一度で二歩は進めない   作:小沼高希

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021 夢見の苦痛

起きてから、それが始めて夢だったと気がついた。気分は良いのか悪いのかわからないぐらいにぐちゃぐちゃで、背筋が嫌な感じだったら実際には悪かったのだろう。

 

断片的なものが消えないでまだ頭の中に残っていく。楽しかった夢とかはそれがどういうものだったかを覚えていないのに、今回の夢はやけに細かいところまで覚えていた。

 

手に触れた柔らかい熱。僕の体重を受けている相手の身体。落ち着いた囁き声。

 

その身体は見たことがないはずなのにとてもそれらしくて、いつも見ている紺色のベストの下にあるふくらみとかまでしっかりしていて、自分がいつもそういう目を向けていたことを思い知らされたようで嫌な気分になる。

 

床からなんとか身体を持ち上げる。これだけで心臓と肺が悲鳴を上げかけるぐらいには、何もかもが狂っているような気がする。そのくせ頭だけは妙によく回って、夢の記憶を再現してくる。

 

襲われた時の夢だったほうが、まだマシだった気がする。陽香を押し倒すような夢であれば、まだ自分の中の復讐心みたいなものの現れだとか解釈できただろう。

 

ただ、相手が角野さんだったとなると、それはもう、言い逃れできないぐらいに自分の中の劣情を示されているようなものじゃないですか。立ち上がって、ひとまずトイレへ。

 

最近色々な記憶というか意識が嫌になって吐き出せていなかった分の欲求が無意識下でとかそういう見方はできる。できるんだろうけど、それが無意識だったほうが嫌じゃないですか。どうなんだろ。わかんなくなってきた。

 

手を洗って、身体を少しだけ動かして、血を全身に巡らせる。重い。息をしっかりと吸うけど、胸が膨らまない。

 

これについて、だれにも言えないのが辛いところだ。陽香に言って何になるんだとなるし、角野さんにはもっと言えない。言ったらたぶん興味深く分析してくるだろうなとか、そっちの方向に思考を巡らせてみるとしよう。それなら多少はマシだ。

 

責めるような聞き方はしてこない。ただ単純な理解が必要だからということから、話さなくてもいいよと言ってくる。わかってる。それが角野さんにとっては最大限の誠意だし、これ以上を求めるというのは無理だろう。僕だって、角野さん以上に上手にできるとは思えない。

 

だからそういう理解者というか、被害者である僕をきちんと心配してくれている人にこういう感情を向けているということを改めて突きつけられると、罪悪感というか自己嫌悪感が酷い。

 

息を吐く。脳が眠りから覚めて冴えてしまっているせいか、身体の苦しさがしっかりとわかってしまう。

 

また目をつぶってもそういうのを見るんじゃないかと思って、どうしようもない気分になる。時間は、と手さぐりでベッドの上に乗っているスマートフォンを持って引きずり下ろすように確認すると午前三時ちょっと前。丑三つ時というやつだっけ。つまりあと五時間ぐらい起きるか、それとも怯えながら寝るしかない。嫌だ。

 

どうしてこんなことになったんだよと叫びたくなる。叫んだってどうしようもないから叫ばないけどさ。陽香が全部悪いんだと言えるほど僕は彼女を責められないし、それだったら全部自分のせいだと思えば気が楽だ。かわりに今まで以上に自己嫌悪が強くなる。

 

どういう顔をしていいのかもわからない。腕と足の位置がしっくりこない。自分が自分でいちゃいけないような気がして、身体がむず痒くなるような、そんな辛い状態のまま床で転げ回っている。

 

これはまずいと思う心は残っている。でも、じゃあどうすればいいんだよという問いに答えられるほど僕は賢くない。角野さんならわかるのかなとも思うが、わかるわけ無いだろとも思ってしまう。

 

僕は言っているのに角野さんは気にしていないし、どうせ僕のことをただの好奇心で見ているんだろうとかいう考えがよぎる。そんなことはないだろ、と無理やり理性でねじ伏せていく。でもそうじゃなければ僕なんかの面倒をわざわざ見ないだろというところに思考が行き着いてしまう。

 

なまじ筋が通っているから嫌だ。だってそうじゃないか、角野さんにとって僕に何の価値がある。勉強だって教わる側だ。スポーツについてはどっちもどっちかな、陽香ってすごいよな。そうじゃなくて。

 

あとの繋がりはあれか、ステラ・コルセアぐらいか?それだって向こうは公式だ、僕みたいな小さなファンコミュニティの代表を押し付けられているわけじゃなくてちゃんと仕事として受けてこなしているわけで。

 

あの落ち着いた顔をはたいたら少しは歪むだろうか、それでもあくまで丁寧に対応を続けるのだろうかとか考えてしまう。止まれよ。首でも締めてやろうか。いいがけんにしろ。その身体を使ってこの苦しみを、と考えたところでイメージが消える。

 

いつもの習慣として思考が一時停止した。よかった、いやよくないな、明日からどういう顔をして角野さんに会えばいいんだよ。もう好きだって言った相手だからマシなのかもしれないけどさ、それはそれとして角野さんをこじらせたらまずいだろ。

 

手に握っていたスマートフォンの電源をつける。さっきから十五分も経過していない。つまりはあとこれの四十倍をすごさなくちゃいけないのか。

 

睡眠薬とかアルコールがないとやってられない、というのがよくわかる。思考がこんなふうになるのはたしかに辛い。それから逃げられるなら、ちょっとぐらい別の苦しみが起ころうが構わないと言えるだろう。

 

角野さんに相談はしたほうがいいかもしれない。もちろん、具体的な内容は伏せたうえで。夜に特定のことが浮かんで眠れない、とかならいいだろうか。陽香とのことを思い出してしまっていると勘違いしてくれれば話も楽なのだが。

 

とはいえこれもこれで角野さんを裏切っているんだな、ということぐらいはわかる。支援をしてくれている人に嘘をついたり隠したりしたら、その上で行われる行動がちゃんと役に立つかがわからなくなるのは当然だろう。

 

じゃあ言ってしまえるかといえばそうではない。落ち着いて考えたらその程度のことをさらに告白した程度でとなるかもしれないが、それができていたら僕は陽香とただの幼馴染を続けられていたわけで。

 

タオルケットの中に閉じこもるようにして身体を丸める。せめて、角野さん以外のことを考えたいのに、そう思えば思うほど嫌な方向に思考が進んでいってしまう。

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