一度で二歩は進めない   作:小沼高希

32 / 100
032 洒落の一歩

── 二人は、どこか行きたいところってある?

 

珍しく、三人のグループに角野さんが書き込んでいた。少し遡ってみたが、あるのは僕と陽香の会話だけだ。

 

ちなみに角野さんは僕との会話ほどではないけど、裏で陽香ともやり取りをしているらしい。詳しい内容についてはあまり聞けていないけど、角野さんが話さなくていいって判断したならそれを尊重しよう。僕にはそこまで考えられるほど余裕はないし。

 

カレンダーを見る。七月ももう終わり。そろそろ八月になってくる頃だ。あまりでていない外は毎日のように猛暑日を記録していて、町内放送では遊ぶ時は注意するようにと流れている。

 

── 三人で出かけるってこと?

 

僕がそんな事を考えていると、陽香がすでにメッセージを送っていた。

 

── そう。もちろん桂介くんと陽香さん関係のものもあるけど、純粋に夏休みを楽しみたいから、友達と何かをしてみたいなと思って。

 

本当かなぁと考えてしまう。角野さんが夏休みにどこかに出かけるところを想像しようとすると脳が止まる。いや、そもそも僕は角野さんの私服を一回しか見たことないんだよな。最初のころ、三人で行った喫茶店。どんなんだったっけ、覚えていない。

 

かなり前のことのようにも、最近のようにも思える。カレンダーは正直で、少し数えるとそれが一ヶ月半ぐらい前だと教えてくれる。

 

一ヶ月。ええとどこかで聞いたな。脳裏に残るそれっぽいワードをキーボードで打ち込んで検索すると、急性ストレス障害と心的外傷後ストレス障害の境目か。

 

まだ、かつてのような向きでベッドで寝ることはできていない。床になることもたまにだけどある。でも過呼吸を起こすことはないし、陽香と話すだけなら問題ない。

 

思い出そうとすると身体がまだ嫌だって反応を起こすし、正直言って陽香と会うのは怖い。そして、怖いと思ってしまっている自分が嫌になる。

 

だって陽香は自分のしたことをわかっていて、僕も陽香がそうしたことを許すというかなんというか、ともかく区切りをつけたいと思っているのは間違いない。角野さんが言うにはそれは逃避らしいけど。

 

── 桂介は、行きたい場所あるの?

 

陽香から送られてきたメッセージにはしばらく気がつけなかった。そして返信しようとして手が止まる。行きたい場所と言われて、ぱっとここと出るほど僕は休日に外出しない。

 

ステラ・コルセア関連の何かとかないのかなと思ったが、コラボカフェとかができるようなジャンルではないしそもそも規模の問題がある。ステラ・コルセアは人気のゲームだが、それはかなり狭い界隈でのことだ。

 

── 正直、あまり思いつかない

 

── 桂介はそういう遊び、慣れてないからね

 

僕の返信に陽香が返す。ちょっとこの言い方はまずいんじゃないですか。僕はいいけど。

 

── ごめん、言いたい言葉と違った

 

陽香からすぐ追伸が来た。なら少し待とう。

 

── あたしだって、桂介が行ったら面白そうな場所ってわからないし

 

── 私も正直、二人が一緒に楽しめる場所って言われて思いつかないな。もちろん、みんなでどこかに行くこと自体は楽しいことだろうけど。

 

陽香のメッセージと、角野さんのこれは何だろう、フォローなのか?まあいいや。

 

── 遊びに行くなら水族館とか遊園地とか?行ったことないけど

 

── そっか、あたしが行ったことなくてもいいんだよね

 

ともかく、三人で候補を色々と挙げていく。街の図書館、少し電車で行ったところにある美術館、角野さんが気になっていたらしい文学館に、陽香が前に友達と行こうとしたけど予定が崩れて行けなくなってしまったおしゃれなカフェ。

 

── いやそういうのは僕が行っていい場所じゃないでしょ

 

── 問題は服装と髪型ね、それさえ整えればしばらくは人間それらしくなるわ。

 

── あたしの知ってる美容院紹介しようか?男性でも普通にやってくれるところだし、無口な人もいるよ

 

僕が言うと角野さんと陽香がアドバイスをくれる。いや本当にありがたいし、角野さんの言うことはかなり信頼できるし、陽香の配慮も適切すぎるぐらいなんだけど、あの、うん。

 

いや別に、そういう場所に興味がないとは言いませんよ。色々なところは行ってみたいし、そこで楽しむって大切なことだと思います。インドアが好きだけど、アウトドアだっていいものなのはわかってます。

 

それはそれとして、ハードルは高い。下手をすると高校生にとってのそれなりの金額がかかって、何日間かをそれだけのために使うわけで。体験として割り切って、踏み出してしまうのもありなのかもしれないとはわかるけど、怖い。

 

なんてことを話していたら、陽香が僕のコーディネートについて考えていた。角野さんもこのあたりは詳しいらしく、何やら色々質問している。

 

── だからさ、桂介はテーパードとサマーニットあたりを合わせるといいと思うの

 

── ああいうのってシルエットが重要なんだっけ?

 

── そうそう、だから全体的にゆとりをもたせつつ、ピンポイントで締めたいの

 

僕にはよくわからない言葉で行われている陽香の話を角野さんは聞いている。いやでも角野さん側の反応を中心に見ていけば結構何を言っているはわかってくるな。

 

よくまあこれだけのことを考えられる、と思ってしまう。

 

── あとは眉整えてあげればかなりよくなって

 

── 陽香さんは、桂介くんの素材についてはどう思う?

 

── 悪くないと思うよ、桂介はめんどくさがって磨いてないし、こういうのって磨かないときれいにならないから

 

陽香の言葉が、思いのほか僕には刺さった。そうなんだよ。どうせ自分にはって考えていれば伸びないし、動き出したらうまくいくことだってある。

 

でも、そうじゃないことがあるのも知っている。陽香は動いて失敗した。そう思って今まで話していた相手が幼馴染で僕のことをよく知っている相手からあの時に僕に傷をつけた人に切り替わってしまう。

 

目をぎゅっと閉じる。息をする。大丈夫。パニックになったり、自分が自分じゃなくなったりするようなことはない。怖いし、思い出したいくないし、陽香のことが嫌になるし、嫌になる自分も嫌いになっているけど、それだけだ。落ち着いたときなら、こういうふうにはならない。

 

ベッドの上で自分の身体をぎゅっと丸めるようにしながら、自分の中で辛い波みたいなものが引くまで息をすることだけを考えて過ごす。こういう時に、自分の感情を抑えることに慣れてきたのは悪いことじゃなかったのかな、と思えてしまう。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。