一度で二歩は進めない   作:小沼高希

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034 変化の定着

「……なんか色々もらってしまった」

 

A4の美容院のロゴが入ったファイルの中には、色々と詳しく眉の整え方に関する資料が揃っていた。鏡で見た後に写真を撮ってもらって、丁寧な説明を受けたわけである。

 

というわけでもらったものはリュックサックにしまっていると、ちょうど角野さんも終わったようだった。もしかしたらタイミングを調整するための会話だったのかもしれない。

 

「陽香さんはあともう少しかかりそうだよ」

 

そう言う角野さんは、さっきとは少しだけ雰囲気が変わっていた。なんだろう、髪型が大きく変わった気はしない。微妙に髪が短くなったかもしれないし、少しボリュームが減ったのかもしれないが、それがここまで何かを変えるのだろうか。

 

僕の場合は髪が結構切られて髪型が変わっていたからわかったけど、角野さんの場合は何が違うのか具体的にはわからない。

 

「どう変わったのかわからないんだよね」

 

陽香を待ちながらそんな話を角野さんにする。

 

「写真とかあるといいんだけど……一つは前髪かな」

 

そう言って、角野さんは自分のおでこを押さえた。

 

「少しだけ内側に丸まるようにしてもらったからね、今日一日は印象変わると思うよ」

 

「今日?」

 

「ああ、ほら髪って時間が経つともとに戻るから。パーマネントってあるでしょ」

 

「永久、ジスルフィド結合?」

 

教科書のどこかでそういうコラムを読んだ気がする。暇というか授業に興味を持てなかったからそういうことをしているんですね。

 

「permanentはそうだけど、ジスルフィド結合って?雰囲気からしてdi-sulfide、硫黄系?でも読みはサルファイドじゃない?」

 

というわけで僕と角野さんはスマホを開いて検索する。なるほど角野さんはあっていて日本だとドイツ語っぽく読むのね。こういうのをさらっと出してくるAIくんさすが。たまに変なもの引っ張ってくるけど。

 

「……何の話を、してるの?」

 

陽香が角野さんに声をかけた。えっこれって陽香?

 

少しだけ陽香がこちらに視線を向けて、そらした。いやその、僕だってどんな顔すればいいのかわからないですけど。髪の毛が全体的に柔らかいというかふんわりしていて、活発的な雰囲気がさらに強調されつつもかわいさも増えているというか。そういうのってトレードオフじゃないんですか?

 

思い返せば、おしゃれをした陽香と会うことってなかったんだよな。いつも顔を会わせるのは学校で、放課後に遊びに行くなんてことは稀にはあっても休日にっていうのはなかったし。

 

髪は結んでいないのにさらっとしながらも少し丸まっているようで、でもこのあたりを説明するための言葉は僕にはない。

 

そういう事を考えている横で、角野さんは僕との会話をまとめていた。陽香は半分もわかっていなかったようだが、そういうものだとは納得できたようで神妙な顔で頷いていた。

 

「……陽香さん、綺麗になったね」

 

僕は角野さんに言う。いやこれって本人には直接言うの怖いことじゃないですか。伝えたくないというわけではないけど。

 

「桂介くんもそうだよ、私はどう?」

 

「角野さんもかわいいよ」

 

陽香が少し強めな口調で割り込むように言う。

 

「よかった」

 

そう言って微笑む角野さん。そしてなんか料金の支払いはぜんぶ角野さんがやっていた。

 

「払うって」

 

僕が言うと、角野さんは首を振った。

 

「それがね、桂介くんの分はあたしが払うって陽香さんが言ってて、でも私の服とか髪型とかを陽香さんにアドバイスしてもらった分は私が払うことになっているから、結局私が出すわけ」

 

そう言って角野さんはカードで支払いをしている。そっかステラ・コルセアの翻訳の報酬ってオンラインで振込みだからカードになるのか。僕や陽香は現金かQR決済なのでちょっとだけ大人だなって思う。

 

そして、二人に引きずられて向かうは少し歩いた先にあるショッピングモール。駅からはバスが出ているが、ちゃんと運動している高校生なら散歩にもならないぐらいの距離だ。つまり僕と角野さんはちょっと息切れするぐらいと言っていいだろう。

 

「……大丈夫?」

 

陽香の心配そうな顔は本気のものだった。一日に十キロメートル以上走らないようにしているとか言っていたよな、十キロメートルというのはおそらく僕が一週間で移動する距離とかに相当しそうなのだが。

 

「陽香さんは、自分の体力にもっと自信を持っていいと思うよ」

 

そう言う角野さんに、僕も頷く。帰りはバスでもいいかなと思ってしまう。たとえその金額でなにか追加で買えたとしても。

 

まだお昼ごはんにはちょっと早いぐらいの微妙な時間なので、他の買い物をすることにする。というか今日の買い物は陽香が角野さんの色々を見繕うというのも兼ねているらしい。

 

とはいえ、別に僕は荷物持ちとかそういうわけではない。自分のものを自分で持つぐらいのことはするし、それはそれとして頼まれたら持つよってぐらい。でもこうやってフロアを見ると女性向きの服のお店ってかなりあるよな。男性向きと割り切っているところは床面積で見ると少ない。

 

「……陽香にどういう服を選んでもらったの?」

 

僕は袋を持った満足げな角野さんに聞く。

 

「そうだね、普段使いとの組み合わせもできて、全部揃えればちゃんとおしゃれになるぐらいのバランスって言えばいいかな。難しいと思っていたけど、陽香さんはちゃんと実現させてくれたよ」

 

「すごいな……」

 

「桂介くんのものも同じような基準で選ぶって。君がいつでもおしゃれをするとは思っていないけど、日頃から少しだけ気を使ってくれたら嬉しいし、そういう楽しさがあるんだって知ってほしいんだって」

 

「……うん」

 

陽香が直接、そういう事は言わないだろうなってのはわかる。でも、そう考えるだろうなっていうのもわかる。たぶん、角野さんが聞き出したのだろう。

 

角野さんと話していると、自分の考えが整理されたり今まで思っていなかった事に気がついたりする。陽香との話だと、たぶんそうじゃない。互いに言葉をぼんやりと放り投げ合って、気がついたら互いにそれなりに満足しているような。

 

また、ああいう会話ができるようになりたい。でも、それができる気がまだしない。今日だって陽香とは話せていないし、陽香に話しかけてもらってもいない。もし角野さんがいなかったら、まともに行動することもできていなかっただろう。

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