試験というのは、終わってしまえばあっさりとしたものだ。今回は思ったよりもしっかり点数が取れていて、なんとテストの点が満点の半分を下回る教科がなかった。こういう言い方をするのはなぜか百点満点のテストではないものが混じっているからです。
結果としてディスプレイに表示される点数の中には小数点が入ることになる。あーあ、想定していないもの入れたせいで表のレイアウトが崩れてしまっているよ。むしろよく整数型以外のものも入るようになっていたな。
「で、角野さんは?」
元通りに戻った席で、隣の角野さんに僕は声をかける。
「英語が97点、一位だ」
「よかったね」
ちなみに僕の最高得点と最高順位は両方とも化学で、86点の五位。悪くはないと思うよ、というか正直思った以上に点数が取れていた。
理由には、少し嫌な心当たりがある。面倒なことを思い出さないようにするために勉強に集中するというのが思ったよりも効果的というか、手を動かしている間は余計なことを考えずにすむらしいことがわかってきたからだ。
つまりWikiの編集と授業の課題と復習のための映像教材とをローテーションすることで適度な負荷をかけて脳の空きを減らすということかもしれない。いいのだろうかこれで。
問題は、なんていうか、非常に疲れることです。陽香がランニングが好きなのもわかる。考えるのが辛い時に、それ以外のもので全部を埋め尽くしたりしてしまうのはきっと陽香なりの方法なのだろう。僕が忘れようとするみたいに。
「見せてもらえる?」
「どうせ自慢できるものじゃないよ」
「必要ならアドバイスぐらいならできると思うけど」
「成績の悪い原因の改善に役立つならいいけど、怠惰につける薬ってできてたっけ」
「……そういう治療に近いものは、たぶんある」
「あるんだ」
「でもそれは、その人のあり方を根本的にひっくり返しかねないものだから、安易にするべきじゃないよ」
「こっわ……」
こういう馬鹿話を角野さんと普通にできるようになったのは、たぶん大きな改善だと思う。あれからそれなりに時間が過ぎて、身体の傷もなくなって、心の傷も気にすることが少なくなってきた、のかな。
いや、今でも陽香のことを嫌だというか怖いみたいに思うことはあるし、そろそろ角野さんに感じる魅力が薄れてくれないかなとは思うけど、それでも、なんとか僕はやっていけている。
「ところで、陽香さんとは話せた?」
僕は小さく首を振る。だってあれからずっと、直接会話したことはないわけで。前に声を聞いたのは、下手すると喫茶店のときとかになる。
「……まだ、辛い?」
「……うん」
「そう。とはいえ、どこかで区切りを入れたほうがいい気はするし……」
そうだよな、と納得はできる。進まないといけない。ずっと止まっていたら、何も変わらない。
とはいえ変えようとして壊れてしまうものもあるわけで、と考えて自分の心の痛みに息を吐く。大丈夫。陽香が何かをしてきたわけでもないし、僕はちゃんとここにいる。
角野さんとの会話で、色々と自分の中の整理ができてきた気がする。実際には怖がるべきものはないけど、それを受け入れるのには時間がかかる、といったこと。
なにか恐ろしいことがあったら、ともかくそれをしばらくは避けるというのはかなり使える戦略なのだろう。問題はそれが起こってほしくないところで起こることだ。
「メッセージのやり取りなら、大丈夫そう?」
「……どうだろ、角野さんも入れたグループでとかならいい?」
「もちろん、そうしたら状況もわかりやすくなるしね」
「……ありがとう」
「あと内容も、最初は絞ったほうがいっか。ちょっと陽香さんの点数見てくるね」
最後の授業が終わってホームルームまでの決して短くない時間。教室の中に色々な声が響いている。
背筋が伸びる。陽香の声だとわかるけど、何を話しているかまでは聞き取れない。
言い争い、って感じじゃないな。話し合いだけどちょっと熱が入っているぐらい。角野さんは正直言って陽香とそこまで相性がいいタイプではないと思う。
陽香は明るくて、友だちが多くて、感情で動く。角野さんは正直暗めで、友達はいなくて、行動は理性というか論理というか、そういうもので回っている。
たぶんこの考え方は極端すぎるだろうけど、それでもけっこう対立軸というか反発しそうなところがあるのが陽香と角野さんである。
でもそうか、僕と陽香さんにもけっこう正反対なところがあるし、そうすると僕と角野さんは似た者同士となるのか?でも何か、違う気がするんだよな。
僕は角野さんほど考えて行動ができていない。全部を言葉にできるほど吐き出せない。
「……どうだった?」
「桂介くんが辛そうに見えるが大丈夫か、と聞かれたよ」
そういうところについての陽香の目は信頼できる、と思う。昔からなんていうか、僕のことを良くわかっていてある種の諦めまでもっていたわけだし、その上で僕が隠していたかったことまで引きずり出すぐらいのことができている。
そういえばなんで僕が角野さんのことを好きだって思っていると考えたのか、その理由は知りたい。でも、どうせわからないって言いそうだ。なんとなくとか、そういう形で陽香はものを捉える。角野さんはもっと観察を言葉にするタイプ。僕はなんだろう、そもそも見てないし考えていないのかな。
そうすると僕と陽香と角野さんの関係って対立というか僕が何もしていなくて陽香と角野さんが対立しているとかだろうか。好きと嫌いと無関心、みたいな。
「……なんて答えたの?」
僕は角野さんに尋ねる。
「私にはわからないから、話してみたらって言った形だよ。幸い、合意は取れた」
「……よかった」
「ひとまず、化学でわからないところがあったらしいから聞かれてあげな」
「……角野さんのほうが、説明が上手だと思うけど」
「言葉にするのはそれ自体が復習になるから、やってみると理解が深まると思うよ」
「そういうものか」
納得はする。勉強法とか色々見ると誰かに教えるのを前提にやるといいみたいなのはある。問題はそれをやるには時間と気力が足りないということだが。
「それに、言葉にするっていうのは練習しないとできるようにならないから、そういう機会を用意したら怠惰な君でも動くんじゃないかな」
「……確かに」
締切は破ったことがないな、とそういえば気がついた。宿題でもWikiの編集でも、出来はともかくギリギリだけど終わらせることはできている。何かタイムリミットや締切があったほうが、動きやすいのかもしれない。