自分のためになるってことぐらいは。
とはいえそれがわかっていても衝動的に身体が動いてしまうこともあるのだろうな、とはわかる。できるだけ理解してあげたい。
机を挟んで向かい合って、辛くなったらいつでも話を変えていいという説明を受けて、角野さんは質問を始めた。
「そもそも桂介くんが前に言っていた話だけど……それは、恋愛って呼んでいいものだと思う?」
「……うん」
指を絡ませるように、祈るようにしながら僕は言う。別に僕は恋愛ものをそんなに読むわけじゃないけれども、そういうものがあることは知っている。あまりピンとこないけど、人の恋は千差万別みたいなことも言われるらしいからこれは恋でいいと思う。
「もう少し、詳しく聞きたい。それを解体すると、どういうものが混じっていそう?」
解体、ね。角野さんはそういうふうに人の感情を見ているんだ、と少し納得した。でも、それはきっと自分にはわからないものを知りたいと思った時に取る普通の方法なんだろう。どことなく僕は自分が観察されているモルモットみたいな小動物みたいな気分になったが、しっかりと目を合わせようとしている角野さんを見るとちょっと違うなと考え直せた。
「……たとえば、今、角野さんについて話していい?」
「いいよ、もしまずいようなら聞かなかったことにもできるから」
「……ありがとう」
「話を聞く側だから、できるだけ話しやすい環境を整えるのが私の役割。続けてみて」
そう言われて、頭の中で今まで押し込めたり、無理にぼんやりさせていたものを頑張って言葉にしてみる。
「……話をしたい。一緒にいたい。あと、楽しそうにしているところを見たい」
「うん」
「本当は手とか繋いでみたい。一緒にゲームとかしたい。どこかに行くのは、ちょっと面倒そうだなって思う」
「なるほど」
「あとは……あんまり、言いたくない」
「いいよ、無理に言葉にしなくても。ところで、そういうふうな感情って、高校二年生が始まった頃に陽香さんに持ってた?」
陽香のことを思い出す。ちょっとだけ胸が痛む。
「無理なら、口にしないで。ここは君と私しかいないから、頑張らなくたっていい」
「……うん」
気を使われてしまった。それをしてくれた事に喜んではいけないんだろうな、きっと。角野さんだって疲れもするだろうし、そういう好意に一時的に頼るならともかく頼り切りになる人間にはなりたくない。
「ところで、それって部分的に満たせれば多少は満足するの?それとも、もっと辛くなる?」
「……どうなんだろ」
「例えば今は、私と二人だけで、放課後に会話できている。これって、満足につながる?」
「……心は落ち着いているし、感謝しているけど、これって恋愛とは関係ない、でしょ」
そういうことにしたい。あくまで陽香との問題の解決のために話しているってことにしないと、いけない気がする。
「もう少し、具体的に説明できる?桂介くんの言うところの恋愛っていうのは、どういう状態なら満足するの?」
そう言われると困ってしまう。
「……どうすれば、いいのかな」
「あるいは、いくつか桂介くんが楽しいと思うことがあって、それらをまとめたものが恋愛的感情になってる?」
「それは違う気がする、そうじゃなくて、何か一つのもとみたいなものがあって、それを色々と形にしようとすると、さっきまで言ってた感じになるっていうか……」
「なるほど……」
両手を合わせて指を組んだ角野さんは頷いた。
「そうすると、陽香さんの使っている好きって言葉と、桂介くんの使っている好きって言葉は、結構違いがありそう」
「恋愛ってそういうものじゃないの?」
どんな人を好きになるかという点でそもそも僕と陽香は異なっているのだ。それに性格も違う。だから、違いはあるだろうとは思っていた。
「もう少し、根本的な。例えば、陽香さんは君の言う定期的に人を好きになるという経験がない」
「……そりゃ、僕はそういうところがあるけど」
見境がないやつだとは思う。でもこればかりは、最初のきっかけみたいなものがどういうふうにして起こるのかわからないからもし起きてほしくなかったら完全に人間との関係を断つしかないと思う。そして、そういうことができるわけはない。
「陽香さんは、人を好きになったことがほとんどないそうで」
「……彼氏がいたのに?」
「それについては、私もちゃんと聞かないといけないと思っている。今は付き合っている人はいないって言っていたけど……ここまでは言っていいはず、これ以上はちょっとわからないから、私はこれについては黙っているね」
「……うん」
陽香って、具体的にどういう人が好きなのかぜんぜん僕にはわからない。僕のことが好きだっていうのもどういう意味でなのかがわからない。
いや、下手すると僕の考えたくないというか認めたくない方面での色々と同じような形かもしれない。
「大丈夫?」
そうやって心配そうに問いかけてくる角野さん。陽香が僕にしたことを許すかどうかとかは一旦置いておくとしても、それをした理由がもし僕があまり表にしたくないものと同じなら、まだ、なんとなくわかる気がする。
「……僕は、大丈夫だよ」
でも、それを陽香はともかく角野さんに共有するのはまずいと思う。少なくとも僕と陽香はそういう経験をしたし、共有できているけど、ある意味では角野さんは部外者なわけじゃないですか。
信じていないわけじゃない。頼りたくないわけじゃない。でも、このあたりの一線をきちんとしておかないと、僕は角野さんに全部話してしまいそうだし、陽香にちゃんと向き合えなくなってしまいそうな気がする。