一度で二歩は進めない   作:小沼高希

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025 無言の言葉

「昨日はどうだった?」

 

掃除をさぼってきたのか、別の班のはずの角野さんが廊下の掃き掃除をしている僕に聞いてくる。学期末の大掃除はただでさえ少子化でクラスが減って空き教室があるところまで掃除範囲になるので、一人でやらなくちゃいけない範囲が多い。

 

「見ていたでしょ」

 

そう言って僕は角野さんを見る。僕と陽香の話していたグループに角野さんもいたはずだ。既読が二件ついていたから、スマートフォンをつけっぱなしで寝ていたとかでなければ内容は知っているはずだ。

 

「……私の聞き方が悪かった。君は、あのやり取りを通してなにか思ったことがあった?」

 

「ああ、そういうこと」

 

角野さんは昨日の僕と陽香の会話内容じゃなくて、その過程で得られたものが知りたいようで。それならわかる。

 

「……陽香は、やっぱり陽香だなって思ったよ」

 

僕の幼馴染で、勘でけっこういいところに当ててこれる人。きちんと理解をしているかは怪しいけど、それでもきちんと説明をすればわかってくれる。それは、ああいう事があっても変わっていなかった。僕だって忘れようとするのは変わっていないからね。

 

たぶん陽香から見ると僕は変なことを考えすぎてそれで結局点が取れない面倒なやつとかそういう形になるんだろうな。英語を陽香に見てもらってわかった。まずは暗記しろってことでしょ。

 

「そう」

 

「ところで、角野さんってどうやって英語の単語を暗記してるの?」

 

陽香は隙間時間にスマホで単語帳アプリを使っているようだ。中学校時代に教えてもらったそのアプリは僕もダウンロードしていて、最後に開いたのがいつかは思い出せない。

 

「暗記……暗記ね……」

 

そう言って、角野さんは天井を見た。

 

「言われてみれば、なんで私は読めるんだろうね」

 

「知らないよ」

 

普通に口からそう出てしまった。だってそれを知っているのは角野さんだけだろうし、僕は聞いた記憶がない。

 

「いや、確かに知らない単語があったら辞書とかを引くんだけど、英語の場合だと……中学時代にはなんとか読めていたからな、なんだろう」

 

僕が中学生の頃に読めた英文は本当に授業で習ったレベルのやつだ。ステラ・コルセアも日本語版でしかプレイしたことがない。ちなみに角野さんが来る前には有志の翻訳があったが、日本語が正式実装されるに当たってその有志の二人と新バージョンの翻訳をその二人より先に作っていた角野さんが雇われた形になる。

 

「でもさ、日常生活をしていたら英語って普通に目につかない?」

 

「読まなくてもなんとかなるなら気にしないよ、たぶん」

 

「そっか……」

 

やはり目がいい、とかなのだろうか。日頃から見るものに興味を持って、それについて色々知りたい思った時に調べるための方法を知っている、みたいな。

 

例えば知らない言語の文章があったとして、僕がまずやるのはスマホを向けて検索にかけることだ。自動翻訳が対応していたらすぐに日本語になる。というかそもそも日常で知らない言語の文章に出会うことあまりないよな。

 

「日本語ならどうかな、桂介くんは日本語読めるよね?」

 

「日本語が読めたらもう少し国語の成績がいいんじゃないかな……」

 

壊滅的とまでは言わないけどね。ちなみに陽香は選択問題がよくて記述が難しいらしい。イメージとしてはわかるけどそれを文中の言葉を使ってどうやって組み立てるかで引っかかってしまうのだとか。

 

「そうだけど、知らない単語が一つか二つあっても、その意味を察したり、あるいはどうしようもなかったら飛ばして先に進むことができるでしょ?」

 

「まあ」

 

「そんな感じだよ、そうしてよく出る単語なら見ていくうちに覚えるし、結構そういう単語は多い。私だってあれこれなんだっけなって思うものはあるし、日本語でだっていい訳に使える表現があったはずなのに出てこないなってなることあるからさ」

 

「……そうなんだ」

 

角野さんだってそういう悩みを持つんだという親近感と、そもそも質が違う悩みだろという冷静に思えてけっこうきつい頭の中の声との両方がある。

 

「そういえば、メッセージにしたのって声とかだとトラウマが蘇るかもしれないからってこと?」

 

僕の言葉に、角野さんは頷いた。

 

「暴露療法っていうのを参考にしている。もちろん、完全なものじゃない。少しずつ進めていって、できたら普通に話せるぐらいに回復できればいいなって、私は二人の共通の友人としては思うよ。でも、君の支援者としては無理しないでほしいって考えているから」

 

「……陽香の、友達としては?」

 

僕の言葉が、恨みがましい声色になっていないかかなり心配だ。そんなつもりは表向きはなくとも心のどこかで思っていればそれが出てしまうことはあるかもしれない。陽香相手だったら問い詰められてもおかしくない。

 

「私はさ、陽香さんのこと眩しいなって思ってて。彼女はクラスでも友だちに囲まれてて、楽しそうに笑うでしょ?」

 

僕は頷いた。陽香の隣にいると、自分が陰側の人間だって思い知らされるというほどではないけどそう考えてしまう時がある。

 

「また、ああなってほしいなと思う。もちろん、彼女のしたことは罪として残り続けると思う。それを桂介くんが許せなくても、仕方がないとは思う。でも、前に進む手助けができたらいいなって」

 

「……角野さんは、本当にいい人だよね」

 

他人の辛い話を聞くのは、決して簡単なことじゃないだろう。僕だって話していて辛いのだ、角野さんもそれなりに嫌な思いをしていてもおかしくはない。それでも、角野さんは僕と陽香の間に立ってくれている。

 

心のどこかでは角野さんのことを偽善者めとか結局は加害者の味方なんだろとかどうぜ僕を受け止めてはくれないくせにとか思うところがないとはいいませんよ、でもそれを言ったって意味がないじゃないですか。

 

「そう言ってもらえると、私は嬉しいな」

 

「……今度、何か奢らせて。喫茶店の分の貸しが溜まっているから」

 

「夏休みにどこかで、とか?本当は陽香さんも誘いたいけど陽香さんは陽香さんで友達と色々あるだろうし……」

 

「それに、僕が夏休みのうちに陽香と話せるようになるかもわからない」

 

「そう。……こういう傷って、かなり治るのに時間がかかることは知っておいて。苦しいのが長く続くのが大変なのはわかるけど、無理したら悪化するから」

 

「角野さんは無理してない?」

 

僕が聞くと、角野さんはまた天井を見て悩んだようにして、小さく首を振った。

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