少し何を話していいかわからない時間が辛くなったので、ゲームの話に切り替えてもらった。
「つまりなんだかんだで初期船体が一番強いのでは?」
角野さんはスマートフォンで起動したステラ・コルセアの選択画面を見ながら言う。議論の内容はどの船が一番強いかというある意味ではシンプルなもの。そして同時に、Wikiのフォーラムでは禁止されている制御の難しい内容である。
「そりゃそうだけど、問題は偏らせた時にうまく噛み合うかどうかだよ」
「なるほどね、安定性を取るか上振れを取るか、か」
角野さんは頷きながら言ってくれた。
「そういうこと。あと角野さんに言うまでもないと思うけど、極端な方がストーリーが面白い」
「おっ翻訳者としての話ししていいやつ?」
「聞きたい」
そう聞くと、満足そうに角野さんは頷いた。
「改めて説明するまでもないけど、ステラ・コルセアでは契約企業を持つと武器と敵の出現判定に偏りが出る。例えば量子制御装甲が取れるルートだと相手の攻撃力が強くなる傾向がある」
「よくできているよね、本当に」
ゲームデザインとしてはうまくいくと爽快に倒せるが、噛み合わせが悪いとギリギリの攻防戦になる形だ。基本的に装甲重視で行こうとするとそれ以外のランダム性が高くなるので手持ちのものでやりくりする能力が求められ、結局は熟練者向けになってしまう。
「で、企業ごとの隠しパラメータがあって、それに応じてサイドストーリーが変化する」
「読まない人それなりにいるけどね」
僕の言葉に角野さんは頷く。
「いつだっけ、開発ログでプレイデータ解析したらちゃんと読んでいる人が三割ぐらいだったやつ。あれはちょっと効いたな……」
「僕はちゃんと読んでいるよ」
「まあ、普通のプレイしているとあまりイベントないし、イベント自体も生成とかしているわけじゃないから無限にあるわけじゃないけどさ」
「そういうゲームもインディーズだとあるけどまだ問題多いよね……」
「翻訳も自動のやつ組み込むしかないしね」
「そういうのってできるの?」
僕の質問に、角野さんは難しい顔をした。
「できなくはない……かな。例えば生成系のやつを使ってフレーバーストーリー作るやつはあまり伏線とか作らないからいいんだけど、そうじゃないと調整用のプロンプトをかなり入れる必要がある」
「プロンプトって、翻訳の調整に使うやつ?」
「そうそれ」
自動翻訳をする時に使うやつ。読んだ文章の文体とかを基本は反映してくれるけど、例えばそれを無理やり全部古めかしい文章にしたいならプロンプトとしてそういう命令を書いておくのだ。
「でも、そうやって作った文章ってどうしても癖みたいなものが残る場所が生まれるから、それをどうにかするのも翻訳の面白さで難しさ」
「なるほど……」
こう言う角野さんは、ステラ・コルセアの翻訳チームの中では一番自動翻訳を使うくせに自動翻訳の語彙じゃないものをさらっと入れてくる、という話がされているのを見たことがある。翻訳の意味を逆にして全体の意味を通すとか、そういうことをやってのけるのだとか。
だからなのか、ステラ・コルセアのキャラクターたちは日本語版でもとてもいきいきしている。軽薄そうな商人、恩義を重視する犯罪結社の構成員、新装備を開発しているマッドサイエンティストなどなど。
「それはそうと、翻訳語を変える時はちゃんと告知というかまとめて欲しい……」
「装備名対応表はアップロードされてるでしょ」
「それを見て手作業で更新するの大変なんだよ」
「そういうところをエージェントbotにやらせればいいのに」
「botの使用扱いになってあまりやりたくないんだよ……」
「なるほど、責任問題とかあるしね」
「そう」
Wiki編集の話だ。自動で記事の内容を勝手に変なものに書き換えられたみたいなことが他のゲームのであって、そういうことが起こらないよう、公式Wikiでは基本的にbotを使えないようになっている。これを変えるとなると国際会議を開かなくちゃいけないので大変だ。
「……角野さんと、こういうことを久々に話せた気がする」
「そうだね、私も最近は君と陽香さんの色々で忙しくて」
「……ありがとうね」
「気にしないで、私が好きでやっているだけだから。もし辛くなったら適度に距離を取るから、その時はごめんね」
「……わかってるよ、自分のことを大切にしないといけないものね」
「自分の身を削ってでも価値があると思うならいいけど、そういう状況になった人って判断誤りやすいでしょ?」
僕は頷く。ステラ・コルセアだけじゃないけど、これなら行けるってプレイしている時は考えていても後から考えると色々と他の選択肢があったり、そもそも方向性がまちがっていたりすることはあるわけで。
あれ、そうすると僕が抱えているものもそうだったりするのだろうか。
「……少し、私は黙っていたほうがいいかな?」
頭の中でぐるぐると回るものをどうにか言葉にしようとしていると、角野さんが静かに聞いてきた。
「いや、大丈夫。ええと……その、僕が陽香のことを、責めたくないっていうのは、間違っているのかな」
もしそうだとしたら、たとえ幼馴染だとしてもきちんとその罪を公にするべきなのだろうか。
「それを決められるのは君だけ……とまでは言わないけど、君が悩んでいることはわかったし、私はそれを尊重したいと思う」
「……許さなくていい、って言っていたのに?」
角野さんは、こういう時にちょっと辛い。言い切ってくれれば楽なんだろうと思うけど、言い切ることが危ないことぐらいは僕でさえわかっている。角野さんはそういう言葉を使えないのも、仕方がないことだろう。
「許してもいいってことの裏返しでもあるよ。でも、一度許してしまったらそれを取り消すことはできない。それに、口で許すって言ってもそれを飲み込めて、きちんと感情や行動に反映させられないような状況なら、許すこともできないのはわかる?」
「……うん」
僕が苦しんでいるのが肉体的な傷だけなら、陽香を許してもいいのだろう。噛み跡はもうほとんど見えなくなっていて、鏡に相当顔を近づけて光の加減でなんとか、といったぐらいだ。
でもまだ、僕は陽香と話すのが怖い。何もしてこなかったとしても、あの声と、手と、髪と、身体を覚えてしまっている。きっと、それがなくなるのはもう少し先だろう。今日もまだ、ベッドで寝る事ができていないのだ。