一度で二歩は進めない   作:小沼高希

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026 対話と対面

陽香とのメッセージのやりとりは、あくまで勉強関連ということで続いていた。互いに質問を投げて、あくまで丁寧に答えていくような。

 

角野さんの会話と陽香の会話を比べると、結構違う。角野さんの一文は説明の時はけっこう長くなる。でも、陽香はこまめに僕の確認を取ろうとしてくる。

 

純粋にやり方の違いだとは思う。僕はどちらも好きというかしっくり来る気がする。どちらか選べと言われたら難しい。

 

角野さんのほうはすぐに返信できないししっかり読まないといけないけど、読んだら基本的にはわかるように内容がしっかり書かれている。陽香のほうはやり取りを重ねていくとわかっていく感じ。

 

そうやって期末試験全教科の復習が終わった時には、もう夏休みが始まっていた。具体的にはついさっき、終業式後のホームルームが終わって宿題とか課題とか色々渡されて少し重めの鞄を背負って帰るようになったあたり。

 

ふと目を上げると、角野さんと陽香が話していた。それをたぶん陽香の友達が見ている。いや同級生だから名前はわかりますけど、僕から声をかけることはまずないような人たちです。

 

キラリと光る爪はマニキュアを塗っているのだろうか。このあたりは僕は全然知らない。隣のクラスにはそういう事やっている男子もいるし、CMでは男性向け化粧品がたまにあるけど、そういうのと僕は縁が無い。

 

陽香はけっこうそういうものをやっているけど、派手な感じじゃない。このあたりはちゃんと見たことないからわからない。

 

「で、桂介くんは何を見てたのさ」

 

さっき何回か目のあった角野さんが声をかけてくる。

 

「角野さんって、化粧とかするの?」

 

「そりゃあね、ちょっとした細工で相手からの印象を改善させることができるならしない理由はあまりないと思うけど」

 

「……そっか」

 

「おや、そういうものが苦手?」

 

「苦手じゃないんだけど……なんていうか、面倒で」

 

「そうなんだよね、男子は比較的そういうのないからいいよね……」

 

「これでも洗顔料とか使っているんだけど」

 

そう僕が言うと、角野さんは目を近づけて僕の顔をじろじろと見た。恥ずかしいというよりも角野さんが不作法だなって感情のほうが先に出てきてくれた。よかった。

 

「……たしかに、綺麗だね」

 

「……ならいいけど」

 

「陽香さんはたぶん私より詳しいよ、男子のメイクについては知らないけど……」

 

「角野さんはどれぐらい知ってるの?」

 

「ネットのサイトで少し読んだ程度だよ、昔翻訳した韓国の作品でそういうシーンがあってどういうふうに日本語訳したものかと色々調べたことがあって」

 

「あれ、韓国語もできるの?」

 

「ちょっとだけね、あまりむずかしいのはわからないし自動翻訳頼りになるけど……」

 

自動翻訳は確かに知らない言語で書かれた文章を読めるようにはしてくれるが、その内容がちゃんと正しいかどうかを確認するためにはその言葉自体への知識がある程度必要だ。そしてそのある程度というのはどんどん高くなってきていて、一説によれば高校の英語レベルでは到底足りないとかなんとか。

 

英語は一番使われるから難易度が上がるのはわかるが、中国語だって話す人がかなり多いわけで、そう考えると韓国語はもう少し簡単なのかも。本当だろうか?

 

「そっか。……陽香に聞いてみようかな」

 

「そうだね、もし大丈夫なら、勉強以外のことにも話を広げていいと思うよ」

 

「前みたいにさ、角野さんと三人なら……なんとか、ならないかな」

 

言っていて、不安になる自分がいる。どこまでできるかわからない。

 

文字だけなら、あるいはテーマが限られていれば、陽香と話すことはできる。でももしあの時の話をするとかそういう時に、僕がどこまで耐えられるかがわからない。

 

確かに、落ち着いてはきた。悪夢なのかどうかわからない苦しい夜に悩まされることはそれなりに減ったし、あの時のことを思い出すことも少なくなった。

 

でもそれが無くなったわけじゃない。あとはなんていうか、角野さんとのことについて聞かれた時に僕がまともな受け答えができる自信がないのもある。

 

だってさ、陽香の前で嘘とかついたら絶対気がつかれる自信がある。これは僕の嘘が下手っていうか慣れていないことをするとすぐ変なことになるってほうに近い。というか陽香がわかるぐらい僕って角野さんに変な目線向けていたんだよな。

 

今でも向けてしまっている気はする。意識してしまうと元の状態に戻るのは難しいのもあって、正直僕は陽香のことが怖い。

 

でも、話せる相手だとは思う。心配もしている。僕に傷をつけた人だってこともわかっているけど、陽香も傷ついているのはわかっている。何なら、先に傷ついたのはたぶん陽香のほうが先なわけで。

 

ぱん、と僕の前で角野さんが手を鳴らした。危ない、考え込みすぎていた。こういうのがぐるぐるしすぎると抜け出せなくなる。こういう状態になっているのに気がついたら考えるのやめたほうがいいかもしれないな。

 

「考えすぎた?」

 

「……そうかも」

 

「夏休み、始まったね」

 

僕は頷く。あと二回しか高校生の夏休みはないし、受験勉強とかで三回目の夏休みは消えるので実質最後の夏休みかもしれない。

 

「やりたいこととか、あったりする?」

 

「朝から晩までステラ・コルセア……」

 

「本当に飽きないね」

 

「角野さんだって翻訳やってるでしょ」

 

そう言うと、角野さんは首を振った。

 

「あれは報酬があるし、あと普通に翻訳は辛いので他のことをやることもあるよ?」

 

「息抜きに何やるのさ」

 

「ステラ・コルセアと翻訳」

 

「やってること変わらなくない?」

 

ツッコミを入れてしまうが、よく考えたら僕もステラ・コルセアと一言で言っているがやっていることはけっこう多様だ。今では珍しい個人ブログを読んだり、Wikiの整備をしたり、他言語版を読みに行ったり、ゲームを純粋に楽しんだり、特化機体で自爆しに行ったり。

 

たぶん、そういうところを見ないと他人の色々なところってわからないのだと思う。陽香だってあまり知らない人が見たら何も考えずに猪突猛進とかになるかもしれないけど、僕は陽香がきちんと色々と頭の中で計算した上でそれをちゃんと言語化せずに突き進むタイプだと知っている。

 

なまじ結果としてだいたい成功するので、正直こっちのほうが問題だと思うのですけれどもね。

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