── それって逃げじゃない?
陽香から送られてきた言葉に、僕は返信できないでいる。いやその通りなんですよ、否定はできないんです。でも回避を上げるって一般的な方法だと思うんですよ、今回はそういう装備が手に入ってしまったので。
確率的なものになるのは認めます。でもこう、何かに挑むときってどうしてもそれに完全に耐えるんじゃなくて十中八九避けられる状態で挑むというのも悪くないじゃないですか。何回だって挑戦できるんだし。
というわけで今はステラ・コルセアの攻略議論です。角野さんは見学。裏で話したところによると陽香に話させたほうがいいらしい。かわりに僕が愚痴を角野さんに投げることになる。いや、陽香のためとわかっているし、その過程で僕も陽香のことがわかるからいいんですけど。
その関係が許されてしまっているのを、気を抜くと忘れそうになる。別に角野さんのことを傷つけたいわけではないのだ。そういえば角野さんってどこかでちゃんと息抜きできているのだろうか。前にステラ・コルセアの翻訳とステラ・コルセアと翻訳をローテーションしていると言っていたけどあれは冗談だよな。僕も確かに雰囲気の似た冗談みたいな夏休みを送っているけれども。
陽香とは、画面越しの関係に落ち着いている。少なくとも、高校一年生のときよりは積極的にやり取りが出きている。こう考えると不思議なものだ。関係性がある意味では戻ってきたわけで。
ただ、それはあくまで文字だけで、それに角野さんという安全装置があってのこと。前にあった自分が嫌で辛い、みたいな話はあれ以降できていない。僕から切り出すのも違う気がしているから、そのあたりは互いに察しあった感じで進んでいる。
陽香と話すのは、なんていうかすごい普通だ。角野さんと話している時の楽しさは少しずつ減ってきた。嫌いになったわけじゃないけど、恋心みたいなものが少し引いてくれたのだろうか。それを恋心ってきれいな言葉で覆わないと直視できないのは置いておこう。
何をやっていたんだっけ、と開きまくっていたブラウザのタブを閉じて、陽香への反論を書いていく。陽香の文章を読む速度は遅くないから、僕が送信すると数秒後には短文で返ってくる。
── 逃げるのは桂介らしくないなって思ったけど、けっこう危ないこともするんだね
たかがゲームの選択肢だけど、こういうのってけっこうその時時の気分で戦略が変わるような気がする。いや今回は乱数がそういう方向に向いただけだと思うけどね。
── というか別に僕はそんな真正面から受けるようなものばっかしてる?
── 履歴みなよ
そう言われたのでしぶしぶステラ・コルセアを起動する。過去のクリア実績を確認。うーんおかしい、シールド重視で回避よりも当たって耐えるものがやけに多いな。なんでだろう。偶然の偏りだろうか。
── というか、僕の履歴見てるの?
フレンドがどういう装備でクリアしたかを見れる機能がステラ・コルセアにはある。一応あるけど、使っている人はあまりいない。僕と陽香はかなり古い時期からのフレンドで、ちょっと見てみるとそれなりに陽香がプレイしているのがわかる。僕ほどじゃないけど。
── なんとなく
── そっか
陽香がそう言うならそうなんだろう。向こうが返信してこないので、たぶん会話は一旦終わりだな。このあたりを角野さんは少し読めないらしくて、毎回終わるよって一言言ってくれる。いや、僕も言ったほうがいいのかな。
このあたりは純粋に価値観とか相手の呼吸を読めるかとか、そういうものに近いと思う。何年間僕が陽香を見てきたと思っているんだ。
── 今話せる?
それはそうと、角野さんにメッセージを送るとすぐに既読がついた。さっきの三人でのグループでもそうだったから、たぶん会話をリアルタイムで監視していたのだろう。ありがたいと思わなくちゃな。
── 問題ないよ、少し陽香さんについて調べていた。
── 陽香のことを?
── うつ病じゃないっぽいし、適応障害に近いのかもしれないけど類例が難しい。加害者のトラウマについての文献とかを見ているけど、参考になりそうなものは少ない。
そうだろうな、という納得はある。そもそも陽香みたいな人は人を相当なことがなければ傷つけないし、傷つけてもすぐに謝れそうなものだ。でも今回はそうじゃなかった。たぶん角野さんが入ってこなかったら僕と陽香だけの秘密みたいになって、僕は押し殺して、陽香は……どうだろ、別のことで覆い隠したりするのかな、そういう形でなかったことにしたりして、でも関係はもう疎遠になって、とかそんな感じだったかもしれない。
── そういうの、読んでて辛くならない?
僕は辛くなった。角野さんが噛み砕いてくれたものなら耐えられるけど、そうじゃないとまともに文字が追いかけられない。以前はこういう話、嫌いじゃなかった気がするのに。
── 私は大丈夫かな、もちろんのめり込まないようにしているよ。
── ステラ・コルセアってマルチプレイできないからね、三人でゲームとか遊んでみたい。
── 数時間で終わるようなやつがないか、少し探してみるか……。
そんな話を角野さんとしている時は、陽香のときとは違う感じがあるんだよな。パズルを解いているとか、ステラ・コルセアをやっている時に近い。たぶんゲームみたいに感じているところがあるのだろう。
どっちがいいとか悪いとかじゃないのはわかる。でも、心のなかで僕をこんなひどい目に合わせた陽香と話しているのが楽しいって思うのがいけないような気がしてくる。そういうのは角野さんに色々と話して、少しだけ楽にはなっているけど。
── 陽香のこと、許したいと思うし許せないって思うの、けっこう辛い
── 切り分けて考えるのって、意識しても相当大変だよね。私も自分の話し方が下手なのと、だれも自分の話を聞いてくれないって思うのを分離できるようになるのに相当時間がかかった。
── 本当に、角野さんはすごいね
── 実はまだ一緒なのかもしれないけどね。自分の話し方に少しだけ自信がついたってだけかも。
── それだとしても、練習をしたからでしょ?
── うん。桂介くんからそう言ってもらえると、私は嬉しいな。
さらっとそういう事言うなよ、と角野さんに対して変な苛つきを感じてしまう。ええとこれはあれか、別の意味でよくないやつだよな。